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change the WorLd
エル

著者:M
著者:大場 つぐみ
著者:小畑 健
■ISBNコード: 978-4-08-771210-0
■判型/総ページ数: A5判ハード/176ページ+口絵2ページ
■発売年月日: 2007年12月25日
    L23 運命


「ルームサービスをお持ちいたしました、竜崎。今夜は、向島の言問団子を……」
 ホテルのボーイを気取った言葉で、和菓子を満載したワゴンを押してきたワタリは、異変に気付いた。普段であれば、一時も休むことなく手を伸ばし続けるLによって平らげられているはずの、テープルの上のお菓子が、まったく減っていないことに。
「どうしました? 竜崎」 身動きしようとしないLの前に、厳重にしまわれていたはずのデスノートが聞かれている。
「キラと決着をつけます。すでにあまりにも多くの人命が失われすぎています」
 Lは、ノートの端をつまむように持ち、開いたページをワタリに示した。
「これが、デスノートに記される最後の名前です」
 エル・ローライト 23日後、眠るように心不全で死亡――」
 まぎれもないL自身の筆跡で、Lとワタリしか知らない、Lの本名が記されていた。
 驚きに□を開きかけたワタリだったが、それを押しとどめ、自らの思いを封印しようとするかのように瞑目した。
 Lの決定はすべて受け入れ、全力で支援する。それがLと初めて出会った事件………推定八歳の少年が第三次世界大戦を食い止めた「ウインチェスター爆弾魔事件」から、ワタリが心に決めたことだったからだ。
 ワタリにはわかっていた。どんな時もLは事実を客観的に分析し、「なすべき事」を自分自身で決めるのだと。たとえ自らの命に関わることであっても、事件解決に至る唯一の手であると導き出されれば、躊躇なく選び取られる。
 同時にLは、自分が「生きている」という、その事実だけで多くの人が救われている(という表現を大仰に感じるならば、「多くの人が命を落とさずに済んでいる」)こともまた、充分に理解していた。
 その上でLが決めた「選択」なのだ。どうしてワタリに異議が唱えられようか。それに、何を言っても、何をしても、「デスノート」に記された「運命」は覆らないのだ。
 すべての感情を抑え込んで、ワタリは静かに声を発した。
「……あと23日ですか」
「あと23日です。ワタリ、これからは、L以外のアルファベットと共に世界を支えてください」
 ワタリに告げたことでようやく肩の荷が下りた、というように、Lはお菓子に手を伸ばす。
「L、あなたに取って代われる者など……」
 ワタリは、首を振って嘆息した。
「L」………それはワイミーズハウスにおいては、「アルファベットの十二番目」を意味するものではなかった。それは、続く者の存在しえない孤高としての「LAST」であり、全知全能なる者よりの、天からの落とし子たる存在としての「LOST」なのだ。
 わずか八歳ほどの少年が、至高にして孤高の名探偵「L」として、全世界の警察、諜報機関を掌握できる存在となってから、ワイミーズハウスの存在意義は、「Lを継ぐ者」であり、「Lに次ぐ者」を育成することとなっていた。
「ワイミーズも、体制を立て直さなければなりませんな]
 ワタリは、言問団子を口に運ぶLの丸まった背中を見守り、静かに「Lのいない世界」に思いを馳せた。それは、ワタリの目の前からだけでなく、文字どおり「世界」からLが失われることでもあった。


    L19 焼失


 テーブルに置かれた巨大なガラスポットには、白い角砂糖がぎっしりと詰まっている。Lは左手で角砂糖を一つずつつまみ、□に入れる。
 ソファの前には、大小五十以上に及ぶモニターが据え置かれていた。昨日まで、世界各国のニュースや監視映像が、すべてのモニターに映し出されていたが、役目を終えた今、一つを残してすべてが沈黙していた。
 そのモニターには、日本のテレビ放送が映し出されていた。お昼のワイドショーが、芸能人の離婚騒動を一大スクープとして報じている。
 Lが画面に顔を向けるのと同時に、スタジオがあわただしい気配を見せ、画面が切り替わった。警視庁の緊急記者会見だ。警視総監の挨拶に続き、説明に登壇したのは夜神総一郎だった。
「キラによる犯罪者無差別殺人事件は終結しました。二度と、キラが犯罪を起こすことはありません」
 その発表に、場内はどよめき、一斉に質問が飛び交う。
「それはキラを逮捕したということですか? それともキラは死んだんですか?」
「キラはいったいどうやって人を殺していたんですか?」
「答えてください!!」
 報道陣が詰め寄る中、夜神総一郎が会見の終了を告げ、席を立つ。会見場は騒然となった。
 Lは、何の感情も表そうとせず、画面を見つめていた。
「キラ……、いや、月は死んじまったな」
 誰もいないはずの部屋に、不意に声が響く。だが、Lは動じることもなかった。背後からの光で、床の上にその人ならぬ異様なシルエットが浮かび上がっていたからだ。セキュリティシステムを一切作動させずにこの部屋まで入ってこられるのは、壁を自由にすり抜けられる存在……死神しかいない。
「死神のあなたが、この世界にもたらしたデスノート……」
 Lの傍らには、二冊のデスノートが置かれていた。Lはおもむろにその一冊を手にして、キャンドルの火に近づける。死神リュークは、幾分不満そうな表情を浮かべるが、止めようとはしなかった。
「なんだ、お前も面白い使い方するのかと思ったぜ。せっかくルールも全部教えてやったのにな」
「面白い使い方、ですか?」
 Lが顔を上げ、鋭い視線で、じっとリュークを見つめる。ぬっと顔を寄せてきたリュークの見開かれた目に、Lの姿が映り込んでいた。
「俺がそのノートを人間界に落としたのは、死神界が退屈だったからだ。楽しませてくれたよ、月は。お前も面白い使い方で、俺を楽しませてくれるかと思ったんだがな」
「人を殺すことが面白いわけないじゃありませんか。それに私はもう、このノートを使ってしまいました」
 Lはノートを開くと、両手の指先でつまむようにして持ち上げ、リュークに示した。
「私はデスノートに私自身の名前を書きました。私がこのノートを使うのは、これが最初で最後です」
 リュークは不必要なまでにノートに顔を近づけ、くんくんとにおいをかぎながら、記されたLの本名を凝視する。
「あれほど月が知りたがっていた、お前の本名。それをまさかデスノートに、お前自身が書くとはな」
 耳まで裂けた口の端を歪め、鋭く尖った歯をむき出しにして、くくく、と嗤う。
 Lは、それきり死神の存在を忘れてしまったかのように、ノートを手にしたまま動きを止めた。
 しばらくその様子を見ていたリュークだったが、やがて首をこきこきと鳴らしながら、不自然に身体をねじ曲げた。
「お前は使わないのか。つまらないな」
 月が死んだ時と同じように呟いたリュークは、風を起こさずに羽ばたいて上昇し、そのまま天井を突き抜けて消えてしまった。
 再び静寂が訪れる。Lは、ノートを見つめて、爪をがりがりと噛み続けた。

    L18-1 駿河

「こんなに無防備でいいのか?」
 監視カメラに顔を見せただけで開かれた扉に、駿河は首をかしげながら、キラ対策室に足を踏み入れた。
 ひと目見ただけで、指紋認証、網膜照合や金属探知をはじめとした何重ものセキユリティが施されていることがわかったが、それらが作動することはなく、FBIの身分証すら見せる必要がなかった。
 壁面の案内灯に導かれるままにエレベーターに乗り、地下四階に降り立つ。分厚いゲートが開いたその先は、まさしくキラ対策室の中枢、作戦室だった。広い室内には人の気配はなく、中央に置かれた無数のモニターは、今は電源が落とされ、一つも映ってはいなかった。
「FBIの捜査官だが、誰かいないのか?」
 無人の室内に駿河の声だけが反響し、また静寂が訪れる。最悪・最強の殺人鬼、キラとの攻防が繰り広げられたことなど知らぬげに、ひっそりと静まり返っている。
 頭をかきながらきびすを返した駿河の眼前に、その男は、いた。
「うわっ!」
 いきなり背後に現れた人物と、その近さに、駿河は思わずのけぞった。
 男は、身を屈めるようにして駿河をじっと見つめていた。
 ぼさぼさの絡まり合った髪の毛に、白の飾り気のない長袖シャツと色褪せたプルージーンズ。身を屈めて身構えているように見えたがそうではなく、極端な猫背らしい。そして、それらの「異様なパーツ」の組み合わせの中で最も目を引くのは、極度の不眠症を思わせる、隈取りを施したような目だった。
「君は……?」
 警戒を解かずに、駿河は距離を保って尋ねる。
「竜崎と呼んでください」
 そっけなく言って男はソファに飛び乗った。ソファの上で膝を抱えるような窮屈な格好で、巨大な金魚鉢を思わせるガラス壺の底にわずかに残った角砂糖に手を伸ばす。
 ――こいつは、本物なのか?
 キラ対策室で、Lが「竜崎」を名乗っていたことは知らされていた。背を向けて関心を示す風もない相手に幾分ムツとしながらも、駿河は、背中を丸めた姿勢の悪い後姿を、値踏みするように観察した。
 Lが本名と素顔を決して明かさないことは周知の事実だ。ロサンゼルスBB連続殺人事件で、Lと共に動いて事件を解決した南空ナオミの前にすら、Lとしては姿を現したことはなかったのだ。
 故に駿河は、相手がどう答えようが、その言葉を信じざるをえない立場ではあった。だが、目の前の男はあまりにも、「世界一の名探偵」というイメージとはかけ離れていた。
「あー………すまない。直接的な聞き方になるが、君は『L』なのか?」
「はい、私もLです」
 竜崎と名乗る男の答えは、はぐらかすように、微妙にずれたものだった。だが、その答えによって、駿河の中ではかえって信憑性が高まった部分があった。
 他に人がいる様子が無い以上、まずは目の前の男に取り入ることだ。こちらの目的を悟られぬように……。そう思いながら、駿河は咳払いをして、男の座るソファに近づく。
「俺はFBIの駿河秀明。レイとは同期で、一緒に訓練を受けた仲なんだ。今は、ナオミの仕事を引き継いでる。二人の結婚披露宴の司会も頼まれてたんだが……」
 思わずしんみりした口調で漏らすと、ソファに座る男は、そこで初めて関心を持ったというように振り向いた。「振り向いた」というより、身体は前を向いたままに、首から上だけを文字どおり、「折り曲げた」かのようで、不自然な糸の操作をされた操り人形のようにも見えた。
「FBIの、駿河さん……ですか?」
 絡まった髪の毛の間から覗き見るように、男は駿河の額の辺りに焦点を定める。
 潜入捜査の基本として、駿河は表情には一片の感情の変化も表さなかったが、内心は総毛立つような悪寒に襲われていた。
 身分証は、FBIが作成した「正式に偽造された身分証」だったし、当然Lがハッキングして調べるであろう経歴も、すべて「駿河」に書き換えが行われ、落ち度は無いはずだった。
 ――もし、コイツに俺の本名が見えているとしたら…… その思いを飲み込み、駿河は言葉を続けた。
「L……いや、竜崎に一言お礼が言いたくって来たんだ。キラを倒して、レイやナオミの仇をとってくれたんだからな。俺にできることがあったら、何でも言ってくれ」
 駿河を見つめた格好のまま、Lを名乗る男はテープルの「金魚鉢]の中に、手探りで腕を差し入れた。
 すでに角砂糖は一つも残っておらず、空しくガラス壷の中で腕をさまよわせたLは、愕然とした表情で、突如ソファから飛び降りた。 (…この続きは本書にてどうぞ)

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