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人生は「動詞」で変わる
齋藤 孝

  プロローグ 自分をスイッチ・オンする動詞を持とう

「言葉の力」ということがよくいわれる。
 力のこもった言葉を使えるようにするには、からだに言葉を取り戻すことだ。
 政治家など責任ある立場の人が大事なときに空疎な言葉しか口にしないことがあるが、あれは誰かがつくってくれた文言をただ棒読みしているからだろう。そこに自分をかかわらせていない。
 自分自身の「意志」「判断」「思い」「決意」といったものが息づいていない言葉は軽い。こころに響いてこない。
 からだの実在感覚が抜け落ちてしまうと、言葉はただ意味情報を伝達する記号のようなものになってしまう。
 現代は言葉があふれかえっている。
 ネット上では、毎日膨大な言葉が、さまざまな言語で世界中を舞い踊っている。
 素晴らしく魂のこもった言葉が発信され、それに触れてこころを揺さぶられることもあるけれど、誰の口から誰の手から紡ぎ出されたのかわからない言葉も氾濫している。
 出どころのはっきりしない言葉は、どこかこころもとない。母体を持たずにふわふわ漂っている印象だ。
 力のある言葉とは、その人のなかから湧き上がってきたことを実感させるものだ。
 ものの考え方や生きるスタンスがしっかりとのった、重量感のある言葉だ。
 どうしたら、そういう言葉を発することができるのか。
 私は、自分の身体性に即した「動詞」を持つことを勧めたい。

 人間の行動は、「動詞」の集積である。
 私たちは日常なにげなく言葉を使っているが、動詞のもたらす運動性は、その人の身体モードと密接に関係している。
 人の行動形態は、その人の意識によくなじんだ動詞にあらわれる。
 たとえば、包容力のある人は「包む」身体性を持っている。この意見だけが正しいとか、これでなければダメだ、という考え方をしない。自分とは見解が違っても人の話に耳を傾けて「聞く」ことができ、相手を「受け入れる」ことができる。
 その姿勢は、まさに風呂敷のようだ。どんな形状のものも、うまい具合に包み込んでしまう。対応が柔軟である。行動や考え方に「包む」という動詞の持つ特徴が自然にあらわれて、その人のひとつのスタイルになっている。
「名は体をあらわす」という言葉があるが、私はむしろ「動詞は体をあらわす」と考える。
 日々、自分の使う言葉、とりわけ動詞にもっと注意を払ってみよう。
 動詞を意識すると行動が変わり、生き方が変わる。
 さまざまな動詞のなかから、自分にフィットした動詞を見つける。あるいは、自分に足りないもの、こういう要素を身につけたいと思ったら、その動詞を意識して生活するぞと決める。

 かつて私は、熱くなりやすいが、ちょっと飽きっぽい傾向があった。だが研究者というのは、ひとつの研究をコツコツと何年もかけ、長いこと取り組みつづけなければならない仕事だ。途中で飽きたといって放り出すわけにはいかない。
 私は「粘る」を自分のテーマにした。ちょうど「息」の研究をしていたときだったので、息をどれだけ長く止めていられるかとか、細く長〜く息を吐く練習とか、気分転換のテニスをするときもいつもと違ってとにかく長くラリーを続けるとか、何をするにも「粘る」ことを意識した。食べるものも、納豆やとろろのようなネバネバ系のものを意識的によく食べた。
 そうするうちに、いつのまにかすっかり粘り腰が身についた。「粘る」ことが、弱点から自分の持ち味へと変わった。
 自分のテーマとして掲げ、書いて貼っておいたり、口に出したりして、自分に対するメッセージにしていると、だんだん意識に定着してきて、自然と行動も変わってくる。
「マイ動詞」として自覚できると、日々の目標もはっきりする。
 言葉のとらえ方だけでなく、生活の構えが変わってくる。自信も湧いてくる。
 なぜ自信がつくかというと、闘うスタイルが確定するから。自分がどういう場面で実力を発揮できるのかがわかる。自分の闘い方がわかる。だから強くなる。
 対人関係もそれによって変わってくる。
 私たちがふだん見すごしてしまっている動きの本質が、動詞にはある。
 ぼんやりと生きている自分の意識、自分のからだのめざめていない感覚を揺り起こす動詞、自分の潜在能力を「スイッチ・オン」する動詞を持とう。
 自分のスタイルをしっかり持っている人は、言葉に身体性がしっかりのる。
 借り物のような言葉ではなく、自分の身から出た言葉には力がこもる。人のこころに本当に届く言葉を発することができるようになる。
 人によって、自分の感覚にフィットする動詞は違う。それぞれ得意ワザのようなものができていって、それがその人の生き方のスタイルになる。
 生き方のスタイルは動詞で変わる。
 本書のなかから、あなたの生き方のヒントを見つけてほしい。


1「つぶやく」時代にあえて「叫ぶ」

  現代人は「つぶやく」のが好き

「つぶやく」だけで、ものが売れたり、評判が高下したり、状況が変化したりする時代になった。
「ツイッター(Twitter)」上でつぶやくとは、百四十字以内の短い文章を発信することだから、実際に声を出しているわけではないが、みんなに伝えようと大声で「叫ぶ」のでなく、誰かが拾ってくれればいいというかたちで軽く「つぶやく」だけという行動性は、とてもいまの時代のコミュニケーション感覚らしいと思う。
 ゆるやかな関係性のなかでの「存在の承認互助会」的傾向は、ここ数年の社会の趨勢だ。
 自分のつぶやきを、誰かが拾ってくれる。拾ったり拾われたりし合う相手がどんどん増えて、見も知らぬ人とつながってネットワークを広げていくことができる。そこに多くの人が魅力を感じた。
 現代人は、大声で「叫ぶ」よりも、小声で「つぶやく」身体になっている。
 とりわけ都市型社会では、大きな声を出して叫ぶ場も、その必要性もどんどん失われており、やたらと大声を張り上げることはむしろ迷惑なふるまいだと見なされるようになってきた。一歩間違うと、隣人とのトラブルの火種にさえなる。
「叫ぶ」ことの意義やメリットを実感できなくなっている。
「叫ぶ」には、「大声で何かを呼びかける、訴える」というニュアンスがあり、そこから「世間に強く主張する」意味もある。「叫ぶ」には主張が要る。それなりのパワーが要る。積極的にエネルギーを外に「放つ」構えが必要になる。
 それに対して「つぶやく」とは、小声でぼそりと言うもの。ネット上の「ツイート」も、強い主張や発信力を持っていなくていい。エネルギーの放出の仕方が消極的かつ小出しだ。低燃費のエコスタイルともいえるが、つぶやいてばかりいると、心身が縮こまっていくような気が私はする。
 実際、大学生と接していても、声を張れない人が増えている。教職志望の学生を教えているので、いずれ教師になったあかつきにはみんな生徒に向かって声を張らなくてはいけないのだが、大勢の相手に響かせるような声があまり出せない。声の出し方から指導しなければいけなくなっている。
 大きな声を出すことは本来、人間にとって非常に大切な、意味のある行為だった。
 自分をスイッチ・オンする動詞の一番目として、このつぶやき全盛の時代に、あえて「叫ぶ」ことを提唱したい。

  かけ声文化の国ニッポン

 日本には、大声で呼びかけ合う文化がさまざまなかたちで伝承されてきた。
 たとえば、祭りで神輿をかつぐときのかけ声。地域によってかけ声は本当に千差万別だが、目的はひとつ、みんなで声を合わせ、息を合わせ、足並みをそろえることにある。
 各地に伝わる木遣り節も、かけ声の典型だ。
 七年に一度行われる長野県諏訪大社の御柱祭では、木遣りの名人がまず甲高い声を張り上げて「お願いだ」とひと節なく。
「ヤァ〜 山の神様 お願いだ」「ヤァ〜 心そろえてお願いだ」
 それを合図にみんなで「ヨイサ、ヨイサ」とかけ声をかけて運ぶ。
「山の神様、どうぞお守りください」というお願いだったり、「曳き手の皆さん、心をそろえてよろしく頼むよ」というお願いだったりして面白いが、これこそかなり原初的なかけ声のかたちではないかと思う。
 祭りとは祀りであり、すなわち祈りだ。目には見えない畏怖すべき存在に対して、大きな声を出して、祈りの言葉を捧げる。
 雨乞いや豊漁祈願などの祭祀の唄も、神様への祝詞も、さらにいえばお経や声明や念仏も、姿なきものへの呼びかけだ。
 相撲を取るときには、行司が「はっけよい」「のこった、のこった」とかけ声を出す。「はっけよい」は力士の発奮を促す言葉であり、「のこった」は、まだ土俵の中に残っているよ、勝負がついていないよ、という意味だ。あのかけ声がなかったら相撲もまったく拍子抜けになってしまう。
 あるいは、剣道、柔道、合気道、空手……日本の武道は、みな威勢のよいかけ声がつきものである。
 歌舞伎を観に行くと、劇場の一番奥の高いところ、いわゆる大向こうから「音羽屋!」「成田屋!」といった声が飛ぶ。あれは仕事として声をかける人がいるわけではなくて、芝居好きな人たちが、ここ一番というタイミングを見計らって声をかけるものだ。
 役者の屋号だけでなく、「いよっ、待ってました!」とか、「ご両人!」といった声がかかることもある。
 間が悪いと、役者も芝居がやりにくい。ここぞという絶妙のタイミングで声をかけるには、その演目の流れ、セリフ、役者の動きや間合いをつかんでいないといけない。通でないとできない。
「大向こうをうならせる」という言葉もあるが、それは芝居通をも感嘆させる、というところからきている。
 打ち上げ花火を上げるときにも、「たまや〜」「かぎや〜」などと花火師の屋号のかけ声がかかった。
 かけ声というものが民衆文化のひとつの軸としてあったのである。

  物売りの呼び声

 職業的なかけ声、呼び声というのもあった。
 私の子ども時代、昭和四十年代には、まだ物売りの声をよく聞いた。
「きんぎょ〜ェきんぎょ〜ォ」
「い〜しやき〜いも〜」
「たけやァ〜、さおだけぇ〜」
 あの呼び声を聞くのは楽しかった。
 声ではなかったが、豆腐屋のラッパは「とうふゥ、とうふゥ」と聞こえた。
 物売りというと、口上もまた面白い。
 もっとも有名なのが「がまの油売り」だ。
「さあさ、お立ちあい。御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで」
「てまえ持ちいだしたるは、四六のがまだ」
 節とリズム、かけ言葉で聴衆を魅了するワザは、ひとつの芸と呼んでいい。落語にもなっているくらいだ。
 バナナの叩き売りの口上もよく知られているが、どちらもいまでは文化継承目的の大道芸でしか見聞きすることはできなくなっている。
 日常のなかでああいった話芸に接することができていた時代は、いま思うとなかなか面白い社会だったのではないかと思う。
 そんな物売りの口上の系譜としていまにつながるのが、デパートなどで実演販売をしている人たちではないだろうか。流れるようなリズムのおしゃべりと鮮やかな手ワザで、製品をアピールする。なかにはテレビにもよく出るようなその道の有名人もいる。
 いまはテレビ・ショッピングが盛んになっている。時代の移り変わりのなかで、売る商品も、語り口もさまがわりしているが、リズムのある名調子とはりのある声でお勧めされると購買欲をそそられるところは、やはり変わらない。あれがぼそぼそと小声でつぶやくような商品紹介の仕方だったら、きっとあまり買いたい気分にならないはずだ。

  なぜ人は叫ばなくなったのか

 かつては、強い声、よく届く声、息の長い声といった「いい声」を持っていることは現実的な力であり、強さの象徴のようなものだった。
 民俗学者、宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫)のなかに、「このじいさんなんざァ声がよいのでずいぶんよいたのしみをしたもんだ」という話が出てくる。
 対馬に、声がよくて歌がたいへんうまい老人がいて、歌のかけ合い、いわゆる歌合戦をしても負けたことがなかった。歌の得意な女性にかけ合いを挑んでは勝ち、挑まれては勝ち、おかげで大勢の女性と一夜の契りを結ぶことができた。そういう艶福に恵まれたというのである。
 声のよいことが人生においてアドバンテージになっていたよい例だ。
 歌のうまさはいまも人の賞賛を浴びる一大要素ではあるが、声の大きさ、強さそのものが、生きることの力と直結したものとは思われなくなった。
 まず、人間が重いものを担いだり運んだりしなくなり、重労働はすべて機械がやるようになったことで、大声を起爆力にするという機会が激減した。
 重いものを持ち上げたり運んだりするときには、大声を出すことでハラ、臍下丹田から力が出せた。ハラから力を出すことと、ハラの底から声を出すことは連動していた。
 その名残はアスリートに見られる。
 ハンマー投げの室伏広治選手に代表されるように、投擲競技の選手はみな大声でうなったり叫んだりする。テニスプレイヤーも、全力で一打を放つときに叫ぶ。マリア・シャラポワの叫び声は有名だ。いずれも一投一打に「力よ、こもれ」とばかりに渾身のパワーを注いでいく。
 物売りの声もほとんど聞かなくなった。
 かけ声、呼びかけの文化は昭和の中ごろまでは脈々と根づいてきていたものだったが、世の中が声をかけ合うことを必要としない方向に急加速したことで、いまや風前の灯となりつつある。
 大声を出すところには、感情の高まりを表出したいという希求、喜怒哀楽の表現としての叫びというものもあった。
 歓喜にむせんだり、深い悲しみに慟哭したり、怒りをあらわにしたりという、からだに湧き起こる欲求として叫ぶ。自分のなかで処理できない激しい感情は、泣きわめいたり叫んだり大声をあげて発散することで浄化され、こころが整えられる。いわゆる「カタルシス」だ。
 ところが、からだの自然な欲求に任せて叫ぶこともまた、現代社会のなかでは次第に抑圧されていくようになる。
 ドイツの社会学者ノルベルト・エリアスは、『文明化の過程』(法政大学出版局)という著作で、文明が発達していく経過はすなわちマナーの進化の歴史であると言っている。
 文明が発達してその社会にルールができ、マナーがとやかく言われるようになると、それまでは平然とやっていた行為が、恥ずかしいこと、礼儀にもとることだと思われるようになり、人は他人の目を気にして自分の感情を抑えなければと思うようになる。
 感情を自由に表出することを恒常的に抑止しつづけていると、やがて身体が開放性を失い、「興奮なき社会」になっていく、とエリアスは危惧していた。

  興奮なき社会──感情を出せない人が増えた

 その懼れが近年、実際に社会にあらわれてきている。
 若い人や子どもたちを観察していて感じるのは、以前に比べてとてもおとなしくなっていることだ。
 昔はよく、店先で「これが欲しい!」「買って、買って〜」と泣きわめき、駄々をこねる幼児の姿を見かけたものだが、最近はそんな光景に出くわすことが少ない。地団駄ふんだり、地べたに寝ころがって泣きわめいたりする子どもがいない。
 聞き分けがいいのは悪いことではないが、感情表現がどんどん乏しくなっている気がする。
 大学生なども、まじめに授業に出席するが、どこか覇気に欠ける印象だ。
 ポジティブな面にも、ネガティブな面にも感情を出さない人が増えている。
 たとえば、話を聞いていて笑うところで声を出して笑えない。
 あるいは、過ちを注意しても反省の色が見えない。以前だったら、注意をするとたいがいは「すみません」とまず口にした。ところがいまは、その言葉がすっと出てこない。特別鈍感なわけではなく、感性はナイーブなのだが、ぱっと反応ができない。
 感覚がからだの動きとしてすみやかに伝わっていない。いや、からだで感情をあらわすということ自体を知らないともいえる。閉じたからだになってしまっているのだ。
 最近増えている草食系男子というのも、「興奮なき社会」が生んだひとつの姿かもしれない。肉食系を奨励するわけではないが、性欲があって当たり前の青年期に異性に興味がない、セックスに関心がないというのはちょっと不自然だ。からだのエネルギー値そのものが低いのではないか。
 こういう人は、仕事にも本気で情熱を注げないのではないかと心配になる。

  ムンクの『叫び』

 両手で耳をふさぎ、頬をすぼめて口を大きく開けた顔。ふにゃりとした幽霊のようなからだ。混沌とした背景のなかで、赤くうねる空──。ムンクの絵『叫び』には強烈なインパクトがある。
 ムンクは、人間のやむにやまれぬ感情を表現しようとした画家だ。しかし同時代の人々からは「狂気の人」というレッテルを貼られ、さっぱり受け入れられなかった。
 その『叫び』が、ミュージアムグッズとして人気を呼んでいるばかりでなく、ビニール人形やぬいぐるみなど多彩に商品化されたり、マンガなどでパロディ的に使われたりして、幅広い層から親しまれているという。ケータイの絵文字にまでなっているらしい。
 ギャグ的な扱われ方をしている面がかなりあるとはいえ、なぜあの不思議な感じの絵が現代人のこころをつかむようになったのか。
 この構図の原型となったと思われる一枚のスケッチの脇に、ムンクはこう記している。

 わたしは二人の友人と道を歩いていた──そのとき日が沈み──空がにわかに血の赤に染まった。わたしは立ち止まり、何とも言いようのないほど疲れて柵に寄り掛かった──炎と血のように赤い舌が青黒いフィヨルドをなめていた。友人たちはそのまま歩き続け、わたし一人不安に身をふるわせて立ちすくんでいた──そして、自然の果てしなく続く大きな叫びが聞こえた。
(『現代美術の巨匠 エドヴァルト・ムンク』アルフ・ビョー著 吉岡晶子訳 美術出版社)

 真っ赤な夕焼けを見ているうちに、それが自然を貫く激しい叫びのように感じられて、おののき、耳をふさいで立ち尽くした。
 画題となった『叫び』とは、口を大きく開けた人物が何かを叫んでいるさまのように思いがちだが、ムンクはこころに怒濤のように押し寄せてきた不安感を表現していた。
 十九世紀末、ヨーロッパにはフロイトやニーチェなどが登場し、実存の不安ということがいわれるようになった。ムンクは自分の存在に対する不安感をどのように描こうかと二年余りも模索した末、それを『叫び』として結実させた。空気をつんざくような得体の知れない不安が襲いくる感じを、ムンクは見事に表現した。
 じつは『叫び』というのは一点だけではない。構図もタイトルも同じ『叫び』という作品を、ムンクは一八九三年以降、複数点描いている。何度も描かずにはいられないテーマ、それくらい重要なモチーフのひとつだったのだろう。
 感情を自分の裡にとどめておけない、表現せずにはいられない──。ムンクの、放出したい思い、伝えたいという思い、その精神こそが『叫び』の本質であると私は解釈する。
 私たちは『叫び』の絵を見て「なに、これ?」と違和感を抱きつつも、どこか自分も抱え持っている不安と似たものを感じとり、「ああ、なんとなくわかる」と共鳴しやすいのではないだろうか。
 人間には、大きな声で何かを表出したい、叫びたいという感情が本質的にあるはずだと思う。
 明るい絵ではないのに、これを見たときに陰鬱な気分になる人は少ない。むしろこの絵が放っている強烈なパワーに、ある種の開放感を感じる。
 自分の奥底にある発散できない叫び、抑圧された叫びを、この絵が表現してくれているという感情が湧くのかもしれない。

  現代の叫びの場は?

 エリアスは、文明化が進んだ「興奮なき社会」のなかで、人はマナーで制限される前の、ちょっと野蛮な出来事に感じていたものをスポーツに求める、ということを言っている。
 たしかにスポーツは興奮する。
 子どもの運動会に始まり、アマチュア・スポーツでもプロの試合でも、声援を送るというかたちで叫ばずにいられない。そこには日常にはない感情の発散がある。
 もちろん、やる側も叫ぶ。
 サッカーの試合を見ていると、ピッチ上で選手たちがいかに声をかけ合っているかがよくわかる。ゴールを決めた瞬間には、多くの選手が歓喜の雄叫びをあげる。
 熱戦を見守る観客も、ゲームのなりゆきに、歓声をあげたり、悲鳴をあげたりする。応援歌がスタジアムにとどろく。ブブゼラのような鳴り物で盛り上げることもある。
 テレビでワールドカップやオリンピックなどの国際試合を見ていると、「叫ぶ」身体が結集している、と感じる。世界中を興奮させる祭典は、「叫ぶ」というかたちでの身体の開放に貢献している。
 翌日にはニュース番組でハイライトが見られることがわかっているのに、好きな競技や応援している選手が出るとなると、つい夜ふかしをしてライブで観戦してしまう。
 テレビで見ていても、じっと黙って見るよりは、「よし!」「そこだ」「いけ!」「やったァ!」と叫びながら見るほうが爽快感がある。寝不足だがどこかさわやかという気分を、多くの人が味わったことがあると思う。

  歌はメロディとリズムにのせた叫びだ

 現代社会でのもうひとつの声の発散の場が、音楽──歌だ。
 好きなアーティストのコンサートに行き、大声をあげ、一緒にうたったりする。あの快感はスポーツ観戦以上のものがある。
 日本人は基本的に、インストゥルメンタルよりも、歌詞がのっている音楽が好きだ。
 ある作詞家の方が、「歌というのはその歌詞だけを読み上げても、そんなに感動するものではない。だけどそこにメロディがつくことで、こころをギュッとつかむものになる。詞は曲がついてはじめて価値を持つ」とおっしゃっていたが、たしかにそういうところがある。
 歌とは、メロディとリズムと詞の相乗効果を楽しむものなのだ。
 詞だけを読んで覚えようとしてもなかなか覚えられないが、大ヒットした曲の歌詞は、知らずしらずのうちに覚えてしまう。いつのまにか、からだに入っている。
 いまや、大声で叫ぶという行為のほとんどが、歌を「うたう」ことで占められている。
 うたうことの好きな日本人の発明製品のなかで、カラオケというシステムはピカイチだと思う。
 メロディが流れてきて、自分がプロの歌手になりきった気分で、本格的にその歌をうたうことができる。バツグンの防音設備とセットになって、リズム感が悪くても、音程をはずしても、こころおきなく思いきりうたえる環境が整っている。
 日本にはすっかり「カラオケ文化」というものができあがっている。
 それまではどうだったかというと、誰かがギターを弾いたりピアノ伴奏をしたりするフォーク喫茶やフォーク酒場があった。
 その前身には歌声喫茶があり、さらに時代をさかのぼれば、労働歌や民謡がある。
 美輪明宏さんの名曲「ヨイトマケの唄」に出てくる「エンヤコラ」も労働の歌だ。
「エンヤコラ」とは、地面をならすために大勢で槌を滑車で巻き上げるときのかけ声で、このかけ声や、そうして働く人をヨイトマケといった。
「ソーラン節」の「ソーラン ソーラン」は、ニシン漁のときにみんなで大きなタモ網でニシンを沖に揚げるときのかけ声だ。
 大勢で力を合わせてからだを動かすときには、息の詰め開きが大きく影響する。リズムを合わせてうたうことで、力を合わせ、リズミカルな動きができる。
 うたいながら働くことで、作業効率も上がっただろうが、そこには「つらい」という気持ちにどっぷりはまり込まないようにする意味もあっただろう。
 炭坑節や漁師唄をはじめとして、古くから、田植え唄、馬子唄、牛追い唄、茶摘み唄等々、日本全国津々浦々、じつにさまざまな民謡がある。
 叫ぶところには、積極的に外に放つエネルギーが宿っている。それが、自分を鼓舞する力になり、また他者に訴えかけることで、他者を感化する力にもなる。
 うたうことは、その大きな牽引力となってきたのだ。

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