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衣にちにち
群ようこ

     一 毎日気温が安定せず

某月某日 毎日気温が安定せず、前日と十度温度差があったり、日中になっても気温が上がらなかったり、真夏かと間違えるような晴れの日の翌日に、一転して暴風雨に見舞われたりする。いったいどうなってるんだといいたくなる。ゲリラ豪雨の登場以来、ここ何年かの天気の変化は相当なものだ。
 そこでいちばん困るのが着るものだ。私は居職なので、お勤めの人たちほど悩む必要はないが、それでも困る。洋服の所有数が少ないこともあり、一年分の服がずっと出っぱなしになっている。この時季、家での格好は、Tシャツの上に薄手のニットのカーディガンだ。下はチノパンツ。その格好で寒いと、首にスカーフを巻いたり、カーディガンが厚手になったり、チノパンツのかわりに、おばちゃん用の裏起毛のデニムを穿いたりする。また冬から春にかけて愛用しているのが、モダールの下着で、極薄のレギンスみたいなものだ。モダールは薄くてとても柔らかい素材でよく伸びる。冬場のとても寒い日は、シルクの下着の上にモダールを穿き、その上に「無印良品」のウール混のレギンス、レギンスの上に裏起毛のデニムを穿く。これで真冬もなんとか過ごすことができ、春先のちょっと肌寒いときにも、もたもたせずに何枚も穿いている感じがしない。本当は着物のときの防寒用に買ってみたのだが、着物のときよりもパンツスタイルのときのほうが使い勝手がいいので、ずっと洋服用になってしまった。春になっても気が抜けないので、モダールは待機中である。

某月某日 家の中では右のような格好だが、外に出るときは着替える。ご近所のスーパーに出かけるときもトップスだけは着替える。いや、着替えなくてはならないのである。というのもうちには十五歳になるネコがいて、子ネコの頃から私以外の人には馴れず、そのままずっと今に至ってしまったのだが、歳を取るにつれて、ますますぺったりとはりついてくるようになってしまった。日に何度も抱きついてきて、すでに胸と腹とが一体化している私の上半身をもみもみする。そのもみもみついでによだれまで垂らすものだから、家での私のトップスは、爪でひっかかれて糸が飛びだしていたり、ひっかき傷ができていたり、よだれでしみがついたりと、悲惨な状態になっている。なのでいくらご近所であっても、そんな服で外に出るのは恥ずかしいのだ。
 家でもきちんとお洒落な格好をしている人は素敵だなとは思うのだが、私の場合は着たとたんに、ネコにとびつかれて、爪でひっかけられ、よだれを垂らされることを考えると、実用第一でお値段もそこそこのものしか買わない。そういうときにいちばんダメージをうけるTシャツは、キッズのものが丈夫で、洗濯にも耐えてくれる。ボートネックで七分袖のオーガニックコットンのTシャツも、私にとってははずせないアイテムなのだが、肌触りがよい反面、衝撃に弱いことこの上なく、ネコの爪であっという間に穴が開いてしまった。もったいないので、このTシャツを着るときには、毛玉ができて外には着て出られない、ニットのカーディガンを着てガードしている。
 冬場ならば上にコートを羽織ってごまかせるのだが、これからの季節は十五分ほどの買い物でも、着替えなくてはならない。ネコが力いっぱい抱きついてきたり、もみもみやよだれがなくなれば、汚れや穴開きも防げるのだけれど、これがなくなったらお互いにとてもさびしいので、いつも泣き笑いの顔で、
「しいちゃんはかわいいねえ」
 と老ネコの頭を撫でている。

某月某日 これまではステンカラーの厚手木綿のコートを着ていたのだが、春になって薄手のコートも欲しいと探していたら、ライナーが取り外しできるコートがセールになっていた。私が普段着を買う通販サイトは三か所あって、アイテムによって使い分けている。以前はよいものを買って、長い間着ようと思っていたけれど、世の中の流れがそうではないと思い知り、不本意ではあるが、二、三年が限度と割り切って、服を買うようになった。そのコートは裏のキルティングのライナーをはずせば、春先から真冬まで着られそうなので、一日考えて購入した。そして現在、ご近所用に活躍してくれている。春なのでもうちょっと色が明るければよかったと思ったのだが、紺色か濃いベージュの選択肢しかなかったので、仕方がない。首まわりに明るい色のスカーフを巻いて着ている。
 電車に乗って出かけるとなると、またまた頭が痛い。こんなに天候が不順だと、着物の雨コートはフルレングスで体を覆っているとはいえ、あの突然の大雨や強風にはとてもじゃないけど対処できない。洋服でも寒ければそれなりのコートが着られるけれど、面倒くさいことにコートを着るのが辛いほど、気温が高い場合もある。そんなときに便利なのが、ニットのロングカーディガンである。これも通販で買ったもので、リバーシブルで着られるようになっていて、ご丁寧に襟元についているタグの他にもう一枚、デザインの違うタグが添付されていた。裏側は地味目になるので、表側のほうだけを着ている。本体が薄手なので、最初は、
「これで大丈夫なのだろうか」
 と不安だったのだが、極寒のとき以外、冬場の暖かい日や春先の肌寒い日にはとても重宝している。凸凹がある編み地なので、結構、ぞんざいに扱っても皺になりにくく、手がかからない。無地好きの自分としては、襟と前立ての配色が大胆な選択だったのだが、一部の女性のツボには、はまるらしく、褒めてくれる人は、
「それ、大好きなのよ」
 と着るたびに何度も褒めてくれるので、ありがたい。とっても薄手で軽いのに暖かい。雨に濡れてもすぐ乾き、ずいぶん便利に使っている。ただニットはひっかけるのがこわい。以前も大枚をはたいて買ったカーディガンが、うちのネコのとびつきによって穴が開き、一瞬にして家着になった経験がある。なのでニットを着て外出したときは、ネコが玄関にやってくる前に素早くベッドルームに駆け込み、すぐに脱ぐというのを鉄則にしているのである。

某月某日 ベッドルームのクローゼットは自由に棚をつけられるように、可動式になっている。私は百五十センチそこそこと身長が低いので、コートがひっかからない位置に棚をひとつだけ設置して、その下に上下二個ずつ引き出しをいれて、春夏用肌着&普段着、外出用トップス&カットソー、残りの二つに同じように秋冬用をいれている。季節が変わると取り出しやすいように、上下の引き出しの中身を入れ替え、洗濯をすると、それぞれの引き出しの中にいれるだけである。
 先日、あらためて引き出しを点検してみると、これから初夏にかけて着るための服、それもご近所ではなく電車に乗っての外出用のトップスがとても少ないのに気付いた。スカートはそれぞれ素材の違うタックスカートと、セミフレアスカートがある。私はチノパンツはともかく、裾幅が狭いパンツでないと似合わないので、そういったスタイルのパンツは色違いで何本か持っている。でもトップスがないのだ。
「うーむ、気がつかなかった」
 毎日、外出する用事がある人は、日々、どれがあって、どれがないかをチェックすることができるが、いつも家にいるとそのへんのチェックが甘くなる。冬や真夏はそれなりにイメージがわくのだが、薄着になってくる初夏から夏までが、私にとってはどうやっていいのかわからん季節になる。去年も人と会うために外出したはずなのに、どんな服を着たか記憶がない。着物だと相当前でも覚えているし、人が着ていたり彼女たちが買ったりした着物や帯も覚えているのに、洋服の記憶はすぐに消えてしまうのだ。外出は着物でと考えていたが、気候、場所、用件によってはふさわしくない場合もあるし、帰りに食材の買い出しをと思うと、着物で大荷物も憚られる。なので何種類かの外出用パターンが必要になるわけだが、いったい自分が何を買うべきで、何が必要なのか、まったく頭が働かない。
 中高年向けの番組でファッションの特集をしていたので見てみると、デザイナーが、
「好きな色ではなくて、顔うつりのよい、顔がぱっと明るくなる色を選べ」
 といっていた。もっともである。私よりも少し年上の服装に悩む女性が、モニターとして出演していたが、たしかにアドバイスを受けると、顔も明るくなりスタイルもよく見える。でも彼女はたしかにお腹まわりに肉はついているけれど、背が高いし、足も長い外国人体形で、もともと洋服が似合うタイプの人なのだ。
「やっぱりそういった人を選んでる。アドバイスは参考になるけど、着姿は私にはぜーんぜん、参考にならないんだよね」
 雑誌でもテレビでも、こういったいわゆる変身番組にだまされ続けている私は、またかと思いながら、じっと自分の姿を鏡で見た。お腹まわりの贅肉はカバーできても、身長が低いのはカバーできない。カバーできているという錯覚だ。ヒールの高い靴を履いているのは誰が見てもわかるのだし、膝下が短い人が高いヒールを履いているのはみっともない。履くのにふさわしい足の長さがあるのだ。
 チュニックもベルトをして、ブラウジングをすれば、気になるお腹まわりもカバーできるといわれる。私もふだんはまったくベルトをしないのだが、何年か前に自分の身長に合わせて、それほど幅が広くないベルトを買って、当時持っていた薄手のチュニックにつけて、ブラウジングしてみた。しかし長さの短い笹団子みたいで、チュニックをそのまま着て、下に細身のパンツを穿いたほうが、私にはすっきり見えるような気がした。私くらいの身長ではなるべく分断しないほうがよいようだ。おまけにベルトについていた金属製のバックルが、それほど大きくもないのにとっても重くて、装着すると腰につけられた縄を前から引っ張られているようだった。
 ではどうするかである。外出用のヒールのある靴は、デザイン違いの黒のローヒール二足のみ。スカートも二枚しかないので、下半身はそれでいいとして、トップスをどうするかである。インナーにしても、明らかにTシャツっぽいものだと、私の年齢ではカジュアルすぎるので、コットンでも上質なものか、やや光沢がある感じのものにすればいいのかと探して、通販で購入した。当然、これだけでは外出できないので、何か羽織るものが必要だ。そのとき昨年は麻のジャケットを持っていたのを思い出したが、何度か着てクリーニングに出したら、みすぼらしくなってしまったので、廃棄したのだった。昔はテーラードのジャケットもそれなりに似合っていたと思うのに、最近は似合わなくなった。
「どうしよう、困った、困った」
 百万回つぶやきながら、以前服を購入したことのある通販のサイトを見ていたら、いくつかこれならいいのではないかというものが見つかった。一枚は襟に飾りがついたカーディガン。飾りが取り外しできるとわかって購入。もう一枚はレースの厚手のブラウス。手持ちの「スティーブン デュエック」のネックレスをすれば、ランチであればホテルの会食も大丈夫そうだ。そしてカジュアルな場所で食事をするときのためにベストを一枚。私にしては思い切った色とデザインである。下は薄いグレーのコットンのパンツでいけるかもしれない。でもこれにプレーンな黒のパンプスは似合わないのではない
か? となると黒いパンツのほうがいいのか。でもそうなると下半身が重くないか。となるとトップスを変更したほうがいいのか? いつになってもいつまでたっても、着るものには悩み続けているのである。

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