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封神演義 後編
八木原一恵 編・訳

   三十三 冀州侯蘇護、西岐を討伐する

 ケ九公が武王にくだると、紂王は、国戚であれば敵に降参することはないという意見を入れ、妲己の父の冀州侯・蘇護に西岐征伐を命じた。蘇護はすぐに冀州をたち、西岐城下にとりでを築いた。
 西岐城からこれを見て、姜子牙が黄飛虎にたずねると、武成王の黄飛虎は意外なことを言った。
「蘇護どのはお心の正しい気骨のあるお方です。かつて、紂王のもとで諸侯たちから賄賂をとっていた費仲と尤渾に、ただ一人贈り物をしなかったことをごぞんじでしょうか。娘が紂王の皇后であるからといって、心から紂王に従っているわけではありません。今までにもたびたび西岐につかえたいという気持ちを手紙に書いてきていますから、まちがいなく味方となりましょう」
 蘇護は、何かに迷っているのか、なかなか攻めてこなかった。
 三日目、黄飛虎は、様子を調べるために戦いをしかけ、蘇護の将軍の趙丙を生けどった。
 すると、翌日は、火眼金睛獣に乗った、赤黒いおそろしげな顔の将軍が、蘇護のとりでから進みでた。西岐城からは五色神牛に乗った黄飛虎が迎える。
「わしは蘇侯麾下の鄭倫。反逆者・黄飛虎、覚悟せよ!」
「鄭倫。もどって、主将におでましをこえ。お話ししたいことがあるのだ。わからぬことをするなら、趙丙と同じ目にあわせるぞ!」
 鄭倫が怒って降魔杵で打ちかかる。黄飛虎が槍でふせぐ。二人は三十回にもわたって槍と杵をはげしく打ちあわせた。と、急に、鄭倫が降魔杵をさっと持ちあげた。これを合図に鄭倫の配下の三千人の烏鴉兵(黒ずくめの軍隊)が、列を連ねて蛇のようにうねうねと進みでてきた。同時に、鄭倫は、
「フンッ!」
 音を立てて、鼻の穴から、二すじの白い光を出した。
 これこそ三魂をふきちらす妖術であった。黄飛虎は、「フンッ!」という音を聞いたとたんに、くらっとして神牛から落ち、烏鴉兵にしばりあげられた。翌日、鄭倫は、同じ術で黄天化もとらえた。
 姜子牙は、次に、土行孫とケ嬋玉を戦いに出した。
 土行孫は、小さい体でちょこちょこと動いて、たくみに鄭倫の杵から逃げまわったが、やはり、「フンッ!」という音を聞いたとたんに地面に倒れ、烏鴉兵にしばりあげられた。これを見たケ嬋玉は、逃げながら後を追ってきた鄭倫に五色に光る石を投げつけてけがをおわせた。しばらくすると土行孫も敵のすきを見て、地行術で逃げもどった。
 子牙は、ようやく敵が魂魄をふきちらす術を使ったと気づき、きちんとした魂魄を持っていない哪吒に相手をさせた。
 風火輪に乗った哪吒と火眼金睛獣に乗った鄭倫が、ものも言わずに、はげしくぶつかりあう。
 鄭倫は、すぐに降魔杵を持ちあげて合図をし、
「フンッ!」
 鼻から白い光を出した。哪吒はびっくりしたが、体はぐらりともしなかった。
 術がきかなかったので、鄭倫のほうがうろたえて、
「今まで一度たりともしくじったことなどないのに、なぜ、術がきかないのだ」
 と叫び、さらに、「フンッ!」「フンッ!」と、たてつづけに三度術をかけた。
「フンフン鼻を鳴らしているんだか、うんうんうなっているんだか、わからないじゃないか。いったいなんの病気だい」
 すると鄭倫ははげしく怒って、降魔杵を乱れ打ちにしてきた。哪吒が火尖鎗で応じて、三十回あまりはげしく打ちあう。そのうちに哪吒は乾坤圏を空中に投げあげた。鄭倫は乾坤圏を背中に受けて、傷をおって陣地に帰った。

 蘇護は、鄭倫が傷をおって帰ったのをしおどきと考えた。
「鄭倫。わしは妲己のような娘を持ってしまったために、人々の恨みを買うはめになった。すでに天下の諸侯は周に降伏している。周に身を投じて、殷の道をはずれた行いを正すことこそ、罪のつぐないになるのではないかと考えておるのだが。
 その昔の聖なる天子であった尭帝の息子の丹朱も、舜帝の息子の商均も、行いが悪かったため、尭が亡くなると舜が、舜が亡くなると禹が天下を引きついだ。今、天子に徳はなく、天下は麻のように乱れている。『天に従う者は栄え、天にさからう者は滅びる』と言うではないか。そちが傷をおったことこそ、天の声と聞いたぞ。周に降参して人としての正しい道を歩もうと思っておるが、どうじゃ?」
 すると、鄭倫は色をなして叫んだ。
「なりません! 天下の諸侯が周に味方したとおっしゃるが、わが君は皇后陛下のお父君、国の外戚です。国が滅びれば滅び、国があるかぎりあるべきお方でございます。天子さまのご恩をわすれては不義となり、国の大事をささえようとせず、かえって反乱を起こすとすれば仁に反します。決して、周に降伏などしてはなりません! 国のために命をなげうち、身を捨てて主人に報い、血肉の体を惜しまず死をもってみずからの誓いをはたす。これが鄭倫の忠君の願いです。他には何も知りません」
「しかし、鄭倫よ、『良禽はとまる枝を選び、賢臣はつかえる主人を選ぶ』と言うではないか。王の位を受けていた黄飛虎でさえ、陛下が徳を失ったのを見て去っていったのだ。時機を見ることを知らなければ、後悔することになるであろう」
「わかりました。すでに、わが君は、周に降伏することを決めておられるのですね。ならば……」
 鄭倫は痛みをこらえ、いきおいよく立ちあがった。
「わたしは謀反人につかえるつもりはない。わたしが朝に死んだらその朝に、午後に死んだらその午後に、さっさと周にでも何にでも降伏なさるがいい。首を斬られたって、わたしの忠心は変わりはしない」
 きっぱり言いきり、鄭倫は身をひるがえして出ていった。
 蘇護は、しばらくため息をついていたが、やがて奥にもどって、息子の蘇全忠と、さらに、とらえていた黄飛虎父子も呼んで、ともに酒をくみかわした。そして、周に降伏したいと思っていることを黄飛虎と語りあい、三更(午前零時ごろ)になると、黄飛虎と黄天化を西岐城へ帰した。
 その夜は父子で相談し、明日、姜子牙に手紙をおくり、鄭倫を生けどりにしてもらい、周に帰順しようと話がまとまった。

 ところが次の日、赤い長い服をまとった三つ目の仙人が訪ねてきたことで、蘇護の計画は、すっかりくるってしまった。
「申公豹どのに言われて、助けにまいったぞ。ともに西岐を破り、逆賊どもをこらしめようではないか」
 仙人は、九竜島声名山の呂岳と名のった。そこへ、「いたたたたっ!」という鄭倫の声がしたので、蘇護は鄭倫を呼びいれた。呂岳は鄭倫の背中の傷を見ると、笑って言った。
「乾坤圏にやられた傷だな。待っておれ、すぐになおしてやる」
 呂岳が豹皮嚢からひょうたんをとりだし、中の丹薬を水にといてぬりつけると、たちまち傷はすっかりよくなった。鄭倫は大喜びし、呂岳の弟子になった。
 数日すると、呂岳の四人の弟子たちが、蘇護の陣地を訪れた。みな身長一丈六、七尺で、顔は真っ青、真っ黄色、真っ赤、真っ黒。着ている服も青、黄、赤、黒。目はギラギラと光っており、凶悪そうなつらがまえで、態度も荒々しい。
 鄭倫は、周信・李奇・朱天麟・楊文輝というこれら四人の兄弟子をもてなし、次の日、蘇護に引きあわせた。呂岳は、蘇護のとまどいにかまわず、西岐と戦うことを決めてしまった。
 周信たちは、頭痛をおこさせる頭疼磬、高熱を出させる発燥幡、目の前を真っ暗にしてめまいをおこさせる昏迷剣、病原菌を飛ばす散こう鞭という宝物を使って、金吒、木吒、雷震子、竜鬚虎を、次々と破った。さらに三つ目の道士が挑戦してきたという報告を受けて、今度は姜子牙自身が、左右を武将たちに守られ、前後に玉虚の門下を従えて、西岐城から出陣した。
 見ると、赤い長い服をまとった三つ目の道士が、黄色い幡の下に立っていた。顔は青く髪は赤く、金色の目の駱駝に乗り、宝剣をたずさえ、見るからにおそろしげなさまである。
「きさまが姜子牙か?」
「さよう。道兄は、いずこよりおいでになったのですかな。
『天に従う者は栄え、天にさからう者は滅びる』と言うではございませんか。無道な殷を滅ぼし、天下の真実のあるじである周の王朝を興すのは、天の道にかなったこと。さからえば身を滅ぼしますぞ。封神榜のことをごぞんじでしょう。わしは玉虚宮の命令で周をお助けしているのです。たとえ道兄がつかのま勝利したとしても、それは決して長続きしませんぞ」
「わしは九竜島の呂岳だ。闡教の門人は、われら截教をあなどっておる。わしの四人の弟子たちは、すでに勝利をおさめた。今度はわしがきさまをたたきのめしてくれる」
「道兄の言葉は、峨嵋山の趙公明や、三仙島の三人の仙女と同じですぞ。ひとたび戦いはじめてしまえば、もう、後に引くことはかなわなくなります。後に待つのは、死あるのみ」
「ほざきおって、姜尚め!」
 呂岳は金目の駱駝を走らせ、剣をとっておそいかかってきた。姜子牙が剣で受ける。かたわらにいた楊せんが馬に乗り三尖刀をとって、哪吒が風火輪に乗って火尖鎗をかまえ、子牙を助けに入る。旗の下にいた黄天化も、玉騏麟を走らせてかけより、呂岳を四人でとりかこもうとした。
 殷の旗の下にいた鄭倫は、黄天化を見て、「あっ!」と声をあげた。
「いくらいさおしをあげても、あるじが周に降伏する気持ちで、せっかくとらえた敵を逃がしていたのではどうにもなるまい。今度は、生けどりではなく、打ち殺してしまえば、わが君も降伏などという気持ちをお捨てくださるかもしれぬ」
 鄭倫は火眼金睛獣にまたがり、大声で叫んだ。
「黄天化、覚悟せよ!」
 黄天化は玉麒麟のむきを変え、二本の鎚をとって鄭倫とはげしく戦いはじめた。哪吒がこれを見て、また鄭倫の術にかかってはたいへんだとばかり、風火輪を飛ばして二人の間にわってはいる。
「黄の貴公子、こいつはおれにまかせて、呂岳のほうをたのむ」
 鄭倫は、かつて哪吒の乾坤圏で傷をおっている。苦手な相手にひるみながらも、哪吒が乾坤圏を投げないように、けんめいにふせいだ。
 一方、呂岳のほうには、楊せんのほかに、黄天化、それに土行孫が戦いに入った。さらにケ嬋玉が、轅門のところで石を投げつけるすきをねらっている。
 相手が増えた呂岳は、ふいに、手をぐるぐるとまわし、体じゅうの関節をぽきぽきいわせたかと思うと、三面六臂(頭が三つ、腕が六本)の姿に変身した。二本の剣と病気をあやつる宝物の形天印、瘟疫鐘、形瘟幡、止瘟剣を一つずつ手に持ち、顔つきもおそろしいものになった。
 子牙がおびえているのを見て、楊せんが弟子の金毛童子にはじき弓を用意させ、引きしぼって金の弾丸をはなつ。それが肩にあたって呂岳がひるむと、黄天化も玉麒麟の足の速さにものをいわせて囲みから飛びだし、さっと火竜ひょうを投げつける。これは呂岳の足にあたった。つづいて子牙が打神鞭を投げつけた。打たれた呂岳は駱駝から落ち、土遁に乗って逃げさった。
 呂岳の敗北にうろたえた鄭倫も、哪吒の槍を肩の後ろに受けて陣地にもどっていった。

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