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眠狂四郎狐剣五十三次 上
柴田錬三郎

     初春日本橋

 節季が来ていた。
 煤払いをおわった江戸の市中は、正月を迎える準備で、あわただしくなっていた。
 この月、十五日を区切りにして、諸方の遊び場、物見の場が、すべて休みになってしまう。遊山見物もおわりである。代って、市中いたるところに、年の市が立つ。
 各町内では、鳶の者が、辻に小屋を建て、〆飾りを商う。これは、大晦日夜半までのあきないで、元日の朝には、小屋の跡もとどめず、きれいに掃除も行きとどいている。
 餅搗きの音が、きこえる。
 割竹をさわがしく叩きたてて、節季ぞろ、と喚きたてて行く乞食の姿も多くなる。
 通行人の足どりも、なんとなく、あわただしい。
 その雑沓の中を、眠狂四郎が、ゆっくりと往く。
 旧い年を送り、新しい年を迎える。この行事に忙殺されている市巷にくらし乍ら、この男は、次元の異った世界にいる。
 煤払いにも、餅搗きにも、門松飾りにも、この男は、無縁である。
 いま、通りすぎようとしている佐久間町河岸は、松市が立ち、往還の左右は、大小無数の松で、森林と化した観がある。門を飾る大松は、年の市では売らず、この松市で需めなければならないので、群衆の殺到も、もの凄くなる。
 眠狂四郎にとっては、武蔵野の森が、ここへ移されたような光景も、べつに興味のないことであった。
 ただ、一年ぶりに飄然として、江戸へ戻って来たこの異相の浪人者には、別の用事が、正月には待ちうけているようであった。
 その用事というのは、何か──。これから老中・水野越前守忠邦邸へおもむいて、側用人武部仙十郎から、きくことになる。狂四郎は、越後の雪ふかい湯宿で、仙十郎の手紙をもらったのである。
 常盤橋御門を入ると、視界の様子は一変する。
 大名屋敷のならんだ内桜田は、正月が近づいていても、流石に、その多忙ぶりは、往還にまでみせてはいなかった。
 門松もまだ飾られてはいない。
 歳の尾の祝賀の使い番が、白く一重に咲いた室咲きの梅を、進物として、従者に持たせた姿などが、わずかに、節季らしい景色となっている。
「眠狂四郎殿、とお見うけつかまつる」
 背後から、声がかかり、跫音がすたすたと近づいた。
 狂四郎は、べつに振りかえりもせぬ。
 つと、右脇へ肩をならべたのは、どこか小藩の家中、それもあまり身分の高くない定府、とみえる男であった。
 笑いかけて来た顔は、大層愛嬌のあるものだった。目も鼻も口も、顔ぜんたいが、すべて、丸かった。狂四郎よりも首ひとつ低く、小肥りで、武士としては、およそ威厳がない。
「結構な日和でござる」
 男は、云った。
 云われるまでもなく、狂四郎の痩せてとがった肩に当っている陽ざしは、節季のものらしくない、あたたかさであった。
「卒爾に、声をおかけ申したご無礼、お詫びつかまつる。実はな、昨夜、吉原の角万で、お手前と、部屋をとなりあわせたのでござる。お手前は、吉原などは、どの店の天水桶のかたちはこう、とまで知りつくされて居られようが、身共は、これで二度目でござってな。それが、なんと、この矮小の、野暮もきわまる醜男が、吉原芸妓に、もてたのでござる。……なんだそうでござるな、吉原芸妓というのは、座敷へ出るにも、二人ずつ、組んで出て、絶対に枕席には侍さない規則が、あるのだそうでござるな。もし、枕席に侍したことが露見すると、見番の札が削られ、その茶屋は提灯を止められるのだそうでござるな。それが、どういう風の吹きまわしか、四人呼んだ芸妓のうち、柳のようにほっそりした、どこやら影のうすい、おとなしい女が、身共のからかいを、真に受けてな、諾と申したのでござる。いやはや、身共の方が、びっくりつかまつってな──」
 よく喋る。
 すてておけば、とめどなく、喋りつづけそうである。
 狂四郎は、道三橋の脇を過ぎ、大名小路の入口に来た時、その饒舌を止めることにした。
「お主!」
 その語気に、鋭いものを含ませた。
「なんでござるな?」
「刺客であろう、お主?」
「…………」
 急に、男は、口をつぐんだ。
「わたしを殺すのに、手数をかけて、わざと右わきに竝んだり、喋りたててみたりしているが、徒労のようだ。お主の手の内が見えて居る」
「…………」
「お主は、わたしが、お主を刺客であることを看破るのを、あらかじめ計算していたらしい。およそ刺客らしくないお主が、それだけの要心をしたのは、結構だ。ただ、わたしが、お主の手の内まで看て取るということまでは、思いいたらなかったようだ。……お主は、わたしが、抜き討とうとするのを待っている。その刹那に、お主は、わたしの右手を押えておいて、脇差を抜いて、刺すつもりであろう。……無駄だな」
 男の足が、停った。
 狂四郎は、そのまま、同じ歩調で、大名小路に入った。
 ものの十歩も、はなれたろうか。
「眠狂四郎殿!」
 男が、呼んだ。
「身共は、都田水心と申す。近い将来、必ず、お手前を、討ち果してみせ申す!」
 もとより、狂四郎の返辞はなかった。振りかえりもしなかった。

 

 水野邸内表長屋の、側用人宅の書院に坐った狂四郎は、しめったにおいのこもっている冷たい空気に、なつかしいものをおぼえていた。
 老人は、この自分を死地におもむかせる依頼を、この書院で、いくど、したことだろう。生きては到底還れぬ、と思われる仕事を、小犬かなにかをすてて来て貰おう、といった、ぬけぬけした口調で、老人はたのみ、それをなしとげて報せに来ても、まるでそれを当然のことのように、
「あそこには、美人が揃っていた筈じゃが、一人ぐらいは抱いたかの」
 などと、笑っている老人であった。
 狂四郎は、五尺足らずの、額と顴骨が異常に突出した、およそ風采のあがらぬ姿が、ひょこひょこと入って来て、座に就くと、
「老人も、来年は古稀か」
 と、云った。
「年寄の冷水は、いい加減にせい、というのかな。なかなか、そうは参らぬ。あと十年は、ご奉公いたさねばならぬの。公儀にも人は居らぬが、当家にも人は居らぬ」
 狂四郎は、無表情で、老人を視ている。知り合ってから十年になる。全く同じ貌をしている。この老人は、三十年も前から、すでに年寄であったか、と疑われる。
「このたび、殿は、本丸に入られた」
 武部仙十郎は、云った。
 これは、越後の湯宿にいた狂四郎の耳にも、つたわっていた。今年五月に、忠邦の強敵であった本丸老中・水野出羽守が逝っていた。
 老中筆頭・大久保忠真が、出羽守が空けた座へ、はたして、西丸老中の忠邦を据えるかどうか、大名・旗本たちは、それぞれの不安と期待をもって、眺めていたのであった。
「殿が本丸に入られても、先月までは、べつに、殿中に波も埃も立たなかったな。ところが、この月に入って、妙なことが起って参った」
「…………」
「西国十三藩の大名衆が、一斉に、正月に帰国を願い出た。これまでにあり得なかったことじゃ。……薩摩をはじめ十三藩の大名衆が、ひそかに一堂に集って、謀議したふしがある。本丸に入られたわが殿に対する、ただのいやがらせであれば、なんのことはない。もっと腹黒いこんたんが、うかがわれる」
「…………」
「貴公に、ひとつ、十三藩を対手にしてもらおうと思ってな」
「わたし一人でか?」
「助っ人が欲しければ、何十人でも、付けるが、それは、貴公の性分に合うまい」
 老人は、にやりとしてみせた。
「ご老人──。わたしは、公儀庭番でもなければ、甲賀伊賀衆でもない。べつに忍びの術を修業もして居らぬし、そういう行為も好まぬ」
「なんの……、貴公に、謀議の内容をさぐる隠密のまねをしてもらいたい、と申して居るのではない。……白昼堂々と、振舞ってもらって結構だ」
「たとえば?」
「たとえば──そうさの、天下の大道で、大名に赤恥をかかせる、などというのは、どうであろうの?」
「…………」
「まず、手はじめに、対手にえらんでもらいたいのは、正月元旦、年始の賀儀もせずに、帰国する者が二家ある。萩の毛利と、岸和田の岡部──。公儀もなめられたものだの。これが、五十年前なら、たちまち、改易の処分をくらう振舞いだが……」
 十一代将軍家斉は、すでに晩年を迎えて、幕府年中行事を煩しがるようになり、最も盛観であるべき歳首の儀式も、ここ三年ばかりは、不例を理由にして、御座の間へも、白木書院へも姿を現していなかった。したがって、献上太刀目録の披露も、呉服下賜も、月番老中が代りにつとめ、賜盃の式も挙げられてはいなかった。
 今年もまた、出座がないことは、わかっていた。それにしても、元旦の拝賀を黙殺して、早々に帰国するとは、よほどの僣上と云わねばならぬ。あきらかに、初春の月番をつとめる水野忠邦に対するいやがらせであった。
「どうであろうの、岸和田の岡部あたりは──。当代は、男盛りで、智慧もまわるし、野心も強いし、癇癖でもあり、対手にまわして不足はない」
「…………」
「わしが、察するところ、十三藩の大名衆それぞれ、謀議の連判状を、懐中にして、帰途につく模様じゃな。そいつを、岡部長慎殿の懐中から、まきあげてもらえれば、幸甚じゃ。……元旦の朝ぼらけ、場所を日本橋の橋上あたりにえらんで、堂々と、大名衆の懐中から、大切なしろものを、まきあげる、などという趣向は、また格別の愉快ではないかの」
 途方もない難事を、平然と口にして、老人は、にやにやしてみせた。
 狂四郎は、依然たる無表情で、老人の顔をじっと見まもっていたが、
「釣りあげるには、餌が要るが──」
 と、云った。
 この老人が、餌を用意してくれていない筈はないのだ。
 はたして、老人は、
「うむ。いま、これヘ──」
 と、こたえて、手をたたいた。
 女中にともなわれて、入って来たのは、武家娘であった。
 美しかった。鼻梁がやや高すぎる難点は、ふっくらとした頬の丸みが救っていたし、二重頤の輪廓の薄さは、ほっそりと長い頸すじの線の綺麗さがおぎなっていた。肌の白さ、肌理のこまかさは、無類であった。
「理江、という。これの父親は、岸和田藩の小納戸頭取であったが、三年前に、殿の癇癖にふれて、手討ちにされて居る。……餌にならぬかの?」
 狂四郎は、しかし、それには、すぐこたえず、娘へ、冷やかな眼眸をくれていたが、
「そなた、まだ、男を知らぬ生娘か?」
 と、妙な質問をあびせた。
「はい」
 理江は、頷いた。
「父の讐を復つためには、肌を衆目にさらしても、堪える覚悟がなければならぬ。それができているか? 苦界に身を沈めて、敵をさがした女もいるぞ」
「はい。覚悟は、できて居りまする」
 狂四郎は、その返辞を待って、老人へ視線をまわした。
「餌になるようだ。……どんな趣向にするか、大晦日まで、どこかで、酒をくらい乍ら、思案いたそう」
 狂四郎は、無想正宗を携げて立ち上った。
 書院を出ていこうとして、ふと思い出したように、
「ご老人。ここへ参る途中で、刺客に出会った。わたしを、貴方に会わせまい、としたところをみると、十三藩がたにも、すでに、貴方の邪魔だてを、かなり気にしている者がいることだ」
 そう云いのこした。

 

 元旦明け六つ──江戸の空は、雲影ひとつとどめていなかった。
 ただ、風が鳴って、寒気はきびしかった。
 市中は、ひっそりとしている。町家の板戸はみな閉じられて、往来には人影は絶えている。
 東雲がたなびく頃までは、熱鬧のちまたであったものが、夜が明けるとともに、嘘のように、しーんとひそまりかえって、急に往還の幅が広くなったのをおぼえさせる。
 ただ、町毎の辻に、葭簀がこいの辻店だけがひらいている。紙鳶売りである。正月元日に、あきないをするのは、紙鳶売りだけであった。
 しかしまだ、この時刻には、子供たちも、屠蘇を祝っていないので、おもてへ駆け出して来てはいない。
 江戸の中央──日本橋が、二十八間の橋上に、人影を絶っているのは、この朝だけである。
 六間の幅が、十間にも見え、霜を置いた葱宝珠高欄が、高く感じられる。
 北方に上野の山、西方に江戸城、南方に富嶽が、そびえたち、そして東は海づら近く、初陽は、波を渡って、さしそめている。
 まさしく、風色真妙、絵となって動かぬ眺めであった。
 平常なら、もう、数百艘の漁船、槙船が、ひしめくように入って来ている頃だが、この朝ばかりは、一艘も漕ぎ寄せられてはいない。橋下には、数十艘が、ひっそりとねむっている。
 と──。
「は、はっくしょっ!」
 不意に、ちょうど橋の真下の一艘で、大きなくしゃみをした者がある。
 豆しぼりを泥棒かぶりにした巾着切の金八であった。
「ちょっ、寒いや、骨が鳴らあ、こん畜生! 武者顫いも、半刻つづくと、いいかげん、志気やら小便やらを、そそうすらあ。早く来やがれ、五万三千石野郎!」
 ぶつぶつ、独語している折──。
 室町の方角から、かなりの早さで、行列が近づいて来た。
 華美に流れ、分限を超え、異風を凝す風潮のこの時代にあっては、ひどく地味な行列であった。槍、打物、挟箱、長柄傘、乗物──いずれも黒色を基調としている。
 岸和田藩は、初代岡部宣勝が、寛永九年、摂州高槻より移封されて、入城して来たその日に、飢えた農民の大集団の強訴に遭って以来、代々、領内いたるところで、一揆、逃散が起っている藩であった。
 貧乏藩として、下からかぞえた方がはやいくらいであった。そのために、藩の方針は、節約ひとすじであった。行列が質素なのもやむを得なかった。
 下座触れ役の先徒が、橋袂に達した時であった。
 突如──。
 京橋がわから、ツツツ……と橋上へ奔り出て来た者があった。
 美しく正月の晴着をまとった武家娘であった。
 凛と、柳眉を張りつめた貌は、武部老人が眠狂四郎に餌として与えた理江のものにまぎれもなかった。
 なかばまで駆け渡ると、裳裾をわけさばいて、ピタリと正座した。
「あれは?」
「なんだ?」
 先徒や、それにつづく小人目付らは、不審の眉宇をひそめたが、次の瞬間、理江の右手に懐剣がひらめくのを視て、ぎょっとなった。
 さらに──。
 供連の面々を、仰天させたのは、次に為した理江の振舞いであった。
 懐剣の切っ先を胸に当てるや、胸高に締めた帯を、さっとまっ二つに切きはなして、晴着の前を左右に押しひろげ、胸の隆起から腹部まであらわにした。とみるや、切っ先を、腹部の左わきに擬した。
 すなわち、切腹の身構えをとったのである。
 燃える緋色の下着の中に、白い柔肌を、惜しげもなく、初陽にさらしつつ、理江は、声を張って、行列へ呼びかけた。
「岡部美濃守様へ、見参!」
 供連のうちから数人が走り寄って来ようとするや、理江は、さらに声音を高くして、
「寄られるな! 寄れば、元旦の日本橋の上を血でけがしまするぞ!」
 と、叫んだ。
 藩士たちの足は、その場へ釘づけになった。
 正月元旦には、不吉の一語を口にしても、烈しい非難をあびなければならない程、慣習が隅々までゆきとどいた時代であった。
 江戸の中心──五街道の起点である日本橋の橋上が、元旦早々に血でけがされたならば、いかなる騒動になるか、想像にあまりある。
 藩の破滅をまねく原因にならぬとも限らぬのである。
 庶民すべての非難攻撃が、岸和田家に向って集中したならば、公儀と雖も、すててはおけまい。今は、幕府が、庶民の機嫌をとらねばならぬ時世なのであった。
「おのれ、物狂いか、それとも、意趣か!」
 小人目付が、呶鳴った。
「意趣に候。三年前、殿より、理由もなくお手討ちに遭いし小納戸頭取大塚三郎兵衛がむすめ理江にございます。中有にさまよう亡父が霊魂を鎮めんがため、思案の挙句、斯様にしてお行列をさえぎり、殿様じきじき、わたくしに向って、許せ、と一言、お言葉を賜りたく存じまする。もし、拒否あそばすに於ては、前例もなきこと乍ら、この場にて、見事腹をかき切り、父娘の無念を、世間にひろめる存念にございますれば、何卒、殿様には、お乗物よりお出ましの程を、願い上げまする」
 理江は、おちついて、云いはなった。
 家老の中兵左衛門が、橋袂まで出て来て、この口上をきいた。
「やむを得ぬ」
 急いで、乗物のところへ、ひきかえして、美濃守長慎に、報告した。
「推参な! よし、参ってくれる!」
 長慎は、草履を揃えさせるのも、もどかしく、乗物から出た。
「殿──。お手討ちの儀は、おさしひかえ下さいますよう……。峰撃ちにて」
 兵左衛門が、忠告すると、
「わかって居る!」
 長慎は、小姓から差料をひったくると、一人で、ずかずかと、橋板を踏み鳴らして、理江に近づいて行った。
 二間に距離が迫った──瞬間。
 葱宝珠高欄を、鳥の迅さでおどり越えた者があった。
 長慎が、抜刀するいとまも与えずに、体当りをくれて、ぱっと跳び遁げた。
「曲者っ!」
 長慎が、白刃をかざした時には、もう理江の横あいまで逃げていて、
「お嬢さん、にげろ!」
 と、叫んでいた。
「おのれっ!」
 長慎は、猛然と追った。
 藩士一同も、どっと橋上へ殺到した。
 金八は、理江をさきに奔らせておいて、逃走し乍ら、小面憎く、
「へへへ……、金八船々、追手に帆かけて、しゅら、しゅしゅっと来らあ」
 と、へらず口をたたきつつ、いま、長慎の懐中からすり取った十三藩の藩主連判状をかざして、ひらひらさせてみせた。
 長慎は、完全に逆上してしまった。
 しかし──。
 橋袂まで追って、長慎は、ぎくっ、となって、足を停めなければならなかった。
 理江と金八が、遁れ去ったあとに、異相を持った黒羽二重の着流し姿が、ふところ手で、うっそりと立ったからである。
 岡部藩百七十余人を対手にする鋭気が、その冷たい双眸にも、痩せてとがった肩にも、湛えられていた。

     品川女郎衆

 正月元旦は、人影もなく、ひっそりとしていた往還も、二日になると、織るような人出になる。
 まず、初荷がどっと出る。車力も新しければ、印半纏も新調の、揃いの染手拭いで、鳶頭を先頭に、威勢のいい掛声をひびかせて行く。
 町家の旦那衆が、黒羽二重紋付き小袖に、麻裃をつけて、今日ばかりは飾りの脇差を佩びて、丁稚を供にして、年始まわりに出かける。大工の棟梁も料亭の女将も、幇間も、それぞれきまりのいでたちで、道をいそぐ。
 そして──。
 空には無数の紙鳶が舞っている。
 町かたでは、往来遊びのうち、子供たちに年一度、この正月だけ、紙鳶あげが許されているのであった。立春の季に、空を仰ぐのは、養生のひとつ、とされていたので、紙鳶あげは、市井の狭い路上でずいぶん通行の邪魔になったが、武士たちも、夢中になって走る子供にぶっつかられても、笑って許すならわしであった。
 女子たちが羽根を突く音も、紙鳶の紙箏の音に加えて、のどかな正月景色であった。
 これに加えて、鳥追いの三味線の音、三河万歳の瓢逸な懸声、獅子舞いの笛太鼓──。
 御世泰平は、昨年につづき、今年も、と思わせる。
 眠狂四郎は、その平和な江戸の街をあとに、高輪の大木戸を抜けて、東海道を西へ向って、歩いて行く。
 高輪の大木戸からは、朱引外(市外地)になり、眺めは一変する。
 町屋も片側町になり、海に沿うて牛町、車町──その裏側は、荷車を挽く牛の宿屋が竝ぶ。
 誰の句であったか、
  芝浦や車のうへにはつ霞
 というのがある。
 正月の装いも、牛があるじで、頭に注連飾りをかけてもらい、草鞋も新しくはきかえさせられ、もうと啼く声も、なにやら、目出度げに、ひびかせる。
 往還には、初大師詣での老爺老婆にむかって、立場の馬子が、どなりたてている。
「馬をやらんけえ、馬を──」
 赤ふんどしを、地面すれすれまで垂らした極道面が、
「おうおう、そこの御隠居、馬をやらんけえ。初乗り、って縁起がいいぜ。どうせ、女には縁がなくなっているんだからよう、せめて、馬に、初乗りとしゃれてくれろ」
「初乗りには、どんな功徳があるかの?」
「いろいろ、あらあ。往来は、牛と馬と犬の初糞だらけよ。踏んづけて、すべって、ころんで、三月も寝込んだ婆ァがいらあ。……第一、富士のお山だって、地べたから見るよりは、馬の背中から、ふり仰ぐ方が、高くならあ」
「子曰く、山高きが故に尊からず」
「臍まがりなことを云わねえで、乗ってくんねえな」
「わしの国は、信州での。山の高いのは見馴れて居るし、馬にも女にも乗りあきて居るわさ。民謡にもあるのう……お前に乗鞍、わしゃ槍嶽、といってな」
「ちょっ! くそ爺め、ばば色を踏んづけて、腰っ骨でも折りやがれ」
 馬子は、口ぎたなくののしっておいて、次の客を物色していたが、ふと、近づいて来る眠狂四郎の姿をみとめると、急に顔色を変えて、馬の首を、ぐいと向けかえさせると、品川宿の方へ、大急ぎで、行ってしまった。
 それと気づいた振りもなく、狂四郎の常に変らぬふところ手の着流し姿は、いかにも行く先のあてもないものにみえた。
 品川宿の入口に来て、狂四郎は、眉宇をひそめた。
 立場茶屋のお茶汲み娘を対手に、羽根をついているのは、金八であった。
「どうした、金八?」
 声をかけると、金八は、
「おっ! 先生、待たせやすねえ。嘘をつく羽根、待たせておいて主はどこかへ外れたやら、って──気をもんでいたんですぜ。待つこと久し、二刻半」
「ここで待って居れとは、命じたおぼえはないが……」
「そっちにおぼえはなくても、こっちには、大あり名古屋のこんこんちきだあ。……先生、惚れられちまったんでさ、足駄をはいて首ったけ、というやつだ」
「…………」
 狂四郎は、黙って歩き出した。
 金八は、跟いて来乍ら、
「理江様って──あのお嬢さんが、どうしても、先生にくっついて、東海道を上る、ってきかねえものだから、武部の爺様に相談し奉ったら──金八、供をせい」
「…………」
「先生のあとになり、さきになり──って次第に相成ったんだが、ご迷惑ですかい?」
「…………」
「返辞がねえや。……しかしね、先生、元日早々、日本橋の橋の上で、腹を切る覚悟をしたくれえの勝気なお嬢さんですぜ。こうと思いきめたら、テコでもあとへ退きやしませんぜ。……この品川宿の、相模屋って旅籠で、鳥追い姿で、待っていまさ」

 

 ものの二町も行くと、右側にずらりとならんだ紅殻格子の中から、かまびすしく嬌声が、往還へとぶ。
「ちょいと、そこのいなせなお兄哥さん。刷毛先の曲げっぷりといい、振り分けの掛けっぷりといい、様子がいいよ。おまけに、その着物、古渡りだろ、渋くて、ふるいつきたいやね」
 ほめられて、金八は、紅殻格子へ寄って行き、
「恋の品川女郎衆に袖ひかれ──って、うめえことを云やがる」
「あがってくれるんだね」
「それが、あいにく大森に急用があってな。戻りに寄らあ、大森細工の松茸を土産に持ってな」
「細工物はごめんだよ。本物の方を、おくれな」
「品川女郎衆は、去年から三割がた高くなったって噂だぜ。本日天気、青楼なれども、金高し、か」
 狂四郎の方は、すでに半町もさきを歩いていた。
 と──。
 とある店の格子から、ぽんと、長いものが、投げられた。
 帯であった。
 巻紙がめくれるように、狂四郎の前を、するするところがって行き、往還の幅いっぱいに、ひろがった。
 狂四郎は、黙って立ちどまった。
 浅黄の更紗帯に、大きな文字で、
  晴れてうれしゅう相生獅子を待って交さんまくら獅子
 と、記してある。
 金八が、いそいで追いついて来て、
「へえ、道に帯を締めさせるたァ乙なまねをしやがる。どんな面相だい?」
 と、格子へ寄って、覗き込み、「おっ!」と叫んだ。年増であったが、朱引外の女郎屋などに置くのは惜しい眉目のすっきりした、肌の綺麗な女であった。
「びっくりさせやがる。いくら、おめえ、三界に家がなくったって、苦界にまで降りることはなかろうぜ、この器量でよ」
 金八が、云いかけたが、女は、眉宇も動かさず、無表情であった。
「金八──」
 狂四郎が、呼んだ。
「へい」
「おれは、この女を買う。お前は、相模屋へ行って、理江をつれて、先に行け。小田原あたりで待って居れ」
「先生、そんな殺生な──。いくらこの女郎が渋皮がむけていたって、理江様とは比べものになりませんぜ。生娘が据膳据えて、待っているというのに……」
 狂四郎は、金八にかまわず、暖簾をくぐって、入って行った。

 壁も天井も汚染だらけの、薄暗い部屋にあがった狂四郎は、床柱を背にして坐ると、目蓋を閉じた。
 長襦袢姿になった女が、酒と肴をはこんで来て、猫足の膳を前に置いたが、狂四郎は、盃を把ろうともしなかった。
「下戸でござんすか?」
「いや。元日に屠蘇をくらいすぎて、宿酔だ。牀をとってもらおう。ひとねむりする」
「あい」
 女は、押入から、夜具を、とり出して敷きはじめた。
 狂四郎は、薄目をひらいて、ゆっくりとした動作の女の肢体を、眺めやった。
 肩の線も、胴の線も、崩れてはいなかった。三十を越えている大年増だが、女郎になってまだ日が浅いのか。
 狂四郎は、黒羽二重を脱がずに、そのまま、牀に就くと、
「添寝は無用だ。暮れ六つになったら、起してもらおう。用足しに出かけて来る。お前を抱くのは、そのあとだ」
 と、云った。
 女は、ちょっと、ためらっていたが、
「あの……では、まことに勝手でござんすが、お前様がおやすみのあいだ、近所へ行かせて下さいまし」
「こっちも、その方が都合がいい」
「子供を、近所の漁師の家に預けて居ります。元日に、女郎の外出は、世間様をはばかりますので、屠蘇を祝うてやることが、できませなんだ。……今日、祝ってやりたいと存じます」
「行って来るがいい。ゆっくりでよい」
「有難う存じます」
 女は、礼を述べると、出て行った。
 狂四郎は、それからすぐに、ねむりに陥ちた。

 

「もし──」
 掛具の上から、ゆさぶられて、狂四郎は、目蓋をひらいた。
「いま、暮れ六つの鐘が鳴りました」
 女が、告げた。
 狂四郎は、起き上ると、女が茶漬けでもとすすめるのをことわって、無想正宗を左手に携げた。
 出て行きがけに、ふと、気がついたように、
「お前の子は、男児か?」
 と、訊ねた。
「はい」
「では、子供に、土産を持って来てやろう。子供が、びっくりするような珍しい品を──」
「本当でござんすか?」
「嘘は云わぬ男だ、と思ってもらおう」
 狂四郎は、階下へ降りたが、まっすぐに、おもてへは出なかった。
 厠へ入るとみせて、台所を抜けると、裏手から出た。そこは、崖下になって居り、人一人やっと通れるほどの狭い通路であったし、墨を流したような暗闇の中を辿ることになる。
 それきり……狂四郎の姿は、闇の中へ没した。

 高輪から品川の宿に入るまでの往還は、殆ど人影が絶えていた。
 高輪の大木戸は、暮れ六つの鐘を合図に、閉じられるし、この時刻から旅へ出る者もいなかった。旅人がいなければ、馬子も姿を消すし、立場茶屋も店を閉じる。
 ひろびろとした往還を、海寄りの側をひろって、一列になって、普化僧の一団が、進んで来た。大木戸が閉じられる寸前に、通って来たのである。
 池上の本門寺へ行く道と岐れる辻へ来た時であった。
 常夜灯の蔭から、幽鬼のように、黒影がひとつ、辻の中央へ歩み出て、普化僧団の行手をさえぎった。
 普化僧団は、一列のままで、立ちどまった。
「十三人か。この三カ日のうちに、江戸を発つ大名行列が十三藩。恰度、一人ずつ、護衛役として配分されるわけか。そうなのだな、薩摩隠密衆?」
 眠狂四郎は、云いあてた。
 返辞はなかった。返辞の代りに、一斉に、深編笠をぬぎすてた。
 当然──。
 狂四郎の八方分身に備える包囲の陣形がとられるものと、思われた。
 しかし、それは、為されなかった。
 並木のごとく一列の隊伍を一歩も乱さず、左拳を額にあてて、切っ先を天に直立させる上段の構えをとった。
 これは、寛永のはじめ瀬戸口備前守が編んだ自源流の構えであった。
 渠らは、薩摩藩が、百年の長きに亘って、組織を完備した隼人隠密党と称する暗殺団の面々であった。
 多剣をもって、一刃を襲うのは、薩摩隼人の面目にかけて、これは択らぬところであった。それだけに、天稟をそなえた異数者がえらばれ、その修業も尋常一様ではなく、修業中途で半数が斃れ、生き残った者が、党士に組み入れられ、さらに、幾段階に分かれた序列を、凄じい競争によって昇って行くのであった。
 公儀庭番などが到底及ぶべくもない異常な手練者揃いであった。
 狂四郎と雖も、これら十三人に、一挙に襲われたならば、あるいは、勝味はないであろう。
 隼人隠密党は、いかに多勢の隊伍を組んでいても、一騎討ちを厳法とし、一人が仆れれば、また一人、その屍をのり越えて来る、と知っていたからこそ、狂四郎は、渠らの面前に出現して、決闘を挑んだのである。
 狂四郎は、常夜灯を後楯にとり、おのが孤影を、長く地面に延ばしておいて、無想正宗を抜いた。
 まず、切っ先を、地面すれすれの地摺りの構えにとることは、円月殺法という妖気の一閃を生むこの男の、起刀の常法であった。
 ただ──。
 いつもとちがっていたのは、地摺りに構えた瞬間、燦と刃を煌めかせて、峰をかえしたことであった。
 自ら進んで、決闘を挑んだこの男が、峰撃ちをする道理はなかった。刃を上に向けたのは、自源流に対する工夫とみえた。
 ゆるやかに白刃の円を描きはじめたのは、これは、これまでの決闘と変りはないことだった。
 直立上段に構えた薩摩隼人は、狂四郎が、完全な円を描きおわるまで、能く満を持した。
 無想正宗が、再び元の地摺りに還った刹那、隼人の五体は、剣と一如になって、地を蹴った。
「とおっ!」
 氷結した湖面を裂く神渡りに似た白光が、宙をつらぬいた。
 同時に、無想正宗が、地面から、目に見えぬ迅さで、はねあがった。
 よろめいたのは、隼人の方であった。
「……むっ!」
 呻きを口腔内で殺して、左の耳を掌で押えると、数歩しりぞいた。
「一個」
 狂四郎は、ひくく呟いて、元の地摺りの構えに戻った。
 狂四郎の足もとには、切断された耳朶が、ぺったりと、落ちていた。
 二番手は、一番手より、さらに半歩踏み込んだ間合をとって、狂四郎を、かっと睨み据えた。
 狂四郎は、再び、円月殺法を起した。
 無想正宗が、地摺りに戻るのも同じならば、隼人が、一髪一唾までも闘いにかりたてた気合を噴かせて斬り込むのも、同じであった。
 そして、その耳朶は、狂四郎の足もとへ、落ちた。
「二個──」
 狂四郎は、冷たく、かぞえた。
 三個。
 四個。
 五個。
 狂四郎の足もとに、切断された耳朶の数が増した。
 敗れた者は、遠くへ退き、直立上段に構えた者は、おのが順番を待って、狂四郎の前へ進む。
 凄じい懸声が、宙をつらぬくほかは、沈黙は、深くまもられていた。
 ついに──。
 狂四郎の足もとには、十個の耳朶がちらばった。
 十一番目の隼人を迎えた時、狂四郎は、急に眉宇をひそめた。
 常夜灯の明りに浮きあがったその貌は、彫深く、あきらかに、異邦人の血が混ったものだったのである。まだ二十歳を越えたばかりの若さであった。
 おのれと同じ混血の兵法者を視て、狂四郎の胸中は、微かに波立った。
 はじめて──地摺りの剣は、そのまま、動かなかった。
 剣は動かずとも、眼光と眼光が宙でぶっつかるうちに、汐合は、きわまる。
 その刹那──。
 懸声を発して、撃って出たのは、狂四郎の方であった。
 隼人の太刀は、高く夜空へ飛び、渠は、左手くびを押えて、よろめいた。
「十一個」
 と呟きすてられるのは、十二番手との闘いの後のことになった。

 

 楓という源氏名の、その女郎は、薄暗い部屋に、ひっそりと坐っていた。
 ──あの浪人者は、いまごろは、凍てた路傍につめたくなって、横たわっているのではあるまいか。
 その想像が、胸の裡に、疼きを生んでいた。
 楓は、ただの女郎ではなかった。
 薩摩藩の小姓組番頭であった者の妻であった。後家となって、間者にしたてられ、昨秋から、品川女郎衆に売られて、紅殻格子の中から、往来する各藩の士を、見張る役をつとめていたのである。
「眠狂四郎という、異相の浪人者が通るゆえ、引きとめて、登楼させよ」
 江戸藩邸からの密命があったのは、元旦の宵であった。
 今日──二日、午後に入って、薩摩藩の手先にしている馬子から、「眠狂四郎が来た」と急報があるまでは、まだ、どのような手段で、引きとめるか、思案がついていなかった。
 咄嗟に、帯を投げて、狂四郎の足を停めさせたのは、自分自身、思いがけずに湧いた智慧であった。
 狂四郎は、暮れ六つに用足しに出かけて来る、と云って、起すのを命じたが、偶然であろうか、隼人隠密党が、人目を避けるために、暮れ六つに、高輪の大木戸をくぐって来るのは、楓にもあらかじめ報らされていたことだった。
 楓は、狂四郎と隼人隠密党が、往還上で出会い、悽惨な血闘をくりひろげるに相違ない、と予想せざるを得なかった。
 奇妙なことに──。
 枕も交さなかった眠狂四郎という浪人者が、なぜか、楓の脳裡に、強い印象をのこしたのである。
 いつの間にか、藩敵である男のことを、想っている自分に気がついて、狼狽した楓で
あった。
 ──無事に、遁れてくれればよい。
 思わず、そう念じた瞬間もあった。
 想いをひそめて、じっと坐りつづけているうちに、楓は、わが身の置かれた状態に、惨めな哀しみさえおぼえていたのである。
 不意に──。
 襖がひきあけられ、視線を擡げた楓は、はっとなった。おどろきをかくすいとまもなかった。
 狂四郎は、にやりとすると、携げていた革袋を、楓の膝の前へ抛った。
「約束通り、子供に土産を持って来てやった。受けとっておけ。……別の用事を思い出したので、今夜は、ここには泊らぬ。……二度と会うことはあるまい」
 襖が閉められた。
「あ、あの──」
 楓は、あわてて、走って、襖を開けた。
 しかし、もう、跫音は階段に移っていて、姿は見えなかった。
 楓が、革袋を披いてみたのは、一刻も経ってからであった。
 中には、十二個の血まみれの耳朶が入っていた。

     厄除け川崎

 今日も、晴れて風もなく、佳い日和であった。
 朝陽のさしそめた街道上に、人影は多い。乗掛け馬で往く伊勢詣での隠居、それの供らしい若夫婦。亭主は、半合羽の蔭に帯びた道中刀が窮屈そうだし、女房は、白足袋に結付けた草履を、内股にはこぶのが、聊か辛そうである。ともに、生れてはじめての長旅とみえる。
 六十六部や旅商人が、足馴れた歩調で、追い越して行く。白衣に、まっ赤な天狗の大面を背にした金比羅詣での一団が、ガヤガヤと陽気に喋りたて乍ら、道幅いっぱいに占領している。
 眠狂四郎のふところ手姿は、これらの街道風景をいろどるには、およそふさわしくないものだった。
 素姓をかくせぬ彫の深い異相、蒼白く沈んだ皮膚、そして、痩躯に漂わせる冷たい孤独の翳は、他の旅人たちと同じように、明るい陽光を受けているのが、ふしぎなくらいである。
 無数の敵から不意に襲われているうちに、しぜんに、そうなった音を立てぬ独特の歩きかたが、一層その姿を、妖しいものにみせているのであった。
 急ぎの旅らしい町人が、狂四郎のうしろに長くのびた影法師を、踏もうとして、あわてて、避けて、遠まわりして追い越して行ったのも、その妖気を、おそれたからに相違ない。
 品川を出て、はじめての一里塚の一本榎が、すぐそこに、そびえ立っている。
 一里塚は、江戸日本橋から、一里毎に築かれた塚で、目印に植えられているのは、榎であったり、松であったり、楡であったり、さまざまで、一本もあれば、夫婦樹の場合もある。人馬賃銭の支払いの目安になる。
 その一本榎の根かたに、十二三の少年が、蹲って、膝小僧をかかえていた。
 近くの漁師の伜と判る、日焼けた顔の、粗末な身装であった。
 狂四郎が近づくと、ピョンと立ち上って、
「おさむらい──」
 と、心安だてな呼びかけをした。
 狂四郎の冷たい視線を、おそれずに受けとめて、人差指で鼻の下を、ひとこすりすると、
「おさむらいは、午ではないけ?」
 と、問いかけて来た。
「どうして、わかる?」
「やっぱり、そうけ。カンじゃ」
 少年は、にやっとしてみせた。
 この年は、午であった。
「わたしが、午であったら、どうするというのだ?」
「おらが歳のお人に、たのみがあるんじゃ。肯いてくれなせえ」
「何をだ?」
「海苔を食うておくれんけ?」
「…………?」
「たのんます」
 少年は、ペコリと頭を下げた。
「海苔を喰べるぐらい造作はないが、どういうのだ?」
「すまねえがよう、道をひきかえし、鈴ヶ森の八幡様へ行ってくれろ。……行き乍ら、話すべ」
 これが、大人の依頼であったら、狂四郎は、にべもなくことわったに相違ない。この男の盲点は、子供から親しげに寄られると、これを冷たく突きはなせぬ弱さを露呈する。
 狂四郎は、踵を返した。
 少年は、人なつっこい口調で、仔細を語りはじめた。
 このさきの大森の海辺は、一帯が海苔場である。名産浅草海苔の大半は、ここで採るのであった。少年は、その海苔作りの一軒の伜であった。
 海苔を採るのは、秋の彼岸にはじまって、春の彼岸におわる。
 秋の彼岸前に、小川の流れに長く浸けてあく抜きした柴や竹を、遠浅の沖あい十町ばかり、時には二十町も一里も遠くへ小舟ではこび、狼牙棒というもので、海底へ孔をつくって、植林のあんばいに、海中に整然と植えておく。これをヒビという。このヒビの枝に、海苔のほうしが止って、生える。
 粗朶にからんで生えたこの海苔を、むしりとって、戻ると、清水で揺り流し、ちりなどを取り除いて、葭の簀の上に、紙を漉くように流し、簀のまま天日に干す。干あがったのを荒藺の海苔といい、たたみ重ねて、浅草の海苔問屋に売るのである。
 ところで──。
 海苔は、霜月、臘月など、寒気のきびしい季節に採ったのが最上とされている。
「ところが、よう──。今年は、去年の半分も、ヒビに生えよらんのじゃ、秋の暮に、大嵐が三度も来よったせいじゃ、と爺どもは云っとるが、わしらは、八幡様に願かけせなんだ罰じゃと思うとる」
 少年は、分別顔で、首を振ってみせた。
 毎年、海苔作りたちは、豊作を願って、鈴ヶ森八幡の境内で、秋の彼岸に、踊りを奉納するならわしであった。ところが、酒をくらいすぎて、境内をよごす、という理由で、昨秋は、踊りを中止させられた、という。
「……つまりよう、神様にお詫びするために、おさむらいに、生贄になってもらいたいんじゃ」

 

 鈴ヶ森八幡は、石清水八幡を勧請した社であった。社内に、鈴石があり、撃つと鈴の音がする、といって神宝にされている。
 その程度の、あまり有難い利益の期待できぬ神社であった。
 社前にそびえる磯馴れ松も、神木にされているが、一向に威厳のあるかたちもしていない。
 少年は、その磯馴れ松に近づくと、
「あれじゃ」
 と、指さした。
 高い枝に、紙鳶がひとつ、ひっかかっていた。まっ黒な紙鳶であった。
「わしら子供十人が、海苔浜で、上げた紙鳶のひとつじゃがな。お祈りして、糸を切ってな、飛んで行って、この神木に、落ちるのを、ねごうたのじゃ。そうしたら、わしの紙鳶が、落ちよった」
 そう語っておいて、少年は、身軽に、幹をよじのぼって行った。
 枝から、その紙鳶を取って、降りて来た少年は、狂四郎にさし出して、
「たのんます」
 と、頭を下げた。
 それは、海苔を貼って作った紙鳶であった。
「今年は、午歳じゃから、午生れの強そうなおさむらいに、この紙鳶を食うてもろうたら、神様も免じて下さって、今年の秋には、大嵐なんぞ、吹かんようにして下さるにちがいないんじゃ。……たのんます。おさむらい、食うて下され」
「これが、生贄になることか?」
 狂四郎は、少年を視た。
「そうじゃ」
 少年は、真剣な面持で、まばたきもせずに、狂四郎を仰いでいる。
「これは、お前ら子供が、考えたことか?」
「いいや。爺からきいていたまじないじゃ。さ、はよう、食うて下され」
 少年は、もどかしげに、紙鳶の海苔をひき破ると、狂四郎に、さし出した。
 それを、口に入れて、狂四郎が、松の根かたへ、倒れて、死んだように動かなくなるまでに、今日の時間にして、三十秒も要しなかった。

 それから程なく、六七人の少年たちに担がれた一挺の駕籠が、街道をいそいでいた。先頭を往くのは、眠狂四郎に、まんまと、毒塗りの海苔をくらわせた少年であった。
 並木に向って立小便していた乗掛けの馬子が、頭をまわして、怪訝そうに、
「三吉、なんじゃ、その駕籠は?」
 と、訊ねた。
「へへ……、売物よ」
「餓鬼のぶんざいで、娘っ子をかどわかしたかよ」
「おっさんよ、てめえの寸法で、人の着るものを計るな、と云うぜ」
「きいた風なことをほざくねえ。いってえ、なんだ、そりゃ?」
「開けてびっくり玉手箱よ。十両になるんだぞ、十両に──」
 やがて、駕籠は、松並木を過ぎて、出茶屋のならんだ蒲田村に入ってから、脇道にそれた。
 野の中に、風除けの樹木にかこまれた家があった。郷士の構えで、古びた冠木門が、旧家であることを示していた。
 庭に入ると、三吉は、少年たちに駕籠をおろさせておいて、縁さきへ近づいた。
「先生──」
 三吉の呼び声に応じて、姿を現したのは、旧臘、内桜田の路上で、眠狂四郎を討ち取ろうとして果さなかった都田水心という人物であった。
「とらまえて来たよ、先生」
「ほほう……、やり居ったか。天晴れ、天晴れ」
 水心は、庭へ降りると、駕籠のたれをめくってみた。
 深くうなだれて、睡りつづける狂四郎を一瞥して、
「いささか、あっけなさすぎるのう。眠狂四郎ともあろう手練者が、小わっぱの策略にうかうかと乗せられるとは──」
 と、首を振った。
 この時、三吉が、
「先生。ことわっておきてえことがある」
 と、云った。
「なんだな?」
「こんな、丸太ン棒みてえになった者を、殺すのは、止めてもらいてえ。先生が、まさか、そんな卑怯なふるまいはしねえと思うがよう、念のために、ことわって置かあ」
「懸念には及ばぬぞ。獲物は、殺してしもうた奴よりも、生捕った奴の方が、高く売れる」
「先生は、あきないをするために、わしらに、この浪人者をとらまえさせたのけ?」
「そうだ。お前から十両で買って、百両で売る」
「こすいや、先生」
「商法というものは、そういうしくみに相成って居る」
 水心は、高笑いした。

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