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芸人と俳人
又吉直樹/堀本裕樹

   まえがき

 子どもの頃から、俳句に対する憧れはあったものの、どこか恐ろしいという印象があり、なかなか手を出せないでいた。
 なにが恐ろしかったかというと、難しくて解らないことが恐ろしかった。
 自分なりに俳句を鑑賞し、感じたことを正直に、「この句はこうだ」と勇気を持って解釈を披露したとして、俳句に詳しい人から、「お前、なに言うてるん? お前の解釈めっちゃダサいやん!」などと言われるのではないかという恐怖である。これは、僕にとってはあらゆる恐怖の中でもかなり上位に来るスペシャルな恐怖である。
 突然、占い師に任命され、自分なりに全力を尽くし、慣れない水晶をそれらしく睨みつけたりなどしているうちに、ぼんやりとなにかが見えて来て、列を作る人達の未来や内面を自分の感覚に正直に思った通りに告げる。
「もう一度、引き出しの中を捜してみてください」
「彼氏の前世はウサギですので、浮気してます」
 などとやっているうちに、自分でも、それなりに占えているような気になり、暗い照明の中で眼を閉じたまま話すことにも抵抗がなくなった頃に、「お前の言ってることは出鱈目だ! 全然合ってない!」と大勢の人間に詰め寄られ、袋叩きにされる羞恥とほとんど同じ水準の恐怖だ。
「定型ってなんやろう?」
「季語ってなんやろう?」
「や、かな、けり、って呪文かな?」
 という調子で、とにかく俳句が怖かったのである。
 そういう意味でいうと、野外や名所などに出掛けて行き、見た景色や動植物や誰かの行動を、その場で詠む吟行や、複数で寄り集まり匿名で俳句を提出し、選評しあう句会などは、最も恐ろしいものであった。
 それでも、なぜか俳句に対する興味は薄れることがなかった。俳句を理解し奥深さを堪能できれば楽しいのは間違いないだろうし、自分で自由に俳句を作ることができたら一生の趣味になるだろう。それに、俳句に親しむことによって、今まで遠い存在だった古典文学などを読み解くヒントになるかもしれない。母国語である日本語で表現されたものを理解できないというのは寂しくもあった。
 なにより、十七音という限られた字数の中で、あらゆる事象を無限に表現できる可能性を秘めている俳句を心底カッコ良いと思った。
 考えれば考えるほど、俳句に憧れるのであるが、それでも手が出せなかった理由は先にも述べたとおり恐怖によるものだった。俳句を趣味とするには、過酷な山登りを体験したり、滝に打たれたり、雪の道を何日も歩きつづけなければならないなどと極端な印象を持っていた。
 俳句を恐れる一方で、子どもの頃から言葉を使った表現には、自分から積極的に関わっていった。例えば、小学生の時にTHE BLUE HEARTSの『リンダ リンダ』という曲の歌詞に衝撃を受けた。
「ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない美しさがあるから」
 この冒頭の言葉は僕の心を捉えて離さなかった。聴いた途端に胸がドキドキしていた。この詩はどういう意味だろうかと立ち止まって考えさせられる魅力に満ちていた。
 たとえ、汚く不要とされているものであっても、懸命に生きている命には揺るがない美しさがある、ということだろうと僕は解釈した。その言葉は、鬱々としたエネルギーを解放するような、「リンダリンダ リンダリンダリンダ」という絶唱へと繋がって行く。
 その時、少年だった僕の解釈は単純なものだったし、見当違いだったかもしれない。それでも、たとえ間違えていたとしても、僕の中に生まれた熱の塊のようなものは消滅しない。もう僕だけの特別な意味を持ってしまったのだ。そこに、恥などという感覚はない。僕は言葉に対して、このように触れてきた。小説に対しても、随分と自分本位で鑑賞してきた。

 本書は、俳人の堀本裕樹さんから俳句の基本的な決まりを優しく丁寧に御指導いただき、僕の俳句に対する恐怖が取りのぞかれ、臆病だった僕が、素直な感覚で俳句に向かえるようになるまでの二年間の軌跡をまとめたものである。
 今の僕には、『リンダ リンダ』を初めて聴いた時と同じように純粋な気持ちで俳句を楽しもうという心構えができた。
 最終的には、悪魔を見るように恐れていた吟行も経験したし、地獄だと怯えていた句会にも参加した。どちらも、他では得られない喜びに満ちた想い出になった。俳句を教わる前よりも、僕の世界は鮮明になった。大袈裟な言い方かもしれないけれど、世界を捉える視界の幅が広がったように思う。
 基本的なルールはあるものの、俳句も自分なりに鑑賞していいということが解った。そして、自分以外の誰かの解釈に数多く触れることによって、さらに俳句は面白くなるということが解った。堀本さんに俳句の話を聞かせていただくたびに、俳句が好きになった。
 自分を苦しめる存在のように思っていた、「定型」も「季語」も「や・かな・けり」も敵ではなく、自分を助けてくれる頼もしい味方だと解った。
 たしかに、俳句は奥深い。
 堀本さんという素晴らしい師匠を得て、恵まれた環境で俳句に入門した僕ではあるが、いまだに歳時記と国語辞典を開きながら、うーん、と眉間に皺を寄せ時間をかけて句の意味を考え込むことも多々ある。これは恐らく一生続くだろう。元々がアホだということも影響しているのかもしれない。
 それでも俳句は、限られた人だけのものではなく、誰に対しても開かれているものだということを本書で皆様にお伝えしたい。
 きっと、あなたは僕よりはるかに上達が早い。

又吉直樹



第一章
俳句は「ひとり大喜利」である

   芸人と俳人の出会い

堀本 初めてお会いしたのは、千野帽子さんが司会をされて小説家の長嶋有さんやゲームデザイナーの米光一成さんや僕も参加している「東京マッハ」というイベントスタイルの句会でしたね。又吉さんが、フツーにお客さんとして客席に座っていた。あのときは、驚きました。
又吉 ライブハウスみたいな場所で、俳人や作家の方々が集まる句会があると知り、どういう見せ方をするのだろうという関心がありました。それと、単純に俳句に興味があったんですよね。
堀本 『カキフライが無いなら来なかった』と『まさかジープで来るとは』(※ともに作家・せきしろ氏との共著)、読ませていただきました。いろいろな要素が入っていて、自由律俳句(※五七五の形式や季語にとらわれない形の俳句)として本当におもしろかったです。
又吉 ありがとうございます。
堀本 たとえば、「愚直なまでに屈折している」。これぞまさに又吉さんという人を表す象徴的な一句ですよね。自意識過剰な勘ぐりみたいなものが全開のこうした句が、又吉さんの独特の味やおもしろさになってにじみ出ている。と思いきや、この句の隣に、「蝉の羽に名前を書いて空に放した」というまったく趣の違う句が並べられている。僕、この句、すごく好きです。
又吉 ほんまですか。
堀本 又吉さん、この句を作った頃は、季語は意識してないでしょう?
又吉 はい。今もあまりわかりません。
堀本 蝉は夏の季語ですよね。僕はこの句に、夏の晴れ渡る空に蝉を放すように、自分の心を解き放ちたいという気持ちを読み取って、寂しさというかせつなさを感じました。「名前」というのは、まさに自分自身のことですよね。だから、自分自身を解放したいのかな、と思ったんです。
又吉 自分で作ったにもかかわらず、こうして客観的な感想を聞くと、そんな意味もありそうに読めてくるから不思議ですね。でもこれは、子どもの頃、実際にやってたことを書いたんです。蝉って、七日経ったら死ぬっていうじゃないですか。自分の名前を書いた蝉を、七日後に捜そうと思ったんですね。子どもの頃って、そういう変なこと考えますよね。

   又吉直樹が書きためていたもの

堀本 又吉さんが本好きというのは僕も知っていましたが、自由律俳句はいつ頃から始められたんですか?
又吉 最初は、自由律俳句だと思ってやっていたわけじゃなかったんです。もともと、言葉にすごく興味があって、昔から、引っ掛かる言葉やおもしろい言い方を、短いフレーズにして、ノートや漫才のネタ帳のすみっこに書くということをしていました。ただ、そういうものは、僕としては「これはいいフレーズだ」と思うんですが、漫才のボケやコントにそのまま使えるわけでもないし、お笑いライブでお客さんが引っ掛かってくれそうというわけでもない。だけど、捨てたくない言葉なんです。お笑いでこれはウケる、これはウケないという線とはまた別の軸で、ネタとしてウケるだろうと自分が確信できるものと一緒か、それ以上に大切なものに感じられるんですね。そのうち、そういうものがたまりにたまって、どうしたらいいかわからなくなってきたんです。それで、解決策がないし、書き続ける行為もイマイチ気持ち悪い気がして、自分を納得させるために、「これはひとり大喜利だ」ということにしようと思いました。大喜利のお題は普通、「○
○なとき○○が○○しそうなことは?」というふうに、文章になっていますよね。でも僕が書きためていたのはもっと短いフレーズなので、自分のこの行為は、「おもしろいタイトルを考えよ」というお題に答えているのであって、変なことをやっているんじゃない、いつか自分が単独ライブをやるときのためのネタ作りなのだと。
堀本 自分で自分を納得させておもしろいことを考えていたのですね(笑)。どれくらい書いたんですか?
又吉 ノートで三十冊くらいですかね。
堀本 結構な量ですよね。
又吉 最初の自由律句集の『カキフライ……』には、そうやって自分で勝手に「タイトル」と呼んでいたものを、そのまま載せたものもあります。たとえば、「登山服の老夫婦に席を譲っても良いか迷う」ってやつ。若手芸人のお笑いライブで、みんなが共感できる「あるあるネタ」を発表することがあるんですが、これは、そのときにほとんどウケなかったフレーズです。
堀本 その句は、確かに「あるある」ですよね。似たような経験をしたことある人、けっこういるかも。
又吉 僕、以前、吉祥寺に住んでたんです。都心で朝まで仕事をしたり、飲んだりして、早朝の中央線に乗ると、高尾山へ向かう人と一緒になるんです。老人が乗ってきたら無条件で譲りたいけど、登山服の老夫婦は今から山に登るわけで、その前に一回座らせてええんかと考えてしまいます。今日という日にかけている意気込みで言ったら、自分の何倍も高い志を持って、そこにおるわけです。席を譲るというのは、失礼に当たるかもしれんし、怒られるかもしれない、という心の内を書いたものなんですが、ライブで発表したら、「どういう意味?」「何、言っているの、おまえ」っていう反応しか返ってこなかった。「これこれこうで」と説明して、やっとお客さんにも芸人仲間にもわかってもらえるという……。でもそれは、何でそんなことを一生懸命言いたかったんやという意味で、笑ってくれてただけだと思うんですけどね。

   初心者に十七音は“長過ぎ”る?

堀本 なるほど。今のお話、おもしろいですね。もしかしたら、活字にしてこそウケる言葉というものもあるのかもしれない。読み手がじっくり考える時間がありますもんね。ライブは、その場のノリみたいなものが影響することが多いんでしょうね。又吉さんが、ご自分では自由律俳句とは意識せずに作っていた作品の数々が、こうして本に収められることになったのは、どういういきさつなんでしょう。
又吉 あるとき、せきしろさんが、お笑いライブで僕の大喜利やギャグを見て、「又吉さんは俳句や短歌が好きなのではないかと思ったんですけど、もし興味があったら、一緒にやりませんか」と声を掛けてくれたんです。「ぜんぜん詳しくはないですけど、俳句や短歌の本を読んだりするのは好きです」とお答えして、ご一緒することになりました。でも、ほんまにアホな話なんですけど、僕にとっては、「タイトル」というお題で好きなように、おもしろいと思ったフレーズを記録するのが、書くことの軸になっていましたから、俳句が五七五の十七音だということを改めて認識したときに思ったのは、「十七音かぁ……長いな……」ということだったんです。それでだんだん不安になってきて、俳句がすごく高尚なものに感じられて、せきしろさんに「難しそうやから、僕にはできないんじゃないかという気がしてきました」と相談してしまったんです。そうしたら、数日後に連絡が来て、「種田山頭火は知っていますか」と。
堀本 なるほど。
又吉 山頭火は、国語便覧で読んだことがあるくらいでした。そのとき、尾崎放哉も教えてもらって、自由律俳句というものの存在を知ったんです。
堀本 じゃあ、それから、山頭火や放哉を読まれて?
又吉 いや、パラッとめくっただけで、読み込まなかったんです。当時、自分で勝手に「タイトル」と呼んで、好きに書いていたフレーズヘの思いやこだわりがありました。僕の中では、独自のジャンルとして確立されたものと言っても過言ではないくらいだったので(笑)。それと、ちゃんとした自由律俳句を読むと、影響を受け過ぎてしまうかもしれないなという気持ちもあって。だから、一冊目の句集のときは、パラパラとめくった程度で挑んだんです。でも、出来上がった本を見ていて、「なんか違うな。バラバラやな」と感じたので、それから本格的に放哉を読んだり、やり方を自分なりに研究したりして、二冊目に臨んだという感じです。
堀本 今までのお話で、又吉さんの自由律がなぜ内容的にこれほど多様なのかがわかってきた気がします。又吉さんのベースはお笑いにあるから、やはり視点が独特なんですね。それに、特に一冊目は、俳句の決まりごとを意識せずに自由に作られたことが、おもしろさになってる。
又吉 いやあ、一冊目は……(恐る恐る本に手を伸ばし、奥付を確認して)二〇〇九年か。あの頃の自分の置かれていた状況がよみがえって、これ、怖くて読み返せないです。自由律というものをまったく勉強しないで本を出してしまったので。(パラパラとめくって)攻撃的な部分が強めに出てたり、隠さないといけないところが隠せてなかったりする。うわぁ。怖いですね。
堀本 あ、二冊目の『まさかジープ……』を開くのには、あまり躊躇はないようですね。
又吉 そうですね。こっちはまだ読めます。ところで、今回は、堀本さんに有季定型俳句(※季語を用い、五七五の形式で作る俳句)を教わるという企画ですよね。ぜひやってみたいと思うんだけど、やっぱりね、ハードル高いなぁという気はしてます。今まで自由に書いていたぶん、定型句と言われると、めちゃめちゃ怖いんです。

   俳句なんて怖くない……!?

堀本 そういえば、この対談企画が決まったとき、「いずれ有季定型で句会をやりましょう」とお誘いしたら、かなり恐れを感じておられましたよね。句会と聞くと、ちょっと引いてしまうという反応は、初心者の方には珍しくないのですが、又吉さんほど言葉に親しんでいる方でもそうなのかと、僕は驚きとともに、少し寂しくなりました。俳句、怖いですか? 季語を入れるとか、五七五でまとめるとか、定型のそういう縛りがあることが、怖さにつながるんですかね。その辺、理由をちょっとお聞きしたいんですけど。
又吉 文字数を限定するというのは、おもしろそうだなと思うんです。季語もまぁ、見当がつくものもあるし、徐々に覚えていけるだろうと思います。でも、今、僕が定型句をやったら、俳句っぽいものにしなきゃと意識し過ぎてしまうような気がするんですよね。既存のもののコピーになってしまいそうやし、定型句というものを俯瞰で見てしまいそう。自分がカッコつけてしまいそうな気がするんです。
堀本 ああ、なるほど。そういうお気持ちなんですね。確かに、初心者の場合は、ちょっと気取ったところが出る人は多いですね。
又吉 やっぱりそうですか。いや、絶対そうだと思うんですよね……。それに、句会というのは人の句を選ぶのでしょう? 器の小さい話なんですが、僕、寿司屋で注文できないんですよ。「お任せで」っていつも言います。センスを問われることが恥ずかしくて、選べないんです。
堀本 又吉さんが食べたいネタを、頼めばいいじゃないですか。
又吉 寿司屋で頼む順番のルールみたいなのがありますよね。何々は何番目で頼むのが通とか。それがある時点で、カッコいい頼み方もしてはいけないし、カッコ悪い頼み方もしたくはないし。だから寿司屋って行きづらいんです。この間、お店でステーキを頼んだら「焼き方はどうなさいます?」と言われたんです。ミディアムレアという言葉はもちろん頭の中に浮かんでいるんですけど、僕がそれを言ったら調子に乗っていると思われる可能性があるから……。
堀本 誰も思わないです(笑)!
又吉 ちょっとやわらかめでお願いしますと言ったんです。そしたら、店員さんが厨房の人に困惑した声で「ちょっとやわらかめと言われたんですけど……」と言うのが聞こえて、「わぁ、二択を誤った!」と。僕が生きているお笑いの世界は、そういう世界だからこそ、寿司屋では注文できないですし、句会でも選べないという。自分だけがその句を選んでいたらどうしよう、その理由を語らなあかんことになったら……と考えるとすげえ怖くて。でも、定型句を自分で作れる自信がついたら、句会にも恐れずに参加できて、寿司屋で注文できるようになる気がします。
堀本 寿司屋の恐れを俳句を通して払拭するというのは、すごいですよね(笑)。
又吉 「今が旬の○○お願いします」と、スッと言えるようになったら最高です。堀本さんは、大学で俳句を始められたんですね。はじめの頃、僕が今感じているような恐れはなかったですか?

   堀本裕樹が俳句に魅了されたわけ

堀本 大学二年のときに宗教哲学者の鎌田東二先生が師範をされていた俳句サークルに入って、そこからです。僕の場合は恐れはなく、まったく気楽にやっていました。
又吉 気楽にできました?
堀本 はい、その頃は。僕は、俳句歳時記(※俳句の季語を集めて分類した辞書)というものの存在すら、よく知らなかった。一応、購入はしましたが、あまり活用はしなかったですね。だから、とにかく十七音にすれば俳句になるんだなと、軽く考えていました。俳句に出会うまでは、小説やエッセイが好きで、高校生ぐらいのときから、小説を書きたいと思っていたんです。文豪と言われる人たちは、夏目漱石をはじめ、泉鏡花、永井荷風、芥川龍之介、太宰治にしても、みんな俳句を一つの教養としてやっていました。僕は、散文を磨くには、俳句の季語をはじめとする素養を持っておいたほうが有利なんだと思い、散文を磨くために、俳句を学ぶという考え方だったんです。韻文をやることで、いい小説が書けるようになりたいという思いのほうが強かったんですね。僕の場合は、本当に俳句が好きで始めたわけじゃないんです。
又吉 へえ〜! でも、その入り方がよかったんでしょうね。
堀本 そうなんですかね。僕は故郷が和歌山ということもあって同郷の作家中上健次が大好きなんですが、中上の『岬』『枯木灘』『千年の愉楽』といった小説を読んだときに感じる圧倒的な迫力、物語性、言葉のリズム、世界観、どれをとっても俳句では表現できないだろうと思っていました。俳句に比べて小説のほうが上だ、たった十七音で何が伝えられるんだと、僕は俳句を小バカにしていたんです。それに、小説のほうが、世間や一般の読者に対しての影響力が強く、大きいと信じていました。俳句なんて読んでいる人が、そもそもいるのか、ましてや、読んで共感してくれるという人は、どれくらいいるのだと疑問に感じていました。でも、俳句を作り続けるにつれて、また、名句、秀句にたくさん触れることで、奥深さに魅了され、だんだん俳句に対する考え方が変わってきたんですよ。
又吉 僕も本が大好きですが、堀本さんと違って、俳句を随分上に見てしまっている。自分が作ることを考えると十七音は長いと感じるんですけど、読んでいるときは、たった十七音の言葉で表現する俳句って究極過ぎる! と思います。

   俳句は、物ボケ!?

堀本 その俳句の魅力に気づかれたきっかけは、何だったんですか?
又吉 僕が俳句に興味を持ち始めたのは、さっき言ったように、思いついた短いフレーズをストックしていたことと関係しているんですが、もう一つ別の方向からのきっかけもあって、それが、「物ボケ」なんです。
堀本 物ボケって、芸人さんがいろんな物を使って、おもしろいことをやるやつですよね?
又吉 はい。物ボケは、若手芸人のお笑いライブの最後に必ずやる定番なんです。でも、僕はあれがすごく苦手で。お笑いの中には、コントがあって、漫才があって、落語があって、芝居まである。映画にもコメディがあるし、小説でも演劇でも笑いは表現できる。なのになぜ、あんな厳しい環境に自分を置いて、ひと言でけりをつけなあかんのやろうと。一発ギャグに対しても同じように感じてました。でも、他のみんなはめちゃめちゃやりたがるんです。積極的に挙手して、「俺にやらせてくれ」って感じです。それが、芸人になってからずっと不思議でしょうがなかった。僕はみんなの後ろにいて、絶対やらないようにしていたんです。
堀本 進んでやっている意味がわからんと。そんなに嫌だったんですか。
又吉 嫌いでした。物ボケも一発ギャグも、避けて通りたいと思ってました。はっきり言ってああいうのは、スベリ芸やと思ってたんです。スベって、笑いをとって、お客さんに対してこっちの腹を見せていますよということを伝えるためのものなのかなと。でもそうやって逃げていると、だんだん周りが、「又吉、いつもやってなくない?」みたいに気づき始めたんですね。それでもやっぱり僕は、まだ自らスベリに行くということが怖くてできなかった。どうしようと悩んでいたとき、古本屋で買った『別冊太陽』に俳句や短歌の特集があるのを見つけたんです。俳句や短歌は、すごく短い言葉なのに、ちゃんと世界を広げてくれるようになっている。これは何でなんやろう、ひょっとしたら物ボケや一発ギャグにも、このやり方は使えるんじゃないかと思いました。
堀本 なるほど、なるほど。
又吉 小説は、言葉をたくさん使って、丁寧に描写することでストーリーを伝えますよね。俳句は十七音でしか言えないことを言うのではなく、ある世界のどこかを切り取って表現している。そうすることで、そこから風景が広がっていったり、人物が動き出したりする。もしかしたら、俳句の言葉数は制限されているけど、小説よりもっと大きなものを想像させることもできるのかもしれないと思ったんです。そこから吹っ切れて、物ボケでは、一切、説明しないぞと。その物を何かに見立てて状況を説明するのではなくて、その物と自分が属している世界の一部を切り取って見せるというやり方を始めたんです。
堀本 すごい発見だと思います。
又吉 そうなってから、あいつのギャグはすごい!………とはならなかったですけど、少なくとも、他の芸人仲間とは種類が違うものができました。明らかにいびつなものが出来上がったと思います。それは、僕からしたら、とても大きなことでした。
堀本 以前、『ザ・イロモネア』というお笑い番組で、ジャンルの一つに物ボケがありましたね。又吉さんがホースみたいなものを首にくるくる巻いて、「携帯ストラップ」ってやっていたのを見たことがあります。あれ、腹を抱えて笑いました。又吉さんが、物に自分を同化させているところが、おもしろいなと思って。物に自分を託し切っているというか。そういえば、俳句も物に委ねるところがあるので、又吉さんの物ボケは、俳句的な物ボケと言えるのかもしれないです。
又吉 物と自分が属する世界を切り取ればいいと気づいて以来、大嫌いだった物ボケが大好きになってしまった。最近はお笑いライブでも、「もっと物ボケをやらせてくれ」「今日は物ボケないんか」みたいな感じなんです(笑)。

   まずは好きな句に触れることから

堀本 お仕事であるお笑いを通して、そこまで俳句の本質に近づいている又吉さんなら、定型句は恐るるに足らずですよ。
又吉 そうですかねぇ……。勝手なイメージですけど、俳句を作る人って、仙人の領域の存在みたいな気がするんです。言葉が体に完全にフィットしているでしょう。堀本さんにしても、言葉との距離が近そうやなと思うんですよ。自分はまだまだそこまで言葉に近づけてないような気がする。だから、気取ってない感じにせなあかんとか、要らんことを考えてしまうんでしょうね。でも、堀本さんの本、『十七音の海』(※本書は絶版。『俳句の図書室』と改題し、角川文庫に収録)を読んだら、いろんな俳人の句が厳選されていて、定型句ってこんなにおもろいんやと再認識できました。
堀本 ありがとうございます。あの本の中で、又吉さんの好きな句はありました?
又吉 ぶらんこの句、好きですね。
堀本 「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」。三橋鷹女の句ですね。「鞦韆」は難しい漢字ですけど、春の季語でぶらんこのことですね。ぶらんこをぐいぐい前に漕ぐ行為と、激しく愛を求める心理の対比がおもしろいですよね。激情のあふれた句です。
又吉 鳥が飛んでいくやつもよかったです。
堀本 本で最初に取り上げた上田五千石の「渡り鳥みるみるわれの小さくなり」でしょう。
又吉 そう、これ、これ。視点が変わるところがおもしろい句なんだと、堀本さんの解説にありましたね。すごく印象に残りました。
堀本 この句を読んでまず、ほとんどの人は、飛び立っていく渡り鳥を目で追っているのだな、と思いますよね。でも、真ん中の七音、最後の五音にかけて「みるみるわれの小さくなり」とある。要するに、鳥を見ている自分が小さくなると言っているんです。それは、句の最初の五音で「渡り鳥」と言った時点で、書き手の心が渡り鳥に乗り移っているわけです。渡り鳥になって、自分を見ているから、「みるみるわれの小さくなり」。この短い言葉の中で、地上で鳥を見ている自分から、空で自分を見下ろす鳥の目線へ、視点の転換があるんです。
又吉 この句みたいに、自分が今どこにいるのかわからなくなるような作品、すごく好きなんですよ。手塚治虫の『火の鳥』の中で、こういう雰囲気のシーンがあった気がします。人間が一人だけ生き残っていて、神様がいて、自分の体はなくなったけど、永遠の命を授かって、逃げて……みたいな。あれを読んだときに、頭の中が揺れた。それに近い感覚がしました。
堀本 似た感覚を呼び起こすかもしれませんね。視点が急に逆転するわけですから。ただ、これは本当に見事な作品ですね。なかなかここまで表現できる句は少なくて、僕も大好きなんです。だから、俳句に興味を持ってくれるだろうという人に、最初に読ませるならばこれしかないと思って、本の一発目に持ってきました。衝撃なんじゃないかなと思って。
又吉 ええ、インパクト大でした。
堀本 視点ということで言うと、飯田龍太の「かたつむり甲斐も信濃も雨のなか」も素晴らしいですよ。「かたつむり」が夏の季語です。かたつむりって小さな生き物ですよね。最初にそれを見せて、その後、「甲斐も信濃も」と、山梨や長野の旧国名という大きなものをもってきて、近景からいきなり遠景へ、視点を誘導しています。最後を「雨のなか」で締めることで、周辺の景色が映像としてふっと浮かび上がってきます。これは本当に、それこそ俳句でしかできないような遠近法だと思います。同じことを映像でやろうとすると、ものすごく大がかりになりますよね。まず、かたつむりを映し、その後、ヘリで空撮して、甲斐と信濃の国を撮らなければならない。しかも、ちょうどいい具合の雨のなかで。
又吉 なるほど。俳句はたった十七音で、それをやってのけてしまうんですね。
堀本 映像をビビッドに立ち上がらせる俳句の表現力はすごい。視覚的な部分は、俳句の一番得意とするところです。

   散歩も俳句のトレーニング

又吉 俳人の方は、どういうときに俳句を作られるんですかね。堀本さんは、どうですか。どういうときに作りたくなるんですか。たとえば、道を歩いていて何かを見たときに、グッときたりするんですか。
堀本 そういうこともありますね。春に桜を見た瞬間、桜という季語を詠み込んで作りたくなったりすることもあるし、季語が先に頭の中にあって、何かのインスピレーションを得たとき、句が生まれることもあります。俳句には、吟行といって、日常から離れてどこか出掛けた先で散策しながら、目にとまったその土地の風物や季節を詠むという楽しみ方があるんですが、そういうとき、たとえば、樹齢何百年というような桜を見ると、「すごいな!」と心が動きます。つまり、何かと出会ったときに俳句を作ろうと思うんですね。
又吉 その出会うっていう感覚、少しわかる気がします。
堀本 又吉さんは、エッセイなども書かれているから、きっと体験済みだと思いますよ。
又吉 エッセイの仕事のとき、僕の場合、心の中に何もない状態では書けないんです。提示されたテーマや自分が書こうとしていることに対して、強く何かを思う瞬間がないとダメで。だから、僕は、それを見つけるために、散歩をするんです。ひたすら歩いて、歩いて、歩いて、路地をパッと曲がったら、アパートの中から、家族の会話が聞こえてきたとか、月がやたらでかく見えたとか、そういう瞬間にふいに創作意欲が湧くというか、ワクワクしてきて、「あ、今なら何でも思いつきそう」という感覚になるときがあります。
堀本 ええ、ええ。
又吉 エッセイなどの仕事があるときは、それでいいんです。でも、僕、普段も散歩が好きでよく歩くんですね。特に書く予定がないときに、そういう創作意欲が湧く瞬間が訪れてしまうと、どうやって処理するか困るんです。たとえば、自分がカメラマンだったら、絶対この瞬間にシャッターを押すんやろなと思うんです。俳人の方は、その瞬間に、一句作るんかなと思うんですけど、そういうことなんですかね?
堀本 そうですね。何かに出会って、心が動くわけですからね。
又吉 その瞬間に、さらっと一句できたりするもんなんですか?
堀本 もちろん、即興でその場でできることもあります。でも、言葉の断片として思い浮かんだものをとっておくことのほうが僕の場合は多いと思います。言葉を寝かせるというか、その場では完成しないけど、後で改めて一句に仕上げるための材料ですから、携帯電話のメモに保存して、大事にキープしておきます。
又吉 僕も携帯のメモはよく使ってます。散歩中はたいてい手ぶらなので、思いついたおもしろいフレーズを忘れないように記録するために。
堀本 やはり、同じようなこと、やっておられるんですね。もう一つ、俳句を作るタイミングとして、僕らの場合は、句会があります。句会では、兼題といって句のテーマが前もっていくつか出るときがあります。参加者は兼題を俳句に詠み込んで、句会当日までに五句なら五句、指定された数の句を作って、句会に臨むんです。ちなみに、七月(二〇一二年)に行われた「東京マッハ vol.4」では、「舌」という兼題が出されました。
又吉 お題は季節のものに限らず、何でもありなんですね。「舌」ですか。堀本さんは、どんな俳句を詠まれたんですか?
堀本 「敦忌や舌戦もせず職を辞す」という句です。
又吉 舌戦、ですか。すみません、僕にはこの句の下のほうの意味はなんとなくわかりますが、頭のところがちょっと……。
堀本 そうですね、「敦忌」って何だろうって思いますよね。これは、安住敦という俳人の亡くなった日のことで、実は夏の季語になっているんです。
又吉 ああ、なるほど、なるほど。
堀本 僕は、句会の兼題が出ると、まずその言葉を辞書で引きます。電子辞書と歳時記はいつも持ち歩いています。兼題(※その句会のテーマとしてあらかじめ決められた、季語や言葉)が「舌」なら、「舌」が使われている熟語や言い回しをいろいろ調べるんです。
又吉 それで「舌戦」に目がとまったってことですか?
堀本 はい。それと同時に歳時記を引いたら、今回の「東京マッハ」が開催される七月八日が「敦忌」だとわかりました。安住敦は、昭和二十年代に、職業に関する俳句をたくさん作っています。戦後、日本もまだまだ苦しい時代で、職に就けない人が多かったんですね。安住敦も、すごく就職に苦労されたようで、「また職をさがさねばならず鳥ぐもり」「秋風やふたたび職を替へんとし」「啄木忌いくたび職を替へてもや」などの句を作っています。最後に挙げた句は、原句は「〜替へても貧」だったようです。しかし、先生である久保田万太郎に「〜替へてもや」に添削された。「貧」を「や」に直すだけで説明的でなくなり、繊細な詠嘆が生まれますよね。そういう逸話もある句です。「敦忌」という言葉を見たとき、この句を思い出し、僕自身の経験もよみがえってきました。以前、会社員をしていた頃、あえて口論を避け、黙って、職を辞したことがあります。一発ガツンと言って辞めたい気持ちも、言いたいことも山のようにあったけれど、結局、言わないほうを選んだ。そんな自分の経験とも重なって、安住敦の句が頭に浮かんだんだと思います。それと同時に、「舌」を含む言葉の一群に「舌戦」があったのを思い出した。この言葉はつまり、言い争う、口論するということですよね。そこで、「敦忌」と「舌戦」で、何か作ろうと。それに、「舌戦」は俳句ではあまり使われない言葉だからおもしろいので、ぜひ使ってみたいと思ったんです。

   俳句との距離を縮めていこう

又吉 今の堀本さんの俳句の作り方、おもしろいです。言葉から入るということですよね。
堀本 そうですね、今のは言葉から入ってますね。
又吉 僕も電子辞書を持ち歩いていて、気になる言葉を引いて、そこから入って、何かを作ることがよくあるんです。
堀本 へぇ! それはどんなときですか。
又吉 お芝居の脚本を書くことがあるんですけど、制作サイドから、告知の関係で、タイトルを先に決めてくれと言われることがあるんですね。中身はできてないのに、タイトルを出さなくてはいけないというのは、めちゃめちゃきついんです。そういうときに、すごく考えるんです。広がりがない言葉だと、脚本が出来上がったときに、「内容と全然違う」ってことになって困りますんで。以前、「誰ソ彼」と書いて「たそがれ」と読ませるタイトルをつけたことがあります。それは、僕があの時間帯がすごく好きやからなんですけど、普通に「黄昏」ではひねりがないから、別の書き方があるのを思い出したんで、そうしてみたんです。すると、プロデューサーから、「これ、ちょっと読みづらいんだけど、普通の黄昏じゃダメなのかな」と指摘されてしまい、「ダメなんです。これにはちゃんとイメージがあるんです」と。ほんまはないんですけどね(笑)。そこから「誰ソ彼」の言葉の由来を調べていったら、日暮れの時間帯は暗くて行き交う人の顔の見分けがつきにくいから、「誰だあれは」という意味で、あの時間帯を「誰そ彼(たそかれ)」→「たそがれ」と呼ぶようになったことがわかったんです。あ、それおもしろいなと思いました。それで、そのお芝居は、群像劇ということは決まっていたので、十一人の若者が夢を持って東京へ出てくるけど、みんなもともと描いていたビジョンからずれていって、最後には自分が誰なのかさえ見えなくなるという話にしようと、内容が固まっていきました。こんなふうに、言葉を解体していって、芝居の中身を構築していくというのは、よくやるんです。今の堀本さんのお話を聞いていたら、俳句にもそういう作り方があるんだなぁと。だとすると、定型句もできそうな気が……。でも、それもきっと、やり方のうちの一つですよね。
堀本 そうですね。やり方の一つですね。
又吉 一つであって、しかも、結構特殊な一つじゃないですか。
堀本 かもしれないです。「舌戦」の句の場合は、発端は「舌」という兼題ですよね。それをまず辞書で調べました。それから歳時記を引いて「敦忌」を見つけ、安住敦の啄木忌の句を思い出し、そこに、自分の経験を重ね合わせる要素がたまたまあった。いろいろなものが、まるでパズルのように、ガチガチガチガチとかみ合ったんです。ただ、俳句に用いるべき言葉や経験を見つけられても、要は、そこからどう膨らませていけるかですよね。今の「誰ソ彼」のお話もそうですし、又吉さんだったら、それはできると思う。
又吉 いやぁ。
堀本 普段から、散歩をするとおっしゃっていましたね。それは、俳句を作るタイミングにあふれているということですよ。今は慣れていないから、何かひらめいても、パッと十七音にならないかもしれないけれども、言葉の断片をメモして大事にとっておいて、推敲しながら一句にすることをくり返すうちに、コツはあっという間につかめてきます。きっと、これまで又吉さんが見てきたいろいろな風景や、出会った人やものごとは、全部、ご自身の中にたまっているんです。読書もそうですね。今後、俳句を作ろうと思ったときに、まだ又吉さんの内側で眠っている言葉の数々や自ら体験してこられたさまざまなことが思わぬ一句を引っ張り出してくれるということが、多々出てくると思います。
何かのお題に対し、又吉さんがグッと集中して考えたときに、そこにパッと一句となってつながる。シナプスがつながるような瞬間が、これからきっと起こってくると思いますよ。
又吉 そうだとうれしいです。
堀本 又吉さんは、相当の蓄積をされているような気がしています。だから、僕は、定型句が作れるんじゃないかなと思ってるんです。
又吉 堀本さんが、大丈夫だよと励まし、説得してくれているような(笑)。
堀本 少しは、定型句が怖くなくなりました?
又吉 そうですね。俳句との距離がだいぶ縮まった気がします。今のテンションと勇気がしぼまないうちに、次回に臨みたいです。よろしくお願いします。
堀本 もっともっと、その距離を縮めていきたいですね。ではひとまず、お互いに自由に一句ずつ作ってみましょうか。勇気を持って(笑)。


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