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カオスの娘
シャーマン探偵ナルコ
カオスノムスメ

著者:島田 雅彦
■ISBNコード: 978-4-08-774862-8
■判型/総ページ数: 四六判ハード/352ページ
■発売年月日: 2007年6月5日
 人間は自然の中で暮らし、自然の恩恵を受け、自然に威圧され、時に自然を変化させ、そしてまた自然に還っていった。太古の狩人たちは 自然との関わりの中から独自の信仰を編み出した。動物だけでなく植物や鉱物、山や川、雨や風、さらには道具にも霊が宿っていると考えた。 それは、教義も、教会も、聖典もなく、教祖や聖職者さえも存在しない世界共通の宗教であった。霊と交わり、魂の旅をし、あの世を見、恍惚の 境地に入るシャーマンがその宗教の儀礼を司っていた。彼らは夢のお告げに従い、残酷な運命に向き合った。「シャーマン」はシベリアの狩猟 民ツングース諸族の言葉「サマン」に由来する。呪医であり、祭司であり、霊能者でもあるシャーマンの存在と役割はシベリア、モンゴルのみ ならず、アフリカ、東南アジア、東アジア、北極圏、北米、アマゾンに至るまで、共通しており、その広がりはグレートジャーニーの足跡と重なる。 シャーマン、そしてこの世界共通の自然宗教は、キリスト教や仏教、イスラム教などの世界宗教や近代主義によって迫害されたが、その命脈は 尽きたわけではない。夢見るシャーマンの時代は終わったが、いずれまた彼らの出番が巡ってくる。今日の情報資本主義社会においてさえも、 シャーマンが果たしうる役割は残っている。


     テイレシアスの末裔

 夢は売ったり、買ったりすることができる。
 ナルヒコが見る夢を最初に買ってくれたのは祖母だった。人は自分が見る夢に救われるものだ、と祖母はいった。夢で見たこと、聞いたことを、 見たまま、聞いたままに話せば、小遣いをくれた。ある時、ナルヒコはこんな夢を見た。
 ナルヒコはパンツー枚で校庭に這いつくばっている。同級生たちはナルヒコをウサギだと思っている。連中は竹槍を持って、ナルヒコを追いかけ 回す。ナルヒコは四つん這いになって必死に逃げ回るのだが、膝に怪我をしていて、思うように走れず、すぐにゴミ捨て場に追い詰められた。 竹槍の切っ先が尻に向けられた時、ナルヒコはカラスに助けを求めた。すると、電柱にとまっていたカラスが急降下してきて、嘴で奴らの尻を 突き、追い払ってくれた。
 この夢は五十円で売った。祖母はこういってナルヒコを励ました。
――昔は私もよく動物に助けられた。動物を味方に付けるのはいいことだ。動物は決して裏切らないから。今度はおまえがカラスに恩返しする 番だ。夢の中の借りは夢の中で返さなければならない。ちゃんと借りを返してきたら、百円やるからな。
 思い出したくない夢も見た。火だるまになった女に追いかけられたり、腹に太い枝が刺さった男が母の名前を叫びながら、家のドアをこじ開け ようとする夢を見た時は、その恐ろしさに冷や汗をかき、一日中、黙りこくっていた。そんな時は決まって、祖母が「悪夢を見たね」と肩を抱いて くれた。祖母は暢気な夢よりは悪夢の方を高く買ってくれた。祖母はいった。
――生きていれば、いやなこともあるし、いやな夢も見る。いい人間になるためにはつらい思いもしなければならない。自分が見た夢が何を おまえに伝えようとしているのかがわかるようになったら、おまえも一人前だ。でも、祖母ちゃんはそれまで生きていられないだろうな。
 夢は目覚めるそばから忘れてしまうものだが、訓練次第でその記憶力を鍛えることもできる。ナルヒコは、祖母に夢を買ってもらいたい一心で、 夢をしっかり生け捕りにする術をいつしか身につけていた。祖母は「おまえには才能がある」ともいった。何がしかの才能を認められたのは、 あとにも先にもそれ一度きりだった。
 もっとも、その能力を磨き上げるのと引き換えに厄介な病気を我が身に背負い込むことになった。時と場所を選ばず、不意に眠りに落ちて しまう眠り病、「ナルコレプシー」である。母が初めて息子の病名を聞かされた時、医者は悪い冗談をいっていると思った。まるで息子がこの 病気にかかることがあらかじめ決まっていたようで、笑うしかなかった。ナルコレプシーは文字通り、ナルヒコの病気となった。どうやら夢見る 能力と眠り病のあいだには深い因果関係があるようだった。
 祖母もよく日なたの描のように居眠りをしていた。時には目を開けたまま寝ていた。そのことで診察を受けたことはなかったが、ナルコレプシー の典型的な症状を示していた。眠り病はあいだに一代置いて、孫に遺伝したのかもしれない。祖母はその病をよく飼い馴らしていたが、 ナルヒコがこの病に馴れるまでにはずいぶん時間がかかった。病を自覚する前も、自覚した後も、日々、異様な眠気と格闘することに変わりは なかった。
 睡魔はいつだって不意をついて襲ってくる。三日間徹夜をしたのちに、一風呂浴びて、退屈な本の朗読を聞かされるような眠気とでも いおうか。授業中も教科書を枕に眠りこけるのが日常だった。そのため教科書はいつも涎で濡れ、ふやけていた。あだ名は誰がいい出す でもなく「ナルコ」に落ち着いた。事情を聞かされている先生はナルヒコを夢の牧場に放牧しておいてくれた。
 新学期の初めのうちは同級生に珍しがられ、突かれたり、つねられたり、ノートや顔に落書きされたりした。だが、完全な脱力状態にあって、 面白い反応もなく、一人で別世界に引き籠っているので、やがて誰も関心を示さなくなった。
 先生の質問に答えようとしている時だって、試験の最中だって、外を歩いている時でさえ、眠気は容赦なくからみついてきた。気になる 同級生の姿を見かけたり、間近で不意に大きな音がしたり、いじめっ子の待ち伏せに遭ったりした時も、手足から力が抜け、瞼や頬が重く なり、朦朧としてくる。いじめっ子にしてみれば、せっかくこれからいたぶってやろうというのに、相手はあくびなんかして、全く危機感がない。 ずいぶん舐めた態度を取るじゃないかと、一発殴る。ナルヒコは痛みを感じながらも、眠気には逆らえず、両手をだらりとぶら下げ、舟を漕ぎ 始める。ナルヒコの脱力ぶり、無抵抗ぷりを前に、いじめる方は張り合いをなくしてしまう。
 暴力には脱力で対抗するのが効果的である。
 脱力発作が起きた時点では意識もはっきりしている。いじめっ子の悪態も、先生の説教も理解はできる。だが、ガラス越しにおぼろげに 聞こえる感じで、何もかもが他人事のように思えるのだった。興奮すると、この発作が起きるので、感情を極力抑えるよう努力した。結果、 いつもつまらなさそうにしている無気力な奴と見做されるようになった。
 身に危険が迫っても、逃げるどころか、眠りこける。これではいくつ命があっても足りない。道路に百円玉が落ちているのを見つけ、 「儲かった」と思った瞬間に膝がカクンと抜け、その場で眠りに落ちたことがあった。そこに車が来たら、轢かれる覚悟をしなければならない ところだ。だが、運よく路上で眠るナルヒコを見かけた通りがかりの人が救急車を呼びに行った。眠りは短ければ二、三分、長くとも 十五分程度だ。救急車が来る前にナルヒコは目覚めた。眠りから覚めた直後は晴れわたった五月の空のように爽快だ。ナルヒコは 近づいてくる救急車のサイレンを聞きながら、そそくさと家に逃げ帰った。救急隊員は通報者と一緒に現場から忽然と消えた行き倒れの 少年を捜し回ったそうだ。 (…この続きは本書にてどうぞ)

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