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テガミバチ LETTER BEE
〜光と青の幻想夜話〜
テガミバチ レター ビー

著者:浅田 弘幸
イラスト:浜崎 達也
■ISBNコード: 978-4-08-703198-0
■判型/総ページ数: 新書判ソフト/144ページ+口絵20ページ
■発売年月日: 2008年12月15日
プロローグ


 星が瞬いている……

 夜が明けることのない星、アンバーグラウンドという名の地。
 首都を照らす人工太陽、その"光"の届かない、暗く、危険な地域を旅する国家公務があった。
 人々は、彼らに、それぞれの"こころ"を託していた。
 彼らの仕事は、届けること――

     ☆   ☆

 石畳の道を少年が走る。
 大きな肩掛け鞄を、はずませながら。暗色に沈んだ煉瓦造りの町並みのなかを、砂で汚れたブーツが軽快に駆け抜けていく。
 家々の窓からはカーテン越しの灯火が漏れる。
 あちらこちらの煙突から立ち昇る朝餉(あさげ)の煙と、食欲をそそられるスープの匂い。そうした人々の営みにふれたとき、数日かけて闇の外界を旅してきた者であれば、はっとせずにはいられない。それが初めて訪れる町であってもだ。
 少年は走りつづける。
 教会の鐘楼を目印に、小運河のアーチ橋をわたって四辻を折れ、きつい坂道を上がると宛先の家だった。
「郵便です! テガミを届けにまいりました!」
 ノックをすると、ややあって中年の婦人が応対に出た。
 扉の前にいた少年を見て、婦人は、すぐに戸惑いの表情を浮かべた。理由は、その幼さ――せいぜい十を少し越えたくらいの子供ではないか。婦人の息子よりも遥かに下の年頃だろう
 少年のふるまいは、だが、おぼつかないながらも働く人間のそれだった。
「郵便です」
 少年は一通の封書を差し出した。
 婦人は、あらためて少年の身なりを目でなぞった。
 丈の短い、いかにも都会っぽいデザインの上着。身長の倍もある長いマフラーと、たっぷりマチがある革鞄を肩に掛けている。足元は、編み上げのブーツをテープで巻いて固めていた。ルーズな作りのツバ付ワッチ風の帽子には、郵便のシンボルである"蜂"の印がビーズ飾りで縫いこまれている。
 制服だ。
「なんだい、こんな朝っぱらから」
 ようやく少年を郵便配達員だと認めた婦人は、とすると今度は、忙しい主婦の朝をじゃましてくれた公僕に対する、ささやかな嫌味をぶつけはじめた。
「すいません……ここにサインをお願いします」
 少年は封書に添えて配達伝票をわたした。書留郵便は、受取人のサインをもらわなくては業務が完了しない。
 婦人は、まだ不審がある様子で、少年に誰何した。
「あんたら見ない顔だね……新人かい?」
「はい! BEE新米の、ラグ・シーイングです。よろしくお願いします!」
"蜂(BEE)"とは郵便配達員の呼称だ。
 少年――ラグ・シーイングは快活に答えると、つづいて、うしろで待っている女の子を紹介した。
「この子は、ぼくの相棒(ディンゴ)――」
「ニッチ!」
 海色の瞳が、強気なまなざしを婦人にむけた。
 ラグよりもさらに幼い印象だ。まず人目をひくのが踝まであるブロンドの髪。左右で束ねた豊かな髪は、仄かな灯火を浴びて、それ自体が光を帯びたような淡い金色に輝いていた。ひらひらしたワンピース姿は、寝ぼけてベッドから出てきてしまった子供みたいで、とても闇の外界をわたる旅支度とは思えない。両腕だけはキルトの長手袋で、肩のあたりまでをすっぽりと覆い隠していた。
 BEEは配達のとき、サポート役として相棒を同行させる。一般に猟犬や調教された猛獣がその任にあたることが多いが、なかには金で雇った格闘家を相棒として連れている者もいる。
 しかしラグの相棒ときたら、こんな虫も殺せないような愛らしい幼女なのだった。
「相棒のニッチと……」
「焼いたらおいしいニッチのステーキとゆう!」
 金色の髪の幼女は、ちぐはぐな自己紹介をした。
【nich(ニッチ)】といえば、石像や花を飾るために壁に設けられた窪み――壁龕(へきがん)のことだ。芸術の題材になる美しい神や、花にあやかった名をつけられた娘は多いだろうが、それらの置き場のほうとは、めずらしい名前だ。
「ヌニィ」
 と鳴いた、幼女の頭に乗ったおまけが「ニッチのステーキ」であるらしい。ステーキの姿形を言葉で伝えようにも喩えることさえ難しい。ひと言でいえば「珍獣」だ。子供と同じくらいの頭部に、貧弱な四本の脚がちょんとついたアンバランスな造形。奇っ怪なのは、身体の大半である頭部の、そのまた半分以上は口で、ようするにロばかりがやたらに大きな髭面の人面獣だった。尻尾は短いが太く、先端がスペード型のヒレ状になっている。こう書いただけでは本の挿絵に描かれた小悪魔じみていたが、ステーキには、それでいて妙な愛嬌があるのだった。
 BEEの子供、相棒の幼女、ペットの珍獣。
「ご苦労さん」
 婦人は投げやりなサインをした受領書をかえした。
「失礼します!」
 一礼をすると、ラグは宛先の家をあとにした。相棒のニッチが、頭にステーキを乗せたまま軽い身のこなしでラグを追った。
 婦人は小さな郵使配達員たちの背中を見送った。
「なんだい、今度のテガミバチは」
 えらい頼りなさそうな子だね、と。同意を求めて隣家の老婆に話しかける。
 老婆は応じなかった。軒先のベンチに座ったまま、杖で身体を支えてうつらうつらと船を漕いでいる。
 婦人は独り言をつづけた。
「あんな小さな女の子が相棒だとさ。強い動物も使えない子供に、大事なテガミを預けるなんて」 (…この続きは本書にてどうぞ)

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