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日本人の英語はなぜ間違うのか?
マーク・ピーターセン

まえがき

 早いもので、私が大学の専任教員になって、32年が経ちました。時々「今の学生の英語力はどうですか? 昔と違いますか?」というような質問を受けることがあります。そんなときに私はたいてい、「一概には言えませんが、二十数年前に比べたら、間違いなく、発音と聞き取りは幾分かよくなっています。その代わり、読解力がずいぶん落ちているという傾向があります。ただし、一般の大学生の1割くらいは、自分から進んで真面目に学習し、4年間で着実に上達します。その割合に昔と現在とで変わりはありません」というように答えます。
 本書では、日本の大学生が書いてしまいがちな英文と、日本の中学校で使われていた英語の教科書に共通して見られる典型的な特徴と問題点を取り上げ、その修正方法について考えてみました。書き進めながら、私の指摘が少し厳しすぎるかな、と感じることもありましたが、「自然な英語を書くために、これくらいは覚えておいてほしい」というポイントを押さえたつもりです。
 ただ、教育現場の実態を考えると「この程度の問題があっても仕方がないだろう」と思われる部分もあります。まず、学生のほうは、それまでの英語教育であまり鍛えられていないわけですから、大学に入ってからいきなり、伝えたい意味が正確に通じるような英文を書けるはずはありません。一方、教科書のほうですが、日本で“中学レベル”とされている水準に合わせて英語の教科書をこしらえることは、きわめて難しい作業です。限られた文法と語彙で自然な英文を作るには、相当の工夫が要るのです。
 現在の日本のように国民全員に一つの外国語を覚えさせようとすると、そのくらいの問題が生まれてくるのは当然といえば当然のことでしょう。もしアメリカの国民全員に日本語を覚えさせようとすれば、これより大きな問題が生じるだろうということは容易に想像できます。
 本書で目指したのは、日本語とは異なる感覚と論理で組み立てられる英語への理解を深めてもらうことです。具体的には、日本語で考えた内容を英文で書き表そうとするときに、起こり得る問題や奇妙な表現を各章で取り上げました。これらを一つ一つ克服していけば、英語での「伝達力」は確実に向上するはずだと思います。


第1章
英語教科書が抱える問題

 2011年度、小学校で英語の授業が始まりました。
 しかし、多くの日本人にとって本格的な英語学習を始めるときに出合うのは、依然として中学校の英語教科書でしょう。
 もし、その英語教科書に使われている英語が、不自然かつ誤ったものだったらどうでしょうか?
 そんなはずはない、という話ではすまされません。


学生たちに謝りたい
 私は大学で受け持っている「英作文」の授業で、最近まで学生たちに申し訳ないことをしていました。
 毎回、提出される作文を読むと、みなそろって同じ“ヘンな特徴”を示し、通常の英語には見られないような書き方になっています。私は、各自の“個人指導”のときに、それぞれの文を直しながら、「こんな書き方をいったいどこで習ったんですか?」などと、説教めいたことを言ったりしていましたが、それが間違いでした。学生にとって、そのような対応はフェアなものではなかったのです。何が問題なのか、具体的に説明しましょう。
 まず、次に挙げるのは典型的な学生の英文です。

Last year, I bought a bicycle. The bicycle was expensive.But l wanted the bicycle very much.
If I work hard at my part time job,I will make a lot of money. So,l worked hard at my part-time job.By the way, I like the bicycles of Italy such as Billato and Bianchi. In the future,l want to try running around Tokyo by the bicycle of Italy.

おそらく、学生がこの文章で伝えたかったのは「去年、私は自転車を買った。高かったが、非常に欲しかったのだ。一生懸命バイトをすれば、たくさんのお金を稼げる(と思った)ので、そうした。ところで、私はビラートやビアンキのようなイタリアの自転車が好き。将来、イタリアの自
転車で東京を走ってみたい」といったところでしょう。そこで、私は次のように最小限の添削をしました。

Last year, l bought a bicycle. The bicycle It was expensive. But,but I wanted the bicycle it very much.
If I work worked hard at my part time job,I will would make a lot of money. So,so l worked hard at my part-time job did that. By the way, I like the bicycles of Italian bicycles, such as Billato and Bianchi. In the future, I want to try running around Tokyo by the bicycle of Italy riding one around Tokyo.

※expensive=高価な Billato=イタリアの有名自転車ブランド
 Bianchi=同じくイタリアの有名自転車ブランド
 ride=(自転車などに)乗る

ここでの“ヘンな特徴”は、
  (1)代名詞を使わず、同じ名詞を繰り返して使う
  (bicycle,job)。
  (2)過去の話なのに、突然「未来形」が登場する(will make)。
  (3)不適切な動詞を使う(run)。
  (4)定冠詞 the を、それに続く名詞に与える意味まで考えないで使う(the bicycles of Italy)。
  (5)日本語の助詞「の」を英語に置き換えるとき、条件反射的に前置詞“of”を使う (bicycles of Italy)。
  (6)1文にまとめても大して長くならないのに、複数の短い文に切って書く(2文目と3文目)。
  (7)「したがって」という意味で文頭に置く接続詞“So”の後にコンマを打つ(So,I worked hard)。
  (8)文中の“such as …”の句の前に、コンマを打たない(the bicycles of Italy such as Billato and Bianchi)。
こうした書き方ばかりに出合うと、「たまには本物の英語を読んで、少し勉強してみればいいのに……」と学生の怠慢を責めたくなっていたのですが、ある日、そうした考え方が間違っていることが分かりました。私が以前に書いた本の読者から受けた、定冠詞“the”の用法についての質問が、私の間違いに気づかせてくれたのです。


間違いだらけの『かわいそうな ぞう』
 ある中学3年生用の英語教科書には、以下のような英文が載っています。

 Many years ago, there were three wonderful elephants at the Ueno Zoo. The elephants were John,Tonky, and Wanly. They could do tricks.
Visitors to the zoo loved to see their tricks.
 Japan was at war then. Little by little the situation was getting worse. Bombs were dropped on Tokyo every day.
 If bombs hit the zoo, dangerous animals will get away and harm the people of Tokyo. So, the Army ordered the zoo to kill all the dangerous animals such as lions, tigers, and bears. (*1)(下線・太字は引用者。
*は208ページの引用文献参照。以下同)
(平成28年の改訂版では “If bombs hit …”の直接話法の使用によって未来形の問題はなくなっています。“the people of Tokyo” は“people”と書き換えられ、また、“So, … .”のコンマはなくなっています)

※do tricks=芸をする situation=状況 bomb=爆弾
 dangerous=危険な get away=逃げる harm=害を与える
 order=命令する

(大意:ずっと昔、上野動物園には3頭のすばらしい象がいました。象たちは、ジョン、トンキー、ワンリーという名前で、いろいろな芸をするので訪れる人たちにとても人気がありました。日本はそのとき戦争中で、少しずつ状況は悪化していました。東京に毎日爆撃があったのです。もし、爆弾が動物園を直撃すれば、危険な動物たちが逃げ出して、東京に住む人々に危害を加えてしまうと考えた陸軍は、ライオン、虎、熊などといった危険な動物を殺すように命令を出しました)

この英文に関して、以下の指摘と質問を受けました。
 (1)下線部 “the people of Tokyo” ですが、限定詞のthe
 が付くと、「東京の人たち全員」を指すと思います。
 (2)本文の内容から考えて、ここでは「東京の人たち」という「不特定多数」を指すのであって、「東京の人たち全員」ではないと考えます。
 (3)したがって、ここは “people of Tokyo”と、無冠詞にすべきではないでしょうか。
これについて、私は次のように答えました。
 “the people of Tokyo”という定冠詞の使い方は、ご指摘の通り、不適切です。また、この短い(たった86語の)抜粋には、それ以外の問題も少なくありません。
 私なら、下記のように書き直します。

 Many years ago, there were three wonderful elephants at the Ueno Zoo. The elephantsTheir names were John, Tonky, and Wanly. They could do tricks. Visitors to the zoo loved to see their trickswatch them.
 Japan was at war then. Little by little the situation was getting worse. Bombs were dropped on Tokyo every day.
 If bombs hit the zoo, dangerous animals will getmight have got away and harmhurtthe people ⑥of Tokyo. ⑦So, ⑧so the Army ordered the zoo to kill all theits dangerous animals ⑩, such as lions, tigers, and bears.

※hurt=傷つける

①elephantsの繰り返しは不自然。
②tricksの繰り返しは不自然。
③過去の話なので、未来形のwill getの登場は、文法的にナンセンス。 would have got away and hurt peopleと書いても文法的には問題ないが、空襲の結果として必ずしもそうなるとは限らないので、might have got
awayを使うべき。
④harmよりもhurtのほうが自然。
⑤ご指摘の通り。
⑥theをとって、people of Tokyo と直しても、ofの使い方が依然としておかしい。“people of Tokyo” =東京人のつもりか? それとも「東京出身者」? あるいは、たまたまそのときに東京に来ている名古屋人でも“people of Tokyo” になると思っているのか? 本当はpeople in Tokyoの話のはず。なお、この文には、当然のことながら、Tokyoという語はそもそも不要。
⑦どうしてもここで切ってSoで新しい文を始めるのなら、“So,”ではなく、“So”と、コンマ(“.”)無しで書く。
⑧切らず、1文にまとめたほうが自然。
⑨theは間違いではないが、itsのほうが自然。
⑩コンマが必要。
また、その結果の、

 Many years ago, there were three wonderful elephants at the Ueno Zoo. Their names were John,Tonky, and Wanly. They could do tricks. Visitors to the zoo loved to watch them.
 Japan was at war then. Little by little the situation was getting worse. Bombs were dropped on Tokyo every day.
 If bombs hit the zoo, dangerous animals might have got away and hurt people, so the Army ordered the zoo to kill all its dangerous animals, such as lions,tigers, and bears.

をさらに自然に感じられる文にするなら、

 Many years ago, there were three wonderful elephants at the Ueno Zoo: John, Tonky, and Wanly.
They could do tricks,and visitors to the zoo loved to watch them.
 Japan was at war then, and little by little the situation was getting worse. Bombs were dropped on Tokyo every day.
 lf bombs hit the zoo, dangerous animals might have got away and hurt people, so the Army ordered the zoo to kill all its dangerous animals, such as lions,tigers, and bears.

というふうに磨きをかければよい。


あり得ない英語が掲載されている教科書
 しかし、教科書の「たった86語」に、英作文の授業で出合った“ヘンな特徴”がみな見事にそろっていることにびっくりさせられました。問題は「学生の怠慢」ではなく、私の授業の受講生が中学校の教科書で紹介された英語をよく覚えていたことにあったのかもしれません。
 なお、「磨かれているかどうか」はともかく、

 lf bombs hit the zoo, dangerous animals will get away… .

のように、英語としてはあり得ない言い方が中学生の教科書で紹介されるということが、なぜ起こるのでしょうか? ちなみに、この『かわいそうな ぞう』の英訳の出典として教科書に明記されていた Faithful Elephants(Yukio Tsuchiya作/Tomoko Tsuchiya Dykes訳/Houghton Mifflin Company)に目を通したところ、正しい英語で訳されていました。つまり、教科書に引用する際に「変更」がなされたわけです。
 もちろん、この教科書は数多くの規制がある文部科学省の厳しい検定を通過したはずですが、おそらく、その検定では英語の正確さ自体は暗黙の前提となっているため問われず、検定の対象は(たとえば、「多様なものの見方や考え方を理解し公正な判断力を養い、豊かな心情を育てるのに役立つこと」というように英語の正しさではなく内容が対象になっているなど)別にあるので、間違いがそのままチェックされずに残るのだろう、と想像します。
 問題は、その前の段階に出版社側で行われたはずのネイティヴ・チェック(英語を母語とする人による確認作業)の結果です。そのチェックによる訂正が最終的に無視される、ということも十分にあり得るでしょう。とりわけ、

 If bombs hit the zoo, dangerous animals will get away… .

のような文は、訂正が無視された可能性がきわめて高いと思われます。というのも、過去の話なので、良心的なネイティヴ・チェッカーが目を通しているのであれば、willwould(もしくはmighthave gotと過去形に訂正されるはずですが、その後の編集会議では、「wouldは、まだ紹介されていない『仮定法』となってしまうから、使えない」との勘違いによって、訂正結果のwouldwillに戻されてしまったということが十二分にあり得るからです。言うまでもなく、ここでのwould(またはmight)はただ単に過去形であり、「仮定法]とは関係ありません。もし、仮にこうした過去の話に「仮定法」が登場するとすれば、それは、

 If bombs had hit the zoo, dangerous animals would [might]have got away… .(もし爆弾が動物園を直撃していたら、危険な動物たちが逃げてしまっていただろう[いたかもしれない])

という、実際には起きなかったことを「仮に起きたとすれば」と想定する場合になります。

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