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単細胞にも意地がある
ナマコのからえばり
椎名 誠

 謎のどろめ祭り

 この十年ほど「雑魚釣り隊」というタイやマグロよりも雑魚が大好きで大好きでしょうがない(本当はそれしか釣れない)オヤジ仲間と全国各地の雑魚を求めてさすらいの旅に出る。毎月一、二泊のキャンプ旅だ。
 三月は高知県だった。だいたいその季節に合わせて行き先(海とか川とか湖とか水たまりとか)を選んでいるが、三月は高知、と決まっていた。高知県がいま進めている高知をより広く深く知ってもらう「おもてなし」のキャンペーンの一環にノセてもらったのだ。高知県でも都市集中や都会への若者流出現象があり、むかし大家族だった大きな家が無人同然になってきているらしい。
 そういう「お屋敷」をタダ同然で貸してくれるサービスがあるのだ。雑魚釣り隊は関東を行動範囲のベースにしていろんなメンバーがいるが、今年(二〇一四年)に入って関西の仲間が「一緒にまぜてくれへんか」と言ってきた。
 わざわざ「加入お願い」という嘆願書みたいなものまで持ってきた。「そんなのいらへんがな。すぐに来たらええんや」と、我々は即座に関西弁化し、新たに関西勢四人が加わった。そいつらとの最初の合同慰霊祭じゃなかった合同釣り合宿をその高知で行ったのである。十七人が集まったが、その日不参加のメンバーを合わせるといまやわしらは二十五人超の大所帯になる。やがて東北からも六人ほど加わることになっており、なんだか広域バカオヤジ群団の気配になってきた。
 貸し別荘のようなその民家は、むかしの高知の人の生活を体感できる大きな造りで、二階建ての各部屋は襖で仕切られているので、それを外すと三十人から五十人は入れる大広間になる。台所には全ての調理器具が揃えてあるし、寝具もあるし、まことにありがたきしあわせのしつらえなのであった。
 買い出しをかねてさっそく県の「おもてなし課」のみなさんに挨拶に行った。みんな気持ちのいい笑顔ばかりで早くも精神的に「おもてなし」されてしまった。
 その日はおきゃく(土佐弁で宴会のこと)というお祭りだった。お祭りといっても神輿や山車が出るわけではなく、主役はむしろ市民、つまり住人で、アーケード街を中心にとても全部見て歩けないくらいたくさんの屋台が出てアトラクションなどもそこかしこで行われている。我々は新鮮で安い食材などを仕入れつつ、ひるめしもいろんな屋台で買い集めてきたものですませた。うまくて安い。
 巨大な坂本龍馬像の前でなまめかしい半裸衣装をつけたきれいなお姉さんらのベリーダンスなどというものを眺めつつ、明治維新とイスタンブールを同時に頭に思い浮かべながらクジラとラーメンとハンバーガーなどを交互に食っていたのであった。ほんま、時代はめっちゃインターナショナルでっせ。
 午後、「おもてなし課」の感じのいいお姉さんに誘導されるまま有名な「どろめ祭り」の会場に案内された。
 名前は聞いてはいたが我々は誰一人内容を理解していない祭りであった。
 まず「どろめ」がわからない。しかし高好感度姉さんにおしえてもろた。どろめとはイワシの稚魚のことであった。季節になるとこのあたりそれがいっぱいとれる。関東者の感覚でいえば「シラス」である。しかしそれがここでは生きて大群でやってくるのである。本日のこの祭りとそれがどういうつながりになるのか相変わらずわからないのだが、祭りの実態は大相撲で横綱が飲むみたいな朱塗りの大杯で大酒一升をイッキに飲む祭りなのであった。
 しかしこの日は春の大会で、本番は夏であるという。要するに春のセンバツ大会だ。お酒も半分の五合まで。それを大勢の前でイッキに飲むのである。
 参加希望者は即日その会場で受け付けてくれる。「雑魚釣り隊からも参加を」と言われ、少し考えた。我々の仲間はアホではないかと思うくらい酒飲みが多い。しかしそれは海岸焚き火キャンプの場での話で、こういう公式(?)のタタカイの場ではどうか?
 頭に浮かんだ出場者は「阿波踊りのショカツ」と「名古屋のアマノ」だった。
 二人に言いきかせる。ショカツは徳島出身で、阿波踊りをしながら我々のアジトである新宿の居酒屋にやってきたので面白いやつ、とスカウトされた。天野は推定一二五キロのスモウトリ型巨漢。
 前々から聞いてはいたが高知はハチキンと呼ばれるめっぽういい女がめっぽう酒が強く、男もかなわないという。
 その日の参加者がそのとおりだった。男も女も大杯の五合を平均十五秒ぐらいで見事に飲み干す。いやはやびっくりした。
 やがて招待選手の先陣、わがチームのショカツが命じたとおり阿波踊りをしながら舞台に出た。そしてやつはちゃんと飲み干した。
 しかし十五秒前後だった。数人来ていた芸者さんのうち源氏名「金魚さん」があでやかに登場し、堂々たる色っぽさをふりまきながらなんと五・六秒で飲み干した。
 割れんばかりの拍手拍手。数人おいてわが隊の代表、天野の番になった。彼はぼくのとなりに座っていたのだが、さいぜんからどうも落ちつきがない。不安と焦りと悔恨と絶望と衝動的逃避欲望が合わさったような顔をしている。舞台まで歩いて行けるだろうか。
 一群の責任者として出場辞退を申し述べようかと迷っている矢先に彼の名が呼ばれてしまったのだ。なんとなくおどおどしながら舞台に向かう天野の巨大な背中。
 しかし彼は見事にやった。大杯をいい角度でもちあげ、最初の数秒はもしかすると三十秒以上を思わせる緩慢な動きだったが、そのあと魔法のようにスルスルスルッとイッキに飲み干し、タイム五・一秒だった。堂々第一位。会場はスタンディングオベーションだ。
 あとで聞いたら、口の幅と大杯から酒を流しこむ流量幅の調整をしていたらしい。おー! なんというカシコサ! 焦って口の端から酒をこぼすと減点になるのだ。事前に医師から血圧などの計測があり、飲みおわったあと自分で吐けるだけ吐くことも指導されるらしい。
 しかも春のこのセンバツを優勝した天野は、夏の「本戦」のシード権を得たようだ。
 それまで特訓だ。酒注ぎ係はたくさんいる。さてかんじんの釣りだが、翌朝五時のチャーター釣り船で暗い海に出ていった。オニカサゴ狙いで、新参関西勢がなかなか活躍した。ぼくは不細工にでかいエソを一匹。これは練り物になるくらいで、やはり堂々たる雑魚であった。
 土佐では四万十川がぼくには馴染みだ。夏にはそこでのキャンプが決まった。

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