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外房線 60秒の罠
西村京太郎

   プロローグ

 一分間で、いったい何が、できるだろうかと、私は、考える。
 一分間、六十秒。短いが、同時に長くもある。百メートル競走の第一人者なら、九秒台で百メートルを、走り抜ける。
 私は、あまり、運動神経があるほうではないから、百メートルを、二十秒かかってしまう。それでも、一分以内に百メートルを、走り抜けられるのだ。
 時速六十キロで走る車に、乗っていれば、一分間に千メートル、一キロを、走れる計算になる。
 少しばかり、物騒なことにすると、一分間で、人を殺せるだろうか、そんなことを、考えてみたこともある。
 凶器が、ピストルなら、五メートルの距離をおいて、二発撃って、逃げ出せば、少なくとも、私の足でも一分間に、二、三百メートルは、逃げることができるだろう。
 五メートルという至近距離から撃つと考えたのは、ピストルでは、五、六メートルの距離が、いちばん、威力があると、何かの本で、読んだことがあるからだ。
 別に、人を殺すような、物騒なことではなくとも、一分間あれば、電話でどのくらいしゃべることが、できるだろうか、ということもある。
 私は、電話をかけた時の、相手との会話を少しばかり想像しながら、タイムを計ってみた。例えば、こんな会話である。

「私です」
「ああ、君か」
「私ね、実は、見てしまったんですよ」
「君は、いったい何のことをいっているんだ?」
「昨日の午後十時頃、あなたが一人で、例の公園の近くを、歩いているのを見てしまったんですよ」
「例の公園?」
「若い女性が、殺された公園ですよ。あの女性の名前、何といいましたかね?」
「私は、知らん。私には、まったく、関係のないことだ」
「そうでしょうか? 殺されたのは、確か、あなたと昔、関係のあった女性じゃ、ありませんか?」
「まるで、私が、その女性を、殺したようないい方をするんだな?」
「そうじゃないんですか?」
「バカなことをいいなさんな。私とあの事件とは、何の関係もない」
「でも、なぜ、私が電話をすると、そんなに、驚かれるんですか? おかしいじゃありませんか?」
「もう切るぞ」
「またかけます」
「もういい。電話してくるな!」
「いや、またかけます」

 ここで、一分になった。
 つまり、一分あれば、このくらいの会話は、できることになる。
 一分あれば、脅迫の電話を、かけられることが、私にはわかる。
 こう考えてくると、一分というのは、短いようでいて、長くもあるのだ。私が、ある男と気まずくなって、その挙句、話すこともなくなって、黙って向かい合っていた、あの時、時間が、何と、長かったことだろう。
 たぶん、あの時でも、せいぜい一分か二分しかなかったのに、その時間の長さを、私は、永遠の長さのように、感じたものだった。
 それから、私は、水が嫌いだから、顔を水につけて、一分も、我慢していられない。
 昔、学校で、そんな真似をさせられたことがあるが、その時も、一分とは、持たなかった。
 日本の海女さんや、外国のダイバーなどは、三分も四分も、息を止めて、海に潜っていることができるというが、私には、それは、絶対に不可能だ。
 今なら、たぶん、五十秒ぐらいで、死んでしまうかも知れない。
 一般の人間は、どうなのだろう? もし、誰かを一分間、海に沈めていたら、その相手は死んでしまうだろうか?
 時々、私は、そんな、物騒なことも考えて、楽しんでいる。

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