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幸せ嫌い
平 安寿子

   1 幸せは落とし穴

       1

 この世には、男と女しかいない。
 一対となってあらたな生命を創造し、もって地球にはびこるためである。よって、生きとし生けるものすべてが、繁殖のために本能的にお相手を求める。
 とはいうものの動物の世界では、必死になるのはオスのほうだ。カエルなんか、一匹のメスの背中にオスがてんこ盛りになって、そりゃもう必死でライバルを蹴落としている。
 闘いに敗れたものは、自分の遺伝子を残せない役立たずとして、荒野に虚しく屍をさらすだけ──。
 てことは、動物の世界では、あぶれるのはオスと決まっているのだろうか。誰にも選ばれず虚しく老いていくメスって、いないのだろうか。
 カップルになれなかったら、どうしよう……と気を揉み、焦り、いっそカエルに生まれればよかったと苦しむのは、人間の女だけなのか?

 杉浦麻美は結婚欲満々である。物心ついたときから、そうだった。自分が結婚できないなんて、考えもしなかった。
 それなのに、未婚のまま、とうとう三十歳になった。
 こんなはずではなかったのだ。
 というのも、麻美はそこそこモテる女だったのだ。引く手あまたのモテモテ美女ではないが、明るい笑顔で感じのよさをアピールする技を武器に、自動車関連企業のOLになって以来、参加した合コンであぶれたことはほとんど、ない。
 もしかしたら、結婚できていない遠因はそこにあったかもと、麻美は思っている。
 そこそこモテた成功体験にあぐらをかいて、結婚戦線に乗り出すのが遅れたきらいはある。
 合コンで出会った相手とは、付き合っては別れるの繰り返しだった。結婚にまで関係が熟さない。気が合って、一緒にいると楽しいのだが、それ以上でも以下でもなかった。
 もっとも麻美のほうも、そのつもりで相手を探す真剣さに欠けていた。
 麻美はいわゆる、恋愛体質である。惚れっぽくて、「いいかも」と思う相手を見つけたら、即、ニコニコ笑い、可愛く振る舞って、お出迎え態勢になった。
 ハードルの低い女になれば、男の取りっぱぐれはない。だが、心根は真面目である。結婚したら夫一筋と決めていた。
 実家暮らしの麻美は、給料を全部自分のために使えた。おしゃれをし、お遊び気分の合コンでチヤホヤされ、食べ歩きに海外旅行にと好き放題をした。それもこれも、「結婚したら、こうはいかない」と知っていたからだ。
 三つ下の妹、良美は大学在学中に妊娠し、二十歳で中退して結婚した。相手はサークルの先輩で、良美が一年生のときから付き合っていたらしい。夫は旅行代理店勤務で、高給取りとはいえないのに、良美は次々と子供を産んで、三人の子持ちとなった。それも、全員男の子。
 良美はしょっちゅう実家に来ては、母や麻美に育児を手伝わせた。おかげで麻美は、子育てがいかに母親の献身を必要とするものか、つぶさに知ることとなったのである。
 麻美が海外旅行の準備をしているそばにへたり込んで、良美は「いいなあ、お姉ちゃんは自由で」と、こぼす。
 着ているTシャツは子供のよだれと自分の汗で、いつもドロドロ。手入れをする暇がないから、髪はぼさぼさ、お肌もボロボロ。花の二十代が台無しだ。
「わたしも旅行したーい」と、天を仰いで嘆くのを見ても、麻美は同情しなかった。
 大体、良美は人が持っているものは自分も欲しいと大泣きしてねだる子供だった。そして、そのまま大きくなった。自制心とか思慮分別というものを小指の先ほども持ち合わせていない。バカな子。麻美はずっとそう思って、見下していた。
 だから、在学中に妊娠だなんて、不測の事態を引き起こすのだ。若いうちしかできないお楽しみが山ほどあるのに。
 わたしはちゃんと考えている。自由時間を思いきり楽しんで、その後、家族のために生きる。その覚悟はできている。
 だが、まだ、時間がある。結婚は二十八歳くらいですれば、いいんじゃない?
 と、呑気に構えていた。二十五歳までは。

       2

 ところが、二十六歳になってみると、心境がガラリと変わった。
 同い年の友達が次々と結婚してゆくのだ。麻美よりぼんやりしていたあの子も、麻美ほどモテなかったあの子も、つるんで遊んでいたあの子も……!
 完全に置いていかれた。下手したら、一生、シングル?
 初めて浮上したネガティブな可能性が、麻美にかつてないプレッシャーをかけた。
 わたしが結婚できないなんて、そんなの、あり得ない!
 焦りが生じたそのとき、社内に思わぬ出会いがあった。
 地方支社で現地採用され、三年で営業主任に抜擢された真下聡が、支社の統廃合に伴い、本社に呼ばれたのだ。
 二十八歳。切れ者らしく、颯爽としている。そして、シングル。
 OLたちはこぞって色めき立ったが、その中から、聡は麻美を選んだ。
 一年、真面目に付き合った。麻美はその間、合コンも、惰性で付き合っていた男からの誘いも一切蹴飛ばして、彼一人に集中した。
 会社が認めたエリートらしく、遊び心のない、つまりは面白みのない男だったが、それだけに頼りがいは申し分ない。聡と比べれば、合コン男たちは風に舞う紙切れのように薄っぺらだった。
 麻美の二十七歳の誕生日に、聡は「そろそろ、ちゃんとしようか」という、そっけない言い回しでプロポーズしてきた。
 麻美は内心で「やったぜ」とガッツポーズ、顔では涙目で頷くという必殺技を決めた。
 互いの両親と顔合わせをし、あとはいつ公表するかだけの婚約状態となりながら合コンに出かけたのは、言ってみれば、バーゲンセールのお知らせが来たら一応のぞいてみるのと同じ、出来心だった。しかし、そこで、すっごくタイプの男と出会ってしまった。
 どこがすっごくタイプかというと、顔である。あろうことか、ジョニー・デップ似だった。いや、まあ、日本人だし、ファンが聞いたら「どこが!?」と怒られそうなレベルなのだが、翳りと甘さが同居する眼差しが、麻美にはジョニー・デップに見えたのである。
 麻美ひとりの勘違いではない証拠に、その場にいた女が全員彼に注目しているのは明らかだった。彼、鮫島も自分の魅力を知っているらしく、スーツをノーネクタイでうまい具合に着崩した感じがカッコよかった。
 合コンには自信があった麻美だが、それはハードルを低くしていたからだ。鮫島は上物過ぎた。メールアドレスを交換したが、参加した女ほとんど全員が彼のアドレスをゲットしていた。
 それだけに、翌日「また会いたい」とメールが来たときは舞い上がった。
 婚約中だが、まだシングル。人生の夏の終わりを飾る打ち上げ花火だと、麻美は都合のよい口実を作って、出かけた。そして、そのまま、お持ち帰りとあいなった。
 朝、起きると隣にジョニー・デップがいた。
 好きになったらアバタもエクボに見えるのだ。「ちょっと似ている」が「そっくり」に格上げ修正されるのも無理はない。麻美はこの状況を、強制終了できなかった。
 待ち合わせのカフェに行くと、奥のテーブルからジョニー・デップが手を振る。夜道を歩けば、ジョニー・デップに抱き寄せられる。
 麻美はすっかり、夢中になった。
 心変わりは、はっきりと態度に出た。それだけでなく、噂が伝わって聡に真偽をただされた。
 麻美は黙って、下を向いた。
「僕とのことは、どう思ってるんだ」と厳しく追及されて、「ごめんなさい」と謝るしかなかった。
 申し分ない婚約者と、どこの馬の骨かわからないが魅力だけは圧倒的な恋人。
 すいません。あまりにもよくある恋愛ドラマのパターンです。でも、麻美の脳内では、こうなっていたのである。
 なにしろ、鮫島はジョニー・デップ顔だ。見ているだけで、胸がきゅんとなる。口より手が動くタイプで、さりげなく手をとったり、髪を撫でたり、鼻先をちょんとつついたりする。それだけで、火がついたように熱くなった。
 四六時中、彼のことを思っている。二人でいた時間のありさまを、何度も再生する。感情だけがふくれあがり、不安定で、ちょっとした刺激でわっと泣きそうになった。
 麻美は生まれて初めて、「めくるめく恋」というのを知った。
 合コンでモテていい気になっていたのは、恋愛ごっこであって、恋ではなかったのだ。
 聡との婚約は解消となり、会社に居づらくなった麻美は退職した。だが、つらくはなかった。幸せだったからだ。
 これで晴れて、鮫島との仲を深めていける。
 恋を実らせての結婚。これこそ、正しい結婚だ。
 鮫島は輸入物のセレクトショップを開くつもりで準備中だと言った。だから、麻美はその店で一緒に働く気になっていた。
 苦楽を共にするって、美しい言葉。麻美はうっとりしつつ、開業資金の一部として貯金から五十万円を引き出して渡した。
 それが縁の切れ目だった。
 連絡がとれなくなり、心配していると、知らない女からメールが届いた。タイトルが、『詐欺師鮫島の被害者さまへ』とある。
 発信者は、鮫島に借金を踏み倒された三十五歳の薬剤師とあった。──怒りのあまり、彼の身辺を調査した結果、同様の被害に遭った五人の仲間を見つけた。この際、みんなでまとまって警察に被害届を出そう──と呼びかけている。
 麻美はショックで呆然とするばかりで、返信はしなかった。だが、怒れる薬剤師は被害者代表として闘った証拠に、まもなく結果を報告してきた。
 鮫島は「返すつもりだったが、事業に失敗して返せなくなった」と言い張り、自己破産を申請して、訴追されることなく逃げ切ったそうだ。
 だが、誰が見ても確信犯だ。自分は彼を絶対に許さないと、薬剤師は決意表明でメールを締めくくっていた。
 それでも、麻美は鮫島を憎めなかった。

 わたしはだまされたんじゃない。ダメな男に恋をしただけ。麻美は、そう思った。
 鮫島は、麻美の親に会いたがらなかったし、自分の家族にも会わせようとしなかった。誠実さを疑う余地は十分にあった。でも、それらは後知恵だ。
 幸せは、光り輝く落とし穴だ。足元が見えない。見えないことがわからない。ただ、酔っ払う。地面が消えて落っこちていくのを、羽根が生えて空を飛んでいるのと間違える。気がついたときは、もう遅い。
 悲しくて、悔しくて、恥ずかしくて、落ち込んだ。
 落胆は誰の目にも明らかで、心配した女友達の一人が、聡と復縁できないかアプローチしてみたらとアドバイスしてくれた。
 でも、それはできない。鮫島に恋したとき、麻美にはわかった。麻美が見ていたのは聡ではなく、彼の「条件」に過ぎなかった。結婚を焦るあまり、心を置き忘れた。
 条件がいいから、ではなく、心から好きな人と結婚したい。
 麻美は涙を拭いて、立ち上がった。

 で、新たな出会いを求めて、仕事探しとお見合いパーティーに乗り出した。
 仕事を探したのは、無職だとカッコ悪いからだ。それに、OLというのは、あれでけっこう男受けする職業なのである。受け身で家庭的な感じがするらしい。
 などと鼻歌まじりで探してみて、OL雇用の門戸は新卒以外にはほとんど開かれていない現実を知った。
 前にいた会社でも、そうだった。欠員が出れば、派遣で補った。そういうものだということを、すっかり忘れていた。
 それで、派遣会社に登録した。仕事に生きるわけじゃなし、すぐに結婚するんだから、
派遣でいいと割り切った。派遣先で運命の出会いが待っていないとも限らないし。
 ところが、目論見ははずれた。
 お見合いパーティーでは、相変わらず、そこそこモテた。だが、お見合いパーティーと銘打ってあるのに、ヤレる相手探しが目的の男ばかりが集まるらしく、結婚欲をのぞかせるとソッコーで逃げていく。気がつけば、合コンのお誘いも来なくなった。三十近くなったから? それって、ひどくない?
 派遣先でも、出会いを求めてくるのは既婚者と決まっていた。独身もいるにはいたが、それは同僚OLたちにも見放されたヘタレばかり。
 なんて、運がないんだろう。
 聡がいるのに、鮫島に走った。たった一度の過ちのタタリにしては、厳しすぎる。
 盲目的な恋をしたために、小さいときから夢見てきた結婚の可能性がすべて葬り去られたなんて、そんなこと、あるわけがない!
 わたしは、出会いをあきらめない。信じていれば、願いは叶う。
 麻美は頑固に、夢を信じることにした。だって、あきらめたら終わりでしょ。
 いつか、きっと──。
 なんて言ってるうちに、三十歳になった。
 実家暮らしで未婚の三十歳。
 この事態に、母親が焦った。

       3

 婚約解消に当たっては、麻美の両親も揃って聡の家に赴き、頭を下げた。そこまでさせた娘が結局、男に利用されただけとわかって、恥の上塗りとなった。
 泣いて謝る麻美に、父は何も言わず、母は「高い授業料だったわねえ」と呟いた。
 その夜遅く、部屋でいつまでもメソメソする麻美のもとに母が来た。思い詰めて自殺でもしやしないかと、心配になったという。
 当時の麻美は、そこまでは考えていなかった。というより、何も考えられなかった。ただ、恋を失ったことが悲しかった。
 母の胸にすがり、麻美はしゃくりあげながら、燃えに燃えた恋心のありさまを訴えた。
 母も感情移入してボロボロ泣きながら、「お金はまた貯めればいいんだし、麻美が立ち直ってくれたら、お母さんはそれが一番嬉しい」と頭を撫でてくれた。
 それ以来、両親共に結婚関連の話題は慎重に避けていた。
 だが、三十になったからには、そうもいかない。みそぎは済んだとばかり、母がちょこちょこ懸念を口にするようになった。
 父は、「いい相手がいないなら、家にいればいい」というスタンスだ。
 良美がさっさと嫁いでいったぶん、麻美がいるのが嬉しいらしい。それに、多分、以前の失敗でコりたのだ。男で面倒を起こされるよりは、一生シングルのほうがましだと思っている。麻美には、そう思える。
 初めての子供だけに、父は麻美に甘い。だから、麻美は父の気持ちがわかるし、ありがたいとも思うが、同時に、わかってないなとため息が出る。
 麻美は結婚したいのだ。
 その点、母親のほうが敏感だ。

 ある日曜日、日当たりのいい居間で洗濯物のアイロンがけをしつつ、先日参加した高校の同窓会について話していた母がついでのように切り出した。
「一番盛り上がったのが、子供がなかなか結婚しないのが心配だってことなのよ。子供が独身で親と同居って、けっこう普通なのね」
 母はことさら明るく言った。うちだけじゃないのよ、という励ましのような、開き直りのようなニュアンスで、麻美を見る。
「へえ、そうなの」
 麻美も洗濯物をたたむ手を休めず、あえて軽く受けた。ズキンとくるが、仏頂面はできない。
 三十歳で実家暮らし(実は結婚願望のかたまり)の自意識は、十分ピリピリしているのである。父の下着を手に取りながら、平静を装うのもひと苦労だ。
「でね。そのとき聞いたんだけど、親が自分たちのために、娘の自立を邪魔しているっていう説があるんですって。娘がそばにいれば、年とったとき介護してもらえるから。でも、そんなこと思ってる親はいないわよ。そんな風に見られるなんて、とんでもないよねって、みんなで怒ったのよ」
 母はアイロンをかける手を止めて、しんみりと麻美を見やった。
「親は、世間体なんか気にしてない。心配してるのよ。いつまでも生きて、守ってやれるわけじゃないんだから」
「……わかってる」
 わたしだって、この状態は心外で、心配です。麻美はうつむいて、口に出せない本音を喉元で押しつぶした。
 母はアイロンがけを再開し、なにげなさそうに切り出した。
「麻美は結婚する気、あるの?」
「あるわよ」
 麻美もカラリと、普通っぽく答えた。
「婚活って、してる?」
「そんなことまで、同窓会で話したの?」
 笑いながら、質問返しではぐらかした。
 麻美なりの婚活はしている。でも、不発だ。なんてことは、とてもじゃないが言えない。
「この頃じゃ、親が婚活に乗り出すケースが増えてるとか、そういうことを聞いたのよ」
「それも、なんだかねえ」
「そうでしょう? そこまでするのは、ちょっとねえ」
 母と娘で意見が一致した。ここらで、この話題はフェードアウトか。洗濯物も全部たたみ終えたし。
 苦い思いを噛み殺し、「お茶でもいれようか」と立ち上がりかけた麻美の出鼻を、母の一言が挫いた。
「親はともかく、本人が婚活するのは、普通らしいじゃない?」
「うーん」
 麻美はうなった。
 結婚するのは、その気になっている男だけである。
 聡も、そうだったのだ。彼は、所帯持ちであることが一人前の印と思い込んでいるところがあった。だから、三十前に結婚しておきたかった。それが、プロポーズの理由だったと、麻美に漏らしたことがある。
 麻美に裏切られたあと、聡はすぐに別の女と結婚した。経緯は何も知らない。かつての同僚OLが「奥さんは可愛い感じで、ちょっと麻美に似ている」と、メールで知らせてくれた。
 麻美に似ているの一言は、慰めなのか皮肉なのか。
 とにかく聡はさっさと結婚して、面目を保ち、麻美にリベンジも果たした。
 かくのごとく、条件のいい男はその気にさえなれば、あっという間に結婚するのだ。
 そして、結婚する気十分の独身男がウヨウヨいる場所といえば──。でも、
「結婚相談所とか、気が進まないのよ。お金を払って縁を買うのって、なんだか……」
 惨めな感じ。
「そうよねえ」
 母も、ため息をついた。
「昔は年頃の娘がいたら、ほっといても縁談が来てたのに、ああいうの、なくなっちゃったのねえ」
 そして、問わず語りを始めた。
 今年五十八になる母が若い頃は、近所や親戚に必ず一人は世話やきおばさんがいて、年頃になると縁談を持ってくるのが普通だった。お金なんか、払わなかった。おばさんたちにとって、それは趣味であり、生きがいだったからだ。父と母も、見合い結婚だ。
 けれど、まもなく押し寄せたフェミニズムの波が、すべてを変えた。
 見合い結婚は、家同士の都合で結びつく旧弊な制度だ。結婚するのもしないのも、個人の自由。選ばれる女ではなく、選ぶ女になれ!
 目覚めた女たちの叫び声はあまりにもカッコよく、あっという間に世間一般の価値観をひっくり返した。見合い結婚は恋愛結婚できないダメ女がするというところまで、イメージが落ちたのである。
 そして、気がついたら、縁結びを趣味とするおばさんがいなくなった。恋愛結婚が当たり前の時代では後を継ぐものもいなくなり、伝統が絶えてしまったのだ。
「わたしも、うちの親がしてくれたみたいに、近所や親戚に、いい人がいたら紹介してくださいなんて、言えないものねえ。この間の同窓会でも、まだ結婚してない、うちもよとかお互いに愚痴るのよ。でも、愚痴止まり。フェミニズムって、結婚したけりゃ本人が婚活しろってことでもあったのかしらねえ」
「ほんとにねえ」
 笑い話っぽく受け流しながら、麻美は心底、縁談が勝手にやってきていた時代を羨んだ。
 好きな人と結婚したい。だが、好きな人との出会いそのものが、なぜか難しい。昔の人は、それがわかっていた。だから、子供が年頃になったら結婚させるよう、社会全体で動いたのだ。
 お見合いだって、好感が持てなければ断っていたはずだ。父と母も、いいと思ったから結婚した。詳しくは聞いてないが、今の二人のそれなりに息が合った様子を見れば、相性がいいのが見て取れる。
 わたしももっとガッツリ、婚活しなきゃいけないのかなあ。
 それを考えると、憂鬱。三十だし。もうすぐ、三十一。そして、三十五。んで、四十。ギャー!

 こんな会話をした三日後、落ち込み気味の麻美の前に母が黒いワンピースを差し出した。めったに着ることのない、麻美の喪服だ。
 親戚の長老が百三歳で大往生した。その葬式があるという。
 母は喪服をヒラヒラさせ、言った。
「これ、チャンスじゃない?」
「チャンスって?」
「なにしろ、長老だからさ。年賀状出すだけの遠い親戚も大集合するのよ。だから、そこに一緒に行って、婚活してみない?」
 母の目がキラキラしている。
「そこで、独身の人を探すの?」
「そんなタナボタがあればいいけど、そんなことより、昔ながらの方法を試すのよ。どうせ、親戚同士で挨拶することになるから、そのとき、まだ独身でお相手募集中ですって言うのよ」
「だって、お葬式でしょ」
「百三歳よ。むしろ、おめでたいわよ。あ、でも、麻美が恥ずかしいからやめてって言うなら、やらないわよ。親が出しゃばるのは、わたしも好きじゃないし」
 ほんとか? かなり、張り切っているが。しかし、まあ、チャンスといえば、チャンスだ。親戚からの縁談が当たり前の時代を羨んでいたところだ。この際、それでお願いしてみよう。と勇気を出してみたものの、自意識が出しゃばって、しぶしぶを装った。
「う……ん。まあ、お葬式には行く。会ったことなくても、血縁だもの。行くのが当たり前でしょう。でも、お相手募集中とか、そういうのは、あんまりむき出しにされると」
「わかってるわよ。わたしだって、そういうの苦手だもの。ああいう場所って、結婚してるかどうか訊かれるものだから、そのついでって感じになるわよ」
 母と娘は笑い合った。笑い話にしたかった。人生の一大事なのに、真剣になりすぎるのがきまり悪い。そこらの感覚は、母娘らしく性格が似ているからなのか。それとも、フェミニズム浸透の副作用なのだろうか。
 しかし、イエス・キリストも言っている。
 叩けよ、さらば開かれん。
 期待半分、期待はずれに対する身構え半分で出かけた葬式で、ひとつの出会いが待っていた。

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