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定年女子
これからの仕事、生活、やりたいこと
岸本裕紀子

はじめに

 働く女性のリタイア時代がやってくる!
 そう感じたのは、私の周囲で、会社を定年退職して、仕事人生の第一段階を終えた女性たちが増えてきたからだ。厚生労働省「平成二七年版 働く女性の実情」によると「その数、年間八万五千人から一〇万人!」、働く女性もとうとうここまできたのか、と感慨深いものがある。
 彼女たちのあとには、働く女性の定年予備軍が太く長く続いていく。また、非正規で働いてきた女性たち、フリーの立場で働いてきた女性たちも、60歳前後で等しく、リタイアという現実と向き合うことになる。
 本書は、そんな50代、60代の仕事をしてきた女性たちに向け、そのリタイアについてまとめたものである。
 彼女たちはどんな問題に直面するのか。どんな可能性が広がっているのか。そして、かたまりとしてどのように社会を変えていくのか。
「定年後はみんなどうしているのだろう?」
 そんな好奇心から、本書の取材がスタートした。定年を前にした気持ちはどうだったか。不安、淋しさ、無念さ、それともやっと終わったという静かな気持ち、あるいは解放感なのか?
 定年後も何らかの形で仕事を続けているのか、そうでないのか。
 仕事をしているとしたら、どんな仕事をしているのか。どうやって探したのか。その仕事の待遇・条件は……。
 また、仕事はしないとして、やりたいことは見つかるのか。定年後に、日々の暮らしはどう変わったのか。
 取材を終えての発見は、60歳以降も仕事を続けている女性の多さであった。
 その結果、本書を、大きく二つのパートに分けてみた。
 リタイア後に、さらに仕事をする。(Part1 1〜4章)
 やりたいことを優先し、仕事ではない時間をメインで過ごす。(Part2 1〜4章)

 かつて定年後は老後ととらえられ、定年後の生活はシニアライフなどとくくられていた。
 しかし今は、リタイア=老後ではない。75歳くらいから始まりそうな老後を迎える前の貴重な時間である。その間、約一五年。生まれてから中学を卒業するくらいの時間が、老後の前に残っているのである。
 本書ではあえて、老後に備えての断捨離的発想や「人生の店じまい」的な考え方から、距離を置くことを提案する。仕事をリタイアすることは、人生からのフェイドアウトではないからだ。
 もちろん、快適な暮らしを営むための住まいの片づけは必要だろう。しかし、人間関係や、好奇心、行動半径、消費などまでも整理し、小さく畳んでしまうなんてつまらない。むしろ、人生を広げるくらいの発想でいいのではないだろうか。

 定年とは、組織の一員から「個」の自分に戻ることである。アイデンティティの変化に悩むこともあるだろう。仕事人間だった人ほど、戸惑うかもしれない。
 しかし、取材をしながら、「女の人は大丈夫だな」と感じるようになった。気持ちを切り替えて、新しいステージに立つことができる、と。
 なぜなら、女性は現役時代から、仕事だけではなく、家事も、子育ても、食べ歩きやショッピングなど好きなことも手放さないで、調整しながら何とかやってきたからだ。仕事だけだった、という人が多い男性とはそこが違う。
 本書には、リタイア世代の女性たちの、そんな生き方のヒントが、挑戦が、熱い想いがいっぱい詰まっている。みんな、前を向いて堂々と人生を歩んでいる。
 定年女子、まだまだいける、のである。


Part 1 60代にも、働くチャンスは必ずある

1章 定年後も働き続ける女性たち

定年後も働く三つの理由

 60歳を過ぎても働く女性が増えている。
 総務省の「労働力調査」によると、二〇一七年四月時点で、仕事を持つ60歳以上の女性は三四〇万人おり、二〇一七年の60〜64歳女性の就業率は51・5%で、大雑把にいえば、二人に一人が働いている状態である。内閣府が35〜64歳を対象にした調査(平成二五年度 高齢期に向けた「備え」に関する意識調査)によると、「何歳まで働きたいか?」は、65歳くらいまでが31・4%、70歳くらいまでが20・9%で、働けるうちはいつまでもが25・7%もいた。
 本書でもはじめは、企業を定年退職した女性たちのリタイア後は、悠々自適とまではいかないにしても、仕事から離れた日常がメインになると想定していた。が、実際取材を重ねていくと、定年退職したその先も働きたいと考えている人、また実際働いている人のほうが圧倒的に多いのである。半年、一年と休んだ後、また仕事を探す人もたくさんいる。
 60歳まで働いた人は、さらに働くという道を選ぶことが主流なのである。
 理由は三つある。
 第一は経済的な理由だ。「働かなくては食べていけない」人はもちろんのこと、「将来おカネがないと不安だから」との声はとても多かった。「年金が満額もらえる60代半ばまでは働きたい」とみんなが言い、現役時代より収入はガクッと減っても、「働けばおこづかいには十分なる」わけで、それは確保したいという人も多数いた。
 第二は、「仕事が好き」で「働くことは面白い」からであり、定年後も「社会に関わっていたい」、また「人の役に立ちたい」などの理由からだった。定年後は収入が減った分、得たものは自由であり、自由にやりたいことをやるという働き方を選ぶ人も目立った。
 第三は、「とりあえず、やることが見つからないから」というものだ。「旅行だ、趣味だといっても、たぶん時間を持て余してしまう」し、「定年退職して家にいる女性は、毎日朝起きてから何をするのでしょうか?」などと聞いてくる人もいた。「仕事をしていないと生活のリズムが保てないんです」と言う人もいた。
 さて、仕事を続けるために、定年を迎えた女性は、どうやって仕事を見つけているのだろうか。
 これはもうひとつの発見だったが、取材した中には、再雇用制度を選ばない女性もたくさんいたのである。
 それはこの制度が企業に義務づけられて日が浅く、企業の側もまだ退職後の社員を人材として生かすことができていないという事情があるようだ。あと数年もたてば、人々は当たり前のように再雇用制度を利用して仕事をする日がくるかもしれない。一方で、逆に早い時期に会社を離れ、別の仕事をスタートさせる人もいるだろう。
 いずれにせよ、再雇用制度を選ばないということは、自分が所属していた組織からフリーになる決断をしたということだ。民間の職業紹介所やハローワークに生まれて初めて行って、そこで仕事を見つけたという人も多い。

ハローワークで仕事が見つかった

 中村祥子さん(62歳、独身)は、定年の二年前に、希望・早期退職に追い込まれそうになった。誰もが知っているIT関連企業に勤めていたが、業績はよくなかった。所属する部署が閉鎖になり、その部の職員全員がリストラの対象になったのだ。
「『あなたの居場所はありません』というドラマなんかでよく聞くせりふだったけれど、それを人事から言われたんです。会社員生活の最後のほうでしたけれど、こんなことが自分に降りかかってくるなんてショックでした」
 しかし、組合員だった中村さんは早期退職だけは免れて、定年までは何とか会社にいることができた。しかし、再雇用で会社から提示された仕事は、東京郊外の、電車で片道二時間半もかかる工場での勤務で、仕事内容も何をするかわからないというものだった。
 その時点で、再雇用での仕事は諦めた。新たな仕事を探してハローワークに通った。
「そのとき初めて、自分のIDカードがないということは、何と不安定で心もとないものかと感じたんです。それまでは、一度だって会社の自慢話などをしたことはありませんでしたけれど、アイデンティティとしてそれに寄りかかっていたのだなって思いました」
 ハローワークで、求人に応募するための履歴書は三〇通近く書いた。たとえ時給一〇〇〇円の仕事であっても、志望動機なども丁寧に書かなければならない。虚しくて悲しくて、一日、二、三通書くのが精いっぱいだったという。しかも、出しても出しても、60歳という年齢で落とされてしまい、面接にまで至らないこ
とがほとんどだった。大卒、大企業勤務という経歴も役に立たない。
 そんなこんなですっかり落ち込んでいたときのことだ。ハローワークの窓口の女性から、こんな言葉をかけられたという。
「女性がひとり、独身で、定年まで勤め上げたということは、誇っていいことですよ。ひとつの企業でがんばってきたことを、『この人は責任を持って真面目に仕事をする人だろう』と評価するところもたくさんあるんです。きちんと働いてこられた、ということは素晴らしいことなのよ。だから、自信を持ってくださいね」
 その言葉にどれほど勇気づけられたことか。窓口での対応ひとつで落ち込むこともあれば、前向きにもなれるのである。
 履歴書三〇通の手前で、日本郵政グループの中の会社に、パート社員として採用が決まった。最低賃金の時給に近い給料だが、週五日勤務で仕事は一般事務、比較的高齢の人たちも多く働いている。毎日行くところがあって、少しでも社会に必要とされていることに感謝しているという。
 以前勤めていたIT関連企業では、教育事務運営、物流管理、マニュアル作成、予算売上実績管理など、各ビジネスを支える業務を担当してきた。海外関連業務に関わることも多く、プロジェクトリーダーとしてオーストラリアの支社にたびたび出張もした。企業環境が激変する中、自分としては仕事に全力投球してきたと思っている。
「私が入社した当時は男女平等ではなかったし、会社員生活の最後に悔しい想いも経験しましたけれど、大きな会社で、倒産する心配もなく、数々の出会いもあり、いろいろな経験もさせてもらえ、ずっと安定して働いてこられたのは、今思うと恵まれていた、幸せだったと思います」
「自分の経験を踏まえて、若い人に言いたいのは、定年後も働こうと思ったら、50歳くらいで資格を取るなりしてスペシャリストになれということです。そのほうが仕事は見つかります」
 自分は、体が元気なうちは働き続けたいと言う。「やれるところまでやりたいんです」

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