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吸血鬼と死の花嫁
赤川次郎

 吸血鬼と死の花嫁

   パニック

「──変だな」
 と、福原が首をかしげた。
「どうしたの?」
 エリカは、次々に登場する、可愛いデザインのウエディングドレスを、結構楽しんで眺めていた。
「いえ……。このショーにね、僕の知ってるモデルさんが出ることになってるんです。でも──いくら気を付けて見てても、いないんですよ」
「ヴェールで顔がよく見えないからじゃない?」
「そうかもしれないって、僕も思ってたんですけどね。でも、知ってる人なら、ぼんやり見えるだけでも分かるもんでしょ?」
「それはそうね」
 エリカも気になっていることがあった。
「もちろん、一人で何着も着替えて出るから、同じ人が何度も出てくるけど、五人ね、モデルさん」
「そうですか?」
「私の見た限りじゃね。でも、みんな素人みたいだわ」
 わざと初々しく見せるために、プロでないモデルを選んだのかと思っていたのだが……。
「そうなんです。おかしいんですよ」
 と、福原は首を振って、
「実はさっき、ロビーでぶつかりそうになったのが……僕の知ってる子によく似てて、『あれ』って思ったんですが」
 客も、何となく戸惑っている様子だった。──確かに、本格的なデザイナーやメーカーのファッションショーとは違うが、それにしても、モデルたちの歩き方もぎこちなければ、たまにヴェールを上げていても、誰一人ニコリともしない。
「──何だか変だ」
 と、エリカは呟いた。
 何か妖しい空気が漂っているのを、吸血鬼の血をひく身で、敏感に感じ取っていたのである。
 すると、
「何をしとるんだ」
 と、エリカの隣の席が空いたところへ、ヒョイと腰を下ろしたのは、何と父のフォン・クロロック。
「お父さん! 何してるの、こんな所で?」
「私は商談があって、このホテルのレストランに来ていたのだ。帰りにこのロビーヘ下りてみたら、いやな匂いがする」
「お父さん、感じる?」
「もちろんだ」
 ──フォン・クロロックは、映画の中の吸血鬼にならって、大きなマントを身につけている。
 とはいえ、今は〈クロロック商会〉の雇われ社長。おかげで、本来なら眠っている昼間にもこうして出かけてこなくてはならない。
「エリカ。──ここの客を外へ逃がすのだ」
 と、クロロックが言った。
「逃がす? 何か起こるの?」
「血の匂いがする。それだけではない。この匂いは……」
 二人とも、耳が鋭いので、他の人間には聞き取れない小声で会話していた。
 福原が当惑して、
「エリカさん、そちらはお父様ですか?」
「ええ。父のフォン・クロロック。お父さん、この人はね──」
「自己紹介している暇はない」
 と、クロロックが遮る。
「この人、ここのホテルの人だよ」
「そうか。ではすぐに立っていって、この会場の扉を全部開け放て」
「はあ?」
 ショーの間、アウェーにだけライトを当てるので、扉は閉まっていたのだ。
「そして、会場の明かりをつけろ」
「ですが──」
「言う通りにして」
 と、エリカが言った。
「お客の命にかかわることなの。お願い。父の言うことを信じて」
 とはいえ、無茶な話だ。新人社員の福原が、上司の許可も取らないでそんなことをしたら、クビになるかもしれない。
 しかし、福原は少し迷っただけで、
「分かりました」
 と、席を立ったのである。
「──なかなか見どころのある奴だ」
 と、クロロックが言った。
「ショーが終わるみたい」
 五人のモデルが全員登場して、ウエディングドレス姿で次々に進んでくる。
「──お父さん、おかしいよ」
 と、エリカが言った。
 福原が、会場の扉を開けようとしているが、開かないのだ。エリカの方を振り向いて首を振る。
「おかしいわ。ロックするはずないし」
 モデルたちがグルッとアウェーを回ると、一番奥に横一列に並んだ。──会場に拍手がパラパラと起こる。
 そして五人のモデルは、横一列に並んで、再び進み出てきた。
「エリカ、扉を開けろ」
「分かった」
 エリカが立ち上がって、会場の扉へと走る。
「どいて!」
 と、福原へ声をかけ、エリカは一気に扉へとエネルギーを集中させた。
 重い扉だ。簡単には開かなかったが、扉へぶつかる直前、もう一度エネルギーをぶつけると、扉はパッと開いた。
 五人のモデルが、突然同時に足を止めると、バッとヴェールをむしり取って、
「魔女万歳!」
 と叫んだ。
「地獄を見よ!」
 一人が手にしていた小型の筒を投げた。
 それが宙をクルクルと回転しながら、紫色の煙を吹き出した。
「共に地獄へ!」
 他の四人も次々に筒を取り出して投げた。たちまち煙が立ちこめると、悲鳴と呻き声が上がる。
 誰かが、
「毒ガスだ!」
 と叫ぶと、客が一斉に出口へと駆け出した。
「扉が開いてるわ!」
 と、モデルの一人が叫んだ。
「誰が──」
「私だ」
 クロロックが五人の前へ飛び出した。
「邪魔する者は呪われろ!」
 と、女の一人が甲高い声を上げる。
「呪いはこっちの方が先輩だ」
 クロロックはマントを広げると、
「一人も死なせんぞ」
 と言った。
 突然、会場からアウェーの奥へ向かって、強い風が吹き始めた。
「煙が!」
 と、女たちが悲鳴を上げる。
 紫色の煙はアウェーの奥へと吸い込まれるように流れていった。
「しくじったわ!」
 と、一人が叫んだ。
「みんな、奥へ!」
 五人の女たちは、ウエディングドレスの裾をつまんで、駆け出していった。
 会場の明かりが点いた。
「落ちついて!」
 クロロックの声が響き渡った。
「もう安全だ! 落ちついてロビーヘ出なさい!」
 客たちは、夢でも見ていたのかという様子で、それでも先を争ってロビーヘ出ていく。
「──お父さん!」
 エリカが戻ってきた。
「五つの筒を集めておけ。まだガスを出しているぞ。吸い込むな」
「分かった」
「ふたのできる器に水を入れてその中へ」
「任せて」
 エリカは福原へ、
「急いでポリバケツに水を入れて!」
 と、大声で言った。
 クロロックは、マントを翻して、女たちを追ってアウェーの奥へと駆け込んでいった。
「──早まるな!」
 と、クロロックは強い口調で言った。
「死ぬのは早いぞ!」
 着替えをする臨時の部屋へ駆け込んだクロロックは足を止めて、
「愚かな!」
 と、呟くように言った。
 ──エリカがやってきたのは二、三分後で、
「大丈夫。筒は水に入れたよ」
 と入ってきて、
「これ……」
 五人のモデルをつとめた女たちが、床に倒れている。
「──間に合わなかった」
 と、クロロックが言った。
「お父さん……」
「毒薬を持っていたのだな。成功しても失敗しても、のむことになっていたのだろう。──誰も即死に近い」
 エリカは、そっと覗き込んで、苦しみに表情を歪めて絶命している、その顔から思わず目をそらした。
「何なの、一体?」
「分からんが……。『魔女万歳』とか言っとったな」
「悪魔信仰?」
「それに近いものだろう。──扉を閉め切って、毒ガスで客を皆殺しにするつもりだったらしい」
「そんなひどい……」
 クロロックは五人の死体を見渡して、
「みんな若い。いくらでも未来があるはずなのにな……」
「お父さん、さっき血の匂いって……」
「うむ。──裏へ出てみよう」
 すぐ目の前に化粧室がある。
 女子化粧室から悲鳴が上がって、客の女性が飛び出してきた。そして、
「人殺し! 中で……中で……」
 と、それだけ言うと、カーペットの上に座り込んでしまった。

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