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吸血鬼はお見合日和
赤川次郎

 吸血鬼、青空市場(フリーマーケット)を行く

   妙  薬

「あれ、なあに?」
 と、橋口みどりが声を上げた。
「みどり、どうしたの? 何かおいしそうなものでも見付けた?」
 一緒に歩いていた大月千代子にそう訊かれて、みどりはムッとしたように、
「私だってね、食べることばっかり考えてるわけじゃないわよ」
「あら、ごめんなさい」
「でも、さっきから気になってるの。この匂い、何かしら」
 と、鼻をヒクヒクと動かしているところが、やはり一番みどりらしい。
「それより、何を見てたの?」
 と訊いたのは、神代エリカ。
 ご存知の通り、三人ともN大の大学生。
 秋の爽やかな休日、三人で出かけて来た都内の公園。──広い公園が今は人で埋まっていた。
 今日は休日なので、〈フリーマーケット〉が開かれている。
 若者たちが、思い思いの品を持ち寄って、十円だの二十円だのといったタダ同然の値段で売っているのである。
 客も大勢やって来ているが、もちろん、
「いいものがあれば買う」
 というわけで、ほとんどは面白半分の見物人。
 しかし、売る方だって、「捨てるくらいなら」と、持って来た、「小さくて着られない洋服」とか、受け皿の割れてしまったコーヒーカップとか……。
「売れなくてもともと」
 という調子なのである。
 しかし、中には「拾いもの」もないではない。覗いて歩くだけでも楽しいが、そのついでに色々目にしたものの「品定め」をするのも面白いものだ。
「ほら、あそこ」
 と、みどりが指さす。
「──靴下の片方とか、トイレットペーパーの、少しだけ残ったのとか……。変なものばっかり」
「本当だ。何だろうね」
 と、エリカもそれを見て首をかしげた。
 そこへ、
「懐かしい光景だ」
 と、やって来たのは、エリカの父、フォン・クロロック。
 元祖吸血鬼の「本場物」である。エリカは、そのクロロックと日本人の母の間に生まれた、いわば吸血鬼と人間のハーフ。
「お父さん、どこへ消えちゃったかと思ったわよ」
「虎ちゃんがオシッコと言い出したので、トイレを探し回っていた」
「あったの?」
「うん、向こう側で見付けた。耳を澄まして、トイレの水洗の流れる音を聞きつけたのだ」
 さすが吸血鬼。──と言いたいところだが、人間の遠く及ばない能力を、トイレ探しに使っているのでは、先祖の吸血鬼が嘆くだろう……。
「──何か面白いものはあったかな?」
「あの、靴下片方とか売ってるの、何だろうねって言ってたの」
 みんなでそこへ行ってみると、中年のおじさん(といっても三十五、六か)が、一人ポツンと座っている。
「〈立野ルイの店〉だって」
 と、千代子が言った。
「立野ルイって、今、凄く人気のあるアイドルでしょ? その子が何でこんな店を出すの?」
 と、エリカは言った。
 近くに行ってみると、ますますおかしい。
 使ってある割りばし、クシャクシャに丸めた紙くず(としか思えない)、ホテルでくれる使い捨て歯ブラシ……。
「〈立野ルイの店〉といっても、立野ルイが出しているのではない」
 と、そのおじさんが言った。
 ジャンパー姿の、パッとしない男である。
「立野ルイの使ったものを売っているのだ」
「使ったもの?」
 エリカは目を丸くして、
「じゃ、この靴下とか歯ブラシとか──」
「間違いなく、彼女が使ったものだ」
 本物のわけがない!
「いくらなの、この靴下なんか?」
 と、みどりが訊くと、
「十万円」
 男の答えに、みんな仰天した。
「どこから持って来たか分からない、汚れた靴下が十万円? 馬鹿にしてるわ!」
 と、みどりが呆れたように言うと、
「信じない人は買わなければいいのだ」
 と、売り手のおじさんは言い返した。
「何も、買ってくれと頼んではいない。こっちは売ってやっているのだ」
 エリカは苦笑して、
「まあ、それも理屈ね」
 と言った。
「ね、お父さん」
「うむ」
 クロロックは少し考えている様子だったが、エリカの方へ、
「その何とかいう子のものかどうかはともかく、どの品物からも、同じ人間の匂いがするぞ」
「え?」
「行こう、エリカ!」
 と、みどりに促されて、そこを離れる。
「お父さん…」
「いや、懐かしい光景だ」
 と、クロロックは腕組みをして言った。
「懐かしいって、何が?」
「このマーケットだ。昔のヨーロッパでは、必ず町の真ん中に広場があって、そこでこういう市が立った。誰もが自分で売りたい物を持ち寄ってな。──その光景を思い出す」
 懐かしいといっても、本物の吸血鬼であるクロロックにとって、「昔」というのは百年単位での話だ。
「──ね、見て見て!」
 と、みどりがエリカをつつく。
「何よ?」
「あの、立野ルイの店、買ってる人がいるよ」
「本当だ」
 ──あの「店」の前で、黒いコートをはおった男が、財布を出している。
「何を買ってるんだろ?」
 面白い、となれば、たちまちエリカたちの足は逆戻り。
 その男は、立野ルイが使ったという歯ブラシを受け取って、ポケットヘねじ込むと、素早く人ごみの中へ消えてしまった。
「見ろ、ちゃんと信じて買ってくれる人もいる」
 と、売っていたおじさんは得意げにエリカたちに言った。
「一体、今の歯ブラシ、いくらで売りつけたの?」
「立野ルイの口の中へ入った歯ブラシだぞ! 十五万だ」
「十五万……」
 それだけ払って買って行った男がいる! エリカもさすがに呆れてしまった。
 すると、そこへ背広姿の若い男が現れて、
「これ、いくらだ?」
 と訊いた。
「また来たよ」
 と、千代子が呆れている。
「──どれ?」
 と、売っているおじさんが訊く。
「全部!」
「全部? 本当に?」
「ああ、全部だ。その代わり安くしろよ」
「ああ……。ま、そうだな……。十万、二十万……ザッと七、八十万かな」
「三十万だ」
 と、背広の男が札入れを出して言った。
「何だって? 冗談じゃない。これだけ集めるのは大変だったんだ!」
「こっちも冗談じゃないぜ。もし本物だというのなら、個人の家から盗んだものだ。たとえゴミ箱からでもね。警察沙汰にしてほしいか?」
 そう言われると、おじさんの方も渋い顔で、
「分かったよ。じゃ、せめて五十──」
「三十万だ」
「OK、OK」
 おじさんは肩をすくめ、
「じゃ、店をたたむよ、これで」
「そうしてもらおう。──品物をちゃんと紙袋に入れろ」
「あいよ。──紙袋はサービスするよ」
「当たり前だ。その辺で拾ったもんだろ」
 結局三十万で商談(?)は成立。
 金を渡して、品物を受け取ると、背広の男は、
「店をたためよ。後で見に来るぞ」
 と言って、立ち去る。
「──何だろね、あの人」
 と、千代子が見送って言った。
「ついて行ってみよう」
 と、クロロックが言った。
「どうして? ──お父さん!」
 エリカがあわてて父の後を追う。
 フリーマーケットの会場を出て、通りを見渡すと、停めてあったベンツに、あの背広の男が足早に乗り込むところだった。
 ドアが開いて、中から、
「どうだった?」
 と、若い女の声。
「全部買い取ったよ」
「良かった!」
「ともかく、こんなことは──」
 ドアが閉まり、ベンツは走り出した。
「──今の、聞いた?」
 と、エリカは父に言った。
「うむ、車の中の女の子は──」
「あれ、間違いないよ。立野ルイ、本人だ」
 そこへ、みどりたちが追いついて来て、
「どうなったの?」
「見失ったわ」
 と、エリカは言って、
「行こう」
 と、二人を促した。
 そこへ、虎ちゃんを連れた涼子がやって来て、
「あなた! 私たちを放っといて、どこへ行ってたのよ!」
 と、かみつかんばかり。
「おお、すまんすまん」
 クロロックはあわてて虎ちゃんを抱き上げると、
「エリカが、何とかいうタレントがいると言うので、関心はなかったのだが、引っ張られて見に来ていたのだ」
 また娘のせいにして! エリカはチラッと父をにらんだ。
 しかし、クロロックは知らん顔で、愛しい妻にキスなどしている。
 ──恐妻家に効く薬でも売ってない?
 エリカは、つい、フリーマーケットの中を見回していたのだった……。

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