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めんたいぴりり
東 憲司

   中洲のぼせモン

 魚だけにギョッとした。俊之の目の前にいるのはスケトウダラである。そのスケトウダラが身体を折り曲げ、どっかと台所に座っている。そして冷ややかに俊之を睨み付けているのだ。
 俊之がこの魚の幻覚を見るのはこれが初めてではなかった。この幻覚を見始めてもう随分になる。実際のスケトウダラの大きさは三尺程であるが、幻覚のスケトウダラは見るたびに大きさを増し、今では俊之の身長と変わらぬほどになっている。そのスケトウダラが動くたび、銀色の鱗が裸電球に反射し、場末のキャバレーの灯りのように艶めかしく、台所を照らす。人が寝静まる深夜にオホーツクの海を泳いでいる筈の魚が、自分の家の台所に幻覚となって現れるのは普通の人間にとっては恐怖であろうが、俊之にはいとも簡単に合点がいくことであった。
 俊之はスケトウダラの卵を材料に“メンタイ”という、日本人には未知なるお惣菜作りに挑んでいたからである。今までにどれほどのスケトウダラの卵を無駄にしてきたかしれない。試行錯誤の繰り返しがもう半年以上も続いている。未だに納得がいくメンタイは出来ていない。周りからは趣味だ道楽だと笑われ馬鹿にされ、もはや意地になっていることに、俊之はとっくに気付いている。失敗作のメンタイは俊之の家の食卓に並び、家族や住込みの従業員達が我慢して胃袋に入れてくれる。そうなれば供養とも言えるが、それはまだましな方で、そのまま流しのゴミバケツに捨てられる可哀相なメンタイが出来ることもあった。
「自分はメンタイを作る為に多くの命を犠牲にしとる。スケトウダラの卵として生を受けたからには、オホーツクの海で流氷を潜り抜け、荒波を泳ぎたかったろうに。その無念は如何ばかりか……ほんなコツすまん」
 罪の意識が頭をよぎると必ず、俊之の目の前にスケトウダラの幻覚が現れる。そのたびに俊之はスケトウダラに睨み付けられる。スケトウダラが口をパクパクさせると、俊之の脳裏には魚の怨念が響いてくるのである。
「この馬鹿チンがっ、どんだけうちの卵を犠牲にしたら気が済むとかっ! 人殺し!」
 スケトウダラが尾びれで、俊之の鼻っ面を弾いた。俊之の鼻先に痛みが走り、潮の香りが漂った。
「魚やから魚殺しやろう、人殺しはおかしかろうもん……」
 俊之はそう言いたいのをぐっと我慢した。そもそも北海道産のスケトウダラがどうして博多弁を喋っているのか? エラ呼吸の癖にどうして陸に上がっているのか? 疑問は尽きぬが、これは幻覚だと自分に言い聞かせて、俊之は平身低頭スケトウダラに詫びを入れた。
「必ず、うまかメンタイは作っちゃるけん、それまで我慢してつかあさい」
「うちの卵をいじくりまわして、うまいも不味いもなかろうがっ!」
 その通りである。生きとし生ける物は、生き物を喰らい生き続ける。俊之は返す言葉もなく、朝までスケトウダラの幻覚に謝り続けた。そして疲れ果て、台所で寝てしまうのが、三十五歳を迎えた海野俊之の日課であった。

 昭和二十三年の中洲は戦争の傷跡がまだ癒えぬ土地であった。現在では九州一の歓楽街と呼ばれるこの町も、福岡大空襲でほぼ壊滅状態、焼け残った博多駅には浮浪者が集まり、孤児の靴磨きが当たり前の風景となっていた。空襲前より空が広がり、博多駅から博多埠頭が見渡せる。博多埠頭には引揚げ船が頻繁に出入りし、町は大陸引揚げ者や復員兵でごった返した。
 博多駅と博多埠頭を結んだ真ん中辺りに中洲があった。那珂川から流れて来る水が三角洲を形成して出来た土地だ。戦後の復興を賭けて、この焼け野原の中洲に市場を作ろうと、県は二十五軒の店舗を用意し、中洲市場入店希望者を募った。これが今に続く中洲市場の始まりである。
 その二十五軒のうちの一軒が海野俊之の店であった。大陸生まれ大陸育ちの俊之にとって、日本の中洲は未知なる土地であった。が、俊之は戦争からの復興に、この未知なる土地を選んだ。そして食料品販売を一生の仕事にしようと決意していたのである。
 俊之には闇市での売買の経験はあったが、本格的に商いをするのはこれが初めてで、少なからず抵抗があった。なぜなら俊之は戦前戦中に南満州電業会社の経理課で働く、いわゆるエリートだったからである。戦局悪化の中、満州で働く一万五千人の社員と家族のために、生活物資を調達するのが職務であった。俊之は緻密な計画と大胆な行動で、南満州電業社員からは一目置かれ、経理課の主任にまでなったのである。そのまま行けば、俊之は南満州電業会社の幹部にもなりえた人物であった。もしそうなれば徴兵もされずにすんだであろう。また実際、会社に尽くすことが大日本帝国の繁栄に繋がるとされ、南満州電業関連会社に就職したものは徴兵を回避される事が暗黙の了解であった。が、俊之の場合は戦局がそれを許してくれなかったのだ。
 俊之は徴兵された。そして沖縄で軍隊生活を送った。日に日に敗色が濃くなり、沖縄は地獄と化した。米機動隊の攻撃を受け、沖縄は二十万人もの犠牲を出した。俊之も多くの仲間を失った。しかし彼らを殺したのは爆撃や銃撃だけではなかったのだ。食料さえあれば助かったであろう命も多くあった。この体験が、俊之を食の商いに誘った大きな要因であった。
「自分の命はあの戦争でも生かされた。この命を無駄にはしない、多くの民に充分な食を与える……これを自分の天職としよう」
 世の中の人々に美味しい食材を伝えようという気持ちの表れのひとつが、俊之の開発しようとしていたお惣菜“メンタイ”であった。このメンタイこそが、後に博多の特産品であり博多名物と呼ばれる辛子明太子の始まりである。
 俊之の経営する食料品店は『ふくのや』という。福が来るように『ふくのや』と名付けたが、一向に福は来ない。今は福が来ないが、いつかはきっとと志を立てて、俊之は櫛田神社に何度もお参りをした。櫛田神社は博多の氏神、総鎮守として古くより信仰を集めている神社で、地元の人々からはお櫛田さまと愛称で呼ばれている。お櫛田さまを出て、海に向かって歩き出すとすぐに中洲市場の家屋が並び、八百屋、金物屋、電気屋、自転車屋が軒を連ねている。まだ道は舗装されておらず、雨が降れば泥まみれ、台風が来るたびに那珂川が氾濫し、押し寄せる水にこっぴどくなぶられる有様であった。台風一過の後には、那珂川に市場の人々の生活用品が浮かんだ。バケツや洗濯板、長靴や鍋、それを地元の人々は生活必需品として根気よく再利用した。那珂川氾濫に関して面白い伝説がある。江戸時代、象の死体がインドから流れて来て、象牙で財を成したというのだ。戦後、象牙が見つかったという話は聞かぬが、幸福が訪れてきそうな予感に満ちた場所がこの中洲であった。貧しくてもそう思える場所がこの中洲の気風であった。
 モノがない時代であったが、人間は豊かであった。戦争が終わった解放感がそうさせたのかもしれない。貧しいながらも明日を夢見る人々が、この小さな中洲市場で寄り添って生きていた。その市場の一角の『ふくのや』で俊之はメンタイ作りに明け暮れていたのである。

「あなた、また台所で寝ているの?」
 女房の千代子の声だ。いつもなら叩き起こされる筈なのに、聞こえてくる女房の声がいやに優しい。俊之は一瞬で目が覚めた。俊之は女房の笑みに底知れぬ恐怖を感じた。
「千代子の奴、きっと何かを溜め込んでいる。……また俺は何かをやらかしたのだ」
 千代子が微笑んでいる。千代子は今年三十四歳になる。割烹着を着ているせいで所帯じみてはいるが、同世代の女性より若く見える。元々童顔であったからではあるが、持って生まれた生気がそうさせているのだろう。意志の強そうな太い眉と大きな瞳が印象的で、負けん気の強いところは、似た者夫婦であった。俊之は自分より一つ年下の女房に頭が上がらなかった。自分と同じ大陸生まれの大陸育ち、出会ってから二十年近く、夫婦になって十一年。負けず嫌いの勝ち気な性格で、笑顔が似合う明るい女である。長年連れ添っていると、相手の機嫌はすぐにわかる。今日の女房の笑顔は作りモノだ。俊之は心当たりを探った。冷や汗が出てきた。心当たりがあり過ぎる。俊之はとにかく謝ってみた。
「母ちゃんごめん、メンタイが出来ん」
「いいのよ、そんなことぐらい」
 標準語だ。俊之の鼓動が早くなった。女房が博多弁を喋っていない。これは怒りがある程度まで達した時に起きる現象である。博多弁は感情が出やすい。標準語を喋ることによって、女房は怒りをコントロールしているのである。
「あなた、朝風呂沸いているわよ」
 俊之の嫌な予感が増幅した。これは女房のいつもの作戦である。朝風呂に入らせて、こっちが無防備になったところを責めて来るのだ。跳び起きた俊之は狭い廊下を抜け、脱衣所に駆け込んだ。そして衣服を脱ぎながら、心当たりを整理し、ぶつぶつと呟いた。
「メンタイを作る為に、高いスケトウダラの卵ば注文した。メンタイの生臭さを消すために高級な蜂蜜を仕入れたのもまずかったのかもしれん」
 俊之は身震いした。勝手に店のお金をちょろまかした浅はかさを恨むのみである。俊之は生まれたままの姿で湯船の前に立った。今の自分を象徴するかのように、自分のムスコも縮み上がっている。朝の寒気から逃れるように湯船に身体を沈めた。ムスコはまどろんだが、その主の俊之は不安に身を縮こませた。
 朝風呂は俊之の大事な日課であった。俊之は朝風呂で『ふくのや』店主としての一日を始めているのだ。小学生の二人の息子の健一と勝、住込みの従業員達に、朝食で試作段階のメンタイを食べさせる。彼らが今日も不味そうにメンタイを食べる顔が目に浮かぶ。が、一日一日メンタイの味は進歩させている。メンタイを食べた後の何気ない彼等のひと言が、味の向上につながるのだ。その朝食という大事な業務の前に朝風呂で己の身を清めることが、俊之にとっては神聖なる儀式の一つなのであった。その朝風呂で女房から文句を言われるのはたまらない。俊之は昨夜のスケトウダラとのやり取りを思い返した。
「諦めんね、女房や家族にまで迷惑かけてメンタイ作りげな、あんたはのぼせとるだけたい」
「そう、俺はのぼせとる。メンタイ作りにのぼせとる。ばってん、一度男が命を懸けようと思うたもんを、なしてすぐ諦めきれるか。俺はメンタイを作るまでのぼせ続ける!」
 俊之は幻覚のスケトウダラにそう宣言したのだ。俊之の中で苛立ちの泡がプクプクと弾け始めた。俊之はその苛立ちを振り払うかのように、湯船に潜りでんぐり返った。俊之は湯の中で決意を叫んだ。
「俺はメンタイを作っちゃる! 日本一のお惣菜を完成させちゃる!」
 俊之が湯船の中から天井を見上げたその時、女房の鋭い目が湯船を覗き込んでいるのに気付いた。俊之は湯船の中から、女房を凝視した。女房も俊之を激しく睨んでいる。俊之は恐る恐る湯船の中から顔を出し、女房と対峙した。女房が深く溜息をつき、気持ち悪いほどの笑みを浮かべてこう言った。
「あんた、どうしてうちは貧乏なのかなあ」
 女房はまた標準語を使っている。ならばと、俊之もおぼつかない標準語で返答した。
「それはですね、私がメンタイを作ってるからです、ハハハ」
「そうだよね、あんたがメンタイを作ってるからだよね、なのにお店の金またちょろまかしたでしょう」
「母ちゃん、どうしても新鮮なスケトウダラの卵と高級蜂蜜が必要やったと」
「店の金は、メンタイの材料を買うたって言い張るんやね」
 女房の言葉に博多弁が混じり始めている。俊之は女房の感情の爆発が近づいていることを悟った。女房は目を見開き、後ろ手に隠し持っていたシャツを差し出し、言葉を吐きつけた。
「あんた! このシャツについとる口紅はなんね! あんたキャバレーで遊んだやろ!」
「!? ごめん、母ちゃん」
 俊之はどれほど女房に叱咤されたであろうか。身体の節々も痛い、きっと風呂桶で殴られたに違いない。そういえば昨日キャバレーに行ったことを思い出した。正確に言えば思い出したというより、思い出したくなかったのである。メンタイ作りでノイローゼになっている自分に安息をと思い、綺麗なお姉さん方とお酒を飲んでしまったのは事実だ。
「千代子、男には息抜きが必要なのだよ」
 と、俊之は思ってみたものの口に出す訳にはいかぬ。女房が怒るのは無理もないと堪忍を決め、とにかく謝り倒してもう二度とキャバレーには行きませぬと誓約文まで書かされて事なきを得た。その誓約文は今日の朝食の時に、従業員達の前で朗読させられることになるであろう。
「ふふ、まあよかやないか、俺は懲りぬ男なのだ……懲りぬ男だからこそ、こうやってメンタイを作ろうとしているのだ」
 俊之はニンマリしながら湯船の中で独り言を囁いてみた。空しさが襲った。俊之は出来たばかりの痣を静かに擦った。

『ふくのや』の朝食には家族と従業員達が揃う。健一と勝は腕白盛りの小学生。従業員は三人である。俊之より一回り年下の八重山が従業員のリーダーである。俊之の闇市時代からの右腕で『ふくのや』の参謀と言ってもよい。非常に生真面目な性格で、思慮深い。のぼせモノの俊之にはなくてはならない存在である。細身ですらっと伸びた背丈、見ようによって細めの目も切れ長に見える。なかなかの男前ではあるが、女に奥手で結婚する気配がないのが玉にきずである。
 二人目の従業員がお調子者の松尾である。お喋り好きで、思ったことをすぐ口に出すのが長所であり短所でもある。根はお人好しで、涙もろく情に厚い。見た目もふくよかで何かしら人を安心させる『ふくのや』のムードメーカーでもある。三人目が店に入りたての新人の笹島である。少し陰がある若者だが、笑うと八重歯があどけなく、根っからのまじめな性格で誰からも好かれる。俊之夫婦はこの従業員三人を家族同様に愛していた。そして本気で叱った。『ふくのや』にとって従業員は財産であり、宝であった。俊之は本気でそう思っていた。
 俊之は朝食前に女房に書かされた誓約文を読まされた。皆、一様に暗い顔をしてそれを聞いている。俊之にはわかっていた。彼等が暗い顔をしているのは夫婦の痴話喧嘩が原因ではない。夫婦喧嘩は犬も食わぬという言葉は、自分達夫婦のためにある言葉であったし、お互いになくてはならぬ存在だということは、近所の野良犬まで知っていたことだからである。
 彼等の憂鬱の原因は俊之の作ったメンタイを食べなければならないことであろう。毎日試作品として出されるメンタイを食べることは、彼らにとって拷問であったのかもしれない。メンタイは日本人には見慣れぬシロモノで、まだまだ生臭かったのは否めなかった。
「今日のメンタイはうまかぞ、食べてみ」
 俊之の言葉に、松尾がぼそりと呟いた。
「大将、戦争が終わったんに、なしてこげな不味いもん食べらないかんとでしょうか?」
「不味いかどうか食べてみんとわからん」
 俊之は松尾を睨んだ。今度は八重山が口を開いた。
「大将、そのかわり食べた後に感想を言うのは勘弁して貰えますか? もう毎日食べとるから、なんて言っていいかわからんとです」
 俊之は顔が引き攣った。八重山がこんなこと言うのは珍しい、よほど我慢を重ねている証拠であろう。女房が心配そうに俊之を見つめている。
「八重山、松尾、俺は感想が聞きたいと。旨いメンタイを作る為に、お前等の協力が必要なんばい」
 従業員達が押し黙る。食卓の重い空気に耐えかね、笹島がメンタイに箸を伸ばす。女房もそれに続いた。仕方なく八重山と松尾もメンタイを口に放り込む。健一と勝は、メンタイを一粒だけ口に入れた。俊之は皆の顔色を窺い、期待に胸が膨らんだ。松尾の身体が小刻みに震えだしたからである。きっと今日のメンタイはいつもと違い、松尾の味覚を刺激したのだ。しかし、松尾が涙目になって、こう言った。
「ああ、メンタイさえ作らんでくれたら、最高の大将なんになあ」
「!? 松尾、今日の味はどげえか?」
「大将、今までの中で一番不味かです」
 周りの従業員も一斉に頷いた。俊之もメンタイにかぶりついた。自分でもびっくりするほどの不味さに、頭が真っ白になった。

 中洲市場の朝は早い。近所の連中は誰しも顔馴染みであり、助け合いの精神で成り立っている。家族構成は互いに知っているし、子供の世話も地域全体で面倒を見るのが当たり前の場所であった。市場とは名ばかりで狭い路地を挟んで露店のような店が並んでいる。
 一階が店舗で二階がそれぞれの住居であった。窓伝いにお隣に行くこともできる。家屋の壁は男女の営みも筒抜けになるほど薄い。つまり隣家の生活が丸聞こえなのである。喘ぎ声も聞こえはするが、家族の不仲や喧嘩をいち早く察知することができる。それがこの中洲市場を温かく平和に保つ一因でもあった。
 食料品店『ふくのや』の一階売り場は八坪ほどしかない。商品が置けるのは五坪ほどで、そこに所狭しと食料品が陳列された。色とりどりの缶詰や卵、調味料、味噌、油、干し魚、干ししいたけ、海産物が並ぶ。貧乏であるが店もたたまずやって来られたのは俊之の人柄であろう。当時の博多は戦後最大の引揚げ港と呼ばれ復員兵達でごった返していた。人が集まればそれなりの食がいる。博多には食の文化が発達した。屋台しかり、中華飯店やうどん屋が林立した。その店々と契約し、仕入れた品を配達する。店には三台の自転車がある。当時自転車は高級品であったが、仕事の拡張にと借金して購入、頼まれれば味噌一袋でも配達した。どんな小さな仕事でも引き受け信用を勝ちとって来たのである。
 商売も順調である筈なのに、何故に『ふくのや』が貧乏であるのか? 他ならぬ主・俊之のメンタイ作りが原因である。俊之ののぼせモンの性格が店を窮地に陥れていたのである。が、女房の千代子はそんな俊之ののぼせモンの性格が好きだった。生きているという実感を得、中洲市場の『ふくのや』で幸福を噛みしめていた。あの戦争を生き延びた夫婦にとって、家族皆でこの中洲で一緒に過ごせるということは奇跡以外の何物でもなかった。
 千代子も俊之も祖国・日本を知らずに育った大陸生まれの日本人。二人は釜山で出会い結婚、そして満州で生活した。そんな家族を戦争が引き裂いた。俊之が徴兵され行方知れずになり、千代子も幼い健一と勝と共に地獄から、まだ見ぬ祖国へ引き揚げてきた大陸難民となる。命からがら日本に帰り、再会を果たした彼等を中洲市場は温かく迎え入れた。どんなことがあっても家族一つになって、生き抜くという思いが、千代子にはあったのである。
 千代子が何故、夫・俊之のメンタイ作りなる道楽を許したか? それは二人の生い立ちが大きく関係している。俊之が作ろうとしているメンタイは、釜山のお惣菜・ミョンテを再現しようとしたものであるからだ。ミョンテは漢字では明太と書く。ミョンテ発祥の地、釜山の市場こそ千代子と俊之の出会いの場所であった。
 つまり俊之が作りだそうとしている味は千代子にとっても忘れることができない味だったのである。

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