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りさ子のガチ恋♡俳優沼
松澤くれは

   第一幕

   01 劇場

「本日はご来場いただき誠にありがとうございます!」
 センターに立つ「彼」の声が、劇場内に響き渡る。
 大喝采の拍手に負けじと。
 大迫力の音楽に負けじと。
 翔太君のよく通る声が、客席の最後列にまで伝わるのが分かった。
 私は首が痛くなるくらいステージを見上げる。最前列の下手から翔太君を凝視する。
 会場内の熱狂は収まることもなく、三度目のカーテンコールがはじまろうとしていた。
「トリプルコールありがとうございます。連日、こんなにたくさんのお客様にご来場いただきまして、メンバー一同、本当に嬉しく思っています。本当にありがとうございました!」
 千秋楽はいつものカーテンコールとは違う。
 演じる側も観る側も、格別の想いを共有できる。
 真っ白な光のなか。
 壮大なエンディング曲が流れるなか。
 長い道のりを走り切ったマラソンランナーたちが、凛々しい顔つきで一列に並んでいる。それぞれのキャラクターの衣装を身にまとったまま、そのキャラクターを脱いだ「俳優」として、超満員のお客さんに視線を送っている。二時間の濃密な物語に魅了されていた私たちも、お芝居の世界から現実世界へと帰還する。そして盛大な拍手をおくる。こんなに素敵な舞台をありがとうございます。こんなに心揺さぶる感動をありがとうございます。めいっぱいの感謝を込めて手を叩く。
「舞台『政権☆伝説─若き血潮! 憲政の常道編』おかげさまで本日、千秋楽を迎えることができました!」
 最初のカーテンコールの挨拶と同じことを言っている。私はふふっと小さく笑う。緊張しているのかな。でも、普段より気合いが入っている。それはそうだ。一か月間、地方公演を含む五都市をめぐる通算二十三ステージ。稽古期間を含めると、どれだけの熱量を注いできたのだろう。今回は翔太君の演じる「原敬」がメインということもあって、台詞の量も膨大で、殺陣のアクションも多かった。二時間、人前で集中力を切らすことなく、架空の人物を演じられるなんて。私にはそれがどんなに難しいことなのか、想像すらできない。本当に尊敬する。
「翔太、さっき言ったからそれ。緊張してんのか?」
「してないっす!」
 先輩俳優のいじりがはいって、客席が一斉に笑う。あたたかい。みんなが、主演という大役を全うした翔太君を見守っている。本当にたくさんの人に支えられているんだなあと、私まで嬉しくなる。
「じゃあせっかくなので、あっきー。何か一言」
「ええっ、僕ですか?」
 後輩の若手俳優にバトンを渡して難を逃れる翔太君。うまい。自分からガツガツ目立つタイプじゃなくて、ひっそりとコツコツ陰で努力を重ねるタイプ。二十三歳という若さで、俳優業にストイックな姿勢を崩さない。真摯で、真面目で、でもどこか抜けていて、かっこいいのに可愛いってギャップも大好き。ここ三作品を通して演技力も向上した。将来もっとブレイクすると思う。
「『桂太郎』役を演じさせていただきました、秋山悠です。今回も、本当に皆さんの、作品への愛をいっぱい感じながら、そして僕も愛情いっぱいに頑張ってきました。今日この場にいるみんなのことを愛してます。あっなんか、告白みたいになっちゃった。恥ずかしい」
 きゃーっという黄色い声援が飛ぶ。あっきーこと秋山悠の挨拶が終わり、翔太君がもう一度、次回公演の新シリーズの告知を行う。そろそろ至福の時間もおしまい。翔太君が「それでは」と息を整えて、
「本日はご来場いただきまして! 誠に!」いよいよラストだ。「ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
 劇場の天井が壊れるんじゃないかってくらいの拍手が巻き起こる。俳優たちは笑顔を振りまいて舞台袖に去っていく。
 音楽が消え、拍手の音が残るなか、終演のアナウンスが流れはじめる。人がまばらに席を立ちはじめる。華やかな話し声があちこちで生まれはじめる。
 物語の世界を共有していた観客たちは、またそれぞれの「日常」に戻る。また私たちの「日常」がはじまる。

 ああ、終わった。
 かけがえのない時間。
 かけがえのない体験。
 ──今回も本当に素敵な時間をありがとうございます。
 誰もいなくなった空っぽのステージ。私は心のなかで、両手を合わせてお辞儀した。

 舞台『政権☆伝説』の最新公演が、こうして幕を閉じた。
『政権☆伝説』通称「伝ステ」は、歴代総理大臣をイケメン擬人化した恋愛スマホゲームが原作の人気舞台。「駆け出し秘書のヒロインになって、現代に蘇ったイケメン総理大臣たちと政権奪取を目指そう♡」っていう、謎すぎるゲームで、そもそも総理大臣は人なんだから擬人化はおかしいでしょとか史実の総理大臣の名前だけ借りてきた三流イケメンゲーとかアンチに散々馬鹿にされて叩かれたにもかかわらず、舞台化で人気に火がついて大ヒット。キャラデザインと絶妙なシュールさが相まって、後発の2.5次元舞台シリーズとしては異例の動員数を誇っている。今回で六作目、そして秋にはすぐに新章が上演。順風満帆だ。主役を担った翔太君の力は大きい。推していて良かった。
 舞台は終わってしまえば、もう二度と本物は観られない。
 でもこうやって応援していれば、また次の舞台が決まる。
 不確かな可能性を信じ、私は今日も翔太君に会いに来た。

 たとえ退屈でつまらない「リアル」に明日から戻っても。
 私はまた劇場に足を運び、愛する人のもとへ戻ってくる。 
 そのために私は。
 愛で、人を推す。

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