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夢現
日本推理作家協会70周年アンソロジー
日本推理作家協会編

     まえがき
               今野 敏

 一言で七十周年と言いますが、これはやはりたいへんな歴史だと、あらためて思います。わが日本推理作家協会の前身である探偵作家クラブが誕生したのが、昭和二十二年。まだ、戦争の傷跡が色濃く残っている時代でした。
 太平洋戦争の終結は、いろいろなものをもたらしました。言論の自由もその一つです。
 それまで、作家は自由に作品を書くことができなかったわけです。へたなことを書くと、特高がやってきて逮捕される。拷問で死んだ作家もいました。
 昭和一桁の人々は、終戦に自由と民主主義の青空を見たと言います。当時、探偵小説などと呼ばれたミステリーが台頭してくるのも、そうした言論の自由がもたらした一つの現象と言うことができるでしょう。
 今は自由にミステリーを書いたり読んだりできるのですから、なんといい時代なのでしょう。そして、この七十年で、ミステリーはおおいに発展し、そして成熟してきました。
 さて、このアンソロジーは、歴代の理事長(一般社団法人に移行して、現在は代表理事という呼称に変わっていますが)の短編を集めたものです。
 まさに歴史を感じます。こうしたアンソロジーに参加できることを光栄に思うと同時に、畏れ多いと思ってしまいます。
 選挙で選ばれた理事の他に、推薦理事枠があります。理事会で「あいつを理事に引っぱろう」と話し合い、依頼するのです。最初私はそれで理事になりました。
 もう三十年近く前の話だと思います。当時の理事長は生島治郎さんでした。理事は当然、売れっ子や重鎮作家ばかりで、まったく売れない作家の私は、終始小さくなっていたのを思い出します。
 当時は書記局と呼ばれていたマンションの一室に集まった綺羅星のごとき売れっ子作家たちが放つオーラはものすごく、私は本当に熱を出しそうになりました。
 理事会が終わると、売れっ子たちは銀座に繰り出すことも珍しくなく、いつか私もいっしょに行きたいと思ったものでした。
 理事会では発言するどころではなく、顔も上げられず、雑談を交わす他の理事たちの話をじっと聞いていました。
 その時代の記憶がずっと残っていて、今自分が理事長(代表理事)をやっているのが、嘘のように感じられます。
 突然ですが、「人類の歴史は何年くらいだと思うか」と問われて、何とおこたえになるでしょう。
 メソポタミアやエジプト、古代中国から数えて五、六千年。いや、それ以前から文明はあったので一万数千年といったところか……。
 私はその質問をされたときに、そんなことを考えていました。すると、その質問者は「たぶん八十年くらいだよ」と言ったのです。
 人の一生と変わらないのです。つまり、人が亡くなれば記憶も途絶え、人々は同じ歴史を繰り返すことになる、というのです。
 例えば、戦争です。終戦になると、人々は「ああよかった。戦争が終わった」と思います。その記憶は鮮明ですから、二度と戦争などやるまいと強く思います。
 戦争の悲惨な記憶を持つ人が多ければ多いほどそういう意識は維持されていきます。しかし、時が経るにつれてそうした記憶を持つ人々がこの世を去っていきます。
 記憶が失われていくのです。すると、戦争を回避したいという強い思いも失われていくのです。
 最近、共謀罪などという話を耳にします。かつての治安維持法の記憶を持つ人々が大多数だった時代には決して生まれなかった法律ではないかという気がします。
 記憶と記録は別物だということです。わが日本推理作家協会の歴史もその八十年に近づきつつあります。
 すでに、探偵作家クラブ結成当初のことを覚えている人はいなくなっています。結成時の熱い思いが、時代の波に流され、いつしか消えていくのでしょうか。
 いや、決してそうではないと私は思っています。日々新たなミステリーが生み出されています。それが続く限り、決して探偵作家クラブ発足の理念は失われることはないでしょう。
 ミステリーは発展し成熟したと述べました。この一冊でその歴史を感じることができると思います。また一方で、どの時代に書かれたとしても、ミステリーは常に新鮮であることを実感できると信じています。
(こんの・びん 作家/日本推理作家協会十四代目代表理事)

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