書籍試し読み
詳しくはBOOK NAVIへ
日付変更線 上
辻 仁成

   1 2011年9月10日 ケイン・オザキ、28歳

 ぼくは常々、小説家になりたい、という淡いけれど純粋で真剣な夢を抱えて生きてきた。しかし、それは容易なことではない、ということも一方で分かってはいる。書くことは好きだし、実際高校生の頃から黙々と書いてきたわけだが、それらが評価されるかどうかはまた別の問題である。作品を書き上げるたび、友人らに、或いは親に読んでもらったりしているが、芳しくない感想ばかり戻ってくる。父親のベンは、憚ることなく、案ずる口調で、
「どうして、こんな暗い物語ばかりを、お前は……」
 と忠告する。
「ほら、世の中には、もっと美しい人生、或いは輝く未来というものがあるだろ。誰が好き好んでこんな悲しい物語なんか読む? なんで、お前はこんな悲劇や絶望ばかり書く? 読んでいて、途中でお前の精神状態の方が心配になってしまったよ」
 ぼくは肩を竦めてみせた。
「ケイン。だからお前はガリガリで、青白く、どこか不健康な感じに見えるんだろう。きっと内面の仕業なんだ。海へ行って泳げ。筋肉をつけろ。その猫背をなんとかしろ。背筋を伸ばして、ほら、青空を見上げて生きるんだ。分かるか?」
「パパは空を見過ぎなんだよ。青くて、広々とした大空ばかり……。でも、普通の人間は地面の上で生きている。それが生きるということだ」
 父親はぼくの肩を叩き、
「見ろ! ここには青空しかない」
 と吐き捨てた。ぼくたちは同時に同じ空を見上げた。確かに吸い込まれそうな、遮るものが何一つない碧空が広がっている。穏やかな風が頬を撫で、眩い光りが地上に降り注いでいる。長閑な永遠がそこにはあった。父親は太平洋上空を横切る一筋の飛行機雲を、どこか自慢するような感じで眺めた。その口元、目元は綻び、彼は、今にも笑い出しそうな、人生の優越の中にあった。
「小説家が駄目と言うわけじゃない。でも、現実的じゃないよ。ケイン、現実から学ぶことはいくらでもある。空想から学ぶことよりも圧倒的に多い。だろ?」
 ぼくは嘆息を零した。成功者に何を言っても埓があかない。ぼくが書く小説のことを理解出来るはずもなかった。ぼくが間違えているのか、父が愚かなのか、今この瞬間は分からない。けれども、ぼくは今の自分を信じることが出来る。いつの日か、必ず愛読者が現れるであろうことをぼくは微塵も疑ってはいなかった。その一人と出会えさえすれば、その後、きっと、数千、数万の読者が目の前に出現する。たとえそうじゃなかったとしても、ぼくは書き続けるつもりだ。書くことが好きなのだから。明らかに読むことよりも。
 光り溢れるこの街で、ぼくは日除けをおろし、時にはカーテンを閉め、室内を薄暗くして小説と向かい合った。この街には、光りが溢れている。この地上は書く上で健康的過ぎると言える。想像力、空想力というものは、光りによっていとも簡単に破壊される儚い幻のごときものであった。健全で健康的なものに本質を奪われやすい人間味ある精霊。ぼくは知っていた。だから、この太陽溢れる街で、自分を常に日陰に置くよう心掛けてきたのだ。そうじゃないと小説が書けなくなってしまうということを悟っていた。
 そして、いつかぼくはぼくの真実の読者と出会うことになる。それは簡単なことではなかったし、用心しなければならないことでもあった。小説はいわば、自分の隠した思想であり、表向き封印した本物の信条でもあった。そういった特別な本質を分かち合える人間などというものはやたらめったらそこら中に溢れているわけではない。ともかく、最初の一人が大事なのだ。そう信じて書き続けてきた。これは『予言』であった。この作家的予言を的中させてこそ、真実の作家になることが出来る。
 父とランチを摂った後、ぼくは事務所まで、父が言った「ここには青空しかない」という言葉を脳裏に反芻しながら、一人歩いて戻った。確かにここには緊張感のない能天気な青空しかなかった。魂が引き抜かれてしまいそうな、長閑さしかない。それは同時に、終焉、つまり死を意味していた。ここは始まりから終わりまで続く楽園。退廃や、芸術的苦悩や、哲学などというものは皆無の、眩い楽園世界であった。人生の終わりを待ち続ける人たちの街ということも出来た。常夏という言葉の通り、生涯続く夏の世界。けれども、このぼくの若者特有の短絡的決めつけを、ヘンリー・サカモトが小さく鋭く指摘したものである。
「そうかもしれない。ケイン、でも、歴史はそうじゃないことを知っているよ」
 ヘンリーはぼくの祖父、ロバートの幼馴染みで、この島でもっとも有名な人物の一人。そして、ぼくの小説を読んでくれた。褒めてはくれなかったが、批判されることもなかった。もっと書くべきだ、とだけ言った。
 カラカウア大通りは世界中の観光客で溢れ返っていた。みんなサンダルをつっかけ、警戒心を解き、だらだらと歩く。命の休息に来ている帰還兵のよう。世界中から人々が魂を休めるためにやって来る。ここで生まれ育ったぼくには見慣れた、ある意味残酷な風景でもあった。
 事務所の前まで辿りついた時、街路樹の傍に若い女性が立っているのを発見した。その時、ぼくは彼女の背後にいた。肌は白く、髪の毛は栗色であった。その若い女性はこともあろうに、膝下まである黒い革のロングブーツを履いている。そのようなものを履く人間を正直ここでは見かけたことがなかった。街路樹に隠れるようにして、通りの反対側に聳えるビルのエントランスホールを見ているようだ。悟られない距離まで近づき、こっそり覗き込んでみた。芯のしっかりとした、強い意志を感じる横顔である。正面の顔が気になった。薄手のブラウスなのに、下はデニムのジーパンとロングブーツ。長い髪は胸元まで伸びている。横に回ったぼくの気配を察知してか、不意にその女性がぼくを振り返った。びっくりした。横顔はきりっとしているのに、正面の顔はどこか神経質そう。二面性があるのかもしれない。数秒、ぼくたちは見つめあった。不思議な目の色をしている。オリーブ色? いや、グレーがかった緑? その瞳に不意に引きずり込まれた。こんな人が自分の第一の読者になってくれるなら、とぼくは咄嗟に妄想してしまう。どうして、そんなことを考えたのか分からない。でも、瞬時にぼくは頭の中で、ぼくの本を食い入るように貪り読むこの人の姿を想像してしまった。きっと、こういう風変わりな人が、常夏の島で黒いブーツを履いているような若い女性がという意味だけれど、そういう人が好むような小説をぼくは書いているのじゃないか、と思った。その考えに、思わず相好が崩れてしまう。すると、ぼくの笑みに反応するかのように、その子は眉間に縦皺をぎゅっと拵えたかと思うと、警戒心をむき出しにして、踵を返すなり、その場から逃げ出すようにして離れてしまった。捕まえようとしていた蝶に逃げられたような悔しさが残った。脱力して歩く観光客の中を、小走りで遠ざかっていく女性の後ろ姿を、ぼくはしばらくぼんやりと目で追いかけていた。
 オリーブグレーの二つの瞳が心に焼き付いた。彼女が見ていたビルを振り返ってみる。一階はブティックだが、二階にヘンリーの事務所が入っている。その上は住宅だ。誰かを待っていたのであろうか? なぜ、木陰に隠れて、様子を窺うようにしてビルのエントランスを見ていたのであろう。けれども、生ぬるい太平洋の風が吹き抜けた途端、その僅かな疑問は、あっという間に拭い去られてしまった。仕事に戻らないとならない時間であった。一度、ヘンリーの事務所を振り返る。そろそろワシントンから戻って来る頃だ。ヘンリーはぼくのことをまるで孫のように可愛がってくれる。彼がホノルルに滞在している間、ぼくは必ず一度は食事に呼び出される。ぼくのような空想癖のある変わり者がこの能天気な島には必要なのだ、というのがヘンリーの口癖であった。
「ケイン、お前は政治家ではなく、よい作家を目指しなさい。小説家はこの国の予言者だ。このハワイも合衆国も、よりよい未来を想像出来る作家が必要なんだ」
 いつか、本が出版される時、ぼくはその印刷物を真っ先に彼に届けることになるだろう。真新しい書物を彼が誇らしげに受け取る瞬間を想像しない日はない。彼もそのうちきっとぼくの大切な読者になる、と信じて疑わなかった。早く作家にならなければ。ヘンリーは八十八歳。体調がすぐれない、と口にすることがこのところ多くなった。
 事務所に戻ると、経営者のレナードらが慌ただしく出かける準備に追われていた。通訳の星野さんがぼくのところにやって来て、
「ケイン、十七時からの葬儀に出かけてくる」
 と日本語で口早に告げた。
 ほぼ毎日、朝と夕刻、一組ずつ葬儀が執り行われている。ぼくが入社した二年前とは比べものにならないほど、利用者が増えた。けれども小さな会社なので、全スタッフで葬儀の対応にあたらなければならない。彼らが出かけている間、事務所はぼくひとりとなる。日本語を喋ることが出来る社員はぼくと星野さんの二人だけ。なのに、ぼくが入社してからの顧客のほとんどが日本人という状態。現場は星野さんが対応し、ぼくは裏方を引き受けている。作家でやっていけるようになったら、すぐに辞めることの出来る仕事を探していた。ヘンリーがレナードに口利きしてくれて、ぼくの入社が決まった。作家になるまでの期間限定の社員。けれども、それが短期なのか、長期になるのか、誰にも分からない。ハワイでもっとも有名な日系人であるヘンリーの推薦というわけで、レナードは二つ返事でぼくの採用を決めた。面接さえしなかった。
「ヘンリー・サカモトが紹介者だ。間違いなどあるわけがない」
 とレナードははじめてぼくに会った日に告げた。採用されたその日から、ぼくは日本人カスタマー担当として働くこととなった。主な仕事は日本からの問い合わせに答える業務で、メールや電話での応対であった。きちんと会社の方針を説明出来るよう、最初の一週間は葬儀現場にも顔を出したし、レナードの葬儀に対する考え方についても本人から直接指導を受けた。白髪交じりのレナードはカナダの大自然で育ち、若い頃はバックパッカーとして世界中を旅した。彼の両親が相次いで亡くなった時の実際の経験から、これまでの葬儀システムヘの疑問が生まれ、今の仕事のアイデアを得たそうだ。自然を愛するレナードらしい発想がこのビジネスの始まりと言える。レナードが作ったマニュアルを暗記し、顧客の不安や疑問に答えるのがぼくの主な仕事であった。最初の半年はレナードの説明や指導を受けながら返答した。でも、二年が過ぎた今は、自分の言葉だけで日本人顧客の不安を解消出来るまでに、或いは要望に応じることが出来るまでになった。半年ほど前に起きた東日本大震災の後、依頼者が一時的に減ることが予想されたが、実際には倍増した。カタストロフを経験して、日本人の死に対する考え方、葬送に関する意識が変化したのかもしれない。ぼくはその辺のことも冷静に分析し、考慮して、一人一人に丁寧な返答をするように努めてきた。時間をかけてやり取りした顧客とホノルルで会うのは格別だった。しかも彼らのほぼ全員が、葬儀を終え帰国した後、『素晴らしい葬儀だった。感動した』とメールや手紙をぼくの元へと送って来た。全てレナードの人柄、彼の宇宙観、死生観の賜物であろう。日本から感謝のメールを受けとるたび、レナードの、経営者というよりも、人間としての奥深さに感動すら覚えるのだった。
 レナードたちが出発した後の、一人っきりの午後の長閑な時間が好きだ。自分のぺースで仕事をすることが出来る。彼らは基本夕刻の葬儀が終わるまで戻って来ない。ぼくは十八時半から十九時の間にあがるので、レナードたちが不在の間、マイペースで仕事をこなし、残った時間は好きな本を読んだり、小説の構想を練ったり、執筆したり、時間を自由に使うことが出来た。ぼくは今、日系アメリカ人二世である祖父ロバートの若き日の物語を書いている。ロバートが亡くなる前、ぼくに語って聞かせてくれた彼ら日系二世の壮絶で過酷な青春がその作品のモチーフである。この小説でぼくは作家になるつもりだ。鞄から創作ノートを取り出し、思いついたアイデアや、登場人物のイメージなどを書き込んでいく。一日でもっとも楽しい時間と言うことが出来る。誰もいないオフィスの、仄かに西日差す窓際のソファでくつろぎ、創作ノートを覗き込む自分だけの空想の時間が好きだ。祖父ロバートの分身とも言える主人公がノートから飛び出し、想像のハワイを闊歩する。一九四〇年代のホノルルの街が心の中に浮かび上がってくる。一九八三年生まれのぼくが知らないホノルル。一九五〇年代以降建ちはじめるシェラトンやヒルトンなどの大型リゾートホテルはその頃まだなく、人の少ない海岸で風にそよいでヤシが揺れ、長閑で美しい浜辺が延々と遠方まで弧を描き連なっていた。ハワイアンエアラインズのずんぐりとした銀色のプロペラ旅客機が時々空を掠めていくのを、棉の白シャツを羽織った普段着のアメリカ兵たちが地元の若い娘たちと一緒に見上げていた。目抜き通りには低層の欧風建築物が並び、まるで古き良き時代の映画のセット。そこをキャデラックやシボレー、フォード、コルベットなど、今から思えばかなり時代遅れの馬鹿でかい車が無骨なエンジン音を響かせながら走っていく。何もかもがゆったりと流れる時間の中にあった。慌てるものはなく、緩やかな地元の旋律が鉱石ラジオから流れていた。日系人、白人、ハワイアンたちが違和感なく入り交じり、西洋でもアジアでもない、或いはアメリカでさえない、常夏の楽園を構成していた。一九三〇年、四〇
年代のホノルルで生きた若き日の祖父たち。ぼくの脳裏に淡いモノクロの想像世界がじわじわと色を滲ませては広がった。ぼくは二〇一一年の世界にいながら、心では昔日のハワイの空を見ていた。素晴らしい仕事である。いや、一日も早く文筆業を生業として生きていけるようにならなくては。そのためには浮かれてばかりはいられない。誰もがあっと驚く作品世界を描きたい。穏やかに興奮した。意識がぼくの中心できゅっと引き締まる。ぼくはマグカップを掴み、冷めた珈琲を口に含んだ。同世代の連中がワイキキの浜辺でサーフィンに興じている間、ぼくはレナードたちが出払ったオフィスのほんの少し薄暗い場所で、小刻みに繰り返す空想の爆発の中にいた。半世紀以上も昔の祖父の青春時代が頭の中で浮かび上がり、眩く輝き出す。それはなんとも楽しい創作のひと時であった。
 ところが不意にドアベルが鳴った。誰かがやって来た。慌てて創作ノートを閉じ、立ち上がり、急いでドアを開けた。すると戸口に、さっき、街路樹の傍にいたあの若い女性が立っているではないか。向こうも驚いた顔をしたが、ぼくはもっと驚いてしまう。女性はオリーブグレーの瞳を大きく開いたまま、あの、ええと、と日本語で言った。ぼくは思わず、え? 君、日本人なの? と訊いてしまった。すると若い女性は、
「あ、日本語出来るんだ?」
 と返してきた。
 そのざっくばらんなものいいに微笑みが誘われる。顔かたちはアジア系ではない。オリーブグレーの半透明の瞳を持ち、どこか欧米人のような顔立ちをしている。
「君も日本語出来るんですね?」とぼく。
「だって、日本人だもの」とその子。
「え? あの、純粋な日本人?」
「国籍は日本よ。でも、祖母がフランス人。何か問題あるの?」
「いや」
 さっき相好を崩した途端、彼女が踵を返したことを思い出し、緩みそうになった頬を慌てて引き締めた。
「ところで、こちら散骨屋さんですよね?」
 とその人は言った。
「サンコツ? あ、散骨か。まあ、そうだけど。うちでは自然葬と呼んでる」
「ハワイで散骨は不法投棄にはならないの?」
「え? ならないけど、いろいろと法律があるよ。誰もが浜辺で散骨したら、泳いでいる人や、漁師さんや、浜辺の近くに住んでいる人に迷惑がかかる。そのためのちょっとした決まり事がある。海岸から何キロ以上離れたところで散骨をする、とか、保健局の許可をとるとか。でも、固く構える必要はないよ。ようは節度の問題。その節度を守るサポートを我々はします、ということ」
「骨はパウダー状じゃないと駄目と聞いたけど、ほんと?」
 ぼくはかぶりを振った。
「いいや、それも噂に過ぎなくて、そうじゃなくても大丈夫。だけど、浜辺で大きな骨を撒いたら、社会通念的な問題が生じるじゃない。どういう骨ですか?」
「パウダー状じゃない。でも、細粒状態の骨です」
 ぼくは頷いた。
「日本で火葬したんじゃないんだね? 日本は火力が弱いから、骨の形が残ってしまう」
「どこで火葬したか言う必要あるの?」
 ぼくはかぶりを振った。その子が怖い目で睨んでくる。
「あの、……ご依頼であれば中でちゃんとお話を伺いますよ。どうぞ」
 ドアを大きく開けると、女性はぼくの顔を見つめながら事務所の中へと入ってきた。やはり、黒い革のロングブーツを履いている。ブーツの踵がコツコツと床を叩く音が午後の気だるい室内に響き渡った。
「暑くないの?」
 彼女が振り返ったので、ぼくはブーツを指差した。
「ブーツ!」
「わたし、一年中、ブーツなの」
「あの、ハワイでブーツ履く人は珍しいから……」
「駄目なの? わたしの勝手でしょ?」
 びしっと言い返されたので、言葉が続かずおろおろとしてしまった。女性は窓際の、差し込む日差しによって光りの模様が描かれたソファの端っこに腰を下ろした。
「アイスコーヒーか麦茶ならあるけど」
「どっちもいりません」
 間髪を容れず、喧嘩腰のような強い口調が戻って来た。でも、きっとこういう人がぼくのような人間が書く小説を好むのじゃないか、と改めて空想してしまう。僅かに口元が緩んでしまった。それを悟られないようにしながら、日本語のパンフレットを彼女の前にそそくさと差し出した。
「業務内容について詳しく書かれたパンフレット」
「ありがとう。読んでみる」
「いつごろの希望? 三か月先までは結構埋まっているので、都合を聞いた上でスケジュールの調整をした方がよさそうだね。次にハワイに来るのは?」
「もし頼むとしたなら、すぐにお願いしたいの」
「すぐって?」
「明日とか」
 彼女は事務所の中を見回しながら言った。壁にかかったクルーザーの写真に目を留め、こういう船で沖合まで行って、散骨するのね? と言った。
 ああ、とぼくは頷いてみせた。
「ということは、骨は? 骨、持ってきた?」
「もちろん、撒くつもりで持ってきた」
「税関で何か訊かれなかった?」
「いけないの? 持ち込んじゃ」
「大丈夫だけど、普通は税関で訊かれたら、死亡診断書や埋葬許可証の写しがいる。それから特に問題になるのが、伝染病で亡くなった方の骨は持ち込めない」
「伝染病ではないわ」
「君、ひとりで撒くつもりだったの?」
「ええ。でも、ワイキキじゃ撒き難いなって。だって、みんな泳いでいるし、サーフィンとかしてるじゃない。どこで散骨しようか悩んでいたら、昨日、和食屋さんに置いてあった日本語のフリーペーパーにここの紹介記事が載ってた。これだって思って話を聞きに来たの」
 ぼくは黙った。その人は壁に飾ってあるクルーザーの写真をじっと見つめている。腕組みをして、小さく頷きながら。
「この船で? 立派ね」
「提携している船会社がいくつかあって、顧客のニーズに応じて船を割り当てている」
「わたし、この船がいいな。出来るだけ沖で撒きたい」
「可能だけど、急過ぎる。さっきも言った通り、三か月先までほぼ予約でいっぱいなんだよ」
 その人はぼくを見つめた。そして睨みつけてきた。笑ったことなどあるのだろうか、と想像してみた。この人の笑顔が想像出来ない。ハワイという場所に、こんなにふさわしくない人を見るのは初めての経験であった。
「君、笑ったことあるの?」
 叱られることを覚悟で訊いてみる。数秒の間があいた後、不意にその人が微笑んでみせた。憎めない、いたずらっ子の微笑であった。
「そんなこと今まで一度も訊かれたことないわ。君、めちゃ変わってる」
「ごめん。つい」
 再び硬い表情に戻ると、女性は、マナ・サカウエ、と名乗った。君の名は? と訊かれたので、ケイン・オザキ、と自己紹介した。
「何世?」
「何世? ああ、四世」
「日本語、誰にならったの?」
「祖父に」
「若い日系人はもう日本語を喋ることが出来ないって聞いてたから。ちょっと意外」
「両親はあまり喋ることが出来ないけど。ぼくはハワイ大学で日本文学を専攻してたから。日本語の小説も原書で読めるし」
 作家を目指している、と言いかけたが、その前にマナに口を挟まれてしまう。
「日本文学? まじ? 面白い? わたし、本とか読まないから分かんない」
 本を読まないと断言され、彼女が最初の愛読者になるという夢はその瞬間に消えた。小説家とか目指す人の気がしれない、とさらに追い打ちを掛ける発言が続く。ぼくは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「マナってどういう字を書くの?」
「愛という漢字、分かる?」
「ああ、もちろん。愛と書いてマナと読むんだ。素敵だね」
 反応が返ってこなかった。マナはぼくの顔をじっと見つめている。何か、探るような、様子を窺うような、素性を調べるような、疑るような眼差しである。彼女は黙っていた。ぼくたちの視線はぶつかりあったまま、数十秒、あるいはもう少し長く、動かなかった。
「すぐに散骨出来るか、確認してもらえる?」
「マナさん、いつまでハワイに?」
「週明けくらいかな」
 マナ・サカウエははっきりとした口調でそう言い切った。
「週明け? それは無理だ!」
「君の力でなんとかならないかな? もし、駄目なら、自分で船をチャーターして撒くことになる。それでも別にいいんだけど」
「ちょっと待って、訊いてみる。一人で骨を撒くのは寂しいよ。うちの会社は、船上でちゃんとした儀式もやる。儀式といっても、船長が挨拶をしたり、フラダンス踊ったり……」
「フラダンス? 必要ないけど」
「散骨証明書というのも出る。衛星を使って、散骨した場所の海洋地図付きだよ」
「ハワイの海でおじいちゃんの骨を撒くことが出来たら、それでいいのよ。それがおじいちゃんとの約束。挨拶やフラダンスや地図は必要ない」
 マナの表情が強張り、いっそう真剣になった。決意のようなものを感じる。
「葬儀に参加するのはマナさんだけ?」
「そうよ。わたし一人で。ねぇ、駄目なの?」
 何か訳がありそうだな、と思った。マナはレナードの帰りを待つことになった。相変わらず口数は少なく、態度はどこか横柄で、ハワイによく来るのか、いつもどこに滞在しているのか、と話題を作るような感じで訊ねても、はっきりとした返事は戻って来ない。一瞬、ぼくを睨むだけ。すぐに視線を逸らし、ほっといて、というような態度をとった。ぼくは小説を書くどころではなくなってしまう。自分のデスクに戻っても、彼女のことが気になって仕方がなかった。マナはレナードを待つ間、ずっとパンフレットに目を落としていた。何度も何度もページを捲り、ひっくり返しては、暗記するように、隅々まで読み返していた。そして、時々、天井を見上げては、何かを思い出そうとするような神経質な感じで、眉間に力を込めた。
「地震と津波、大変でしたね」
 十九時を過ぎたので、帰る準備をしながら、なんとなく震災の話題を振ってみた。
「君が想像出来ないくらい大変だった。わたしはその時、東京にいたから」
「どんなだったの?」
「立っていられないほどの激しい揺れが続いてビルのガラスが割れ、そこかしこで人々は悲鳴をあげていた。東京も大混乱。停電になり、電車も止まって家に帰れなくなった」
「いろいろとニュースで見た。大勢の人が亡くなって、悲しい出来事だったね」
「あのさ、こういう話、あんまりしたくない。悪いけど、震災のことは訊かないで頂戴」
 その時、レナードたちが戻って来た。不意に事務所が賑やかになる。そこにマナがいるとは誰も思わないので、いつもの軽い冗談が飛び交い、男たちの笑い声が弾けた。若いスタッフが葬儀で使った道具一式を抱え、奥の倉庫へと消えた。星野さんがソファに座るマナに気が付き、あ、と言った。マナが立ち上がり、小さくお辞儀をした。レナードがマナを振り返り、おや、という顔をしてみせた。ぼくが、
「散骨の依頼者。日本から来たマナ・サカウエさん」
 と英語でレナードに紹介をした。
「この子がどうしてもレナードに会いたいというので」
「コンニチハ」
 レナードが日焼けした顔の眉間に柔らかく皺を寄せ、片言の日本語で挨拶をした。マナは小さく一礼すると、口元を僅かに緩めてみせた。ぼくには見せなかった柔らかい表情。マナが骨を持ってハワイにやって来たこと、祖父との約束でハワイの海に散骨しに来たこと、週明けには日本に戻る予定であることなどを、手短にレナードに説明した。なるほど、とレナードは言った。
「いきなりやって来て、すぐに散骨というのは厳しいね。一番の問題は我々のスケジュールがびっしり詰まっているという点、そして、船をチャーター出来るかどうか。ケイン、その辺の事情を君から説明してもらえるかね? この子、せっかくここまでやって来たんだ。なんとか力になってあげたいじゃないか」
「ええ、もちろん」
「来週だったら、もしかしたら調整出来るかもしれないんだが」
 レナードが告げると、星野さんが英語で口を挟んだ。
「でも、レナード、来週は我々の短い休暇だからね、スタッフもだいたい休みをとってる。長いこと休みがなかったから」
「まあ、その場合は、ぼくがやるよ」
 レナードがそう告げるといきなりマナが英語で、
「急なお願いなのに、ご親切に、ありがとう。感謝します」
 と言った。あまりに流暢な英語だったので驚いてしまう。英語話せるんだね、と訊くと、話せないとは言わなかったわ、と彼女はぼくを見ずに英語で告げた。
 マナ・サカウエは自然葬の依頼書に記入してから、来た時と同じように、物静かに帰って行った。星野さんが、
「あの子、ブーツ履いてたね」
 と言った。
「慌てて日本からやって来たのかもしれないね」
 とレナードが言った。ブーツも気になったが、それ以上に、心の内を誰にも見せようとしない暗さが気になった。オリーブグレーの二つの冷ややかな目がぼくの心に焼き付いて離れなくなった。ぼくは彼女を追いかけるような感じで、事務所を飛び出した。走れば追い付けそうな気がした。追い付いたその先のことは考えていなかった。けれども、もう少し彼女のことを知ってみたい、と思った。すると事務所を出た、すぐ目の前、例の街路樹の傍にマナはいて、通りの反対側の建物を見ていた。彼女はぼくの気配に気が付き、振り返った。
「あのビルに誰か知り合いでもいるの?」
 君には関係ないでしょ、という顔をしてみせ、マナは歩き出した。ぼくは小走りで彼女を追いかける。でも、なぜだろう。話しかけることが出来なかった。彼女の横に並ぶ。赤信号で一緒に止まり、信号が青になるとまるでカップルのように一緒に横断歩道を渡った。ワンブロック歩くごとにマナはぼくを一瞥する。ぼくがそこにいることを確認するような感じで。視線が絡み合ったが、言葉は生まれなかった。自分でも、どうしたいのか、分からなかった。こちらから先に視線を逸らすこともあった。視線を感じても見ないこともあった。ただ、一緒にワイキキを歩いていた。心地よい風だけが二人の間を流れていく。
「変な人」
 マナが赤信号で吐き捨てた。ぼくは嬉しくなって、笑ってしまう。青信号に変わると、マナがビーチの方へと勢いをつけて歩き出した。黒いブーツが柔らかい浜辺の砂の中にめり込んでいく。歩き難いはずだが、彼女は必死にバランスをとりながら果敢に前へと進んだ。黙ってついていくしかなかった。夕陽がすっかり海に沈んでしまい、空が深い紫色に染まっていた。星が瞬いている。見慣れた風景だったが、マナが横にいるからだろう、今までとはまるで違う、かつて一度も見たことのない不思議な夜空がそこに浮かび上がった。海の手前で、彼女はすとんと腰を下ろし、しゃがみ込んでしまう。そっと、彼女の横に腰を下ろしてみた。
「ねぇ、なんでついてくるのよ」
 マナは海と空の境目が曖昧な夜の沖合を眺めながら、ぽつんと、叱るというのではなく、諦めたような、自分に言い聞かせるような口調で、告げた。
「気になって」
「わたし、横に誰かがいるの慣れてないし、嫌なんだけど」
「一人が好きなの?」
「そうやっていちいち質問されるのも嫌なのよ」
「でも、そこまで嫌そうには見えないし」
 マナが噴き出した。それからぼくを素早く振り返った。目の前に彼女の小さな顔があった。オリーブグレーの瞳に微粒子のような光りが集まり、そこを妖しく暗澹と輝かせた。
「嫌よ!」
 ぼくは返答に困り、一度、口腔に溜まった唾液を飲み込まなければならなかった。
「分かった、悪かった。でも、君のことが少し気になって。なんで、この人は自分の前に不意に現れたんだろうって」
「馬鹿ね。別に君の前にのこのこ出て行ったわけじゃないよ。勘違いしないで! 君、めちゃ妄想癖の塊りだね」
「でも、勘違いこそが人生を面白くさせるんじゃないか」
「え? 日本語変だよ」
 ぼくが笑うと、マナも口元を僅かに緩めてみせた。でも、どちらかというと、呆れ果てたという顔つき。その後に、短めの嘆息が続いた。
「一つ訊いてもいい?」
「駄目」とマナは素早く応じた。
「なぜ、おじいさんはハワイの海に骨を撒いてと生前頼んだんだろ?」
「教えない。言う必要ないし」
「じゃあ、なぜ、君は数ある散骨会社の中からうちを選んだのかな?」
「数あるの? じゃ、余所にすればよかった。君みたいな顔の変な探偵はいないだろうから」
「君は学生? それとも働いている? 働いてるとしたらどんな仕事してるの?」
 やれやれ、とマナは吐き捨てるなり、ごろんと砂の上に寝転がってしまった。大きく深呼吸をして、ゆっくりと息を吐き出した。彼女は目を見開き、夜の天空を見上げた。時間が流れる。ぼくはそんなことを訊きたかったわけじゃなかった。でも、知りたい。マナ・サカウエという人間のことならなんでもいい。一秒でも早く、少しでも多くのことを知りたかった。これはもしかして恋心というものなのか? ぼくも彼女と同じ夜空を見上げながら、いつもの自分らしくない自分がおかしくなって口元が緩んでしまった。もし、そうだとしたら、高校の頃に同級生の女の子を好きになって以来の出来事だった。
「君が羨ましいわ。素直に育ってて。きっと、育ちがいいのね」
「素直? まさか。結構、これでも、ひねくれてる方だ。今日だって、父親に、なんで、お前はこんな悲劇や絶望ばかり書くんだって言われた」
「書く?」
「小説家になるのが夢だ」
「それは確かに珍しい。でも、作家って、わたしのイメージだと老成しててもっと偏屈な人が多い気がするけど。君は幼くて、純粋で、まだ何も知らないクソ生真面目な青年にしか見えない」
「もう、二十八歳だよ。君よりは上だろ?」
「実年齢なんか関係ない。精神年齢が若いということ」
 ぼくは彼女を振り返った。幼いと決めつけられたことに、小説家の卵として、気分を損ねてしまった。反論しようとした次の瞬間、マナ・サカウエは寝転がったまま、瞳を閉じて、ゆっくりと自分に言い聞かせるように、喋りはじめた。
「去年の九月、一年前のたぶん今日、愛する人がハワイで殺された。いや、彼の遺体が発見されたわけじゃないから、殺されたと言い切るのは間違い。殺されるかもしれない、とわたしに言い残して、彼は消えた。生きてるか、死んでるか、ずっと分からない状態が続いてる」
 不意にそのようなことを言ったので、ぼくは相槌を打つことも出来なかった。
「わたしは今、二十六歳。二十三歳の頃からその人とは、きっと、恋人のような関係だった。恋人と言い切っていいのかどうか、これも、よく分からない。でも、わたしは彼のことが好きでしようがなかった。これは事実。彼は、ええ、きっと彼もわたしのことが好きだった。でも、彼はいつも何かに怯えていた。彼には奥さんがいた。その人に殺されるとも言ってたような……。焼き餅で殺されるのじゃなくて、その人を裏切ったから、殺されると言っていた。でも、あの日の電話では、彼らに殺される、と言った。複数形だった。そして、行方が分からなくなった。だから、そのことを警察に正直に伝えたのだけど、警察はなかなか腰をあげてはくれなかった。妻でも親戚でもない者が捜索願を出したことに警察も戸惑っていた。でも、一応、調べると約束はしてくれたの。ハワイ島への渡航記録は残っていたのだけど、三か月を過ぎても帰国の記録が無かったから、警察は多少わたしの話を信じてくれるようになった。彼の奥さんにも問い合わせたらしい。でも、奥さんは捜索願を出さなかった。理由は分からない。後藤清春は学者という職業柄いつも予期せぬ行動をした、とその人は警察に語ったらしい。以上よ。作家の卵さん、どう? この話、面白い?」
 ぼくはすぐに返事をすることが出来ずにいた。波の音を聞きながら、
「君の愛する人が殺されたかもしれないのが去年の今日?」
 と訊きかえすのがやっとだった。
「分からない。ただ、最後に彼から電話があったのは、二〇一〇年の九月九日だった。その日までは彼の生存は確認出来ている。でも、その後は行方不明。重い腰の警察も、彼の行方が分からなくなっていることだけは認めた」
 マナは目を閉じ、そう告げた。

トップページへ戻る