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日本の「安心」はなぜ消えたのか
ニホンノ アンシン ハナゼキエタノカ

著者:山岸 俊男
■ISBNコード: 978-4-7976-7172-8
■判型/総ページ数: 四六判ソフト/256ページ
■発売年月日: 2008年2月26日
     まえがき

 人間は不思議な動物です。
 なぜなら、人間は自分の利益に直接つながらない場合でも、他人のために行動することができるからです。少しむずかしい言葉で言い換えると、人間には利他性が備わっているというわけなのですが、この利他性の不思議について、これまで社会科学者はきちんと説明をしようとはしませんでした。
「そもそも人間は特別な存在なんだ。人間は他の動物とは違い、理性と自由意志を持っている。だから人間は互いに助け合うことの重要性を理解することができるし、他人のために行動するように人々を励ましたり導いたりする倫理体系や社会規範を作ることができたんだ」
 二〇世紀の社会科学では、人間の利他性をこのように説明するのが「常識」とされてきました。
 この「常識」からすれば、理性があれば、私たちの中にある動物的で利己的な衝動は抑えつけることができる、ということになります。したがって、衝動をコントロールするための「しつけ」さえしっかりしておけば、すべての人が利他的に行動する理想的な社会を実現できる――そう考えられてきたわけです。
 この考え方にそもそも無理があることは、ダイエットを試みたことのある人なら、すぐに分かることでしょう。
 自分の体形の変化に気づき、痩せたいと思っている人の理性は、自分にダイエットを命じます。しかし筆者自身も含め、多くの人にとってこの理性の命令を守ることは困難です。甘いものを食べたいという衝動の前には、理性はあまりにし無力だからです。
 こうなってしまうのは、私たちの心が、私たちの身体と同様に、進化の産物として存在しているからです。
 私たち人間の後ろ足は二足歩行に適した形をしています。私たちの視覚は色の違いを区別したり三次元でものを見るのに適しています。
 他の動物とのこうした違いは、人類が進化の過程を通して獲得してきたものなのですが、甘いものや油っぽいものに対する好みも、二足歩行に適した「身体」と同じように進化の過程を通して人類が獲得してきた「心体」の一部なのです。
 だからこそ、いくら理性の命令に従って逆立ち歩行をしようとしても、それを実行することがむすかしいのと同じように、ダイエットを貫徹するのはとてもむずかしいのです。
 ところが、二〇世紀の社会科学がやってきたことは、理性の力だけでダイエットを成功させようとするようなことでした。自然科学の急速な発展をよそに、経済学や社会学をはじめとする社会科学がほとんど発展してこなかったのは、こうした間違った信念のためだったと言っても、けっして過言ではないと思います。
 さて、話を戻せば「人間の心は進化の産物である」という、今では心理学や認知科学で常識となりつつある考え方からすれば、人間が利他的に行動するというのは実はそう簡単に説明のつかない、不思議なことなのです。
 それは、利他性が自分の利益に反する行動を生み出すからです。自分の利益を犠牲にして他人の利益をはかる人たちは、利己的な人たちに淘汰されて、とっくの昔に消え去ってしまっているはずなのに、そうなっていないのは不思議な話です。
 この人間の利他性という不思議に対する解答へのカギは、進化の産物としての人間の心、すなわち「人間性」の中にひそんでいると私は考えています。
 つまり、人間の理性が「人間性」と組み合わさったときに初めて、人間は利他的に行動するのだというわけなのですが、では、その「人間性」の中味はいったい何なのか? そして、どうしてそんなものが進化したのか?
 このことは、新しい社会科学――生物学や脳科学をはじめとする自然科学と通話可能な社会科学――の基盤を求めている多くの社会科学者や生物学者が、現在全力を尽くして答えを求めている問いです。私自身も、自分の研究を通してこの謎解きに参加しています。
 ただし本書は、この謎解きそのものについての本ではありません。この謎解きはまだ進行中だからです。
 しかし、解答に向けたいくつかの方向は見え始めています。
 そして、私がもっとも有望だと考えているのは、ひじょうに単純化して言うと、「情けは人のためならず」ということわざに代表されるものです。
 つまり、利他的に行動すると、結局はまわりまわって自分に利益が戻ってくるしくみが人間の社会にはずっと組み込まれていた。だから、このしくみが働いているかぎりは、ときには利他的に行動する人間のほうが、ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』にでてくるスクルージのような、自分のことしか考えていない人間よりも結局は大きな利益を獲得できたので、人間の利他性が発達してきたのだ、という説明です。
 私が本書で書きたかったのは、こういった人間の利他性についての科学的な研究の成果を、現代の日本社会が直面する問題にあてはめてみたときに見えてくることについでです。
 その結果見えてきたのは、現代の日本社会が直面している倫理の喪失とは、実は、倫理の底にある「情けは人のためならず」のしくみの喪失の問題だということです。
 倫理的な行動、あるいは利他的な行動は、それを支える社会的なしくみがなくなってしまえば、維持することは困難です。たとえ他人に親切にしても、それが自分の利益につながらないのであれば、誰も利他的に行動しなくなってしまうというわけです。
 そしてもう一つ、「情けは人のためならず」は、無私の心を称揚する武士道的な倫理観とは相容れないという点です。
「モラルに従った行動をすれば、結局は自分の利益になるのだよ」という利益の相互性を強調する商人道こそが、人間の利他性を支える社会のしくみを作ることができると私は考えています。これに対して、武士道とは人間性に基づかない、いわば理性による倫理行動を追求するモラルの体系であり、そうしたモラルを強制することで社会を維持していくのは、たとえ不可能ではないにしても、極めて大きなコスト――心理的なコストや経済的なコスト――を必要とするでしょう。
 そういったことを考えながら、この本を書きました。
 この本で紹介した私の考え方に賛成される方もいれば、反対の方もいるでしょう。いずれにせよ、本書が、現代日本が直面する問題について考えるきっかけとなることができれば望外のしあわせです。

二〇〇八年一月                     山岸俊男
(…この続きは本書にてどうぞ)

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