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恥知らずのパープルヘイズ
─ジョジョの奇妙な冒険より─
上遠野浩平
荒木飛呂彦原作

 アポロン神殿遺構と呼ばれている廃墟に、二つの人影があった。
 ひとりは男で、ひとりは少女だ。
 時は夜。そして新月の日。
 わずかな星明かりしかない真っ暗な世界の中で、男は横たわっている少女の身体を見おろしている。
「う、ううう……」
 苦しげに呻いている少女に向かって、男は冷ややかに言う。
「呼べ」
「うううう……」
「呼べ、フーゴを──悲鳴を上げて、ヤツに助けを呼べ」
 男の声には一切の容赦がない。漆黒の殺意だけが凝り固まっているような残忍さ、それだけしかそこにはない。
「ううう……」
 少女は呻くだけで、動けない。その手足があり得ない方向に曲がっている。自力で逃亡することは不可能だ。そんな彼女に男は冷酷に言い放つ。
「抵抗は無意味──おまえの意思など〈マニック・デプレッション〉で制御できる肉体反応の前には無力だ」
 そう言って男は、少女の喉を鷲掴みにした。その指先が皮膚に、肉に喰い込んでいく。
 絶叫が、底無しの闇に覆われている夜に響きわたっていく──。

         *

 これは、一歩を踏み出すことができない者たちの物語である。
 将来になんの展望もなく、想い出に安らぎもない。過去にも未来にも行けず、現在に宙ぶらりんにされている者たちが足掻いている──そのことについての奇譚である。
 彼らが足掻くのは、一歩めを何らかの形で踏み出したいと思うからなのか、前進するのか、後退するのか、それは誰にもわからない。本人たちにはもちろん、彼らをそのような運命に落とした世界の方も、何もわかってはいない。
 はっきりしていることはただ一つ、彼らの立っている足場の方はどんどん崩壊していっており、もはや同じ場所には留まれないということだけだ。
 明日はなく、故郷もない。その中で人はどこに希望を見出すのか、あるいは何を絶望として怒りをぶつけるのか──そのことを一人の少年に託して、追究していくことにしよう。少年の名はパンナコッタ・フーゴ。人から裏切り者と蔑まれ、恥知らずと罵られる彼がいかなる運命に辿り着くことになるのか、それは彼の選択次第である。

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