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終わりは始まり
オワリハハジマリ

著者:中村 航
イラスト:フジモト マサル
■ISBNコード: 978-4-08-771223-0
■判型/総ページ数: 四六判ソフト/128ページ
■発売年月日: 2008年5月26日
『バレてもいい、モテれば』

「モテれば何でもいいというわけではないのだか、それはともかく生徒よ、これが回文というものです。下から文を読んでみなさい」
「ばれテモ、いいもてレバ……。す、すごい! これが回文なんですね。先生! 私はモテるんだったらバレてもいいです!」



「登場! 回文刑事」の巻


「ガイシャは二十八歳。貴金属商を営む男、独身です。死亡推定時刻は、昨夜の九時から十一時くらい。凶器は鋭利な刃物で、胸部を刺されてほぼ即死だそうです」
 現場では新米のサイトウによる説明が続いていた。
「部屋に荒らされた形跡はなく、玄関は内側からロックされています。代わりに窓が開いたままです」
 私は窓の外を眺め、それを口にした。
「階下、美人耳鼻科医か……」
「ええ。この部屋の真下は、耳鼻科になっています。耳鼻科の女医は、医院を閉めた午後七時に、全身黒ずくめの怪しい男を見たと証言しております」
「……階下、美人耳鼻科医か」
「はい。気になりますか? 念のため彼女のアリバイは取ってあります。午後七時半に友人と待ち合わせ、行きつけのレストランで食事。その後まっすぐに帰宅しています]
 サイトウはさらに説明を続けた。
「ガイシャの第一発見者はここの管理人です。ホシが残していったと思われる遺留品は、この鍵だけでした。他には髪の毛一本落ちていません。指紋もガイシャのものしか検出されておりません」
「階下、美人耳鼻科医か?」
「ええ。かなりの美人です。しかし女医には、確かなアリバイがあります」
「サイトウよ。おまえは何か気付かないのか?」
「はい……]
 しばらく考えたサイトウが、再び口を開いた。
「犯人はこの窓から逃げたものと思われます」
「そうじゃない。私の言いたいのは、」
 私はサイトウの目を見て、ゆっくりと言った。
「階下、美人耳鼻科医か」
「美人……、耳鼻科医……」
 眉間に皺を寄せ、サイトウは黙考する。
「サイトウよ。行き詰まったときには、裏から物事を見てみるんだ。上からだけでなく、下からも物事を眺めてみるんだ」
 黙考を続けるサイトウに向かって、今度は囁くように言ってみる。
「かいか、びじんじびかいか」
 長考を終えたサイトウは、ゆっくり口を開いた。
「……美人耳鼻科医と聞いて私が思うのは、美人という概念には何医が似合うか?ということです。つまり美人歯科医は光りますが、美人耳鼻科医は光らないということです」
「……」
「美人歯科医に口を覗かれるのは、艶のあるできごとです。痛いですけど我慢してくださいね、なんて囁かれたらどきどきします。だけど美人に鼻の穴を覗かれるのは嫌なんです。ピストルみたいな機械で、ずずり、と鼻汁を吸われるのも嫌なんです」
「……」
 階下、美人耳鼻科医か――。
 私は一人、心のなかでつぶやいてみる。この世界に私は一人だ。

 私は通称・回文刑事。
 物事を裏から、そして言葉を下から眺めることのできる県警唯一の男だが、この新米はまだ私の作品に気付いていない。 (…この続きは本書にてどうぞ)

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