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お目にかかれて満足です 上
田辺聖子
 ゆうべ、洋は心臓がドキドキする、といって、夜中に私を起した。
「苦しいよ、何とかせえや、オイ」
 何とかせえや、といったって、どうしようもない。私は医者じゃないんだし。
 でも彼の心臓に手を当ててみると、ほんとうにドキドキと脈打っていて、私、人間の心臓がこんなにドキドキするものだとは全く知らなかったから、
「ホントだ! うんと早いぞ」
 と感心した。そうして私は、自分の脈搏とくらべてみたい、という誘惑に勝てず、洋の心臓に当てている手首を、片方の手でさぐり、脈に触れようと試みた。でも、医者でも看護婦でもない私は、脈のありかがよくわからなかった。
(おかしいな、脈がないはずないのに……)
 その間も、洋の心臓は大あばれ、大いそぎといったふうに、
「ドク、ドク、ドク……」
 と早鐘を打っていた。私はマスマス、自分の平静な、健康な(と思われる)私の脈搏とくらべて、その異常度を知りたくてたまらなくなった。これは洋の身を案じて、というより、純粋な好奇心から、というのに近い。
 それが洋には分ったとみえて、
「オイ、何しとんねん……背中さするとか……『西宮』へ電話するとか……あ、苦しい、……何とかせえ!」
 息もたえだえに叱りつけた。
 ベッドの枕元のデジタル時計を見ると、午前一時だった。こんな時間に「西宮」へ電話して、ホントウの急病、大病ならいいが、もしたいしたことがないなら、どうしてあとのつづまりをつけるのだ。「西宮」というのは洋の長兄で、産婦人科の病院をやっている医者の海太のことである。どこの家でも親戚を呼ぶとき、そういうことが多いように、ウチでも、地名で呼んでいた。
 親戚だけに、かえって急場のときは頼りにくい気味がある。ただ、洋も実際に電話をかけて往診をたのむとか、指示を仰ぐとか、いうよりも、イザとなれぱ「西宮」へ電話したらいい、ということで心の底に、かすかな安心感をもっており、それが口ヘ出てくるらしい。西宮は産婦人科なのだから、心臓ドキドキとは関係ないのだ。
「フーム、フーム……」
 と洋は喘いだ。まだ、彼の心臓は、めざましく、ばたばたと荒れ狂っていた。
「ハア……ハア……」
 私は洋の背中へ手を廻して、撫で下すことにした。
(何ともないだろう……)
 という楽観と、
(大丈夫だろうか? 「西宮」へちょっと電話して、聞いてみようか?)
 という気と半々である。どうしていいか分らない。
 こういうとき、私はいかにも自分で自分を、
(──物の役に立たない)
 人間だ、とつくづく思ってしまう。
 私という人間は、二ヵ月前、三十二になったのだが(夫の洋は五つ年上でこれは六ヵ月くらい前、三十七になった)三十二になったと決して大きい声でいえぬ、妙ちきりんな所があるのだ。
 三十二といえば、世間ではもう、リッパな中年で、思慮分別、貫禄威厳のそなわった堂々たる社会人である。
 人前でハッキリ意見をいい、
(それはマチガイでございますわ)
(イイエ、こうしたほうが)
 と的確に指摘できるはずなのだ。
 三十二のオンナがまかり通る所、紅海の水が二つに割れてモーゼを通したように、人々や世間は、サーッと道をひらき、うやうやしくあたまを下げるもの、という認識が私にはある。
 小学生や中学生の子供の教育について明確な理念をもち、もと大臣の汚職について厳正な批判が出来、総選挙の結果について、街頭録音のマイクを向けられれば、
「……それはこうじゃないでしょうか、つまり、でございますね」
 と日本の政治状況を分析できる。
 夫の職場における働きを内から支え、上司の家庭への社交とか、同僚部下のもてなしとか、そういう、いろんなこと(私はしたことがないので想像もつかない)ができる。
 そういう年頃ではないだろうか、三十二、って。
 まして夫の急病、という急場のことになれば、右か左か、迅速果断な決断ができるのではないかと、私は少からぬコンプレックスを感じている。私は、どうしていいかわからないのだ。
 こういうとき、ホントにこまってしまう。
 オトナになりきれない自分、というものを思い出させる機会を強要した洋に、憎悪を感じてしまう。
 まあ、そんなにまわりくどくいわなくても、常に、私が看護するほうにまわり(というほどのことは何にもできないが)自分が病気になってしまうほうを選ぶ洋に、ハラを立てているといってもよい。
(タマには、私が「心臓がドキドキする……フーム、フーム」といってみたいもんだ)
 と、私は恨みがましい目つきで、洋の、横向けに寝ている首筋をみていたりする。私の方は、いたって頑健で、かつて風邪さえ引いたことがなく、まして夜中に心臓がどうの、ということなんか、皆無だった。それに、たとえ私がそうなっても、洋はめったに起きてくれるわけではなく、
(あした、会社があるからな)
 と、うるさそうに寝返り打って、すやすやと寝てしまう、私はいつだか夜中に、きりきりとおなかが痛んで辛いことがあったが、
(洋。おなか痛いよ)
 と小さい声で訴えた返事がそれだった。私はそのとき、一生けんめいで起きあがり、痛むおなかを押えながら、やっとの思いで薬を服んだ。そういえば、もう二年ほどまえ、急性のはげしい膀胱炎をおこしたときも、壁を伝わって匍いながらトイレヘ起ったり薬を服んだりした。
 洋が起きてくれないとわかると、私は自分で辛抱するのだが、その辛抱が、どこまで辛抱してよいか、よく分らないところがある。もう、辛抱しきれない、堪えられない、というところがなく、いくらでも堪えてしまう、こういうものだとあきらめれば、堪えるところがある、これはどういうのであろうか、つまりは鈍い、ということだろう。それに、辛抱に歯止めがないのと同じで、甘えるにもトメドがない気がするのだ。
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