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ソーメンと世界遺産
ナマコのからえばり
椎名 誠

1 毎日が緊急危機対策

   やつあたり

 携帯電話の具合がおかしくなってきた。もう五、六年使っているのだからしょうがないんだろう。まだ通話はできるのだが、バッテリーのパワーがすぐなくなってしまう。丸一日保たないのだ。これはバッテリーそのものの蓄電機能が弱まっているのだろうと思ったのでしかるべきショップに行ったわけだ。
 おれ、ああいうところ嫌いなんだよね。カウンターに座ると独特のイントネーション(たぶん特訓したマニュアル言葉)でおれには九五パーセントぐらい理解不能のコトを早口でずらずらっと言う。あんちゃんもねえちゃんも喋る機械みたい。あんたらアンドロイドか。それにしては顔面の筋肉などよくできている。目尻の小皺もよく動くし。
「くわしくはわかりませんが、我思うに、通話機能は壊れていないようなので、バッテリーだけ換えればいいんじゃないかと思うんですが」などとおれは申し述べる。
「ベラベラベラベラ」
 おねえさんがすぐさま理解不能のことを言う。だからいやなんだ。わが事務所のスタッフにこのカウンターに行ってもらいたかったのだけれど、携帯電話は代理のヒトだとたとえば買い換えなどになると本人でないと何かと手続きが面倒なんだってねえ。
「だからバッテリー交換だけお願いします」
「ベラベラベラ」
 相変わらずおねえさんはヒンディ語とスワヒリ語とインデカンデラ語を交互に言う。
 おれはバッテリーをとり出して、
「コレ、セイムね、チェンジね、我願望緊急、ヤ・ハチュー、急ぎまんねん、イクサ近いし、皆心配、ドンドコドンドコ」
 各国語総動員し太鼓まで叩いてとにかくお願いした。
「ベラベラベラ」
 わかったのかわからないのかおねえさんの態度は変わらない。
 根比べになってきた。やがて原住民であるおれが理解できたのは、
 ①おれの持っている携帯電話はもうとうに製造打ち切りである。
 ②最近の同様の機種にはもっとすぐれた機能がいっぱいある。
 ③その機能とはベラベラベラベラベラベラベラベラのベラである。
 ベラベラベラを言っているあいだに沢山の商品見本が並べられた。みんなおれの使っていたのとくらべるともの凄く薄く厚さは半分ぐらいしかない。ボタンなんかもいっぱいあって、そういうものは使いこなすのに十年ぐらいかかるから、おれはとりあえずいまの機種のバッテリーだけ換えてもらえばこんなに嬉しいことはなく、そうしていただければこれからも末永くこのショップを愛用し続けるでしょう、とお願いした。
 心をこめてお願いしたので、ようやく店のおねえさんにも通じたらしく、しばらく奥へ引っ込んだが、やがて出てきてベラベラ語法でいうには、そのバッテリーはもう相当に古いのでスペアのバッテリーもありません、という。中国語でいえば「メイヨー」、ロシア語でいえば「ニエット」、パラモッシュ語でいえば「イッハ、テルメルカノン」だ。
「似たような機種のバッテリーをくっつけるなんていうのはできないんでしょうか」
 おねえさんは「誰か受け付け代わってくんない」というような顔をして首を振った。
 バッテリー交換交渉はこれでおわり、という空気が濃厚に流れ、あとはおねえさんのいうベラベラベラの新機種に買い換える、という選択肢しかないようであった。
 そうなったらテキの思うツボである。そもそも携帯電話会社はなんでそうひっきりなしに新機種をつくり出すのか。いったん作った機種は自信の機種であったのだろうから、責任をもってその機種を売り続けるのが正しい企業姿勢というものではないのか。
 ──などと言ったって、電話会社はそんなこと承知のうえで、売り上げ増大のためにどんどんモデルチェンジしていく、というのが昔からのやりかただ。
 これが欧米との大きな違いだ。アメリカなんかかなりコンサバで何にしても「できるだけ安く簡単に、壊れたら修理、新しいものが必要になったら古いのは人にあげる」というのが消費生活の基本である。企業のいいなりにならない。だからバスだって地下鉄だってタクシーだって、むかしからのシステムをなかなか変えようとしない。
 日本のようにチマチマしたハイテク道具を常に新しく換えていくよりも「生活していく意識を変えない、機械などによって変えさせない」というほうがカッコいいと思うんだ。
 新機能、多機能、というのがおれは大嫌いだ(よくわからないから──という意見もあるが、まあそうだけどよ)。
 ここで話の方向少し変わるけれど、それでも、そうしたいかにも日本的なハイテク機器をつい最近おれは買ってしまった。
 ピックアップトラックに前方録画カメラをつけたのだ。これはあるきわどい事件があって、道路を走るとき常に前方を撮影しているとなにかのときの証拠になるから、という身を守るための必要判断があったからだ。
 問題は、このカメラが前方をおとなしく撮影しているだけじゃなく、いろいろ喋る。そこに警察のNシステムがありますとかHシステムがありますとかね。そういうのを聞いてもわしらどうしたらいいのかわからないんだがね。
 で、こいつが、クルマが走りだすと五分ぐらいして第一声は必ず「そくいしました」というのである。なんだかわからないけどいつもそう言う。
「そくい」……「即位」。
 天皇のことを言っているのだろうか。しかしこいつはなんで毎日天皇即位を最初に語るのだろうか。お前は右翼か。
 あるとき助手席に乗せた友人がやはり疑問に思ったらしい。
「そくい? 天皇即位ですかね。なんでそんなことを言うんだろう」
 そいつはおれより数段賢いやつで「あっそうか。GPSがついているから、これは計測の『測』に位置の『位』なんだ」と、膝を叩いた。なるほど。それならわかる。
 しかしそのときおれは思った。この装置を作った先端機械製作会社よ。「そくい」なんて言われてどのくらいの人がその意味を理解するのだろうか。通常の生活で使わない言葉だぜ。
「位置を確認しました」ではいけないんだろうか。取扱説明書などに用語解説が書いてあるのかもしれないが、そんなもの誰も読まんもんね。どうしてやつらは自分らの専門用語みたいなのをそのままユーザーに使うのだろうか。「これじゃわかりにくいだろうな」と疑問に思わないのだろうか。

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