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メイちゃんの執事
メイチャンノシツジ

著者:ココロ 直
イラスト:宮城 理子
■ISBNコード: 978-4-08-601263-8
■判型/総ページ数: 文庫判/224ページ+口絵2ページ
■発売年月日: 2009年1月30日
   プロローグ

 誓いをたてるなら、薔薇の花がいい。
 心が揺らぐと、鋭い棘でえぐってくれる。目を覚めさせてくれる。甘い香りで痛みを忘れ、その刻印が悦びに変わる。

 黒い薔薇に、出会った。
 それがすべての始まりだった。

 柴田理人
 彼は、そう名乗った。
 そして、こう言った。
「あなた様の執事でございます」
 両親を亡くして、いきなり天涯孤独の身になったと思った矢先の出会いにしては、あまりにも衝撃的すぎた。自分が実は富豪の生まれであったことを知ってからの、激流に身をさらわれるような生活の変化をなんとか受け入れることができたのは、彼がそばにいてくれたからだ。
 いろいろなことがあって。
 いろいろな出会いもあって。
 でもそのなかで、一番の輝きを放っている。
 彼の黒い瞳は、深く艶のある、雪の降る直前の夜のような色をしていて……東雲メイは、そのもっと奥に何かがありそうな気がして、手を伸ばさずにはいられなくなっていた。
 少しでも近付きたい。
 少しでもそばにいたい。
 その一心で、この新しい人生に足を踏み入れた。
 いつの間にかではなくて、出会った時から予感していたそのままに、好きになっていた。

 これまでの生活を捨てて、選ばれた富豪の娘しか通えないというお嬢様学校に転校する、その日、彼に訊いた。
「理人さんは、どうして執事になったんですか?」
 彼は答えた。
「世界一のお嬢様に出会ってみたいのです」
 その日から、夢ができた。
 世間知らずで向こう見ずで身の程もわきまえない小娘の、しかしぜったいにゆずれない、夢が。
「あたし、がんばります……」
 それは、誓い。
 抜けるような青空の下、風の吹く丘の上で立てた。
 少し驚いて、でもすぐに笑顔でうなずいてくれた彼と、流れる雲だけがそれを聞いた。
「がんばって、理人さんが望む世界一の……」
 小さな小さな心の、壮大な誓い。



1 その箱庭は清純にして妖しく

 朝はいつも、決まった音で目覚める。
 炊事場から聞こえてくる、お父さんが自慢のうどんをこねる音。お母さんがうどんの具やねぎを刻む音。いつもの小気味良いリズム。
 そんな音を耳に、ゆっくりと、四国の田舎町の澄んだ空気を吸い込み、目を開けるのだ。
 目を――
「んぅ……んむ……」
 ところが、毎日あるはずのその音が、すっと耳から消えていく。
 瞬間。
 ドタンッ!
「むぎゃ! ……いったぁーっ」
 体が落下した感覚があった。すごく眠いときの寝入りばなによくあるあの感じではなく、もっとはっきりと、確かに、物理的に体が落下した。
 そんな馬鹿な。どんなに寝相が悪くても、部屋から縁側の外まで転がったことはなかった。……なかったはず。
「あ…れ……?」
 おかしい。おかしい。おかしいって! いつもの光景じゃ、ない!
 目の前に、洗いざらしたシーツのかけられたベッドがそびえている。使い慣れて薄くなったあの布団じゃない。それに、天井が、家はいかにもな小さい日本家屋のはずなのに、なんだか美術の授業で見た石膏像のような質感が一面に広がった、そんな天井が見える。
「どこ!?」
 東雲メイは、思わず叫んだ。
 しかし考える時間は与えられなかった。
 板張りの床の一部が、ばかっと四角く開き、そこから、小柄な子が制風姿で飛び出してきた。
「急がねーと殺られるだ!!」
「はい? え、ちょ、ちょっとタミちゃん……!?」
 いきなり腕を引っ張られ、なすがままに部屋の外へと連れ出される。
 無意識に呼んで、ようやく思い出してきた。この少年のような子の名前は、タミー。きのう転入してきたメイの、女子寮の隣の部屋に住んでいる子だ。そしてこの学校では週に何度か朝の礼拝があるとかなんとかで、そうだ、それに行かなくちゃと思っていたところだ。でも、急な転入だったからバタバタと忙しくて、昨日は疲れて寝て、今朝はうまく起きることができなくて二度寝して……いや、待てよ、その前にたしか………シャワーを浴びたはず……。
「ええええええええええええええええっ!」
 メイはようやくすべての状況を理解した。この体に、バスタオル一枚しか巻かれていない。
「タミちゃん、まってーっ。せめてパンツだけでも……っ」
「にゃははははは。近道するっぺ」
 タミーはまったく聞いていない。この小さな体のどこにこんな力があるのかと思うほどの勢いで、林のようなところを、ぐんぐんメイは引っ張られていく。
 ほどなく、視界がひらけ、あらわれた。あらわれてしまった。
(あれって……教会? まさかっ……礼拝の!?)
 はだけそうになるバスタオルを必死でおさえながら、メイは叫ぶ。
「だめーっ! おねがいまってタミちゃああああああああぁぁぁぁぁ……」」
「突入――っ!!」
 バーン! とタミーが扉を蹴破るように飛び込み、メイはようやく止まることができた。ずらりと並んだ女子生徒の視線が、一斉に集まる。さすがに超がつくほどのお嬢様学校でも、このありえない半裸の闖入者には、ざわつきを抑えられないらしい。 (…この続きは本書にてどうぞ)

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