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謎の独立国家ソマリランド
そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア
高野秀行

 プロローグ 地上に実在する「ラピュタ」へ

 宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」というアニメをご存じだろうか。
 空にラピュタという幻の国が浮かんでいる。ほとんどの人はその存在を知らないし、そこへ行くこともできないのだが、主人公の少年はたまたまラピュタの王族の血を引く少女と出会い、その不思議な国へ行くという話だ。
 もちろん、単なるファンタジーだが(これ自体、『ガリバー旅行記』にヒントを得たものだ)、現実にラピュタと似たような国がある。
 ソマリランド共和国。場所は、アフリカ東北部のソマリア連邦共和国内。
 ソマリアは報道で知られるように、内戦というより無政府状態が続き、「崩壊国家」という奇妙な名称で呼ばれている。
 国内は無数の武装勢力に埋め尽くされ、戦国時代の様相を呈しているらしい。一部では荒廃した近未来を舞台にした漫画になぞらえ、「リアル北斗の拳」とも呼ばれる。
 陸が「北斗の拳」なら、海は海賊が跋扈する──これまた人気漫画になぞらえれば──「リアル ONE PIECE」。日本の自衛艦派遣をめぐっていつものように憲法違反だ、いやそうじゃないという議論が繰り返された。
 いったい何時代のどこの星の話かという感じがするが、そんな崩壊国家の一角に、そこだけ十数年も平和を維持している独立国があるという。
 それがソマリランドだ。
 国際社会では全く国として認められていない。「単に武装勢力の一部が巨大化して国家のふりをしているだけ」という説もあるらしい。
 不思議な国もあるものだ。建前上国家として認められているのに、国内の一部(もしくは大半)がぐちゃぐちゃというなら、イラクやアフガニスタンなど他にもたくさんあるが、その逆というのは聞いたことがない。ただ情報自体が極端に少ないので、全貌はよくわからない。
 まさに謎の国。未知の国家。地上の「ラピュタ」だ。
「謎」や「未知」が三度の飯より好きな私の食欲をそそらないわけがない。
 私が初めて「ソマリランド」の存在を知ったのは、吉田一郎著『国マニア』という本の中である。世界中の奇妙な国や領土を網羅したこの本でもソマリランドは“別格”の存在感を醸し出していた。
 無政府状態の中で平和な独立国家を長年保っているだけでも瞠目に値するのに、「独自に内戦を終結後、複数政党制による民主化に移行。普通選挙により大統領選挙を行った民主主義国家である」などと書かれているのだ。
 思わず、笑ってしまった。アフリカ諸国ではつい最近まで独裁体制のほうが主流であり、民主主義は少数派だった。しかも今ですら、選挙の度に負けたほうが「これはインチキだ」と暴動を起こすのがわりと普通である。ケニアのようなアフリカでは近代化が進んでも例外でない。
 なのに、北斗の拳の中でそこだけ民主化。ライオンやトラが咆吼する真ん中で、ウサギが独自の仲良し国家を作っているみたいな絵が浮かび、そのあまりの非現実さに笑ってしまったのだ。
 もう一つ、非現実的に感じたのは、そんな特殊な国があるなら、どうして誰も知らないのだろうと思ったからだ。アフリカの事情にはそれなりに通じていて、辺境愛好家を自称する私ですら名前を聞いたことがなかった。なぜ大々的に報道されないのだろう。やっぱりガセネタなんじゃなかろうかと首を傾げたくなる。これはネッシーや雪男が発見されたという報道がないから、そんなものを見つけたという本など信用できないという気持ちに似ている。
 探してみると、報道はひじょうに少ないながら、皆無ではなかった。まとまった記述のある書籍が二冊見つかった。一冊はNHK取材班の『アフリカ21世紀』。表題どおり、アフリカの目立った国々を取材し、アフリカの現代を浮かび上がらせようとしたドキュメンタリー番組を書籍化したものだ。
 もう一冊はアフリカの報道やエッセイでいくつもの賞を受賞している朝日新聞記者の松本仁一氏が書いた『カラシニコフ』。旧ソ連製のカラシニコフ(AK47突撃銃)をテーマに、それを作った人物からそれを使用して人を殺傷する少年兵まで、広く取材した名著だ。
 二冊ともソマリランドの扱いは似通っている。戦国ソマリアの惨状と比較するうえで、ソマリランドの見事なほどの治安維持を賞賛している。あるいはソマリアがあまりに絶望的なので、ソマリランドにかすかな希望を見出そうとしているかのようにも見える。
 とくに『カラシニコフ』では、武器の回収に焦点を当て、かなり突っ込んだ取材を行っている。それによれば、ソマリランドでの内戦は部族の長老たちが木陰で話し合いを行って解決し、長老たちの指導の下で、町に出回っていた武器も回収されたという。
 二組のきちんとしたジャーナリストが現地を取材し、そのように書いているのなら、ソマリランドは実在するのだろう。しかし、他地域が北斗の拳なのに、ここだけは「部族の長老が木陰で話し合い」とはどういうことか。同じソマリ民族なのに。やっぱり「ライオンの群れの中でウサギが仲良しクラブ」であり、ラピュタ的なファンタジーの色合いである。てんで、実感が湧かない。
 他の情報はどうだろうか。今はインターネットの時代だ。当然、ソマリランドも検索すれば出てくる。とくに英語のウィキペディアの情報は充実している(多くのアジア、アフリカ関連の項目がそうであるように、日本語ウィキペディアの「ソマリランド」は基本的に英語版の抄訳である)。
 ハルゲイサという名前の首都の中心街の写真も掲載されている。埃っぽい道路の脇で、台座に戦闘機が載せられた記念碑みたいなものがうつっていた。いかにもアジア、アフリカの小国という風景である。これはリアルだった。
 ただし、ウィキ情報はいささか充実しすぎていた。ソマリアとソマリランドを比べると、齟齬が出てくるし、それ以外にも妙な国家が出現するのだ。
 一つは「プントランド」。これはソマリアの東北部に存在するとされ、ソマリランドとプントランドが互いに自分の領土と呼ぶ地域(しかもけっこう広い)を奪い合い、しばしば戦闘を行っているという。
 さらに、そのソマリランドとプントランドが紛争を繰り広げている地域には、「マーヒル」という別の小さな国家があるとウィキペディアは言っている。マーヒルはソマリランドとプントランドの双方に宣戦布告を行っているらしい。
 こうやって仔細に見ていけばいくほど、ソマリランドの牧歌的なイメージは後退し、「所詮は戦国ソマリアの一部じゃないのか」という疑問が頭をもたげずにはいられない。
 さらに、あちこちのソマリア関連のサイトには、「ソマリランドはソマリア和平会議に招聘されても、ことごとく拒否している」とか「国連の呼びかけにも応じず」などと書かれている。主立った武装勢力の中でもこんなに頑なな姿勢を崩さないのはソマリランドだけで、私が今つい書いてしまったように、やはり「武装勢力の一つ」でしかなく、しかもソマリア和平における最大の障壁にも読めてしまう。
 ──なんだろう、これは……。
 と私は思った。
 私は「謎の国家」や「自称国家」にはなじみがある。二十代の半ばから十年以上、ミャンマー(ビルマ)の少数民族の地域に通っていた。アジアでも最も「未知の部分」が残されていたからだが、そこでは「シャン」民族の独立運動を手伝ったり、「カチン」民族のゲリラ支配区を旅したり、「ワ」民族のゲリラ支配区に半年以上住み込んだりした。
 それらは部分的に「国家」ぽかったり、「独立国ではないが自治区だ」と主張したり、民族の政府は「独立国ではない」と言っているのに住民は「国家」と思い込んでいたりとさまざまだったが、「国家とは何か」を嫌でも考えさせられた。
 未知や謎を追っていくと、国連で認められているような国家の中央政府の力が及ばない地域に行きがちで、そういう地域には「自称国家」や「国家もどき」が出現しやすいのである。
 だから、その経験を踏まえてあれこれ想像するのだが、報道されているソマリランドの内容とミャンマーで私が体験した「自称国家」群とは大きな隔たりがある。
 正直言って、ソマリランドが報道されているとおりなら、その「国家度」はミャンマー内の自称国家の十倍いや百倍にも達しよう。しかし……。
 うーん、わからない。
 一体ソマリランドとは何か。ファンタジックなラピュタか、それともウサギの皮をかぶったライオンか。
 結局、自分の目で見てみないとわからないという、いつもの凡庸な結論に達したのである。

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