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九時まで待って
田辺聖子
   OSAKA 氷 雨
     1

 一日じゅう、稀は電卓を手にして、お金銭の計算をしていた。各誌の締切があるので(中にはもう過ぎているのもある!)朝から電話は狂ったように鳴りつづけていた。はじめは私も律儀にいちいちとりあげ、
「はい。……そう申し伝えます。はい、わかりました」
 と受けこたえし、切ってから稀に、
「『ジュリア』のエッセー。いつになりますかって」
「『猫のデデ』、お願いしますって。ひたすら、お願いしますって。赤ランプが点滅してますって冗談いうてはった。でも、声が引き攣ってたわよ」
 などと報告していた。『猫のデデ』というのは稀が連載している小説のタイトルである。べつに猫が主人公なのではなく、猫のような女で、アダナをデデというのがヒロインである。
「じゃかッし! ぐだぐだぬかすな!」
 稀は吠えた。仕事がたてこみ、遅れるとイライラするので、そんな風にどなることはあるが、それでも仕事のイライラだけだったら、もう少しはご機嫌がいいはず。何たって、こうも、
〈仕事の洪水に押し流されてる〉
 というのは稀の優越感をくすぐるからなのだ。
 三年前、稀はある文学賞の新人賞をもらった。それから頓に仕事がふえた。一つ二つはテレビドラマ化されて評判もよかったから、今まで来なかったような、ポピュラーな雑誌からの注文もふえたのである。稀がもらった新人賞のそれは、純文学関係であるが、稀はそれを機会に、違うジャンルの小説も書きはじめ、それはかなり現代の穴場だったらしくて、当ったというべきであろう。私が読んでも、文章に一種の「太刀風」というような鋭さがあって、それでいて面白かった。世間もそう思ったのかもしれない。はじめて週刊誌の連載の話が来て、稀はギャアギャアとわめいて喜び、(稀は三十二だが、ウチウチの、私に対した時はコドモみたいになる)ありったけの力を集中して書いた。新聞社系のぱっとしない週刊誌なので、連載中は話題にならなかったが、その新聞社から一冊にまとまって刊行されると、またもや、かなり売れたのである。
 稀はテレビ出演も乞われるようになった。若く見られるほうで、二十七、八ぐらいに人には思われている。大学を出て三、四年はサラリーマン暮らしをしていたので、それがいまも身についていて、髪も短く刈り、夏でも白いスーツにネクタイをきっちりつけてテレビに出たりする。稀はいまは作家と呼ばれているが、ほんとうはそれが嬉しくてならないのに、(作家になりたくて仕方なかったくせに)
「作家なんていややな」
 というのである。
 テレビ出演をいわれると、
「テレビなんかへ出て、顔、おぼえられとうない」
 といいながら、内心は嬉々として出ている。テレビ出演用に、スーツをいっぺんに三着作ったりする。金廻りがよくなったのが自分でもこたえられない快感らしい。
(オダ・レンかて、こない儲けてへんやろな、ミッチイ)
 と上機嫌で私にいう。私のことを蜜子とよばないでミッチイという時は上機嫌な証拠である。
(トミタ・ジュンかてそや。あいつも霞んでしもた)
 オダ・レンもトミタ・ジュンも、稀と同じようなころにデビューした若手の作家であるが、そのあと、一、二作書いて沈黙している。どちらも本業を持っていて、小説で食べているというのではないようであった。
 彼らにくらべると、大衆受け、というより女性受けする小説を書くようになった稀は、しこたま有名になった。(しこたま有名になるっていいかた、いけないかしら? 稀は私の言葉づかいがヘンだと嗤うが、そのあと彼の書く小説に、その通りの言葉がでてくることがある)女性読者に人気があるみたい――眉が濃くて甘さの漂うルックスで、長身の稀は、女の子のファッション誌に写真がよく載るようになった。
 彼はそれもいやがっていない。
 自分の写真を丹念に自分でえらぶ。
(これにして下さい……いや、そっちはダメ――うーん、いや、これがまだマシかな)
 などとこまかく指図し、雑誌が送られてくると、自分の写真に飽かず見入り、その上の「浅野 稀」という字についても、
(もっと大きいほうがよかったナ)
 と文句をいったりするのだった。自分の名前が好き、というより、名前が新聞や雑誌や週刊誌に出るのが大好きみたい。浅野稀というのは本名である。少し前、女性誌「ジュリア」に稀の特集が載ったが、このときなんか大変だった。締切でがんじがらめの日程をやりくりして稀はまる三日、撮影につきあい、私もずうっと付き人みたいに付き添わなければならなかった。写真ができあがると稀はレイアウトにまで注文を出した。
〈週末、浅野稀する〉
 という文句も、稀自身が指定したのである。
 夕暮の道頓堀でたたずんでいる稀の写真の横に、二、三行、これも稀の書いたもの。
〈僕の好きなもの――冬の黄昏。孤悲という、恋のあて字。老朽した山波。付け睫毛の片方が落ちてる朝のベッド――ぼく自身〉

 稀は、自分自身を綺麗な包装紙で包み、リボンをかけてシールを貼って売り出すのが大好きで、またその才能もあった。そして、
(オダ・レンなんて、あいつら、それがでけへんから、あかんのじゃわ)
 なんて、吉本興業的大阪弁をわざと偽悪的に使って喜んでるのだった。稀は日常でもそんな言葉を愛用する。「じゃかッし」というのは、「やかましい」を下品に崩した大阪弁である。甘い美貌の稀がいうと、吉本興業弁も愛嬌に聞えるので、一緒に暮らしはじめた当座、それは私を大いに楽しませたものだった。稀はごく中流の生れ育ちなので、本来、ガラは悪くなかったが、面白がって品の悪いコトバを使っているうちに、今では日常自然に出てくるようになった。――尤も、テレビではイントネーションに上方弁をとどめながら、言葉は完全な標準語を使う。
 稀は自分演出の臭さを自分で知っていて、
(まあ、今はキザらせてもらいまひょか)
 なんていっている。そうして、
(こういうカンが、トミタ・ジュンにはないねんからアホじゃ、あいつは)
 という。稀の人生はただいま、他の同年齢作家と比較して優越気分に浸ることで成り立っているのである。私は全面的に稀に賛同しているわけではない。私自身は富田純のゴツゴツした私小説をきらいではないし、(進んで買って読もうという気にはならないが)小田廉の率直で簡潔な文章の小説も悪くはないと思っていた。けれども、稀のその言い方が面白かった。
 そう、ただいま私にとって、稀は、面白くってならないのである。
 とっても気が合う――。(と、稀も、私のこと思ってるに違いないと思う)

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