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田園発 港行き自転車 上
宮本 輝

   第 一 章

 ──私は自分のふるさとが好きだ。ふるさとは私の誇りだ。何の取り柄もない二十歳の女の私が自慢できることといえば、あんなに美しいふるさとで生まれ育ったということだけなのだ。
 私は、いちにちに一回は、心のなかで富山湾を背にして黒部川の上流に向かって立ち、深い峡谷がそこで終わって扇状の豊かな田園地帯が始まるところに架けられた愛本橋の赤いアーチを思い描く。
 どんなにいやなことだらけのいちにちであっても、六畳一間の古いアパートに帰って来て、息をするのも億劫なほどに疲れて畳の上に突っ伏してしまっても、烈しい清流の彼方に見える赤い橋は必ず私の心に浮かぶ。
 むりやり思い浮かべようとするのではない。逢いたくてたまらなかった人がほほえみながらやって来るかのように、自然に心の奥からあらわれ出るのだ。
 そんな私が背を向けているのは、おおまかには富山湾だが、正確には富山県下新川郡入善町の入善漁港という小さな漁港ということになる。その入善漁港の南西の目と鼻の先に、黒部川の清流が輝きながら海へと注ぎ込んでいる。
 私は東京に来てから、たいていの人が、立山連峰は富山湾と向かい合って東西につらなっているものと思い込んでいることを知った。
 でもそれは間違いだ。日本海から内陸部へと大きくえぐられるようになっている富山湾は、その湾曲の深さで方角を錯覚させるのであろう。立山連峰は、富山県の東側を三千メートル級の峰々で形づくられて、ほぼ南北に横たわっているといっていい。
 私が生まれ育った家は、赤く塗られた愛本橋のほうから黒部川の右岸を自転車で十二、三分ほど行った田園のなかにある。
 黒部川の西側一帯は黒部市だ。そこも入善町と同じ田園がひろがっている。市町村合併の当初の計画では、黒部川の両側はみな黒部市と一緒になるはずだったのだが、それを断固反対する人たちが多くて、入善町とその東側の朝日町は、以前のままに下新川郡として区分されたという。
 黒部川の左右に拡がる広大な田園地帯は、昔から黒部川扇状地と呼ばれた。ひろげた扇の形をしているからだ。
 その扇の要となる地点に赤い愛本橋があって、そこからきれいな形で扇はひらかれていき、富山湾までひろがっていくのだ。愛本橋から山間部へ入ると、すぐに宇奈月温泉郷があり、峡谷はさらに深くなり、黒部峡谷へとつながって行く。
 黒部川扇状地は、かつては農民を苦しめる痩せた土地だった。険難な黒部峡谷と、そこを源とする黒部川が、海までの短い距離のあいだにある平野部につねに襲いかかって田畑を水びたしにし、さらに一帯を砂で埋めつづけた。暴れ川に翻弄される農民たちの、水利権をめぐっての争いはいまも尾をひいている。
 だが、治水事業が成功して豊かな土壌を得た黒部川扇状地では、かつての災禍が恵みと変じた。それは清らかな湧水の出現だ。
 立山連峰、黒部峡谷のあちこちで生まれて黒部川流域の地中深くに伏流した良質のミネラル水は、扇状地の砂地を通り道として、町のあちこちで湧き出て来たのだ。
 いま、黒部市の生地や入善町や朝日町は、名水の町として知られるようになった。私もこの湧水を飲んで育ったのだ。
 私の自慢のひとつは、この湧水のおいしさと豊富さだが、もうひとつ誇れるものがある。
 黒部川の川べりには、ゴミひとつ落ちていないということだ。
 煙草の吸い殼、スナック菓子の袋、インスタント食品の空容器、食べ残した弁当、新聞や雑誌類……。そんなものを川べりで目にしたことは、私はいちどもない。嘘だと思うなら、ぜひ私のふるさとに来てくれ。
 近在の人たちが定期的に清掃しているのではない。川べりに物を捨てないようにと呼びかけているのでもない。黒部川の川べりにゴミを捨てる人がいないのだ。
 六月から九月の末までは、渓流釣りを楽しむ釣り人の数は多い。だが、その人たちが残していったもつれた釣り糸も、使い物にならなくなったさまざまな釣り具の残骸も、私は見たことがない。
 国道にはパチンコ屋も量販店もあるが店舗よりも大きいのではないかと思える看板で風景を損なうようなものではない。ぜひ、私のふるさとに来てくれ。
 あと半月もすれば稲刈りの時期だ。海に沈む夕日が、実った稲穂を照らす美しい光のなかを、ゆっくりと散策してみてくれ。この田園地帯の交通の便はとても悪いが。──

 少し喋っては考え込み、次につづく言葉を訥々と口にし、そうしてまた考え込んでから語りつづける、ということを繰り返したあと、脇田千春は襟足から二筋の汗を伝わせながら、上気した顔で、今夜の送別会の礼を述べて挨拶を終えた。
 途中からうんざりした表情をあらわにさせていた三人の女子社員は、川辺康平の拍手に合わせて軽く手を叩き、居酒屋チェーン店の座敷席から身を乗り出すと、そうすることを示し合わせていたかのように、店員に時間を訊いた。十時少し前だった。
 小野建設機械リースの営業一部に所属する社員十人のうち、次長を除く九人が参加した千春のための送別会は、このあと新宿南口にある別の店で二次会を持つという。
 川辺康平は、部長の自分は二次会につきあわないほうがいいと考えて、窮屈な座敷席から降りて靴を履きながら、
「ほんとに行くかもしれないぞ、千春ちゃんの自慢のふるさとへ。黒部峡谷と田園地帯とを分ける赤い橋を目印に」
 と笑顔で千春に言った。
 主任の平松純市が、あとはまかせて下さいといった表情でかすかに頷き返してから、康平を追って来て、
「二次会、中止になったんですよ」
 と言った。
「あの子、酒飲めないからなぁ。富山行きの高速バスは何時発だ? 時間もあんまりないんだろう?」
「ええ、まあ、それもあるんですけど、二次会の費用として集めた金で何か欲しいものがあったら買って送ろうかって千春ちゃんに訊いたら、折り畳み式の自転車が欲しいって。二人乗り用の。で、二次会はやめて、その費用を自転車代にあてることにしたんです。みんなもそれでいいっていうから」
「二次会の費用って幾らくらい集まったんだ?」
 一階がラーメン店になっているビルを出て、狭い道を歩きながら康平は上着の胸ポケットから財布を出した。
「ちょうど三万円です。ネットの通販でいろいろと調べたんですけど、一万円ほど足りなくて」
 それでついて来たのかと思い、康平は笑いながら一万円を平松に渡した。
「てめえ、なめんなよ!」
 うしろから走って来た若い男が、平松の肩をつかみ、電柱のところにひきずって行った。不意をつかれて、平松はあお向けに倒れた。
「人ちがいだよ。こいつはいま僕と話をしてたんだ。そこの居酒屋から出て来たばっかりなんだ。きみが腹を立ててる相手は、こいつじゃないよ」
 康平は用心しながら、男と平松のあいだに割って入った。
 狭い道のどこかから漂ってくるメタンガスのような臭いと、ひしめいている飲食店の電飾看板の色彩が、若い男の顔をマネキンのそれに見せていた。
 表情がなく、顔の色は鼠色で、ところどころに青い絵具を塗っているかのようだった。
 こいつは、いわゆるヤク中というやつだ。
 川辺康平はそう思い、
「きみに失礼なことをしたのは、別の人だよ、ほんとだよ」
 と言い、アスファルトの上に倒れたままの平松純市の腕をつかんで立ちあがらせ、ジーンズのうしろのポケットに差し入れている男の右手の動きに神経を集中させた。
 平松の背広の肩口をつかんでいた手を離し、何か意味不明の言葉を康平につぶやいて、若い男はコンビニの角を左に曲がってどこかへ去って行った。
「見ました? あいつ、ポケットにナイフを入れてましたよ。ナイフの柄が見えてましたよ。ハンパなナイフじゃないです。柄がこんなに太いやつです」
 ナイフの柄の太さを示そうとする平松の手が震えていた。
「また逢うといけないから、別の道を行こう。ここはどこなんだ? 俺は、ヨコちゃんにつれられて来たから、どこをどう行ったら新宿西口に出るのかわからないよ」
 康平の言葉に、平松は、こっちですと言って来た道を戻り、さっき出て来た雑居ビルの前を通り過ぎると、駅のほうへ斜めに延びている暗い路地へと入った。
「すぐ大きな通りに出ます。ここだけいつも暗いんです。店が一軒もないですからね」
 平松の声の震えは止まっていなかった。ときおり不安そうにうしろを振り返りながら、生ゴミの臭いの充満する路地を急ぎ足で歩きつづける平松の背を見て、ひとつ間違えば、人間はあんなことで殺されてしまうのかと康平は思った。
 カプセルホテルの裏側から人通りの多い通りへ出ると、康平は自分が靖国通りを駅のほうへと寄ったところにいるのだとやっと気づいた。
「ぼく、あいつの目を見たとき、ああ、もう駄目だって思って……。殺されるって……。ぼく、ほんとに怖かったです」
 ゴールした長距離ランナーのように上体を苦しそうに前に折り、両手を両膝に押し当て、顔を深くうなだれさせて、平松はそう言った。
 泣いているのかと思い、康平はその背を軽く何度も叩いた。
「ぼく、きょう誕生日なんですよ。誕生日に、見も知らないヤク中みたいなやつに殺されかけるなんて」
「お前もあいつをヤク中かもって思ったのか?」
「あの顔色と、腕の静脈の浮きあがりかたは、ヤク中でも末期ですよ。あいつの腹には、膨れた静脈が蜘蛛の巣状にひろがってますよ」
「詳しいんだなァ」
「ネットのサイトで見たんです」
 道に缶ジュースの中身がこぼれていたのか、平松の背広の上着は濡れていて、それは康平の指をねとつかせた。
 康平がそれを教えると、平松は慌てて上着を脱ぎ、どこかに捨て場所はないかとあたりを見廻した。
 いま歩いて来た路地の、カプセルホテルの裏側のところにゴミ捨て用の大きなポリ容器があった。平松はポケットに入れてあったものを出してから、上着をそこに投げ捨て、
「この夏物の背広、買ったばっかりなんです」
 と言った。
「どこか静かなとこで飲み直そうか。俺が誕生日のお祝いをするよ。俺じゃあつまんないだろうけど。誰かがどこかで待っててくれてるんなら、無理には誘わないぜ」
「いませんよ、そんな相手は」
 と、やっと笑みを浮かべて答えたが、平松は自分の腕時計に目をやり、脇田千春を見送ってやろうと思っているのだと言った。
 千春の荷物が多くて、それを持ってあの歌舞伎町に近い居酒屋まで歩くのは無理だったので、新宿駅のコインロッカーに三つに分けて入れた。東京住まいが長い者でも、新宿駅のなかはうっかり間違えると迷路と化す。千春がちゃんとコインロッカーのところに行けるかどうかおぼつかないし、ひとりで大きな荷物を四つも持って高速バスのターミナルに辿り着けるかも心配だ。
 うちの課の女子社員たちは、みな家が遠いので、バスが出る時刻まで千春につきあってやるわけにはいかない。
 それで仕方なく、自分が荷物の半分を持ってバスターミナルまで一緒に行くことにした。
 千春は遠慮して、ひとりでも大丈夫だと言ったが、あの子を見ていると、どうも大丈夫という気がしない。
 平松純市の説明で、
「そうだな。どでかい新宿駅で迷子になってバスに乗り遅れたら大変だもんな。よろしく伝えてくれ」
 と言い、康平はタクシーに乗った。ひさしぶりに道玄坂の「ルーシェ」に行きたくなったのだ。
 よく冷房の効いたタクシーが動きだしたとき、康平は運転手に停めてくれるよう頼み、後部座席の窓を降ろして、店へと戻って行く平松に、
「きょうで何歳になったんだ?」
 と大声で訊いた。三十六ですという声が返ってきた。
 きょうは二〇〇八年九月一日。俺は十月一日に五十歳になる。四十代最後の一ヵ月がきょうから始まるというわけだ。
 康平はそう思いながら、後部座席の窓を閉めた。五十歳になった途端に、自分のなかで何かすばらしいことが起こりそうな気がした。
 それはいま突然そんな気がしたというのではなく、一、二年ほど前からの、理由も根拠もない予感だった。
 康平は、平松の手の震えを思い浮かべ、仕事ではいつもあと一押し足りないという弱さがあるが、得意先の担当者たちには可愛がられる特質をもっと伸ばしてやる方法はないかと考えた。
 そうか、脇田千春を見送ってやるのか。下手をしたら、ヤク中らしい若い男にナイフで剌されていたかもしれないのだ。恐怖はそう簡単には去らないであろうに、千春の荷物を持ってやるために気をとり直して雑踏へと入って行きやがった。いいとこあるじゃないか。平松には、本人も気づいていない強さがあるのかもしれない。
 脇田千春も頑張り屋だった。洗練という言葉とはおよそ縁遠くて、どちらかといえば「おでぶちゃん」の部類で、若い男どもの気を惹く要素を探すのは難しいが、黒目勝ちの大きな目には、やはり美しいというしかない清らかさがあった。
 千春は、依願退社の理由を、一身上の都合としか説明しなかったし、こちらもそれ以上は深く立ち入らなかった。俺は、上司として、もう少し立ち入るべきではなかったのか。
 高校を卒業してすぐに富山県入善町から単身上京し、一年半勤めて、今夜の高速バスでふるさとへ帰って行く。
 自慢の美しいふるさとへこれから帰れるとしても、ひとりでバスに乗り込み、誰にも送られずにターミナルから離れていく瞬間には、つかのまにせよ寂しさや孤独感に包まれるのではないか。
 平松が千春をおもんぱかって、荷物を運ぶことを口実に見送ってやろうとしているなら、うん、あいつ、いいとこあるよ。
 よし、俺も本気で平松純市という部下の壁を乗り越えさせるために、これまでのやり方では通用しない仕事を担当させよう。
 川辺康平は、体を捻って、高層のホテルやマンションのあいだに見え隠れしている都庁のビルの骨張った巨人に似た形を目で追いながら、そう思った。
 次の信号を左に、その次の四つ角を右に、と運転手に指示して、道玄坂の曲がりくねった坂道の中途でタクシーから降りると、康平は古い五階建てのオフィスビルの地下にある「ルーシェ」のぶあつい木のドアをあけた。
 ラフマニノフの「ピアノ協奏曲」が低い音量で流れていて、カウンター席にはマスターに見えないようにして手をつなぎ合った中年のカップルが、紅茶色のカクテルを飲んでいた。
 絵に描いたようなわけありのカップルで、どちらにも家庭があって、片方の手で相手の手を握り、そこだけ目をそむけたくなるほどに卑猥な気配を発散させてはいるが、別れ話の最中だな。
 そう見当をつけながら、康平はマスターの日吉京介に、手を洗いたいのだと身振りで示し、先にトイレに入った。
 平松の上着の背の部分についていたのが缶ジュースの中身なのか、もっと不潔な液体なのかわからないまま、康平は「ルーシェ」の洗面所に置いてあるニナ・リッチの石鹸で何度も両手を洗った。
 ハンカチで手を拭き、あと一ヵ月で五十歳になる自分の顔にながめいっていると、日吉京介がドアをそっとノックしながら、
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
 と訊いた。
「手に何か気持悪いものが付いてね」
 トイレから出て、そう言いながらカウンター席の右端に坐り、康平がギムレットを頼むと、三十代半ばくらいの女性客が五人入って来て、入口の横にひとつだけあるテーブル席に坐った。予約してあったらしかった。
「ギムレットにはまだ早すぎるね、だぜ」
 日吉は半分に切ったライムを絞りながら言った。
「ぱっとフィリップ・マーロウが出てくるなんて、おっさんだなァ」
 大学二年生のときに知り合って以来の友だちである日吉京介は、その康平の言葉に苦笑し、ギムレットのグラスを差し出すと、女性客たちの席へ註文を訊きに行った。
 千春の送別会では、康平は生ビールの中ジョッキを一杯飲んで、枝豆と、豆腐サラダというのを少し食べただけだった。
 急に空腹を感じて、手書きのメニューをひろげたとき、平松が「二人乗り用の自転車」とか何とか言ったことを思い出し、
「そんなもの、あるわけないだろう」
 と康平は声に出してつぶやきながら笑った。
 三人分の椅子をへだてて坐っている、どちらも四十五、六歳くらいのカップルが同時にきつい目を向けてきた。
「あ、失礼。ひとりごとを言って思い出し笑いをしちゃったんです」
 カップルにそう言って、康平は笑いをこらえようとギムレットをいっぺんに半分ほど飲んだ。
 いくらネットのサイトで探しても、二人乗り用の自転車なんかあるはずがない。自転車は二人乗り禁止なのだ。二人乗りは交通違反だ。
 そんなのを欲しいと頼んだ千春も千春だが、頼まれたとおりに二人乗り用の自転車を探した平松も平松だ。
 しかし、四万円で、折り畳み式の二人乗り用の自転車をみつけたらしい。それはどういうことなのだ……。
 こんな間抜けな話をバーのうす暗いカウンターで思い出して、ひとりで笑っているのは、今夜の俺にはとてもよく効く精神療法だ。この十日ほどは仕事で神経をすり減らすことばかりだったのに、居酒屋から出たあと、ナイフを隠し持った若い男にひとつ間違えば殺されるところだった。
 俺のなだめ方が上手だったのではない。あのヤク中の、ほんの微細な心の動き次第だったのだ。
 もう忘れよう。そのために「ルーシェ」に来たのだから。しかし、千春の送別会の途中から生じた両方の目の奥の鈍痛が消えない。
 夜、家に帰ってベッドに入るころにはおさまるのだが、この重い痛みは三ヵ月ほど前から日が落ちるころになると起こるようになり、盆休みの前に眼科で診てもらった。
 医師の診断は眼精疲労だった。仕事以外ではパソコンや携帯電話の画面を見ないこと。できるだけ、空の遠くのほうをぼんやりと見る時間を持つこと。
 医者はそう言って点眼薬を出してくれた。網膜剥離の兆候もないし、眼底の血管もきれいだし、他の検査も異常なし、ということだったから心配する必要はないにしても、いやにしつこい鈍痛だ。
 俺が暮らしている東京という大都市には、無用な光と色彩が溢れかえっていて、自分の視界には動かないものなどひとつもない。
 光や色だけではない。音も匂いも、人間の五感の許容能力をはるかに超えている。
 眼、耳、鼻、舌、身が五感で、そこに「意」を加えて六感となるそうだが、五感の許容能力を超えたところでは「意」も疲れ果ててもちこたえられなくなるのは理の当然だ……。
 そう考えながら、ギムレットを飲み干し、
「まったく疲れることをしてるよ」
 と康平は胸のなかで言った。
 その無言のつぶやきと中年のカップルが立ちあがったのが同時だったので、
「いやいや、あなたがたを皮肉ったんじゃありませんよ」
 とさらに心でつぶやいて、カウンターのなかに戻って来た日吉京介の、手慣れたとは思えないビーフシチューの温め方に見入った。
「ルーシェ」は、つまみはナッツ類だけのショット・バーだったのだが、もう少し儲けることも考えたらどうかとビルのオーナー夫人に勧められ、日吉は自分の店をビストロ・バーに変えたのだ。
 ビストロといっても、出せる料理は四品だけだった。
「南仏風ビーフシチューのセット」、「手造りソーセージ三種のセット」、「エダムチーズと季節の野菜サラダ」、「ペンネ・アラビアータ」。
 どれも、料理も出せとうるさく勧めたオーナー夫人の考案で、できるだけ傷みにくいものという条件にかなっている。
 ビーフシチューは、大鍋で煮込んだものに、いちにち二度ほど火を入れれば四、五日はもつし、ソーセージは、店から十分ほどのところでハムとソーセージの専門店を営んでいるオランダ人が毎日配達してくれる。チーズもオランダ産の硬質なものなので日もちがするし、ペンネ・アラビアータのための、鷹の爪とガーリックがよく利いたトマトソースは、たくさん作って、保存用の容器に入れて冷凍してある。
 付け合わせのキャベツの酢づけはズールコールで、それもオランダ人のマイスターが自分で作ったものだ。
 これと同じものが、ドイツではザワークラウトであり、フランスではシュークルート、ポーランドではキショナ・カプスタと呼ばれる発酵食品だから長期保存が可能なのだ。
「そのシチュー、どこが南仏風なんだ?」
 と康平は小声で訊いた。
「シチュー皿に盛ってから生クリームを多めにかけるんだ。で、半分に切って軽くオリーブ油で炒めたマッシュルームをトッピングするってわけ」
 日吉も小声で答え、赤ワインを二本持ってテーブル席へ行った。
 ギムレットがここちよく神経をほぐし始めたのを感じて、康平は椅子の背凭れに上半身をあずけ、両目を閉じてそれを指で軽く押した。
 しばらくそうしていた。
 東京で生まれ育ったこの俺でさえ耐えきれなくなる光と色と音のるつぼに四六時中翻弄されて、心の堤から泥水が溢れ出ようとしている。富山県入善町の豊かな湧水に恵まれた田園から働きに出て来た十八歳の娘が、仕事を終えて六畳一間のアパートに帰り着き、息をするのも億劫なほどに疲れて、畳の上でしばらく突っ伏してしまうのは当たり前だ。仕事に疲れたのではないのだ。
 千春は、そうやって突っ伏しているときでも、黒部川の清流の向こうに架かっている赤い橋が心に浮かぶと言ったな。どんな橋だろう。
 たしか千春は、そこから北側が黒部川扇状地と呼ばれる田園地帯で、そこから南が黒部峡谷の深い山間部だということを示す橋だと説明した気がする。
 その赤い橋は、黒部川が富山湾へと注ぎ込む地点から見えるのだろうか。
 赤い橋の彼方には、立山連峰がそびえているさまが見えるのだろうか。
 ゴミひとつ落ちていない川べり? 何気なく聞き流してしまったが、俺はそんな川べりを歩いたことがない。
 海に沈む夕日が、実った稲穂を照らす美しい光? 俺はそんな光を見たことはない……。
 康平は閉じた目にそっと三本の指を押し当てたまま、千春の最後の挨拶を正確に思い出そうと努めた。
 自分がいま思い浮かべた千春の言葉のなかには、千春が実際には言わなかったものもあるような気がしたのだ。
 千春は、逢いたくてたまらなかった人がほほえみながらやって来るかのように、という言い方をしたはずだが、あれは何を指して言ったのだったろう。
 立山連峰がか? 黒部川の烈しい流れか? 町のあちこちに湧き出る良質の天然水か?
 それとも、口にはしなかったが、誰か特定の人間のことなのか? いや、赤い橋か?
 康平は、自分の記憶の曖昧さに少しなさけなさを感じ、カウンターのなかに戻ってマッシュルームを切り始めた日吉京介に、ギムレットのお代わりを頼んだ。
「悪いけど、十分待ってくれよ。こっちのソーセージは茹でて、こっちのは焼くんだ。それをしながら、トマトソースを湯煎しなきゃいけねェ。口はひとつで手は二本だ。それまでこれを飲んでてくれよ。ただし、一杯だけだぞ」
 日吉は、壜に三分の一ほど残っているバランタインの二十一年物を康平の前に置き、ストレートグラスを出してきた。
「氷、くれよ」
「こんな上等のスコッチを薄めようってのか? いやなら、なかに入って手伝え」
「そんな狭いとこに段取りの悪いおっさんがふたり入ったら、よけいに遅くなるぞ」
 そう言って、康平は二十一年物のスコッチを自分で小さなグラスに注いだ。日吉は、ペンネを茹でるための鍋をコンロに載せてから、グラスに氷とミネラルウォーターを入れて康平の前に置いた。
 女子社員の送別会で遅くなる、食事は済ませてくる、とは言ってあったが、最近、娘のことで悩んで不眠症になっている妻にひとこと声をかけておこうと思い、康平はスコッチをグラスに半分ほど飲んだあと、同量の氷水も喉に流し込んで、「ルーシェ」から出ると階段をのぼってビルの外に出た。
 ビルは二十八年前に建てられたもので、映画のセットみたいな薄っぺらな建物は嫌いだと主張し、堅牢な材質を使ったために、各フロアは電波状態が悪い。「ルーシェ」は地下にあるので、ほとんどの客の携帯電話の画面には「圏外」と表示されるのだ。
 ビルの前の、人通りのない歩道に出た途端にメールの着信音が鳴った。平松純市からで、発信時刻は二十三時四十二分となっている。
 ──いまバスは新宿西口から出て行きました。部長にはとてもお世話になったのに、ちゃんとお礼を言えなかったと千春ちゃんが申し訳なさそうにしていました。ぼくはあすの七時過ぎの新幹線で資材部長と浜松へ行くので、家に帰ってビールでも飲んで寝ます。添付したURLをクリックすると富山県全体の地図が出ます。──
 メールの文章を読み、そうだった、浜松のS土木建設とのあいだで、ちょっと面倒になりそうなトラブルが起こったんだな、と康平は思い、夜道に立ったまま、平松への返信メールを打った。
 ──千春ちゃんを見送ってくれてありがとう。あしたの件、非は相手にあることは明々白々で、渡辺さんは戦争も辞さない覚悟だろうけど、十数年来のお得意様で、相手もいま苦しい商売をしてるんだから、お前は中和剤になって落とし所をみつけるまでは帰らないと決めて行ってくれ。どこを落とし所にするかはお前にまかせる。渡辺さんのメンツも立つという落とし所だ。あとは俺が引き受けるよ。──
 自分が打ったメールを二度読み返してから、康平は送信ボタンを押した。
 それからすぐに妻に電話をかけた。医師に処方された抗うつ剤と誘眠剤を飲んでしまっていたらまずいなと考えて、慌てて切ろうとしたとき、妻の声が聞こえた。
 二次会は中止になったが、若い社員たちとバーで飲んでいる。もう一時間ほどしたら、タクシーに乗って帰る。先に寝ててくれ。
 康平は、わざと機嫌の良さそうな口調で言い、妻の反応に耳をそばだてた。妻の幾代は、二種類の薬を服用しても眠れないときは滑舌が悪くなるのだ。
「うん、いまベッドに入ろうと思ってたの。麻裕は令子さんのとこに泊まるって」
 普段の喋り方に安心して、
「令子さんて、大磯の?」
 と康平は訊いた。

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