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アジア新聞屋台村
アジアシンブンヤタイムラ

著者:高野 秀行
■ISBNコード: 978-4-08-746415-3
■判型/総ページ数: 文庫判/304ページ
■発売年月日: 2009年3月19日
   プロローグ 宇宙人の会社

 何事も始まりというものがある。そして、「こんな始まり方はないだろう!」と思わず言いたくなるような始まりというものもある。

 二十一世紀まで残すところあと三年というある夏の夜、アパートの部屋に奇妙な電話がかかってきた。
「もしもし、タカノさんでいらっしゃいますか?」
 若い女性の声だが、どことなく発音がおかしい。私はナイターを見ながら缶ビールをぐいぐいやっているところで、ほろ酔い気分で答えた。
「そうですが、どちらさまですか?」
「エイリアンのレックと言いますが、原稿を書いてください」
 エイリアン? なぜ、宇宙人が私に原稿依頼を?
 たしかに私はフリーのライターだが、地球人でも自分のことを知ってる人は少ないというのに……。酩酊した頭で不審に思いながら、返事をした。
「どんな原稿ですか?」
「タイについてのコラムを書いてほしいです」
 宇宙人が私にタイのコラムを依頼するわけがない。そこでようやく私は依頼者が地球人だということに気づいた。でも、日本人じゃない。
「あなたはタイ人ですか?」私は訊いた。私は以前にタイのチェンマイという町に二年ほど暮らしたことがある。彼女のしゃべり方には、そのときよく耳にしていた懐かしいイントネーションがあった。
 レックと名乗る女性は「そうです」と答え、私のチェンマイ時代の知り合いの名前を挙げた。その人に紹介されたという。
 だが、タイ人が日本人に、タイに関するコラムを書いてほしいというのも変な感じがした。それに、私のタイ語はごく簡単な日常会話ができる程度で、とてもコラムなんて書けない。
 そう伝えると、レックさんは「いえ、日本語でもいいです」と言う。
「日本語でも」とはどういう意味だろう。「タイ語でもいい」ということなのか。それとも、地球の言葉なら何語でもいいのか。彼女の言うことはいちいちひっかかる。一度消えた宇宙人説が復活しそうになるのをおさえて、私は訊いた。
「いいですけど、分量はどのくらいですか?」
「ぶん…りょう…?」彼女は戸惑っている様子である。文章の量だと説明すると、「ちょっとお待ちください」と受話器が置かれた。なにやら紙がこすれるようなカサカサという音が聞こえる。
 いったい、何をしてるんだろう? 私は缶のビールをまたごくごくと飲んだ。
 しばらくして、レックさんはこう言った。
「もしもし、えーと、今、計りました。縦が二十四・五センチで横が十七センチです」
 私はビールを噴き出しそうになった。それはコラムの欄の物理的な大きさじゃないのか!? 何字何行っていうのはないのか!? カサカサいってたのは定規を当てる音だったらしい。

 こんな原稿依頼は初めてだ。わけがわからない。
 これ以上電話で話しても埒が明かない。
「直接会ってお話ししましょう」私が言うと、レックさんもホッとしたみたいだ。
 受話器を置いて見わたせば、相も変わらず三畳一人暮らしの殺風景な部屋である。
 今のは何かの間違いだったような気がした。そのまま、私は飲んだくれて眠った。

 しかし翌日、目が醒めるとちゃぶ台の上の紙切れに、乱れてはいるが、「エイリアン レック」と紛れもない私の字で記されていた。
 やはり夢でも間違いでもなかったらしい。
 私は謎のレックさんをたずねて、これまた謎の「エイリアン」という彼女の会社に向かった。 (…この続きは本書にてどうぞ)

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