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8時間睡眠のウソ。
日本人の眠り、8つの新常識
川端裕人
三島和夫

まえがき


川端裕人(作家)

 睡眠というのは、とても日常的な「行動」だ。
 誰だって特別な事情がない限り、毎日眠る。
 あまりに普通のことすぎて、気にしていない人は、まったく気にしていない。夜、適度な時間に眠気を感じてすんなり眠り、朝すっきりと目覚められるなら、まったく気にする必要はないのである。
 しかし、いったん気にし始めるととことん気になってしまうことも多いようで、自分の身の回りには、不眠を訴える人、眠りが浅くて気に病んでいる人、慢性的な睡眠不足に悩む人、睡眠障害の治療を受ける人などが、多くいた。
 ぼく自身、自宅で文章を書くのが生業である関係もあって、夜型の生活になりがちだ。特に小説を書いている時は、集中するあまり、早くとも午前3時、遅いと朝明るくなってから眠ることが多い。眠りが浅く睡眠の質が悪い自覚もあるし、日中よく眠気を感じて困る。午前中に用事がある時など「明日(実は今日)起きられるか」とプレッシャーを感じる。会社勤めではなく、毎朝、午前中に起きる必要はないからなんとかなっているようなものだ。それでも、たまに夕方まで眠ってしまったりすると、丸一日無駄にしたようで、非常に気分が悪い。
 とはいえ、普段は時間に拘束されないから、極端に困っているわけでもなく、自分の睡眠についても「生来、こういう性質なので仕方ない」と捉えていた。こういう仕事だし、時々、気分が悪い日があるのは嫌だが、きっとこのままずっと行くのだろう、とも。
 そんな時、『ナショナル ジオグラフィック日本版』のウェブサイトに連載している研究室訪問の企画で、国立精神・神経医療研究センターを訪ねた。睡眠にまつわる科学で画期的な成果をどんどんあげているとの評判で、世界でも限られたところにしかない隔離実験施設を完備しているというのも興味深かった。
 精神生理研究部の三島和夫部長に面会し、お話を伺った最初の30分で、頭をガツンと1発殴られたような衝撃を覚えた。いや、正確には、2発、と言った方がいいかもしれない。
 ひとつは、睡眠にまつわるさまざまな悩ましい事案が、自分の周囲の人や自分自身が多少「気分が悪い」だけでは済まず、もっと社会的・普遍的なものであると知ったことだ。今の日本の社会で、睡眠の問題は非常に大きな広がりと深まりがあり、ちょっと無視できない水準だと認識できた。
 もうひとつは、睡眠の科学が、今、変革期にあって、滅茶苦茶、面白いこと。我々がこれまで素朴に信じていた常識をさまざまな面で打ち破る、「え、本当?」の連続であり、なおかつ、まだまだ謎の部分もたくさん残されている。
 公衆衛生上の現実的な問題でもあると同時に、睡眠とはなにかをとっかかりに生き物としての人間の由来や、進化の不思議に思いをいたしてしまう、そんなテーマでもある。驚いたり、嘆いたり、身につまされたりしているうちに、ぼくは睡眠の問題に引き込まれていった。

 本書は基本的に三島先生から話を伺った聞き書きの形をとっている。長時間にわたって、さまざまな資料や論文を突き合わせつつ、本当に多方面の説明をしていただき感謝にたえない。
 睡眠について書かれた書籍やネットリソースの中で、本書の第一の特徴は、なにはともあれ、睡眠についての悩ましい現実と、驚きに満ちた仕組みについて、できるだけきちんと整理して述べようとしているところだと自負している。自分自身の興味に忠実に書こうとするうちにそうなってしまったのは、一面の事実。その一方で、睡眠について万人に共通の処方箋などないことがはっきり明かされた後(残念ながら、どうやらそのようなのである)、個々人が日々の社会生活と、自分なりの睡眠ニーズを折り合わせていくには、基礎的なところを理解していなければならないのである。
 幸い、睡眠の科学は非常に「面白い」。社会的に悩ましい点がたくさんありつつも、解明されつつあること自体、驚きの連続だ。睡眠について悩みを持つ人に本書の知識は必須だと思うが、現在の睡眠の科学の深まり自体を楽しむことも同時にできそうだ。
 たとえば、本書で「新常識」とした次のような「事実」は、多くの人にとってとても興味深いのではないだろうか。
 ・日本人は世界屈指の睡眠不足
 ・「深い睡眠」が「よい睡眠」とは限らない
 ・睡眠時間は人それぞれ、年齢でも変化する
 ・シフトワークは生活習慣病やがん、うつ病のリスクを高める
 ・日本人の体内時計は平均で24時間10分
 ・眠くなるまで寝床に向かってはならない
 ・「不眠=不眠症」ではない
 ・こま切れの睡眠はNG

 もっとも、医療について素人であるぼくが書くことだから、理解の範囲も深さも、素人なりだ。また、治療を要するような水準の問題について、ぼくがまとめるのは危険だろう。そこで、三島先生自身にも筆をとってもらい、医学的に正確な解説をお願いした。素人が勢いに任せて述べていることに対して、ほどよく歯止めの役割をしてくださり、これもまことにありがたいことだ。
 ぼくの希望としては、本書によって、まずは睡眠についての嘆かわしい現実について理解していただいたうえで、睡眠の不思議に驚いていただければと思う。
 そうすると、そこから先、読者の日々のパフォーマンスをアップするヒントがたくさん見えてくる。特に、バリバリに働いているビジネスパーソン、子育てなどとの両立で苦労している働く母親や父親、そして、勉学に励む学生さんなどが最新の知識をしっかり持って、自分なりの合理的な生活上の選択ができればよいと願っている。睡眠は、覚醒している時のパフォーマンスや、健康や精神状態と密接に関係して、それは、つまり、日々の幸せや充足感、仕事や学業の成果にも直結することなのだから。
 嘆かわしい、しかし、面白い。結果、なぜかライフハック的に実生活に役に立つ。ぼくが経験した睡眠を巡る「旅」を追体験していただければ幸いだ。

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