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眠狂四郎孤剣五十三次 下
柴田錬三郎

     見付の猛犬

 東海道五十三次は、天竜川が、ほぼまん中にあたる。江戸からも、京からも、六十里の旅程である。
 この天竜川から、江戸寄りの宿を、見付という。京から下って来る旅人が、ここで、はじめて、富士を見つけるので、それが宿名になった。
 宿の出はずれに、川が流れていて、鴨川という。
 相変らずのふところ手で、板橋八間を渡りかけた眠狂四郎は、まん中をふさいで、悠々と寝そべっている巨きな白狗を、視た。
 狂四郎が、五六歩の距離に近づいた時であった。
 不意に、橋の下から、鋭い口笛が鳴った。
 すると、狗は、むくっと起き上るや、狂四郎に、向って、ひくい唸りをあげて、牙をひき剥いた。
 常人ならば、戦慄して、あと退ったに相違ない。その牙は、尋常のものではなかったのである。金色に光って、刃物のように鋭くとがり、異様な不気味さであった。
「…………?」
 狂四郎は、眉宇をひそめて、唸りをあげる狗を正視した。
 こころみに、狂四郎が一歩ふみ出すのと、橋下から、再び、口笛が鳴らされるのが同時だった。
 次の瞬間──。
 狗は、狂四郎を襲った。
 躱しざまに、手刀をくれるや、狗の巨躯は、欄干にぶっつかり、悲鳴をあげて、うずくまった。
 狂四郎は、欄干から、下を覗いてみた。
 水際を、反対側へ奔る黒影が、ちらと見えた。
 小柄を投ずるいとまもなく、狂四郎は、口笛を吹いた男を、遁した。
 狂四郎は、やむなく、狗をつかまえて、対手の出様を待つことにした。
 橋上にも橋袂にも、人がいて、この突然の出来事を怯えた面持で、眺めていた。
「どなたか、縄をお借りしたいが……」
 狂四郎が、たのむと、西側の橋袂に立っていた郷士ていの年寄が、
「その狗に、縄をかけられるのは、許されませんぞ」
 と、云った。
「なぜだ?」
「天神平のしっぺい太郎でござるゆえ──」
 こちらには、一向に意味の判らぬことを口にした。
「人間が、畜生に遠慮をすることはあるまい」
 狂四郎は、狗の頸根を押えて、その金色の牙を調べようとした。
 とたんに──。
 したたかに、手刀をくらわされていた筈の狗が、狂四郎の手をふりきって、おそるべき速力で、疾駆して、忽ち、行方をくらましてしまった。
 苦笑した狂四郎は、橋を渡りきると、その年寄に、
「狂犬に縄をかけてはいかぬ理由を、うかがおうか」
 と云って、かたわらの立場茶屋に入った。
 年寄は、緋毛氈をかけた腰掛に、狂四郎と竝ぶと、
「いまのことはお忘れになるのがよろしいかと存じますが……」
「ただの狂犬ではないようだし、橋の下から、わたしを襲わせた者が居る。故なくして、襲わせたとは、思えぬ」
「失礼乍ら、お手前様がその腰に所持なさる差料は、名刀ではありませぬかな?」
「犬を襲わせたのは、この刀を奪ろうという目的であった、といわれるか?」
「あるいは、天神平の県社の祭典に、奉納いたすためかと存じられます」
「…………?」
 狂四郎は、黙って、年寄を見戍戍った。
 年寄は、説明しはじめた。

 

 この見付の宿から北東にあたる丘陵を、天神平という。ここに、矢奈比売命と菅原道真を合祀した延喜式内の県社があった。
 社内は広く、拝殿、本殿、幣殿、廻廊、神倉、社務所、接待所など、すべて備って居り、老樹鬱蒼として、幽邃のおもむきがある。
 この県社が、有名なのは、毎年八月十日、十一の両日に行う祭典のためであった。
 十日の宵、一発の花火をあげるのを合図に、見付の宿の男は、老若を問わず、のこらず、素裸になり、新調の腰蓑をつけ、手拭いで鉢巻きをし、手に手に提灯を持って、家を出る。
 各町内の万灯を先頭に、かけ声いさましく、ねりあるくのである。
 これが宵祭で、やがて、三更子刻を過ぎると、別の趣向の夜半の祭に、移る。すなわち、三発の花火を合図に、町ぜんぶが灯火を消し、氏子の持った提灯や万灯のあかりも吹き消してしまうのである。
 そのしんの闇の中を、烏帽子、白丁をつけた守護者に担がれた神輿が、しずしずと、御旅所へむかうのである。
 暗夜に、灯火を滅して、祭事をとり行うのは、神の荘厳神秘を保つ、という口実によって、庶民が、一夜、思いのままに、痴態に興ずるためである。
 小さな宿駅では、どこの家の猫が子を生んだ、ということさえも、一日で知れ渡るほど窮屈なくらしである。この縛られた鬱積をはらすために、年に一度、思うがままに、解放された行為をのぞむのは、人情というものであろう。
 娘も寡婦も人の女房も、その夜だけは、家を一歩出たならば、闇の中で、男につかまっても、これを拒むことは許されない。路傍で、林の中で、丘のくさむらで、あたりはばからず、嬌声をあげて、男の弄ぶにまかせるのであった。
 子のない女房などは、顔の知れない男との、この一夜の契りで、孕むことを、必死に願う、という。
 兄と妹が抱き合ったり、息子が母親を犯す、という偶然も起ったが、祭事の上でのこととして、許され、後日の笑い話になるだけであった。
 宇治の県祭、武蔵府中の六社祭など、闇夜無灯の祭は、日本全土いたるところにあった。封建の世に、儒教政策でしばりつけられた庶民が、せめて、年に一度、与えられる自由であった。
 幕府も、これを黙認していたのである。
 ところで──。
 暗闇の裸祭というのは、人身御供の遺風であった。
 そのむかし、祭礼が近づくと、年頃の娘を持った家の一軒に、白羽の矢が、いつの間にか、立てられる。その家では、娘を輿にのせて、県社へ供えなければならぬ。もし、それを拒めば、町内におそろしい災禍が来る、と信じられていたのである。
 ある年の夏──。
 廻国修業の六十六部が、たまたま、見付宿へやって来て、人身御供のことを、耳にした。
 天神平の県社に人身御供にされた娘は、翌日、家へつれ戻された時は、全裸にされて、肌にはおそろしい傷を負い、もとより操はけがされていて、半死半生のていである、という。
 六十六部は、庶民を救い給う神が、そのような残忍無慚な振舞いをされる筈がない、と憤り、真相をつきとめるために、宵祭を待って、社殿へ忍び込んだ。
 唐櫃に入れられた人身御供は、身に寸鉄も帯びない素裸の、腰蓑をつけただけの屈強の若衆に担がれて、はこばれて来た。もとより、途中の家々は灯火を点けることを許されず、社殿も真暗闇の中に沈んでいた。
 担いで来た若衆連は、唐櫃を社殿の中へはこび入れると、後を振り向かずに、馳せ去った。
 そのうちに、社殿の奥から、妙な文句の歌声が、ひびいて来た。
  信濃国の、しっぺい太郎に、このことを、きかせたもうな
 いくども、くりかえし唄われるので、六十六部は、文句を覚え込んだ。
 唐櫃は破られ、娘は、悲鳴をあげつつ、奥殿へ、連れ去られた。
 六十六部は、この天神平の神殿を占領して神を詐称している怪物は、信濃のしっぺい太郎を、ひどう恐れているのだ、と合点し、その足で、信州へ赴いた。
 六十六部は、しっぺい太郎という手練の兵法者の在処をさがしまわった。しかし、そういう名の兵法者は、どこにも見当らなかった。
 尋ねあぐねて、ある村に入った時、六十六部は、故老から、しっぺい太郎というのはここから数里奥の山中に住む山賤の飼っている白狗のことだ、と教えられた。
 そこで、六十六部は、その山へわけ入って、山賤に会い、仔細を語って、白狗を貸してくれるように、たのんだ。
 山賤は、心よく応じてくれた。
 一年後、六十六部は、裸祭の夜、その白狗を連れて、見付宿へ姿を現した。
 町内の宿老たちを説き伏せた六十六部は、人身御供の娘の代りに、しっぺい太郎を、唐櫃にひそませて、若衆連に、天神平へはこばせた。
 やがて、社殿の奥から出て来た怪物は、唐櫃を破るや、巨きな狗にとびかかられ、凄じい闘争を、闇中にくりひろげた挙句、斃れた。
 それは、世にも稀なる大狒狒であった、という。
 人身御供は、その時から廃されたが、全町ことごとく灯火を消して、神輿を、裸男が担いでねり歩く、という風習だけは、のこされたのである。

 

「つまり……、わたしを襲った犬は、そのしっぺい太郎とやらの子孫だというのですな?」
 狂四郎は、ばからしい伝説を黙ってききおわってから、語った年寄に訊ねた。
「左様です。神犬として、信州の山賤が、一匹ずつ、仔犬のうちに連れて来てくれるのでござる。祭礼には、神輿に乗せますゆえ、これに縄をかける無礼など、当地では、もってのほかのことでござる」
「あれを平常世話している者を、ご存じか?」
「存じませぬな。……しっぺい太郎が、街道筋を歩きまわることなど、絶えてありませなんだゆえ、何人が、世話して居るのか、一向に──」
「犬は、県社に飼われて居るのですな?」
「いや、ふだんは、出張り陣屋につながれて居ります」
「出張り陣屋?」
 狂四郎は、眉宇をひそめた。
 出張り陣屋とは、代官所の支庁のことを指す。
「代官の保護を受けているとは──」
「当地のお代官は、大層な犬好きでござる」
「…………」
 狂四郎は、腕を組んで、しばらく、無言でいたが、その腕を解くと、もうひとつだけ、うかがいたい、と云った。
「あの犬に、噛み殺された御仁が、この近隣に、いたかどうか──。もし、いたならば、その家を、お教え願えまいか」
 年寄は、ちょっと、逡巡っていたが、去年春に、中泉村で、二刀流の剣術道場をひらいていた佐分利嘉門という兵法者が、襲われて、相果てた旨を告げた。
「佐分利嘉門という兵法者は、稀代の名刀でも、所蔵して居りましたか?」
「しっぺい太郎が、刀をくわえて去るのを、見かけた者がありますゆえ、たぶん、それが名刀であったかと存じられます」
 年寄は、そのことがあるので、この浪人者をしっぺい太郎が襲ったのは、差料を名刀と看てとったのが理由であろう、と推測したのである。
 しっぺい太郎は、神輿に乗せられる時、その背に、奉納太刀を負うているのがならわしである、という。
 去年の祭礼に、しっぺい太郎が背負うていた太刀は、佐分利嘉門から奪いとった品に相違ない、と考えられる。
 狂四郎は、礼をのべて、立ち上った。
 年寄は、不安の眼眸で、街道へ出る狂四郎を見戍って、
「お手前様は、佐分利家へ参られるおつもりですか?」
 と、問うた。
 狂四郎は、ふりかえって、
「暗闇ならいざ知らず、白昼に、狒狒にされては、人間の面目がたたぬゆえ、黒白をあきらかにしておこうと存ずる」
 とこたえた。

 その家は、屋敷をとりかこむ松の老樹ぶりを一瞥しただけで、古い由緒をもつ家柄と、判った。
 冠木門を入ると、広い庭であった。道場もかなりの構えで、母屋は、その蔭にかくれていた。主を喪った道場の玄関は閉ざされ、ひっそりして人の気配もない。
 庭の半分が、菜園にされて、そこに姐さんかぶりの若い女の姿があった。
 狂四郎は、ゆっくりと、歩み寄った。
 立ち上って、こちらを視た手拭いの蔭の顔は、白く、面長で、気品があった。古い家に住むにふさわしい古風な美しさである。
「卒爾乍ら、おうかがいしたいことがあって、罷り越した者です。江戸の者と思って頂こう」
「…………」
 娘は、黙って、会釈すると、狂四郎を、母屋へみちびいた。
 通された座敷も、立派なものであった。
 狂四郎は、娘が、お茶をはこんで来て、座に就くのを待ってから、
「お父上が、非業の最期をとげられた、とうかがって、参った」
「…………」
 娘は、俯向いて、なにもこたえぬ。
「その最期の模様を、おきかせ願えまいか?」
「…………」
「実は、先刻、わたしは、お父上を噛んだ犬に、襲われた。なんの理由で、襲われたのか、納得がいかぬ。土地の故老は、わたしの差料を欲しいためであったろう、と申して居ったが、これは、こちらの納得できる理由にならぬ。お父上が襲われた理由が、貴女におわかりかどうかだ。うかがいたい」
「…………」
「それとも、上の力で、口止めにされて居られるのか?」
「い、いえ……」
 娘は、すこしあわてたそぶりを示した。
「口止めされていないのであれば、おきかせ願えまいか?」
「あの……」
 娘は、顔を擡げて、狂四郎を視た。
「しっぺい太郎を、お斬りになるご所存でございますか?」
「場合によっては──」
「…………」
「金色の牙をひき剥いて、人をおどかすような畜生を、神犬にして神輿にのせるなど、当地の代官も、酔狂がすぎるようだ」
「父は、むくいを受けたのでございます」
「むくい?」
「むすめのわたくしから申すのは、はばかりあることでございますが、父は、傲慢な人でございました。二刀流の業にかけては、日本随一、と常に豪語いたして居りました。その自負もあって、どれだけ身分のあるお方に対しても、頭を下げることをいたしませんでした。……むくいであったと存じます」

 

 突如、庭上を掠めて、一本の矢が、座敷へ飛来したのは、娘の言葉がおわるかおわらぬうちであった。
 抜く手もみせず、それを畳へ、二つにして落した狂四郎は、次の刹那には、もう庭へ躍っていた。
 風の迅さで、庭を奔る狂四郎めがけて、二の矢が、来た。
 これも、真二つにして、宙へはねとばした狂四郎は、老松の蔭に動く影へ向って、肉薄した。
 その影は、猿の勢いで、老松をかけのぼると、大きく空を躍った。
 とみるや──。
 いつの間に馬蹄の音を消して馳せ着けていたか、そこにとどめていた馬へ、ひらとまたがって、馬腹を蹴っていた。
 覆面をした男であった。
 口笛を吹いて、白狗をあやつった男と、同一人とみなして、まちがいなさそうであった。
 座敷へ戻って来た狂四郎は、何事もなかったような様子で、
「お父上は、当地の代官の怨みか憎しみを買われたか?」
 と、訊ねた。
 娘は、いまの出来事で、顔の色を蒼ざめさせていた。
「い、いえ……、心あたりはございませぬ」
「犬が出張り陣屋で飼われているとすれば、代官手下が、犬をけしかけて、お父上を噛ませたとしか、考えられぬが……」
「…………」
「それよりも、合点がいかぬのは、日本随一を自負されたお父上が、たかが犬一匹に襲われて、どうして不覚をとられたか。どういうのであろう?」
「…………」
「のど笛でも、くいちぎられていたのであろうか?」
「いえ、肩を噛まれていただけでございました」
「ただ、それだけで、一命を落されたか?」
「はい──」
「どうも解せぬことだ」
「…………」
 狂四郎は、娘を、じっと、見据えた。
 ──生来口数が寡いのか、それとも、なにかを、かくそうとしているのか?
「貴女は、お父上の讐を復とうと、考えたことは、一度もないのであろうか?」
「…………」
「性情が傲慢であったためのむくい、と考えているからには、仇討の念も起らぬのであろうか」
「貴方様は、何も、ご存じありませぬ!」
 突然、娘は、きっとなって、叫ぶように云った。
「知らぬから、知ろうとして、こうして、貴女の前に、しつっこく、坐りつづけて居る」
「…………」
 娘は、俯向いた。
 長い沈黙があった。
 やがて、娘は、視線を膝へ落したままで、ひくく、云った。
「わたくしは、父を憎んで居りました」
「…………?」
 こんどは、狂四郎が、沈黙する番であった。
 娘は、顔を擡げた。その双眸は、かわいて、強い光を宿していた。
「いったんは、父を憎んでいたわたくしも、父がむざんな最期をとげたあと、すべての原因は、わたくし自身にあったことに、気がつきました」
「…………」
「わたくしに、いささかの剣の才能があったために、不運を招いてしまいました」
「…………」
「父は、わたくしが男子でなかったのを、残念に思いつつ、小太刀の二刀流をさずけてくれました。わたくし自身は、好まずして、業が上達してしまいました。やがて、道場へかようて参る門弟衆のうち、わたくしの小太刀に敵う人は、一人もいなくなったのでございます」
 そこまで、語ってから、娘は、さらに顔色を一層沈んだものにして、
「貴方様に、お願いがございます」
「なにか?」
「わたくしと立ち合うて下さいませぬか。ただいまの、貴方様のお腕前を拝見して、このお方ならば、自分が互角に立ち合える、と存じました。わたくしは、父と立ち合っても、決して負けぬ自信を持って居りました。ただ、そうしなかっただけのことでございます。……立ち合って頂きとう存じます」
「理由は?」
「敗れたく存じます。敗れて、この無益のうぬぼれをすてたく存じます」
「その言葉の裏には、いかなる一流兵法者と試合をしても、敗れぬ、という自信があるようだ」
「たぶん、わたくしは、貴方様と立ち合っても、敗れまいと存じます」
「敗れた時は、うぬぼれをすてるだけか?」
「いえ。もし、ご所望ならば、操をさしあげまする」
 娘は、きっぱりと云ってのけた。
 狂四郎は、薄ら笑った。
「こちらは、据え膳をくらうことには馴れて居る。頂戴しようか」

 

     浜松仇討

 眠狂四郎は、佐分利嘉門の女築江にともなわれて、その道場に入った。
 床は、美しく拭き込まれていて、鏡のように、二人の姿を映した。数年程度のみがきかたでは、このように、美しい艶が生じるものではない。二十年、あるいは、それ以上も、丹念に、拭き清められたに相違ない。
 主を喪ったこの一年の間も、毎日、拭かれていたものであろう。
 築江は、狂四郎が、壁から、手ごろの木太刀をえらぶのを待って、自身は、一尺二寸あまりの小太刀を二振り、把った。
 同じ長さの小太刀を使う二刀流は、珍しい流儀であった。
「お願いつかまつります」
 九尺の距離をとって、一礼した築江は、小太刀をまっすぐに、平行してさしのべると、
「いざ!」
 と、云った。
 狂四郎は、例によって、地摺りにとった。
 築江は、「貴方様と立ち会っても、敗れまいと存じます」と高言したが、まさしく、その構えは、さわやかなまでに、自信に満ちたものであった。
 六分か七分の力を備えてい乍ら、十の力があるごとく、自信満々に構えてみせる兵法者は、尠くない。逆に、十の力を、かくしてしまって、敵をしてとまどわせる陰険な実戦者も多い。しかし、持てる力をそのまま、自信に示す使い手は、まれである。
 築江の腕前を看るだけならば、その構えを一瞥しただけで、狂四郎は、刀を引けばよいことであった。
 築江は、敗れることを、のぞんでいるのであった。不敵にも、おのが操を賭けている。あるいは、築江は、狂四郎を稀有の達人と看て、死をのぞんでいるのかも知れなかった。
 狂四郎は、その乞いに応えて、築江をやぶらなければならなかった。
 持っているのは、木太刀とはいえ、真剣の勝負にひとしかった。
 これだけの腕前の所有者の手から、小太刀をたたき落すことは、不可能であった。
 からだのどこかを撃ち据えない限り、勝はこちらのものにならなかった。審判者はいないのである。
 手負わせるのを避けるために、どのような業を用いればよいか──咄嗟に、狂四郎の心中に、思案はうかばなかった。
 うかばないままに、じっと、冷たく冴えた眼眸を、築江に当てた。
 築江もまた、大きく眸子をひらき、まばたきもせずに、狂四郎を、にらみすえていた。
 築江の方は、狂四郎の伎倆をはかりかねている。地摺りにとった狂四郎の姿には、不気味な静けさが湛えられているばかりであった。十の力をかくしているわけではなかった。円月殺法の動きを起さぬ限り、狂四郎の構えは、仏像の佇立にも似ている。敵となった者次第で、どのようにも、受けとれるのであった。
 隙だらけの構えとも見えるし、微塵の隙もない構えとも受けとれる。
 築江ほどの腕前の所有者にして、はじめて、その静けさを、不気味なものに感じる。
 築江は、地摺りの受太刀に、測り知れぬ迅業がひそめられている、とさとって、動けなかった。
 そのまま……。
 時刻は、移った。
 狂四郎は、円月殺法の動きを起さなかった。起せば、当然、その妖気をはねかえして、築江は、撃ち込んで来るに相違ない。
 その時、狂四郎は、手加減する余裕はなく、築江を撃ち倒すことになる。
 不具にしてしまうか、死にいたらしめるか。いずれにしても、この美しい娘を、そのような目に遭わせることは、避けたかったのである。
「えいっ!」
 築江は、裂帛の懸声だけを、こころみて来た。狂四郎は、微動もせぬ。
 築江は、ついに、必殺の攻撃をしかけるべく、二本の小太刀を、同時に、徐々に、挙げはじめた。
 そして、そのふたつの切尖が、天井を指した時、はじめて、狂四郎が、動いた。
 地摺りの構えは、そのままに、築江に向って、つと、足をすべり出したのである。
 一撃必殺の構えを示した対手に向って、地摺りの受太刀をとった者の方から、肉薄するのは、剣法には無い無謀である。
 狂四郎は、敢えて、それを、採った。
 並の使い手ならば、得たり、とばかり、撃ち込んだに相違ない。
 築江は、そうしなかった。
 狂四郎に、肉薄されるままに、あとへ退った。
 狂四郎の胸から上は、全く空けられてしまっている。案山子でも叩くように、苦もなく撃ち込めるがごとく、みえる。それが、実は、誘いであることを、築江は、さとったのである。
 ついに──。
 築江は、背中が、羽目にふれるところまで、後退した。
 狂四郎の口辺に、ふっと、薄ら笑いが刷かれた。
 それまで、水のような冷静を保っていた築江が、その薄ら笑いを視て、一瞬、感情を噴かせた。
「えい!」
 二本の小太刀が、狂四郎の頭上へ、電光となって落ちた。次の刹那──築江の顔は、信じ難い出来事に、おのが目を疑う表情をうかべた。
 満身からの気合をこめて、振りおろした二本の小太刀は、狂四郎の頭上で──のびた月代すれすれで、停止していた。
 すなわち、狂四郎は、その高さまで、正確無比に、ピタリと身を沈めていたのである。
 そして、狂四郎の木太刀は、築江の着物の前をつらぬき、女性の大切な箇所を掠めて、うしろの羽目板をもつらぬいていたのである。

 

 狂四郎は、黙って、木太刀を抜きとると、うしろへ、退った。
 築江は、小太刀をダラリと下げて、俯向いた。
 狂四郎が冷然と見戍る中で、築江は、小太刀を、壁にもどすと、よろめくような足どりで、道場を出て行った。
 狂四郎は、わざと時間を置いて、その座敷へ入った。
 予想たがわず、築江は、牀をのべて、長襦袢いちまいになり、しずかに仰臥して目蓋を閉じ、胸で手を組んでいた。
 狂四郎は、立ったまま、じっと見下していたが、
「操を頂戴する代りに、別に所望がある」
 と、云った。
 築江は、起き上って、狂四郎を見上げた。魂の抜けたような、侘しい気色を湛えていた。
「そなたが、なぜ、父親のことを憎むのか、その理由をうかがおうか」
「…………」
 築江は、目を伏せた。
「そなたが、自負する業を、このわたしに破らせて、据膳を食わせようとしたことも、その理由と、何かつながるところがあるのであろう」
 狂四郎が、云うと、築江は、決心して、
「あちらの座敷で、お待ち下さいますよう──」
 と、たのんだ。
 やがて、衣裳をつけて、狂四郎の前に坐った築江は、
「わたくしは、この世でただ一人と思いきめた御仁を、父に、殺されてしまいました」
 と、云った。
「…………?」
 狂四郎は、腕を組んで、築江の語るのを、黙って、きいた。
 築江が愛した男は、天竜川代官朝比奈源十郎の次男源次郎であった。
 その代官所は、浜松城下に在った。
 浜松城は、代々徳川家重臣によって守られ、現在では、本丸老中となった水野越前守忠邦があずかっている。
 水野忠邦は、もとは、肥前唐津城主であった。唐津は、公称六万石であったが、内実は二十六万石と唱えられ、物成の収入ゆたかな土地であった。
 しかし、忠邦は、遠国大名であっては、閣老に加わることは叶わぬ、とさとって、自らすすんで、国替を、公儀に申請し、遠州浜松に移ったのである。
 この申請に当っては、水野家の老臣たちが、大反対して、その不可を諌めた。
 六万石の大名が、六万石の知行を願うのは、べつに不都合はないようであったが、実際は、大変な差があった。
 駿河、遠江、三河は、いたるところに幕府直轄領があり、これは、郡代あるいは代官が治めている。
 五万石に一カ所の割あいで代官所が置かれてあり、この代官は、非常な権力を与えられているのであった。
 浜松六万石といっても、所領は、代官支配の幕府直轄領と入れまじり、大名方と代官方とは、役人はもとより、領民までが、事あるごとに反目し、争いの絶え間がなかった。老臣たちが、忠邦の移封願いを反対したのは、それが理由であった。
 朝比奈源十郎は、天竜川沿岸を支配する代官であるだけに、その権力は、なみなみならぬものがあった。
 その次男源次郎は、築江の父佐分利嘉門の道場に入っているうちに、築江と相思の仲になった。
 源次郎は、かなりの腕前に上達していたが、嘉門の目から看れば、でくのぼうにすぎなかった。
 源次郎は、機会をとらえて、嘉門に、息女を嫁に申し受けたい、と願ったが、にべもなく拒否された。
「お主は、築江と立ち合って、三本のうち一本取るのさえおぼつかぬ腕前ではないか。女房に勝てぬ亭主など、世の嗤い者だ。築江が欲しければ、精進さっしゃい」
 嘉門からきめつけられたものの、源次郎は、いかに精進しても、築江を撃ち込む達者になることは、絶望であった。
 剣の業が劣っていては、夫婦になれぬ、という理窟は成立たぬ、と思えたが、狷介一徹な嘉門を説き伏せることは、到底不可能であった。
 思いあまって、源次郎は、父の源十郎に相談した。
 この折、かたわらできいていた代官所手代の小森なにがしという智慧の働く人物が、
「思案があります」
 と、申し出た。
 すなわち。
 この年の天神平の県社の闇祭に、ひさしぶりに、人身御供の行事を復活させる。ついては、佐分利道場へ、白羽の矢を立てて、築江を、生贄にする。稀代の使い手である築江のことゆえ、かりに、大狒狒が襲って来ても、苦もなく撃退するであろう。
 もとより、当節、大狒狒などが、娘を拉致するなどということを、信じる者は居らぬ。
 いわば、これは、形式の行事であるから、嘉門も、拒絶はすまい。
 こうして、築江を、人身御供として、唐櫃に入れて県社の社殿へはこぶ。そして、行方不明にしてしまうのである。嘉門が、憤激したところで、対手が、神様ならば、刀のふるい様もあるまい。
 この手段が、最も巧妙なのではあるまいか。
「おもしろい。やってこまそう」
 源十郎は、代官の息子の申込みをことわった嘉門に、腹を立てたので、その拉致方法を採りあげた。
 しかし──。
 その手段は、失敗であった。
 築江をひそませた唐櫃を、社殿にかつぎ入れた時、嘉門は、すでに、奥殿に、身をひそめていたのである。
 そして、源次郎が、現れて、唐櫃の蓋をひらこうとしたところへ、躍り出て、
「曲者っ!」
 一喝しざま、源次郎の脳天を、木太刀で、砕いてしまったのである。

 

「それから、ほどなく、お父上は、白狗に襲われたか?」
「はい──」
「夜であったか、それとも、昼であったか?」
「夕餉のおわった時刻でございました。父は、毎夜、日課として、庭へ出ました。その時、しっぺい太郎に、襲われました」
「お父上は、肩を噛まれただけであった、と云われたな?」
「はい」
「一流の兵法者が、犬に肩を噛まれたぐらいで、相果てるものか」
「わたくしも、その時、そのことを感じました。けれど、父のからだには、犬の歯型しか、のこっては居りませんでした」
 狂四郎は、立ち上った。
「お父上は自業自得、ということに相成ろうが、そなたを一流の手練者に添わせてやろうとした愛情は、みとめずばなるまい。若いのだ。世をすねるのは、まだ早かろう」
「わたくしを、すてて、お行きなさいますのか?」
「無頼者も、時には、据膳を食わぬこともある」
「いいえ!」
 築江は、つよく、かぶりを振った。
「貴方様が、すててお行きなされば、わたくしは、二度と、肌身を許す男子に、めぐり会えますまい」
 狂四郎は、振りかえって、築江を視た。
 急に烈しい語気になって、
「そなたは、刀を把る男のみをのぞんで、鍬しか把ったことのない男など、さげすむのか!」
「…………」
「刀と鍬に、優劣があるのか?」
「…………」
 築江は、目を膝へ落した。
「その料簡を変えぬ限り、この道場で、孤閨をまもるのは、やむを得まい。ものの三年もひとりですごしてみて、考えが変ったら、そこいらの百姓の次男でも、養子に迎えるがよい。なまじ二刀をたばさんだ男など、そなたには、無縁であろう」
 そう云いのこした。

 夜が、しらじらと明けそめた頃あい──。
 浜松城下はずれの天竜川代官所の高塀を乗り越えて、ひらりと、庭へとび降りた人影があった。
 眠狂四郎は、昨日のうちに、しっぺい太郎が、目付の出張り陣屋には戻らず。一人の男につれられて、天竜川を渡ったことを、つきとめたのである。
 その男は、代官所の小者のようであった、という。
 しっぺい太郎が、代官所へ、つれられたことにまちがいはなかった。
 狂四郎は、無遠慮な足どりで、植込みから出て、広いいちめんの白砂の庭を横切ろうとした。
 こちらの予想通り、一方の建物と建物のあいだから、白狗が、さっと、とび出して来た。
 狂四郎は、白砂の中央に立って、待った。
 白狗は、まっしぐらに、突進して来て、金色に光る刃物のような牙をひき剥いた。
 しかし、狂四郎が、一歩出ると、じりじりと、あと退った。
 鴨川橋で、狂四郎に欄干へたたきつけられたことを忘れてはいなかった。
 このおそろしい敵には、容易にとびかかれぬ、と唸りつつも、後退しつづけた。
 物蔭から、鋭い口笛が鴫った。
 しかし、狗は、狂四郎に躍りかかろうとはしなかった。
 狂四郎は、声をあげた。
「負け犬には、どうやら、その口笛も、効果はないようだな。……姿を見せろ、下忍!」
 ずばりと云いあてられて、物蔭から出て来たのは、なんとも名状しがたい陰気な男であった。
「佐分利嘉門を殺したのは、代官の命令か?」
 狂四郎は、問うた。
 男は、こたえぬ。
「返答できぬところをみると、源次郎の母親あたりから、はした金をもらって、殺ったしわざであろう」
「ちがうっ! わ、わしは、源次郎様の敵を、討ったまでだ」
「おのれ一人の志と申すのか。忠僕面をするな!」
 男は、苛立って、もう一度、必死で口笛を吹いた。しかし、狗は、狂四郎にとびかかろうとはしなかった。
「貴様が、忠義である筈がない。いずれは、伊賀か甲賀の下忍の出であろうが、目くされ金でどうにも動く品性下等の乞食忍者ではないか。げんに、金を握らされて、このおれを、襲って居る。貴様に金を握らせた男を、あててやろう。都田水心という男であろう。どうだ!」
 下忍は、それまで当てられて、逆上した。腰の忍び刀を、ぱっと抜きはなって、身構えた。
 狗が、けたたましく、吠えたてはじめた。
「愚図愚図するな! かかって来い」
 狂四郎は、両手を空けたままで、あざけるように云いはなった。
「うぬっ!」
 さしたる術も持たぬ下忍とはいえ、跳躍にかけては、見事な技を発揮した。
 ぱっと、宙を躍りざま、狂四郎めがけて、忍び刀を、投げつけた。
 狂四郎は、ひらと身をひねって、忍び刀を流した。
 当然、むくいるに、抜きつけの一閃を送るところであったが、狂四郎は、そうしなかった。
 代りに、ふところにかくし持っていた品を、下忍めがけて、投げていた。
「うっ!」
 地へ降り立った時、下忍の顔は狒狒に化けていた。
 狂四郎は、それを、県社の社殿から、ぬすんで来たのである。面の裏側へ、べったりと、鳥黐を塗りつけておいたのである。
 狙いあやまたず、顔へ、狒狒面を貼りつけておいて、狂四郎は、対手の口笛をまねて、鋭く、鳴らした。
 とたん──。
 巨狗は、凄じい勢いで、下忍めがけて、ぐわん、と躍りかかった。
「う……うっ、うっ!」
 ぶざまにもがいて、宙を泳いだ下忍は、だだだっと五六歩行って、白砂上へ崩れた。
 狗は、狂ったように、下忍の肩に噛みついたまま、はねまわった。
 狂四郎は、ゆっくりと、近づくと、狗を足蹴にして、悲鳴をあげさせた。
 もう、その時、下忍の方は、抵抗する力も失せていた。
 狂四郎は、下忍の肩の歯型を、視た。
 金色の牙が、狗の口からはずれて、そこへ刺さっていた。
 この牙に、猛毒が、仕込んであったのである。
 ──日本一の兵法者も、この毒には、勝てなかったことだ。
 狂四郎は、吐きすてた。

 浜松城を、右方にのぞむ城下中央の辻を往こうとしていると、
「眠狂四郎殿──」
 背後から、呼ぶ者があった。
 ふりかえるまでもなかった。
 江戸から、ずっと、こちらの生命をつけ狙っている都田水心にまぎれもない。
「絶世の美女が、すすんで、肌身をくれようとするのを、拒否されたとは、眠狂四郎殿の振舞いともおぼえ申さぬ」
「惚れたからよ」
 狂四郎は、ふところ手で、伝法な口調でこたえた。
「なんと申された?」
「おれは、あのような孤独な翳を持つ女には、弱い。だから、抱かずに、すてて来たまでのことだ」
「成程──」
「水心──。こんども、失敗したが、この次は、なにを使うつもりだ?」
「いや、もう、こんどこそ、すっぱりとあきらめ申した」
 その言葉のおわらぬうちに、狂四郎は、頭をまわした。
 反射的に、水心は、一間を跳び退った。
「うしろから、抜き討ちをあびせようと、卑劣なこんたんを起したところをみると、お主、ヤキがまわったな」
 云いすてておいて、すたすたと遠ざかる後姿を、水心は、その場に立ちどまって、見送り乍ら、首を振った。
「参った! なんとも、はや、参り申した」

 

     舞坂初物

 浜松の近郷──乾の方角一里ばかりに、万葉集にも詠われている引馬野というところがある。この原野の北方いったいを、味方ヶ原と称す。のちに、三方ヶ原と呼びかえられたが、これは、和地村、祝田村、都田村の三つの牧場があったためであろう。
 元亀三年十一月、武田信玄は、甲斐の国を出て、秋葉山に迫り、多々良・飯田の両城を攻めとり、久能の城を手中にし、袋井に陣どり、一休息ののち、三香野坂、一口坂を抜いて、二俣城を陥入れ、十二月十二日に、この味方ヶ原に出陣した。
 その本陣を、都田村の丸山に据えて、総勢四万三千騎を布陣せしめたのに対し、徳川家康は、わずか八千の兵を率いて出たのであった。
 勝敗は、たたかわずして、明白であった。
 霏霏として降りつのる雪の中を、家康は、身ひとつで、敗走した。
 家康が九死に一生を得たこの合戦を記念して、浜松城下の全町が挙げて、凧あげを競う風習ができたのは、いつの頃からであったろう。
 この凧あげ合戦は、年毎に盛大になり、この時代には、味方ヶ原での行事がおわると、夜には、各町内の若衆連と子供たちが、底抜け屋台を曳き出して、夜通し町内をねり歩くようになっていた。
 のみならず、この凧あげ合戦は、五月一日から五日まで、五日間ぶっ通しで催され、江戸からも上方からも、見物人が蝟集するのであった。
 浜松城下は、二十八丁余、町数二十二、戸数三千五百軒。士屋敷の区域をのぞいて、各町すべてが、巨大な凧を所有し、これを、二十歳から三十歳までの若衆連が、揚げるのであった。
 その凧の大きさは、三帖乃至八帖であった。一帖は、美濃紙十二枚である。すなわち八帖は、九十六枚張り、約二間四方になる。
 尤も、八帖の大凧を持っているのは、浜松市中、御用商人の集った紺屋町一町内だけであった。他は、四帖五帖のものが多かった。
 凧の構造は、女竹の径八分くらいのものを中央の親骨として、それに同じ太さの女竹を二本、中央で交叉せしめ、これに割竹を四五寸おきに横骨にしたもので、素人の細工ではなかった。浜松には、この凧を専門につくる際物師がいたのである。
 各町とも、すくなくても七八枚、多いのは十数枚も、つくらせていた。合戦中、糸を切られると、即座に代りを揚げなければならなかったから、予備を充分必要としたのである。
 天狗や達磨の絵凧、あるいは、天満町の「て」の字、紺屋町の「コ」の字を浮きあげた字凧、あるいはまた、大店の寄付によってつくられたものは、その家の紋を染めぬいた紋凧など、それぞれ、派手を競う。
 その日──五月五日。
 朔日から開始された凧あげ合戦も、なか三日雨が降りつづいたため中断され、今日はじめて、雲一片もとどめぬ快晴となったので、各町談合によって、予備凧まで一時に揚げたため、さしも広い味方ヶ原の空も、大小さまざまの凧によって、掩われた。
 初夏の風に唸って、右へ左へ、上へ下へ、絶え間なく動く凧は、宛然生きもののごとく、競い対手の糸を切ろうと、狙いつづける。
 糸を切るには、相当の熟練を要する。
 糸を乗せかける方法もある。下から掬いあげる手段もある。絡み合ったとたん、風の強さを利用して、ぐんぐん糸を伸ばして、摩擦によって、敵の糸を切ろうとする。すこしでも風がゆるむと、忽ち、糸をたぐる。糸を伸すのも、手繰るのも、風の加減、方向を視てとって、すばやくやらねばならぬ。
 凧には、それぞれ、指揮の者がいて、糸をたぐる滑車を腰に縛りつけた者の前に立ち、風を視て、
「それ、引けっ!」
 と号令すれば、十数人の若衆が、
「わっしょ!」と、懸声を揃えて、糸をたぐるのである。
 二個の凧が、からみあって、くるくると廻転しはじめるや、若衆連は、血眼になって叫びたて、たぐったり、伸したり、汗だらけになる。万をかぞえる見物人も、いずれかに味方して、騒ぎたてる。
「おうおう! 鯉が、達磨にくらいつきやがった」
「あわれや、てめえのことだのう、あの達磨は──」
「なんだと?」
「恋女房にとっつかまって、手も足も出ねえざまだあ」
「置きやがれ。だるまは、てめえの嬶の前身だ。吉田の女郎屋で、棚ざらしになっていたのを、貰って来やがった」
「なにっ、もう一度、ぬかしてみろ!」
 つかみかかったのを、隣りの者が、
「うるせえな、てめえら。……見ろい、鯉の方が切れたあ。達磨め、ふらふらと、でっかい鍾馗につッかかって行ってら」
「……しょうきの沙汰じゃねえ──ってのは、このことだのう」

 

 珍事は、その時に、起った。
 城下方面からの野道を、蹄の音を高く鳴らして、疾駆して来た一騎があった。
 若い武士であったが、その胴に、糸を巻きつけて、十帖もあろう大凧を揚げ乍ら、駆けて来たのである。
 武士が凧あげ合戦に参加した例は、いまだなかったことである。
 空に大凧を唸らせ乍ら、馬をとばすのは、よほど馬責めの巧者でなければならなかった。
「退け! 退けっ!」
 蝟集の見物人を、左右に散らしておいて、味方ヶ原へ、まっしぐらに突進した若ざむらいは、
「おれの首凧が、対手になってくれるぞ! むかって参れ!」
 と、大音で呼ばわった。
 一斉に、その大凧をふり仰いだ人々は、
「ありゃっ──く、首じゃないか!」
 と、文字通り仰天した。
 大凧のまん中に、ぶらんぶらん、とつりさげられているのは、まぎれもなく、人間の生首であった。頭髪を、凧の骨に結びつけてあるのだ。
 馬から降りた若ざむらいは、
「さあ、どいつでも、かかって来い!」
 と、叫んだ。
「御城代の若だ!」
 そのささやきが、たちまち、若衆のあいだにも、見物人のあいだにも、波のようにつたわった。
 浜松城の城代家老水野監物の嫡男大三郎は、膂力も無敵、武技も秀れているが、手のつけられぬ無法者として、おそれられていた。
 生きたうなぎを小刀で刺して、あたまからかじり乍ら、往還を歩いたり、町家の嫁入り行列を襲って花嫁を拉致し、その腹へ、南無妙法蓮華経と墨くろぐろと大書して、花聟の許へ送りとどけたり──奇行は、かぞえるにいとまがないくらいであった。
 それにしても、生首をぶらさげた大凧を揚げて、乗り込んで来るとは、途方もない振舞いといえた。
「こらあっ! なんとした! かかって来る奴は居らぬか!」
 大三郎は、怯えた若衆たちを睨みまわして、「よし! では、こっちから、かかって呉れるぞ!」と、胴へしばりつけた滑車を、ぐるぐるまわして、糸を伸ばしはじめた。
 折柄の風加減では、糸を伸ばすのは、無謀であった。
 首凧は、たちまち、大きく、左右へゆれたかとみるや、まっさかさまに、落下しはじめた。
「若様、たぐられませい!」
 見かねた若衆が二三人、糸にとびついたが、間に合わず、首凧は、紺屋町の八帖凧へひっからまった。
 若衆たちは、必死で糸をたぐったが、その時、急に、風が強くなり、首凧は、せわしく旋回したかとみるや、糸を切って、ぱっと、飛んだ。
「こやつらっ! 邪魔だてし居ったな!」
 大三郎は、若衆の一人を擲り倒し、もう一人を、足蹴にした。

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