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オトコの一理
堂場瞬一

   第1章 基本は体

1 体を締める

 これは本当は反則ではないか、と思う。
 もちろん、たかがトレーニングで、反則もクソもない。だが、何か重大な違反を犯しているような気がしてならないのだ。もう何年もこうやっているのだが、自分の行動を疑う気持ちを、どうしても消せない。
 話は5年ほど前に遡る。
 当時、俺は本格的にウェイトトレーニングを始めて3年ほどが経っていた。トレーニング用のウエアと言えば、〈ナイキ〉か〈アディダス〉のコットンのTシャツが定番。だいたい、スポーツショップの1階で、“3枚2000円”とかで投げ売りしているやつである。どうせすぐに汗臭くなって交換する消耗品だから、高い物を買う必要などない、と思っていた。
 当時、俺を担当していたトレーナーが、常に汗だくでグレーのTシャツを黒くしていた俺に警告した。
「そういう、コットンのシャツはやめましょう」
「どうして」
「体に悪いから」
「は?」
 そういう彼──仮に「B」としておく──は、いつも長袖のジャージ姿だ。
「ここ、エアコンが利き過ぎてますよね」
「確かに」俺はむき出しの両腕を擦った。動いている間はいいが、終わると急に肌寒さを感じる。だからBは常にジャージを着ているわけか。
「それはしょうがないんですけど、汗っかきの人にとっては、あまりいい環境じゃない」
「まあね」
「だから、ウエアを変えましょう。最近、いい素材のやつがあるんですよ」
 そう言って彼が紹介してくれたのは、明らかに俺の体格よりも2サイズほど小さいウエアだった。触ってみると、さらさらしていて伸縮性が高そうだ。
「これ、着られないんじゃないかな」思い切り引っ張ってみたが、自分の太い肩がこのウエアに収まるとは思えなかった。
「いいから、試しに着て下さい。着るのに時間はかかるかもしれませんけど」
 Bの言う通りだった。次のトレーニングの機会に試してみたのだが、実際に着るまで、5分もかかったのである。首は通ったものの、その後が続かない。腕を通すのに無理な体勢を続けたせいか、肩が痙攣しそうになった。こんなもの、仮に着られても、きつくて運動なんかできないんじゃないか?
 Bの前に出た時、俺は恥ずかしさすら感じていた。その頃の俺は、今より5キロほど重く、しかもそのほとんどが腹回りに集中していたから、太い体形が強調されたのだ。
「どうですか?」何故か、Bは満足そうだった。
「きつい」反射的に言ってしまったが、言うほどきつくない、というのが本音だった。むしろ、背筋がピンと伸びて、姿勢がよくなった感じがする。
「これは、筋肉の動きを積極的にサポートしてくれるウエアです。同時に、姿勢を矯正する。加圧トレーニングというわけにはいきませんけど……吸水性がよくて速乾性ですから、汗もすぐに乾きますよ。冷房対策にもいいです」
「それにしても、きついな」
 それが間違った認識であることは、ほどなく明らかになった。
 まず、トレーニング後の疲れが明らかに減った。それまでは、翌日、体のあちこちに痛みが残り、「これも超回復の試練だ」と自分に言い聞かせていたのだが、それがなくなった。
 そして半月後、俺はチェストプレスの負荷を2ポンド上げていた。

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