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ファースト・エンジン
未須本有生

 第一章 競合開発の行方

     1

「ファン、コンプレッサー、タービンいずれも圧力、温度、回転数、全て正常」
 アイドル運転状態から出力を上げた十秒後、オペレーターの一人が状況を報告する。
 この計測室の壁の向こうはテストセル。マウントに固定された新型ジェットエンジンが轟音を響かせている。
 タイトなスケジュールで進められてきたエンジン燃焼試験も、ついに最終段階。
 今は通常推力八〇パーセントで運転中だが、今夜のメインイベントはこれからだ。
 本庄は、モニターに表示されているタイムカウンターに目を落とす。
「予定通り一分後、マックスABに移行する」
「了解」
 室内の全員が呼応し、各人の前のモニターにリアルタイムで表示される各項目のグラフと数値を再確認する……特に異常なし。
 ほどなく、エンジンの出力を操作するオペレーターがカウントダウンの声を上げる。
「十、九、八、ミリタリーパワー」
 通常推力最大、エンジン音が大きくなる。
「三、二、一、AB点火!」
 その声に応じるかのように、テストセルから聞こえる轟音がひときわ大きくなり、モニターに映し出されているエンジン最後部のノズルが開き、オレンジ色の尾を引く。それに伴って推力の表示は二倍近く、燃料流量は四倍に跳ね上がった。
 ABすなわちアフターバーナーは、ジェットエンジンの排気ガスにさらに燃料を噴射して再燃焼させ、エンジン推力を倍増させる機構。この野蛮な方法によって得られるエネルギーで、戦闘機は音の壁を突破し超音速の領域に達することができる。
 ファイナルにふさわしく、このままアフターバーナー最大出力で二十分間連続運転を行う。
 これは、我が国の領空に侵入する脅威航空機を迎えうつ「要撃戦闘」を想定したものだ。離陸から上昇、加速、戦闘に至るまでの各フェーズが全て最大パワーという、エンジンにとっては最も過酷な条件となる。
 試験に立ち会っているのは、テストセルのオペレーター三名とプロジェクトの技術者二名……リーダーの本庄と若手の中河だ。
 各人は、担当する系統のモニター表示を監視し、各パラメーターの推移を見守る。
 本庄は時折、ポイントとなる部分についての報告をメンバーに求めたが、特に気になる点はなかった。
「燃料の温度が高めです!」
 アフターバーナー点火から十三分が経過した時、室内の一番端のコンソールで三つの液晶モニターを見ている中河が声を上げた。
 今のところ、コーション(注意)が点灯するまでには至っていない。
「イエロー付近まで来てるのか?」
 少し離れた相手に聞こえるよう、大声で尋ねる。
「まだ余裕はありますが、他の系統と比べて上昇が顕著です」
「ABの連続運転だからな。燃料供給ラインの温度も上がるだろう」
 本庄は試験継続には問題ないと判断したが、引き続き燃料温度に注視するよう若いエンジニアに指示した。
 他の項目に気になるところはない。あと数分、この状態を保持すれば、所要の燃焼試験は全て終了する……はずだった。

 アフターバーナー終了まで三分を切った時、何の予兆もなく「タービン温度異常」のウォーニング(警告)が点灯した。
 連動するように、複数のレッドあるいはイエローライトが点灯する……不測の事態に本庄は一瞬、頭が真っ白になった。
「運転停止!」
 我にかえって大声を上げたが、それを遥かに凌駕する「グァーン」という金属音が響きわたり、直後に爆発が起こった。
 暴力的な音と震動と共に、計測室とテストセルを繋ぐ観音開きのアクセスドアが弾かれたように全開し、熱風と共に無数の破片が飛び込んできた。
「あっ!」
 咄嵯にコンソールの下に身を屈めたが、破片の一つが本庄の右肩を掠め、作業服を切り裂いていた。
 他のメンバーが無事か気になるが、爆発が収まるまではとても動けない。
 最初ほどではないものの、続けて二回大きな爆発が起こり、その後も小規模な誘爆が数回続いた。
 身を潜めながら、何気なく右肩を左手で触ると血の感触があった。出血していると分かった途端、傷口に痛みを覚える。
 約一分後、爆発は鎮まった。どうやら、燃料の自動停止装置は正常に機能したようだ。
「皆、無事か?」
 コンソールの下から這い出した本庄は、まずテストセルの消火装置の起動ボタンを押した。今さらではあるが、セル内を消火液と不活性ガスで満たせば、延焼を食い止めたり温度を下げることはできる。
「一体全体、何が起こったんだ!」
「こんなん初めてですよ……」
 二人のオペレーターが前後して立ち上がった……共に目立った怪我はないようだ。
 次いで立ち上がった三人目は、頭が血まみれだったが「たいしたことない、かすり傷です」と自己申告した。
 本庄は無傷のオペレーター二人に警備室への通報と、頭部に怪我をした同僚の応急手当てを指示したところで、残りの一人、中河の応答がないことに気づいた。

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