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コーカサス 国際関係の十字路
コーカサス コクサイカンケイノジュウジロ

著者:廣瀬 陽子
■ISBNコード: 978-4-08-720452-0
■判型/総ページ数: 新書判/227ページ
■発売年月日: 2008年7月17日
 コーカサスってどこ?
「コーカサス」は、日本では一般的にはなじみが薄い地域である。
 コーカサス地域とは、東はカスピ海、西は黒海とトルコ、南はイランに接するコーカサス山脈周辺の旧ソ連地域をさしている。同地域はコーカサス山脈をはさんで南北に分けられるが、南コーカサスに該当するのが、一九九一年末のソ連解体後に独立したアゼルバイジャン共和国(首都バクー)、グルジア共和国(首都トビリシ)、アルメニア共和国(首都エレヴァン)であり、それらは「コーカサス三国」ともいわれている。
 他方、北コーカサスに該当するのがロシア連邦南部の諸共和国で、チェチェン共和国(首都グローズヌイ)、イングーシ共和国(首都マガス)、ダゲスタン共和国(首都マハチカラ)、北オセチア・アラニア共和国(首都ウラジカフカス)などである。
 南北の諸共和国は、同じ「共和国」という名前を冠していても、法的な地位は異なっている。北コーカサスの諸共和国が、ロシア連邦を構成する民族共和国であるのに対し、南コーカサスの三共和国は国際的に国家承認を得た主権国家である。
 また、ソ連解体後はあまり聞かれなくなったが、南コーカサスは「ザカフカス」とも呼ばれてきた。それはロシア語の呼称で(コーカサスは英語)、「ザ」は向こう側、「カフカス」はコーカサスを意味している。つまり、「ザカフカス」は「コーカサス山脈の向こう側」というわけである。これはこの地域が、ソ連解体までモスクワ中心で考えられてきたことの証拠である。そのため、ソ連が解体したいまとなっては、「ザカフカス」という呼称は避けられる傾向が強くなっている。
 コーカサス地域には、非常に多様な文化が混在している。コーカサスは中東、ヨーロッパ、そしてアジア、この三つの地域のちょうど中間点に位置し、まさに「文明の十字路」と呼ぶことができる。ヨーロッパ世界とアジアの分岐点、キリスト教文明とイスラーム文明の交差点でもあり、加えて、非常に多様な言語が話されており、宗教はキリスト教、イスラーム教、さらにキリスト教のなかでも、アルメニア教会、グルジア正教、そしてロシア正教というような、さまざまな宗教が混在しているのである。

 コーカサスについて知っていること
 コーカサス地域にまつわる情報は、最近は日本のメディアでもかなり耳にするようになった。
 チェチェン紛争や、二○○四年の北オセチア・アラニア共和国のベスランの学校占拠事件などの悲惨な事件はもちろんであるが、数年前にブームとなった「カスピ海ヨーグルト」などもコーカサス地域と結びつきが深いものである。グルジアやアゼルバイジャンにあるとされている「長寿村」もよく話題にのぼる。もちろん、カスピ海に生息するチョウザメからとれるキャビアも広く知られていることと思う。
 芸術に造詣の深い方なら、トルストイの『コーカサスの虜』などに代表されるコーカサスに関する文学作品や、それを原作とした映画の舞台、作曲家ハチャトゥリアン、指揮者で演奏家のロストロポーヴィッチ、画家ピロスマニなどの出身地として、コーカサスに思いを馳せるかもしれない。また、政治や経済に関心の深い方であれば、カスピ海の石油の問題や当地の政治的な動きを第一に連想するだろう。
 一方、大相撲の黒海、露鵬、白露山という外国人力士もコーカサス地域の出身者である。黒海(本名レヴァン・ツァグリア)はグルジアのアブハジアのスフミ生まれで、ヨーロッパ人初の関取となり、露鵬(本名ソスラン・ボラーゾフ)、白露山(本名バトラズ・ボラーゾフ)はロシア連邦北オセチア共和国(当時)ウラジカフカス出身で、外国人としては初の兄弟関取となった。コーカサスはもともと格闘技が盛んで、オリンピックでもアゼルバイジャンやグルジアの選手が、レスリング、柔道、ボクシングなどでメダルを獲得している。

 コーカサスとの出会い
 二○○○年から二○○一年にかけて、著者は、国際連合大学の「秋野記念研究基金」の助成をいただき、アゼルバイジャンの首都バクーで在外研究を行った。本来の専門は国際政治、特に紛争研究に従事してきた。
 なかでも、旧ソ連地域に関心を持ったのは、多感な高校生時代にペレストロイカで揺れるソ連や東欧を同時代史の一コマとして見ていたことに端を発している。そして大学に入学してまもなくの一九九一年四月に、ペレストロイカを推進したソ連最後の共産党書記長・大統領ミハイル・ゴルバチョフが、ソ連指導者としての最初で最後の訪日をした折、「ゴルバチョフ、日本の大学生と語る」という会で握手し、彼の熱弁に心をふるわせた。
 ソ連は当時、新思考外交とシナトラ・ドクトリンで国際的なプレゼンスを高める一方、国内はグラスノスチ、ペレストロイカによって経済は混乱し、民族紛争が多発していた。この民族問題が一九九一年一二月末のソ連解体を決定づけたといっても過言ではないだろう。
 そこで著者は、ペレストロイカ期以後に特に顕著となった旧ソ連地域の紛争に注目し、とりわけ事情も複雑で、解決困難な紛争が山積しているコーカサスを主たる事例研究の対象と決めたのだった。
 紛争や戦争は国家にとって最大の政治課題であるために、地域に及ぼす影響が非常に大きく、政治、経済、文化、歴史など地域にかかわる諸々を総合的に研究しなければ、紛争の原因や解決方法は見えてこない。そのため、現地での実態調査が非常に重要で、著者はしばしば現地に赴き、情勢の調査やさまざまなレベルの人々に対するインタビューをしながら、研究をすすめることを心がけてきた。
 何度も足を運ぶうちに著者は、コーカサスの人々の、お客好きなあたたかい人柄のすばらしさと、その豊かな文化、芸術、歴史、風習などにたいへん魅力を感じるようになった。
 一方、この地域にも貧しさ故に過ちを犯す人や、残虐な行為をする人も残念ながら存在している。それが地域の紛争を悪化させ、その紛争がさらに人々の心を蝕んでいくという悪循環を引き起こしているのだ。改善の動きがすすんでいるとはいえ、政治や経済の腐敗がはなはだしいのが現状。「愛してはいても、厳しい目で見つめつづける必要がある」のが、この地域なのである。

 重要拠点としてのコーカサス
 コーカサス地域には、文化的にも地理的にも戦略上の意義が高い地域とみなされ、多くの〈時の帝国〉に侵略されてきた歴史がある。
 さらに近年、カスピ海から産出する石油や天然ガスの開発の利権や世界市場に資源を輸出するためのパイプライン建設をめぐっても、さまざまな利害関係が交錯している。また現在の国際政治において、とりわけ一九九一年のソ連解体、二○○一年の9・11アメリカ同時多発テロというふたつの出来事を契機に、この地の重要性はますます高まりつつある。
 アメリカ、ロシア、ヨーロッパ諸国のみならず、トルコ、イランも加え、各国のコーカサスに対する政策はさまざまで(各国の利害が交錯している以上、きわめて当然のことなのだが)、軍事政策、資源政策、外交政策それぞれに違った対応を見せている。
 この複雑な地域の現状、ましてやこの地域がはらむ問題点を明快に解説するのはかなりむずかしいといわざるを得ない。本書ではコーカサス地域の特徴を概観しつつ、主に国際関係に注目しながら、このむずかしい課題にとり組んでいきたい。 (…この続きは本書にてどうぞ)

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