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眠狂四郎独歩行 下
柴田錬三郎

   佳人の品

     一

「何処へ参られます?」
 街道をふさいでいた数名の男たちが、眠狂四郎の近づくのを待って、胡散くさげな目つきで、行手をさえぎった。
 八州取締出役が、村々を巡邏するにあたって、道案内をつとめる寄場の男たちであった。目明しに相当する役目を与えられた村役人である。
 八州取締出役の命令によって、街道をふさいでいるので、ものものしい態度をかまえている。八州取締出役は、文化二年に、勘定奉行公事方の石川左近将監から、関東の代官たちに命令があって設けられた役で、村々に無宿の悪党がいて良民の難儀となっているのを調べて、取押えるのを目的としていた。抵抗すれば、討ちすててもよい権限を与えられているので、その存在は、非常におそれられていた。
「足の向くままに──」
 ふところ手のままに、こたえた言葉も不遜にひびいたし、姓名を問われて、
「眠狂四郎」
 と名のってみせれば、これを仮名と受取らない方が、どうかしている。
「御足労乍ら、陣屋まで御同道ねがいます」
 逃げれば取押えるぞ、という気勢にかこまれて、狂四郎は、
「路銀の節約になるようだな」
 と、笑った。
 今市の宿の入口に構えられた代官所は、十万石以上の地面を支配するところだけあって、宏壮であった。
 狂四郎が、入った時には、すでに二十数名の疑わしい男女が、白洲に坐らされていた。
 狂四郎は、その中に、例の風魔一族の女──里女が交っているのを見出して、
 ──縁がありすぎるようだ。
 と、思った。
 里女は、そ知らぬふりをしていたが、こちらが入って来るや、すぐに気づくだけの神経の持主であるだけに、その態度が、狂四郎の目には、不自然なものに映った。
 小柄だが、目つきの鋭い八州取締出役が、広縁上に、せかせかと出て来て、吟味の理由を、大声で、告げた。
 大沢宿に、大沢御殿という屋敷がある。いま、ここには、去年逝去した白河楽翁の愛妾作江という女性が、住んでいる。
 昨晩、その屋敷に、盗賊が忍び入り、楽翁の遺品を盗み去った。それは、銀製の、鶴の巣ごもりの文鎮であるが、楽翁が将軍家輔佐となった時、幼かった将軍家より拝領した品であった。
 将軍家拝領品であるとともに、楽翁遺品である文鎮を、この近在の無宿者や破落戸がいかに無頼であっても、盗みとるわけがない。
 盗みとる理由があって、他国──おそらく、江戸からやって来た者の仕業と推測される。
 ここに集めた者たちは、孰れも、江戸から来たとおぼしい。
 よって、捜索の網にかけた次第である。吟味がおわるまでは、神妙にしてもらいたい。
 そう申渡しておいて、出役は、手代がききとって列記した人名帳を受けとった。
 目を通すうちに、眉宇をひそめた。
 そして、あわてて、白洲に並んだ顔を見まわして、狂四郎へ、視線をとめた。
「眠狂四郎なる御仁は、お手前か?」
「左様──」
「まことならば、失礼いたした。お手前のことは、すでに、ききおよんで居り申す」
 出役は、狂四郎を除いて、全部の者のからだを検査するように、配下たちに命じた。
 男たちは、褌ひとつにさせられた。
 女は、里女をふくめて三人いたが、これは、きものの上から撫でまわされたのち、三尺幅の蓆を跨がせられた。もし、銀の文鎮を、女の秘処にかくして居れば当然、股をひらけば、重いものだから、すべり落ちる、という、女の身体を検査する上での常套手段であったが、よもや、そんなものを、そこにかくしている筈もないと知り乍らの、いわば手代たちが目の愉しみにする役得を、行使したにすぎなかった。
 だが、これを眺めていた狂四郎の脳裡に、ひとつの直感が、ふっと掠めた。
 蓆を跨ぎこして、もとの場所へもどろうとする里女に、何気ないふりで、歩み寄った狂四郎は、
「わたしは、これから、盗まれた品を見つけて来る。……但し、これは、貴女が、ここから解き放されても、わたしを、どこかで待っていてくれると、約束してくれるならば、だ」
 と、言った。
 里女は、にっと、白い歯をみせた。
「行っておいでなさいませ。わたくし、お待ち申上げて居ります」
 狂四郎は、ゆっくりと、広縁へ近づいた。
「八州殿に申上げる」
「なにか──?」
「鶴の巣ごもりの文鎮とやら、この眠狂四郎が、おさがしいたそう」
「お手前が……?」
「ここに集められた人たちとは、なんの関係もない盗難事件と存ずる。これは、明言できる。すみやかに、釈放して頂けまいか」
「お手前が、責任をもって、さがし当てると言われるのか?」
「金打いたしてもよい」
 狂四郎は、きっぱりと、言ってのけた。
「ふむ!」
 出役は、じっと、狂四郎を凝視していたが、
「もし、とりもどすことが、叶わなかったならば、如何される?」
「このけがれ首でよければ、さし上げる」
「よろしい!」
 決断力のある人物のようであった。大きく頷いて、
「明日暮六つまでにとりもどして頂こうか」
 と、言った。
 すると、狂四郎は、
「いや、一刻を与えられるだけで、充分と存ずる」
 と、こたえた。
 唖然とする出役や配下をしりめにかけて、狂四郎は、踵をまわすと、門へ歩き出していた。

     二

 白河楽翁──松平定信の偉さは、執政となって、能く寛政の改革を断行したことにあるのは言うまでもないが、政治家として、その退き際の鮮やかさにあった、と狂四郎は観ていた。
 天明七年六月、将軍家輔佐となって七年間、その深い学問的な素養に基く信念をもって、絶対的な権力を経済政策にふるった定信が、寛政五年春、海岸巡察の行旅の草鞋をぬぐとともに、突如として、公の老中及び輔佐職を退いたのは、世人を唖然とさせるに足りた。
 もとより、定信の徹底した質素倹約の施政は、虚飾を悦ぶ大奥女流や奢侈になれた札差商人たちの不平を呼んではいたが、いまだこれが世論となって、定信になげつけられる気配もなかったし、また、大奥の老女たちが、将軍家斉に讒した事実もなかった。
 前代の権勢者田沼意次が、囂々たる非難の渦の中で、罷免され、閉門を命ぜられ、所領悉くを公収されたのとは、まったく天地の相違があった。
 定信は、その権勢の頂上に在った時、自ら決意して、身をしりぞけたのである。
 隠居して白河楽翁となった定信が、西丸老中となって、次の時代の権勢者たるべく志した水野越前守忠邦にむかって、左のような意味の手紙をおくって来たのを、狂四郎は、武部仙十郎から読まされたことがある。
 新政とか、改革とかいえば、はじめのうちこそ、前の時代の政策の種々の欠陥に不平をならした天下の人々は、有難味を感ずる。
 これまで公然と行われていた賄賂が止められ、その弊害が除かれた、といって、渇した者が飲をなし易く、飢えた者は食をなし易くなった、と評判する。
 余のごとき、才も短く徳の薄い者でさえも、世間の噂では、聖人か賢人ででもあるかのように、囃された。しかし、かかる評判は暫時にすぎない。
 あまりに一方的に、白とほめすぎる人は、急に、掌をひるがえすように、こんどは、黒と誹る習性をもっている。飢渇の時代が過ぎれば、個々の自由を、次々と欲するのが、人情の常である。
 人間である余が、十年以上も権勢の地位に就いていれば、必ず、非難の声をあびせられるのは必然である。譬えれば、ある人が、正宗とか貞宗の名刀を蔵していると仮定する。その真贋はともかくとして、之を蔵して置いて、天下に知らせておけば、いざ何か事があるといえば、その人は、その名刀を佩びて出るであろう、という信用を繋ぐ。
 これが面白いところである。もしそうでなく、正宗や貞宗の名刀を、その人が、すこしも大切にせず、木や竹を切ったりして、刃を欠いたならば、威光も損じ、信用も落ちる、という次第である。
 余が、改革事業をなしとげ、内閣の人物も揃ったところで、その職から退いたのは、正宗、貞宗の名刀のごとく、声価の落ちぬうちに、函に納められたかったからに、ほかならぬ。
 嘗て、江戸城溜間詰となった頃、田沼意次を刺さんとして、ひそかに、懐中に短剣をひそめていた定信にして、はじめて、この決断がなし得たのである。
 公職を去ったあとの定信は、悠々たる風流人であった。前半生の政治活動で示された鋼鉄の意志はその影を全くひそめ、一人の文学者として、才藻流露の日々を送った。白河町に築いた南湖園は、当代の名園となり、楽翁は、領民を集めて、湖上に舟をうかべて、ともに山水名月をたのしんだ。
  心あてに見し夕顔の花散りて
      尋ねぞ迷ふたそがれの夜
 と詠じた忘住所恋の一首によって、世人は、「たそがれの少将」とよんだが、いかにも、その名にふさわしい晩年の楽翁であった。
 いつの頃か──そろそろ、古稀の峠にさしかかった頃、楽翁のそばに、影の形に添うように、一人の佳人が侍すようになっていた。
 七十二歳で、文人として目蓋をとじるまでの幾年間かを、世話したその佳人が、いま、大沢御殿に住んでいる作江という女性であった。まだ、三十になるかならぬかであった。

 狂四郎が、陣屋の馬を借りて、一気に駆けて、到着したのは、その大沢御殿であった。
 意図するところがあって、表門からは入らず、音もなく、庭園へ忍び入った。
 召使う者は尠ないのであろう、屋敷内は、ひっそりして、人の気配も感じられなかった。
 刈込がきをこえて草庵露地に入った狂四郎は、あけはなたれた茶亭で、ひとり、点前をしている清楚なすがたをみとめた。
 はっと息をのむほど、美しい面差しであった。気品も匂う。未亡人のよそおいが、かえって妖冶にさえ感じられる。
 つつましい気質のひとであろうが、さらに孤愁を含んで、これは、男心をそそらずにはいない容子である。
 狂四郎は、わざと、声をかけず、亭前の葛石をつたって、母屋へむかって、歩いた。
 あいては、こちらの影をみとめない筈はなかったが、声をかけては来なかった。
 御殿と称されるほどの構造をもった家であった。貴賓を通す座敷が、設けてあった。
 そこへ、上った狂四郎は、ゆっくりと、視線をまわした。無駄な調度はなく、それぞれの品が、吟味されて、その据り場所を得ていた。
 狂四郎は、脇床に据えられた竹筒の花生けに、目をとめた。泰山木の一枝が、住む人の人柄と姿を象徴するように、大きな白い花を咲かせて、芳香をただよわせていた。
 この花のいのちは、みじかい。今朝、剪って活けておくと、昼にひらくが、しかし、明日は散っている。
 狂四郎は、しずかに歩み寄ると、その一枝を、抜いた。
 それから、筒の中へ、片手をさし入れると、ずしりと重い品を、把り出した。
 銀製の、鶴の巣ごもりの文鎮であった。
 狂四郎は、庭さきへ、頭をまわした。
 そこに、いつの間にか、茶亭を出た作江が彳んでいた。大きくひらいた眸子に、怖れの色を滲ませていたが、すらりと立ったすがたは、いかにも、もの静かであった。
「一服、所望いたそうか」
 狂四郎は、まず、そう言った。

     三

 炉のわきの点前畳に就いて、作法正しく、茶をたてる作江を、狂四郎は、客の座から、じっと眺めていた。
 その輪郭の美しい横顔には、覚悟の色が刷かれているように、みえた。
 しかし、楽茶碗を、膝の前へさし出す手には、目に見えぬくらいの微かな顫えがあった。
 狂四郎は、無造作に、片手で把りあげて、一息に飲みほしてから、
「貴女は、八州取締出役に、盗賊に何を盗み去られたか、と問われて、将軍家拝領の文鎮とこたえた後、それを、あの竹筒の中にかくした。そうですな?」
「…………」
「盗賊は、昨夜、侵入して参ると、すぐに、貴女を当て落して縛った。そして、寝室を捜した。きわめて容易に、目的の品を発見すると、貴女のいましめを解いて、立ち去った。……盗賊は、女であった。男ならば、貴女のような美しい女性を、そのままにして、立ち去るわけがない。犯されていれば、貴女も、このようにおちついた様子でいられる筈もない。……それにしても、今朝、貴女は、泰山木の一枝を剪って、活ける気持の余裕があったとは思われぬ。にも拘わらず、活けた。盗まれたと称する品を、そこにかくすためであった。いやしくも、将軍家より楽翁公が拝領した品だ。かくすにしても、寝室や台所をえらぶわけにはいかぬ。貴賓座敷がえらばれる。気品のある、芳香をはなつ花でかくせば、ゆるされる、と思いついたのは、女心というものであろう」
「…………」
「ところで、本当に盗まれた品は、何か? 八州取締出役を、わざわざ、呼びつけ乍ら、咄嗟に、それを正直に告げ得なかったのは、何故か? ……おこたえになれぬか?」
「…………」
 作江は、俯向いて、口をつぐんだままであった。
「では、うかがうまい。そのかわりに、ほかに、ひとつ、うかがいたいことがある」
「…………」
「貴女は、風魔一族という存在を、楽翁公から、きかされたことはなかったか?」
「…………」
 返辞はなかったが、あきらかに知っている表情がうごいた。
「申上げておこう。盗賊は、風魔一族の女であった。風魔一族が、どうして、その品を欲したか、そこまでは、貴女もご存じではなかろう」
「存じませぬ」
「しかし、その品は、いずれ、公儀の誰かに渡さねばならぬ、と楽翁公から遺言はあったと思うが……」
 作江は、しばし、返辞をためらっていたが、もはや、かくしてもしかたがないと観念したらしく、
「闕所物奉行朝比奈修理亮殿が参られて、五個の半辺蚶を示されたならば、渡すようにとの、ご遺言がございました。……けれど、朝比奈殿は、先般、非業のご最期をとげられた、という報らせがありましたゆえ、代って、受けとりに参られる御仁は、もうないかと、存じて居りました」
 朝比奈修理亮が、遺言の代りに託した錦の小袋の中に、五個の小さな半辺蚶があったことを、狂四郎は、思い出した。
 沈黙があってから、狂四郎が、ふいに、ずばりと言った。
「貴女は、いまだ、未通女ではないのか?」
 作江は、打たれたような顔を擡げたが、すぐに、俯向いた。みるみる、羞恥の色が、頬に散った。
 ──そうか。白河楽翁は、この女に、伽をさせたが、妾とはしなかったのだ。
 狂四郎は、やおら、立ち上がると、障子を閉めた。
 それから、もとの座に就くと、
「礼儀をわきまえて、参上した男ではない。貴女のような女性を見せられると、無頼の欲情がそそられる。……貴女を、犯す!」
 冷然として、そう言いはなった。

     四

 半刻のち、狂四郎は、街道を、まっしぐらに、馬を駆っていた。
 しかし、心は、なお、茶亭の中にのこっていた。
 佳人は、まだ、障子をたてきったあそこに、ひっそりと、仰臥しているかも知れない。
 なんの抵抗もなかった。死んだもののごとく、抱きとられるままに、身をあずけ、ついに、目蓋をひらかなかった。
 ほっそり見えた肢体も、手にしてみれば、ゆたかであった。前をわけて、片手をさぐり入れた瞬間、処女の本能が、これを、腿と腿で、きつくはさんで、締めた。そのあたたかな、柔軟な感触が、たづなをつかんでいる手にのこっていた。
 ──おれとしたことが!
 狂四郎は、半刻の間の記憶をはらいすてて、馬脚をあおった。
 今市に、半里ばかりに近づいた地点で、狂四郎は、たづなを引いた。
 路傍の立場茶屋から、里女があらわれたからである。
 狂四郎が、馬から降り立つのを待って、里女は、微笑し乍ら、
「拝領の品は、見つかりましたか?」
 と、問うた。
「貴女のおかげでな」
 狂四郎も、薄ら笑った。
「どうして、おわかりになったのでしょう?」
「貴女が、盗賊とさとったからだ」
「なにが証拠に──?」
「白洲の取調べで、蓙を跨ぐ時、風魔一族の手練者らしからぬぎごちない動作を示した。また、女の本能であろうか、はじらったではないか。他の女はいざ知らず、貴女という不敵者が、だ。これは、わたしのような男を、疑わせる充分の暗示となる。……盗んだ品は、貴女の股間に、かくされてある、と視た。それが、銀の文鎮のごとき、重いものであろう筈がない。……楽翁の愛妾が、役人を呼び乍ら、正直に、告げられず、拝領の文鎮と、思わず、ごまかさざるを得なかったのは、それが、きわめて、はずかしい品であったことを意味する。女の股間において使用する品以外の何ものでもなかった。だから、貴女は、ちゃんと、そこにかくした」
「ご明察ですね」
 里女は、平然として、微笑をつづけた。
「いまもなお、貴女の股間にあるのなら、拝見しようか?」
「さあ──?」
 里女は、すっと、一歩さがった。
 次の刹那──。
 杖とみせかけた仕込みから、目にもとまらぬ迅さで、抜きつけの白い一閃を噴かせるや、狂四郎に送りつけておいて、ぱっと、地を蹴った。
 はなやかに、ふわっと大きく翻った裳裾と真紅の縮緬のかげから、滑石のように白い下肢が、躍ったとみるや、鮮やかに、狂四郎が駆って来た馬に、ひらりと跨っていた。
 だが──。
 里女の上気した面からは、微笑は消えていた。瞠かれた眼眸は、狂四郎の左手に、そそがれていた。
 掴まれているのは、孤栖幽貞を保つ婦女子がひそかに翫ぶ、鼈甲製の具にまぎれもなかった。
 里女が、地を蹴って、宙に躍った刹那、狂四郎は、これを、石火の迅業で、その股間から抜きとったのである。
 よもや、狂四郎と雖も、それは、為し得まいと思っていた里女は、こころみに飛翔の術をつかってみて、みごとに奪われたのである。
 狂四郎が、奪いそこねたならば、嘲笑をのこして、馬で駆け去るつもりであった。
 狂四郎は、それを、かざしてみた。
 瞬間──里女の全身を、はじめて、羞恥の戦慄が、走った。
 濡れた具には、怒張が浮かせる血筋が無数に刻まれていた。しかし、これは、熟く視れば、あきらかに、一種の地図であった。
 ──成程、この地図こそ、闕所物戎器の、まことの隠匿場所なのか。
 風流の隠士にふさわしい白河楽翁の、巧妙なしわざといえた。
 ──これが、愛妾には一度も用いられず、敵方の女にはじめて使われたのも、皮肉だ。
 狂四郎は、それを袂に入れると、
「ことわって置くが、これを、大沢御殿に返すのではない」
「男子の貴方には、不要の品です!」
 里女は、眦をつりあげて、険しい声音で言った。
「左様、だから、いずれ、そこいらの泥溝へでも、すてよう」
「それくらいならば、孤閨の女に、返しておやりなさるがよい」
「その必要は、ないようだ」
「何故に──?」
「あの女性は、未通女であった。そこで、この眠狂四郎が、最初で最後の男になってやった。……あの女性は、わたしの俤を抱いて、生きて行く。なまじ、このような代物を与えては、わたしの俤を消してしまうだろう。ただ一度の思い出を抱かせて、そっと、有髪の尼のくらしを送らせる──これが、男の最も残忍な快味というやつだ」
 そう言いすてて、狂四郎は、歩き出していた。凄まじい嫉妬の視線を、その背中にあび乍ら。……

 

   野ざらし

     一

 左様でございます、どの宿でも、旅の薬売りが泊る旅籠は、きまって居るものでございます。長い逗留になる場合が多いものでございますから、しぜんに、そういう扱いに馴れている旅籠をえらぶことになり、類は友をよぶというわけで、はじめての町に入っても、そこをきけば、すぐわかるのでございます。
 てまえが、今市の旅籠に草鞋をぬいでほどなく、ご浪人さんからの使いがみえたのも、てまえの方から、ここに泊りますと、あらかじめ、お報らせしておいた次第ではございません。
 てまえの方で、どこにいらっしゃるか、明日あたり、おさがしして、ひとつ、お伴をさせて頂こうと考えていたところでございます。
 まことに妙なもので、お伴をしていると、ご浪人さんの前には、次から次に、危険が起るような気がして、潮どきをうかがって、お別れしよう、と思うのでございますが、さて、お別れしてみると、あの冷たく冴えた眼眸や、抑揚のないひくい声音や、どんな時にも決して感情をおもてにあらわさず、そのことに対して鋭い正確な思考をめぐらしておいでになるご様子などが、泛んでまいって、たまらなくお会いしたくなるのでございます。
 ですから、ご浪人さんの方から使いを下さいましたことは、胸がおどるほどのうれしさでございました。
 すぐに、てまえが、かけつけましたのは、宿はずれの、飯盛をかかえたいかがわしい家でございました。
 ひと目で、顔をそむけたくなるような不潔な女に酌をさせて、ご浪人さんは、平気で飲んでいらっしゃいましたが、てまえが入りますと、女を下がらせて、無造作に、袂からとり出されたのは、なんと、鼈甲づくりの張形だったのでございます。
 そこいらの後家や、比丘尼が手に入れられる品ではなく、
  東路や誰が娘とかちぎるらむ
      逢坂山を越ゆる張形
 とうたわれたのは、このような見事なしろものであろうか、と感服させられる出来でございました。
「こりゃア、やんごとない上揩ナもお用いになったように見えまするが……」
 てまえが、そう申しますと、ご浪人さんは、ただお笑いになって、
「それに浮彫されているのは、地図と看たが、どうだ?」
 と、仰言いました。
 あらためて、観察しますと、まさしく、川筋やら街道やら間道やらが、山野の地形の中に走って居ります。
「まちがいございません」
「鬼怒川を中心にして描いた地図と思うが、どうだ?」
「そう仰言られると……、左様でございますね」
「亀頭の先端が、渓谷を意味するようだ」
「はあ……?」
「そこが、どうやら、わたしが、さがしている場所らしい」
 見知らぬ土地を歩き馴れたてまえに、カンを働かせて欲しい、という御所望でございました。
 翌朝、はやく、てまえは、ご浪人さんのお伴をして、奥州街道へ抜ける間道を急ぎました。
 大桑、小佐越、藤原と過ぎて、高原へ到着したのは、ちょうど午でございました。
 そこから、鬼怒川の最上流に沿うて行くことになりましたが、その山麓に、
『公儀御用役以外は、立ち入るべからず』
 という高札が立ててございました。これは、もう古びて居りまして、ずっとむかしから、人跡は絶えていると判りました。
 おかげで、道なき道を辿ることになり、これはひと苦労でございましたが、ひと苦労しても、目的の場所を見つければよろしかったのでございます。
 険しい峠をこえ、ふたたび渓流に降りて、これに沿うて登りついたところで、こりゃア大変だ、とがっかりいたしました。
 別の山嶺が、前方にそびえ、その頂へむかって、毛面尾を長くひいた尾根が、走って居ります。眼前に重なった黒い土坡は、あきらかに、鬼怒川からは、遠くはなれた地域であることを、示して居りました。
「旦那様、とんでもない方角に、道をふみまちがえてしまいました」
 てまえが、お詫びして、ふりかえった時、無言で、小石をおひろいになると、いきなり、右方の夏草の茂みへ、びゅーっ、と投げつけられました。
 すると、そこが、ざわっと、烈しくゆれなびいたかと思うや、丈なす茂みの台地を、澪引きの綱が走るように、ざざざっと葉波を起してひと筋の尾をひき乍ら、何者かが、遁げ去って行きました。
「猪でございましょうか?」
 てまえの問に、ご浪人さんは、かぶりをふって、
「いや、人間だ。手負い乍ら、あれだけ奔れるのは、けものと同じくらしをしているおかげだろう」
 と、仰言ってから、
「ともかく、昏れぬうちに、部落に降りようではないか」

     二

 あのあたりに人家の聚落があるに相違ない、と見当をつけたのは、ご浪人さんの方でございました。見知らぬ土地を歩き馴れた筈のてまえが、あとから跟いて行かねばならなかったのは、なんとも、だらしないことでございました。
 ようやく、ふかい杉木立の彼方に、人家や畠のちらばった里を見出した頃、急に、いままできこえていた小鳥の啼声がとだえて、山中が、しんとしずまりかえったので、てまえは、なんとなく、薄気味わるくなり、不吉な予感のようなものをおぼえました。
 ──このおひとと一緒に歩いていると、必ず、なにか、危険が起るのだ。
 あらためて、そう思わずにはいられませんでした。
 遽かに、のどの渇きをおぼえたのは、そのせいでありましたろう。
 崖の下に、細い流れがあって、のぞいてみると、すこし上の、重なりあった岩のあいだに、まるい水溜りができて居ります。鏡のように、清らかでございました。
「あれを、水筒に汲んで参りましょう」
 てまえが、降りようといたしますと、ご浪人さんも、顔でも洗おう、と仰言って、あとにつづいていらっしゃいました。
 てまえが、まず、水筒を、浸けました。すると、岩の上にお立ちになったご浪人さんは、
「この水は飲めないようだ」
 と、仰言いました。
「え──?」
 顔を擡げたてまえは、清水のしたたっている岩の上に、樒が生い茂っているのを見出して、
「あ──これは」
 と、合点いたしました。
 樒の実は、猛毒でございます。そのために、鳥も獣も近づきませぬ。樒を墓地に植えたり、供えたりするのは、葬った屍体を、獣にあらされないために、大むかしの先祖たちが考えた知恵で、それがならわしとなったのでございます。樒の茂みの下の水は、たしかに、飲まぬ方が、安全でございます。
「旦那様は、樒が毒であることをよくご存じでございましたな」
「いや、そんなことは、いま、はじめてきいた。ひとつ、利巧になったな」
「では、どうして、この水が飲めぬ、と仰言いました?」
「顔を、すこし、わたしの方へ寄せてから、水底をのぞいてみるがいい」
 そう仰言られるので、立ち上がって、右ヘ一歩移って、あらためて、視線を、水面へ落してみて、ぎょっといたしました。
 水底から、髑髏がひとつ、虚ろな目で、にらみあげているではありませぬか。
 岩の上の樒の茂みの蔭に置かれてあるのが、水鏡に写っていることは、すぐに判りましたが、そこを窺ってみて、さらにおどろかされたのは、髑髏が、立派な朱塗りの台に据えられていたことでございます。
 戦国の頃、大将が討死すると、家臣はその首を、朱塗りの台に据えてまつり、お家再興を誓ったときいたおぼえがございます。
 ただの野ざらしではなかったのでございます。
 そう思って眺めると、異様な骨骼をしているようでございました。おそろしく大頭の、大変なおでこのように見受けられました。
 誰かが生首を、ここに据えて、鳥や獣を近づかせないために、樒をまわりに植えて、かくしたというわけでございます。
「むかしなら、大将首でございましょうが、いまどき、朱塗りの台へのせられるのは、何者でございましょうな?」
「さしずめ、あの里の支配者というところか」
 これは、何気なく仰言ったのでございますが、あとで、ぴったり当っていたことが判りました。
「ただ、こんなところに供えてあるのは、解せぬ。なにか、理由があろう」
 その秘密を調べようとすると、きっと危険なことが起る、と予感いたしましたのは、あながちてまえの臆病心だけではございませぬ。
 里に降りると、そこに立札が路傍に傾きかかっていて、
『これより奥へ立ち入る者は、悉く射殺すもの也』
 と、記してありました。つまり、てまえどもは、その危険な山中を、反対の方角から、歩いて来た次第でございました。
 ご浪人さんは、立札に、ちらと一瞥をくれておいて、何も仰言らずに、歩み過ぎられましたが、村の中央とおぼしい辻に出た時、
「薬屋、なんとなく陰気くさい村ではないか」
 と、仰言ったことでございます。
 てまえも、同感でございました。
 と申して、どこがどう、変っているたたずまいではございませんし、すれちがう村人も、さむらいに対する鄭重な物腰をみせてくれたのでございます。
 にも拘わらず、なにやら、暗いものが、里ぜんたいに澱んでいるように感じられたのでございます。
 ところで、旅籠などのない里に入れば、武士は、村長の家に泊めてもらうのを、ならわしといたして居ります。あるいは、村長が指定してくれる家、ということに相成ります。
 てまえが、村人を呼びとめて、たずねますと、村長は、今春亡くなって、村のことは、五名の長老の寄合い相談になっているという返辞でございました。
 ──ひょっとすると、あの髑髏は、村長の首ではなかろうか。
 てまえは、そう直感して、ご浪人さんのお顔色を、そっとうかがいましたが、まったくの無表情でございました。
 とりあえず、長老の一人をたずねて行くことになり、その村人を案内にたてて、ものの四、五町も辿りましたろうか、とある屋敷の土塀の前にさしかかると、不意に、塀うちから、鋭い弦の音がひびいて参りました。
「かなりの弓勢だな」
 と、ご浪人さんが仰言いましたので、てまえは、首をのばして、のぞいてみました。
 まだ若い男が、片肌ぬいで、矢籠をせおい、重籐の弓をひきしぼって、七、八間かなたの巻藁にむかって、矢を射かけて居ります。すでに、巻藁には、三本あまりが、いずれも、中点にかたまって、突きささって居りました。
 べつに、てまえは、弓術のことなど存じませぬが、弓構から、矢を発するまでは、七道の法すべて整い、五重十文字の姿勢ことごとく調わねばならぬとききおよんで居りますが、その若い男の動作は、いかにも、みじんの狂いもなく、作法をおこなっているように、見えました。
 また、弦音を発して、弓をはなれた矢が、吸い込まれるように、巻藁の中点へ突き立つさまは、小気味のいい鮮やかさでございました。
 片田舎の農夫が、こんな修業をしていようとは、意外なことでございましたが、案内の村人の話をきいてみると、成程と、納得が参りました。
 この里は、鎌倉時代から、巻狩りの勢子引(勢子頭)の御用をつとめる伝統を受継ぎ、今日でも、将軍家放鷹にあたっては、はるばる召されて、若者たちは出かけて行く由でございました。各戸に姓をもち、いわば、郷士格でございました。礼儀正しいのも道理でございました。
 いま、弓をひいている男は、市馬といい、少年の頃、江戸へ出て、日置流道場に住み込んで修業し、五年前に催された目黒駒場野の流鏑馬では、将軍家面前において、ただ一人、遠矢を射て、三つ的をみごとに当て、褒賞をたまわったと申します。
「しかし、村人すべてが、弓の名手というわけでもあるまい」
 黙って、話をきき了えたご浪人さんが、おもらしになったのは、皮肉にひびくその一言でございました。

     三

 格式をもった村であったにせよ、一人の武士を泊めるにあたって、五名の長老が寄り合って相談することになり、これがまた、半刻以上も費やされたのには、まことにあきれはてました。
 そのあいだ、ご浪人さんとてまえは、氏神の社殿で、待たされたのでございます。
 さて、とどのつまり、亡くなった村長の屋敷に泊めてもらうことになりましたが、久しく無人のままになっているので、大掃除をすると告げられて、その親切は有難かったものの、さらに待たされるのには、まったく閉口いたしました。
 ようやく食膳に就いた時は、もう亥刻(十時)近くになって居りましたろうか。
 晴着をつけた娘が、つぎつぎと入れかわり立ちかわって、給仕にあらわれたのも、妙な気がいたして居りましたが、食事がおわるや、長老の一人が、そっと、てまえに、
「夜伽は、どの娘がよろしゅうございましょうか?」
 と、耳うちしたので、合点が参りました。
 どうやら、ご浪人さんを、ただ者ではない、ご公儀隠密らしい、と思いちがえているようでございました。
 てまえが、その旨を、伝えますと、ご浪人さんは、いまはその気はないが、気が変れば、真夜中でもたのむかも知れぬ、と仰言っておいて、何気ない口調で、
「亡くなった村長は、特大の頭を持った、ひどく、額の出た人物ではなかったか?」
 と、長老たちにお訊きになりました。
 その通りだという返答があるや、急に、ご浪人さんは、革まった態度と語気を示されました。
 隠密になりすまして、対手方を恐れ入らせるおつもりになったのでございましたろう。
「村長が、非業の死をとげた──その仔細を訊こう」
 厳然として、そう仰言ったことでございます。
 古風な燭台の、赤くまたたく灯の中でも、長老たちの面相が、さっとかたくこわばるのが、見てとれました。
「かくしだては許さぬ!」
 その鋭く冴えた眼光に射られては、かなり度胸のある者でも、顫え上がらずにはいられませぬ。

 亡くなった村長源十郎は、極端に横暴な独裁者だったのでございます。公儀おかかえの勢子引の長であり、日光御用林保護の役も与えられていた源十郎は、いつとなく、村人たちの生殺与奪の権をも握り、これをほしいままに乱用していたのでございます。
 御用林の入口に立ててあった高札は、源十郎が記したもので、その禁を犯した村人を、十年あまりのうちに、五名も射殺して居りました。その中には、茸をとりに行った十三歳の子供も含まれていたのでございます。
 なにぶんにも、近郷の聚落とは山をへだてて十里もはなれている辺鄙の地でございますので、しぜん、村人たちの気質も畏縮して居りましたし、なまじ、格式を尊び上下の序列を絶対のものと思いなす気風があるだけに、源十郎の前には、否応なく屈服せざるを得なかったのでございます。
 許しがたいのは、源十郎が、大変な色好みをも、その権力によって、無理矢理発揮したことでございました。
 三十年もの長い期間にわたって、源十郎は、村内の婚礼にあたって、その──なんと申しますか、初穂つみと申しますか、三々九度の盃を交わした直後、花婿よりもさきに、花嫁を、初夜の褥で抱いたのでございます。嫁偸みの風習は各地にあって、田畑で働いている娘を、若者が自宅につれて行って、同棲し、三月経って正式に婚礼するやりかたは、てまえも、屢々見聞きいたしました。ところが、この村では、そのような風習はなく、また夜這いの慣しもなかったので、源十郎は、文字通り処女の井手の下紐を解く愉しみをあじわうことができたわけでございます。
 この行事を三十年もつづけて参ったのですから、村中の女房の殆どすべては、源十郎が最初の男であったわけでございます。いかに、権勢をもって、文句を言わせなんだとはいえ、亭主たちが、内心ひそかに恨まない筈はございませぬ。
 ところで、源十郎が、ついに、その初穂つみができなかった女房が、一人居りました。
 それは、ご浪人さんをして「かなりの弓勢だ」とほめさせた市馬の女房でございました。
 市馬は、江戸から帰郷した時、新妻をともなっていたのでございます。すでに、江戸で婚姻をすませて来た女房を、要求するわけには参りませぬ。源十郎は、勝手に他国女をもったことに、憤懣をみせましたが、将軍家より褒賞をたまわり、御家人の株まで頂戴した市馬を、正面から、罵ることはできませんでした。
 やがて、専横の独裁者も、命運の尽きる時が参りました。それが、皮肉にも、市馬の家の寝所においてだったのでございます。
 源十郎は、背中に、一本の矢を射立てられて、牀の上にこと切れて居り、そばに、寝衣すがたの市馬の女房が、茫然と虚脱して居りました。下婢が、発見して、長老たちを呼び集めて来た時、女房は、首を縊ろうとしていたそうでございます。
 長老たちは、相談して、源十郎を頓死したことにして、下手人を出さぬ解決をいたしました。誰のあたまでも、下手人は、市馬に相違ない、と判断されたからでございます。
 その市馬は、夜が明けてから帰宅し、出来事を知りましたが、烈しい驚愕を示しただけで、何も言わず、また、何処へ出かけていたかも、口を緘んでいた由でございます。
 源十郎の墓があばかれて、その腐れ首が斬り盗られたのは、それから十日ばかり後のことでございました。その首が、どこへ持ち去られたのか、誰にもわかりませんでした。
 村人たちは、内心では、市馬のしわざであろう、と想像したことでございます。

 話をきき終るや、ご浪人さんは、べつに、源十郎の首の在処を告げようとはなさらず、意外な所望をなさいました。
「市馬の妻を、今夜の伽に、よこしてもらおうか」

     四

「薬屋──」
 しのびやかな声に、はっと目をさましたてまえは、あわてて起き上がって、まだ夜が明けたばかりなのに気がつきました。
「したくしろ。退散する」
 ご浪人さんは、そう仰言って、さっさとおもてへ出てお行きになりました。
 大急ぎで、あとを追いましたてまえは、庭さきに、俯伏している屍骸を見出して、ぎくりとなりました。その背中には、一本の矢が射立って居りました。
 右手に矢を、左手に弓を掴んで居りましたが、市馬ではございませんでした。木樵とも猟師ともつかぬ風ていの男でございました。
「昨日、山中で、わたしの小石で片目をつぶした男だ」
 そう言いすてて、ご浪人さんは、歩き出されました。
「どういうのでございます?」
 村の中央の辻に出た時、てまえが、お訊ねしますと、
「あの夜、市馬は、源十郎に呼びつけられて、ご用林の中に巣くって、密猟をしている田兵衛という山男を、射とめてくれ、とたのまれて、出かけた。その留守に、源十郎は、市馬の家の寝所に押し入って、女房をくどいた。お前の亭主は、もはや生きては戻らぬ、お前が、その気になれば、村長の妻にしてやろう、と──。その時、窓から、矢がとんで来て、源十郎の背中をつらぬいた」
「では、やっぱり、下手人は、市馬でございましたか」
「いや、市馬は、一夜中、田兵衛という山男をもとめて、山中をうろついていた」
「すると──?」
「うむ。源十郎を殺したのは、田兵衛であった。……源十郎は、市馬に田兵衛を殺せ、と命ずるとともに、田兵衛にも、市馬を射殺せ、と命じたに相違ない。……田兵衛は、市馬の腕前が、おのれの上だということを知っていた。そこで、ひそかに、村へ忍び出て、市馬の屋敷に侵入し、寝所の高窓から、射込んだ。源十郎を市馬と思いちがえてな」
「なるほど!」
「田兵衛は、おそらく、禁林中に棲むことをゆるしてくれた源十郎に、恩義を感じていたのであろう。あやまって殺したことに自責して、その墓をあばいて、首をかき斬って、盗み去り、あの細流れの上に、古風なしきたりに則って、まつった、というわけだろう」
 まことに、明快なお言葉でございました。
 村境に来てから、てまえが、ふと、なぜこんなに早くお出かけになったのか、という不審を申し上げますと、ご浪人さんは、お笑いになって、
「市馬に射かけられては、かなわぬからな」
 と、おこたえになりました。
「どうして、市馬に狙われます?」
「源十郎に代って、おれが、市馬の女房を抱いた、亭主しか知らぬ女房が、この村にいては、依怙贔屓になるであろうと思ってな。……薬屋、おれたちは、山を降りる時、田兵衛に尾けられていたのだ。おれが、市馬の女房から、事情を聴き取ろうとすれば、必ず、田兵衛が狙うであろうと思っていたが、はたして、狙って来た。その背中へ、矢をはなったのは、市馬であった。……おれの方は、悠々と、女房を抱いていた。源十郎は、あの世で、さぞ、くやしがったであろうよ」

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