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世の中それほど不公平じゃない
最初で最後の人生相談
浅田次郎

前 文

61歳のオヤジと27歳のワカモノ

──それでは、始めさせていただきます。本書において浅田先生のアシスタントを担当いたします、編集のイシバシタロウです。どうぞよろしくお願いいたします。
浅田 太郎?
太朗 太朗です。よろしくお願いいたします。
浅田 次郎です。
太朗 あ、恐縮です。存じております。先生のペンネームは、初めて新人賞の予選を通過した、ご自身の小説に出てくる主人公の名前からとられたとか。
浅田 30歳くらいのときだったな。それまで、目に触れる限りの新人賞に応募しつつすべてボツになっていたから、あのときの感動たるや、なまなかではなかった。
太朗 ヒットマン「浅田次郎」が初恋のオカマと再会して、燃えるような恋に落ちる話ですね。
浅田 あれは傑作だった。最終選考に残らなかったのが今でも信じられない。
太朗 本書では、そのように若い時分に世の辛酸を嘗め、体育会系文学青年から始まり陸上自衛隊員→斬った張ったの度胸千両的業界人→アパレル会社経営などなど、波瀾万丈、紆余曲折、七転び八起きの人生を歩んでこられた先生から、次代を担う若者に「人生のなんたるか」を時に優しく、時に激しく諭していただければと思っております。
浅田 若者向けの人生相談なのか?
太朗 ぶっちゃけてしまうとそれは建前で、自分と同世代の若者から、先生と同世代のベテランの方々まで幅広く手に取っていただければと考えております。
浅田 投稿者の年齢層はどんな感じなんだ?
太朗 10代の少年から70代のレジェンドまでさまざまです。
浅田 若者に限らず、ということだな。「最近の若い者は」という言い方をする人がいるけど、僕はあまり好きではないな。われわれが若いころも、同じように言われていたからね。君は何歳?
太朗 27歳です。
浅田 いわゆる「若者」世代か。
太朗 ご同輩読者になり代わって、先生の金言を賜ります。
浅田 はい。ところで君は、タバコは吸うの?
太朗 先生が、昨今の禁煙原理主義に対して各誌で異議申し立てされるほどの愛煙家であることは存じておりますが、副流煙を嗅いだだけで目眩がします。
浅田 ふーん。バクチは打つ?
太朗 先生が、「競馬さえやらなければあと10年早く文壇デビューしていただろう」といわれるほどの無類のバクチ打ちであることは存じておりますが、あいにく頭を使う遊びが苦手なので、麻雀を覚えることすら断念しました。
浅田 そんなヤツがなんで僕のアシスタントなんだ。
太朗 お言葉ですが先生、最近の若い者はだいたいこんなもんです。
浅田 ふーん。そういうものかな。
太朗 タバコやバクチのことは知りませんが、先生が競馬場でウンコを漏らしそうになって万馬券を取り損ねたことは知っています。
浅田 嫌なことを思い出させるなよ。

今の世の中、チャンスは平等に与えられている

太朗 ところで先生、人生相談を始めるにあたってひとつお願いがあるのですが。
浅田 なんでしょう。
太朗 この文頭のお名前の表記を「浅田」ではなく「次郎」にするプランを温めていたので、ご容赦いただけないでしょうか。
浅田 勝手に温めるな。正気か、君は。僕のことを「次郎」なんて呼ぶ編集者が今の業界に果たして何人残っているか……。
太朗 あくまで表記の話ですので。「『次郎』と『太朗』の人生相談」、いかがでしょう?
浅田 君の頭の中身はいったい全体本当にどうなっているんだ。いいかね、僕は小説家だ。そしてこれは僕の持論だが、小説家というのは「神秘性」が肝要なんだ。「次郎と太朗」って君……神秘性の欠片もないじゃないか。
太朗 お言葉ですが、ファンの皆さまは長年にわたって各書で先生の杯盤狼籍や露悪癖を目撃しているはずですので、そういう方々からすれば「小説家の神秘性」などはまるっきり崩壊しています。
浅田 そうかもしれないけど、世の中には建前というものがあるじゃないか。
太朗 いけませんか。
浅田 いや……もう毒を食らわば皿までだ。好きにしたまえ。
太朗 ありがとうございます。ちなみに、先ほどそういう言い方は好きではないとおっしゃいましたが、あえて「最近の若い者は」と言うなら何か思い当たることがありますか?
次郎 そうだな……、個性がなくなってきているという気はするな。それは、今の日本社会に格差が小さくなってきているからだと思う。ニュースではよく言われているけど、今の日本の世の中が格差社会だなんて、贅沢でわがままだよ。僕らの時代だって、ずいぶん格差は縮まっていた。それでも、経済的な理由で中学から高校に行けない子供もざらにいたからね。今はそこまでではないだろう。……これも僕の持論なんだけれど、「食べられないこと」「命の危険にさらされていること」、このふたつに比べたら、ほかのことなんて案外大したことではない。この本の読者は、少なくともこれを買うことができているのだから、そのふたつには該当しないはずだ。
 ということはね、今の世の中では意外とチャンスは平等に与えられているんだ。昔は、いかんともしがたい壁というものがあった。本当にどうしようもないくらい家が貧乏だとか。そういうハンディキャップは、今は少ないと思う。だから、世の中が豊かになった分、若い人たちもみんな同じような感じになったね。同じようなものを食って、同じような生活をして、同じような志を持つ。それで、価値観まで同じになるんだよ。そういうつまらなさは、若い人たちを見ていていつも感じる。例えば、僕には君と同じような年齢の娘がいるのだけど、娘の友達が5人出てきても、その5人が全然個性の違う友達ではなくて、「娘の友達A、B、C、D、E」みたいなところがある。
 僕らの時代はね、例えば5人友達がいたとすると、5人ともまず家の豊かさが違う。それも、大幅に違う。だから価値観が違う。世界観が違う。それが、おもしろかった。
太朗 今はそこまでの違いは生まれにくいかもしれません。
次郎 この間、おたくの編集部に行っただろう。あのとき壁にザーッと何十枚もポスターが張ってあったな。なんとかってアイドルの……。あのコたちもみんな同じ顔に見えたよ。
太朗 AKB48ですね。最初は、皆さんそうおっしゃいます。
次郎 だいたい、どこがいいんだよ。僕はさっぱりわからないのだが。
太朗 身近な感じがするのが、一番の要因ではないでしょうか。
次郎 適度にブスということか。
太朗 「クラスで5、6番目にかわいい女のコたち」というのがコンセプトです。
次郎 ふーん。そういうコンセプトはわかる気がするな。
太朗 それで、「○○推し」「推しメン」なんて言って彼女たちの成長を応援するんです。
次郎 ??? オシメ?
太朗 「推しメン」です。「自分が推しているメンバー」ということです。そのメンバーをものすごく推している場合は「神推し」というワードに進化します。
次郎 秋元康君もよく考えるよな……。高校の後輩なんだよ。だから、いくらか付き合いはあるんだ。神がかり的だよな。彼がやりゃ、なんでも当たる。勢いがあるんだよな。やることなすこと片ッ端から当たっていくんだから。きっと自信があるんだろうな。そういう人間は強いよ。
 加えて、彼自身がすばらしい個性の持ち主だ。だから神の立場で大衆のニーズを創造できるんだ。最大公約数的な個性しか持たないヤツに、勢いも自信もあるものかよ。アイドルを創り出すヤツと追っかけるヤツの違いはそこだ。
太朗 最近はアイドルや二次元の女のコを追っかけているうちに、生身の女のコに興味を持てなくなった、みたいな若い男性もいるという話も耳にしますね。
次郎 それ、本当なのかよ? 生身の女を口説く度胸がないから、異次元に逃げているだけじゃないのか? 実際のところどうなんだ。
太朗 それは本書が進むうちに明らかになるかもしれません。

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