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十津川警部 北陸新幹線「かがやき」の客たち
西村京太郎

   第一章 遠距離恋愛

     1

 北陸新幹線が三月十四日から開通すると決まった時、細野新司は、金沢に住む竹内綾に電話して、こういった。
「三月十四日から、いよいよ金沢まで新幹線が開通するね。これからは、君に、二時間も早く会えるようになるよ」
 半年前から、いわゆる遠距離恋愛の関係となった二人は、一年前、京都観光中に、同じ和風旅館の宿泊客として、知り合った。二人とも、金沢出身だと分かって、意気投合し、携帯番号を交換し合った。それ以来、週に一度は、好きな映画の話題や近況など、他愛もない話で時間を共有していた。それが、いつの間にか、恋愛感情へと変化していった。
 そして、今まで東京に住む細野が、竹内綾の住んでいる金沢まで行くためには東海道新幹線の「のぞみ」で京都まで行き、京都から北陸本線の「特急サンダーバード」に乗って金沢まで行くか、同じく東海道新幹線で米原まで行き、米原で北陸本線に乗り換えて、「特急しらさぎ」で、金沢まで行くか、そのどちらかだった。
「特急しらさぎ」に乗ったほうが、一見すると近いように思えるのだが、問題は米原に東海道新幹線の「のぞみ」や一部の「ひかり」が停まらないことだった。
 そこで、米原に行くためには、名古屋で「こだま」か、本数の少ない「ひかり」に乗り換えなければならない。結局、米原から「特急しらさぎ」を使うほうは、五時間かかり、京都まで行ってそこから「特急サンダーバード」を利用したほうが四時間三十分と、三十分ほど早く着く計算になった。
 それが三月十四日からは、北陸新幹線の「かがやき」を使えば二時間三十分、いちばん早ければ二時間二十八分で、乗り換えることもなく金沢に、着けるのである。
 細野は、別に鉄道マニアではないが、それでも北陸新幹線開通の初日、三月十四日の列車に乗って、金沢まで綾に会いに行きたかった。北陸新幹線に乗れば、東京から二時間半で金沢に行けることを誰よりも早く実感したかったのである。
 しかし、だからといって、鉄道マニアのように、何がなんでも東京発の金沢行きの一番列車に乗ろうという気も起きなかった。それに、一番列車の切符は、鉄道マニアが欲しがるので、なかなか人手できないと、思ったので、三月十四日の午後九時台の切符を買うことにして、電話で、綾に伝えた。綾は、
「そうね。何も一番列車に乗る必要はないわ。夜でいいじゃないの。その切符だけど、二枚買っておいてくれない? それまでに、私が東京に行って、東京で夕食を食べてから一緒に、金沢に行きましょうよ。その夜は、私のマンションに泊まって、金沢でも二時間二十八分になったのを祝って、乾杯しましょうよ」
 と、嬉しそうに、いった。
 そこで、細野は、綾のいう通り、三月十四日の午後九時台の切符を二枚、何とか手に入れた。そして、綾には、午後六時までに、東京駅に来てくれと、伝えた。
 細野は、東京駅のステーションホテルのレストランで思い切って、豪華なフランス料理の食事をしてから、綾と一緒に午後九時台の北陸新幹線「かがやき」で、金沢に向かうプランを立てたのだ。
 三月十四日、午後六時の東京ステーションホテルの夕食の予約も取った。
 細野はまもなく二十五歳。少年時代を金沢で過ごし、父の仕事の都合で、京都へと移った後、地元の高校を卒業して、東京の私立大学へ進学、その大学を卒業した後で東京で就職し、サラリーマン生活三年目になる。
 竹内綾のほうは、まだ大学の三年生だが、来年の春に、卒業した後は、内定を貰っている東京の企業に就職するつもりである。細野は、今すぐに彼女と結婚したいとは、思っていないが、同棲はしてもいいと思っていた。彼女のOKは、とっていないが、そのつもりでいると楽観していた。
 そして、三月十四日の土曜日、会社が休みなので、細野は、午後五時に、二子玉川の自宅マンションを出て、東京駅に、向かった。ポケットには、今日二十一時○四分発の金沢行きの北陸新幹線「かがやき五一九号」のグリーン車の切符が二枚入っている。
 それに、彼女にプレゼントするつもりで買った、シャネルの小さなブローチもポケットに入っていた。綾が前から欲しがっていた、シャネルにしては三万円という手頃な価格の小さなブローチである。
 午後六時前に東京駅に着いた。
 今朝のテレビを見ていると、北陸新幹線の一番列車が出発するところを各局のニュースで放送していたが、大変な混雑ぶりだった。カメラを持った鉄道マニアの若者が、ホームにあふれていたし、それを報道するマスコミのほうも、一番列車が金沢に向けて出発するところを写そうとして、東京駅には、ほとんどのテレビ局と、新聞社や雑誌社が集まっていた。
 そろそろ、午後六時である。さすがに朝のお祭り騒ぎはなくなっていたが、それでも何となく、ホームは騒然としている。それを見てから、細野は、ステーションホテルのレストランに向かった。
 レストランは満席だった。予約していたので、細野は、待たされることもなく二人用のテーブルに、案内された。
 店の中を見渡したが、竹内綾の姿は、まだ見えない。
「もうすぐ、連れが来るので、それから注文します」
 と、いって、細野は、コーヒーだけを、注文して、綾が来るのを、待った。
 コーヒーをゆっくりと飲みながら、腕時計に目をやった。
 綾は時間には、正確で、デートの時間には一度も遅れたことがなかった。いつもは細野のほうが遅れることが多く、綾から文句をいわれることもあった。
 しかし、コーヒーを飲み終わり、午後六時をすぎても、彼女は現れない。
 ウエイターが、再び注文を聞きに来た。
 仕方がないので、
「料理を持ってきてください」
 と、いった。
 料理が運ばれてくる。もちろん二人前である。それでも、最初はビールを注文しそれを飲みながら、彼女が、来るのを待っていたが、十分、二十分と経っても、彼女は現れなかった。

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